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(1)問題と目的

本研究では,学業場面において大学生が実際にどのような自己統制葛藤を経験している のかについて検討する。第3章で述べたように,従来の自己制御研究において実験操作で 扱われてきた自己統制葛藤状況は,現実場面において人々が経験している自己統制葛藤状 況と異なるのではないかという指摘がなされてきた(Hofmann & Van Dillen, 2012)。そのた め,人々がどのような目標のときに,どのような刺激を誘惑として認識しているかについ ては,詳細に検討する必要がある。経験サンプリング法を用いた自己統制葛藤に関する先 行研究(Hofmann et al., 2012)によって,人々が普段どのような“欲求”を感じ,他の目標 と葛藤した際には“欲求”にどのように抵抗しているのかが明らかになっているものの,

参加者から挙げられた“欲求(誘惑)”と“目標”がそれぞれ独立して種類分けされている ため,参加者が“どのような‘目標’のときに,どのような‘誘惑’と葛藤していたのか”

という“欲求(誘惑)”と“目標”の葛藤関係の詳細に関しては更なる検討が求められる。

本研究では,学業における自己統制葛藤状況に限定することによって,“誘惑”と“目標”

間の葛藤関係をみることができると考えられる。

また,先行研究であげられた自己制御方略が,日常場面で実際に使用されているのかに ついても確認する。自己制御方略に関する研究では,様々な自己制御方略が提案されてい るが,人々の自己報告における“普段から使用している自己制御方略”との整合性を確認 することが必要である。また,学業場面に限定した場合においても,学業場面の自己制御 方略として“目標”の価値上げ(Fries et al., 2008)や認知的再評価(Leroy et al., 2012)な どに関する使用や有効性の検討はあるが,実際に先行研究で検討されてきた自己制御方略 と同様の方略があげられるのかを確認する。さらに,葛藤が生じたあとに自己制御の成功 または失敗を導く原因についても検討する。第3章にも述べたとおり,自己制御の成功や 失敗を導く要因については多数の知見がある。先述した自己制御方略と同様に,先行研究 で得られた,自己制御の成功や失敗を導く要因との整合性を確認する。

以上のように,研究1では,学業場面において人々がどのような自己統制葛藤を経験し,

どのような自己制御方略を使用しているかについて検討することを目的とする

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(2)方法 1)調査対象者

関東圏内の大学生110名(男性30名,女性80名; 平均年齢18.85歳, SD=0.79)を対象に 調査を行った。

2)調査手続き

本調査は,学習に関するアンケートと称して,授業時間の一部を利用して実施された。

この調査では,様々な学業場面における自己統制葛藤状況を明らかにするため,学業に関 する特定の状況が3つ(”試験勉強をするとき”,”課題のレポートを作成するとき”,”自 分から知識をつけたいとき”)設定されていた。調査対象者には,3つの特定の状況(つま り3種類)の調査票のいずれかが無作為に配布された。

3)質問紙の構成

本調査では,3種類の調査票それぞれが同じ質問項目で構成されていた。はじめに,“これ から,ある特定の状況において,あなたがどのように目標を設定し,行動しているかをお 尋ねします”と教示し,その後に“特定の状況(例:あなたが試験勉強をするときのこと)” について以下の質問項目に回答を求めた。

1. 特定の状況で設定している目標

特定の状況において,どのような目標を設定するのかを自由記述で尋ねた。具体的な教 示内容は,“上記の状況のとき,あなたはどんな目標を設定しますか?具体的に記述してく ださい。(いくつでも結構です) ”というものだった。

2.設定した目標に対する誘惑

設定している目標に対する誘惑について自由記述で尋ねた。具体的な教示内容は,“あな た自身にとって,設定した目標を妨げるような事柄とは何ですか?具体的に記述してくだ さい。(複数ある場合は、複数お書きください)”というものだった。

3.誘惑に対する対処方略

自己統制葛藤が生じたときに,どのような自己制御方略を使っているかを自由記述で尋 ねた。具体的な教示内容は,“設定した目標を達成するために,あなたはどのように目標を 妨げる事柄に対処していますか?あなたがよくとっていると思われる対処方法を1つだけ

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詳しく記述してください。(成功していても,成功していなくてもかまいません)”という ものだった。

4.自己統制葛藤時に誘惑を優先するときの状況

自己制御に失敗する状況について自由記述で尋ねた。具体的には,“設定した目標よりも 誘惑(目標を妨げる事柄)を優先させてしまう時とはどんな状況ですか?また,その理由 についてそれぞれ具体的に記述してください”と教示を行った。

5.自己統制葛藤時に目標を優先するときの状況

自己制御に成功する状況について自由記述で尋ねた。具体的には,“目標を優先してしま う状況(誘惑に負けずに設定した目標を優先させる時とはどんな状況ですか?また,その 理由についてそれぞれ具体的に記述してください”と教示を行った。

(3)結果

自由記述の内容は,心理学を専攻とする大学院生3名(男性1名, 女性2名)によって 3つの状況それぞれについて分類された。分類方法はKJ法を参考にした。

1) 誘惑の種類

調査対象者によってあげられていた誘惑は,どの状況においても,誘惑のカテゴリーが 共通しており,状況特異的な種類はみられなかった。誘惑の種類は大きく4種類(“娯楽”,

“社会”,“生理”,“心理”)に分類された。“娯楽”は,テレビやゲーム,インターネット といった“媒体の使用”や“遊び”があげられていた。“社会”では,友人や恋人からの遊 びの誘いや,アルバイトといった対人関係や社会的な意味を含むものがあげられていた。

“生理”では,眠気,疲れといったものがあげられていた。“心理”では,“生理”にも類 似しているが,飽きや集中力のなさ,嫌悪感といったものがあげられていた。最後に“そ の他の障害”では,課題が難しいことや,周りの騒音などの課題の困難さや障害があげら れていた。

2) 誘惑に対する対処方略の分類

分類の結果を表5-1に示す。3つの状況に共通してあげられていたのは,“誘惑の予防 と回避に関する方略”,“目標の重要性の確認に関する方略”,“目標を強制的に実行する方 略”であった。また,試験状況とレポート課題状況においては,“時間を決めて目標と誘惑 を両立する方略”があげられていたが,自分から知識をつけたい状況では方略としてあげ

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状況 誘惑対処方略

誘惑と目標の両立 誘惑の予防

誘惑の回避

誘惑の予防と回避 目標の実行

目標の確認 リラックス 誘惑の予防 誘惑の回避

誘惑と目標の両立 目標の短期集中実行 課題情報の調整 誘惑の予防 誘惑の回避

誘惑の予防と回避 誘惑の予防と目標実行 目標の確認

試験条件

課題条件

知識条件

られていなかった。その他にも,状況特異的な方略として,試験状況では“気分転換のよ うなリラックスをする方略”,レポート課題状況では“文献や課題に関する情報を早く収集 しておく方略”があげられていた。

3) 自己統制葛藤時に誘惑を優先するときの状況

自己統制葛藤時に誘惑を優先してしまうときの3つの状況に共通してあげられていたの は,“誘惑が生理的な要因であるとき(例:眠気,疲れ)”,“目標の達成が難しいとき”,” 環境要因(例:テレビやゲームなど,誘惑が呈示(活性化)されているとき)”,“他に重要 なことがあるとき(例:他に重要な課題がある)”であった。また,3つの状況(試験/レ ポート課題/知識)において特異的なものとして,レポート課題状況では“目標が容易で

表5-1 状況ごとの誘惑対処方略の分類

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あるとき(例:目標の締め切りまで余裕がある)”,“気分がのらないとき(例:やる気がで ない)”があげられていた。

4) 自己統制葛藤時に目標を優先するときの状況

自己統制葛藤時に目標を優先するときの3つの状況に共通していたのは,“危機感がある とき(例:目標達成までに時間がないとき)”,“目標が重要なとき(例:絶対に良い点数を とりたい)”,“報酬があるとき(例:良い結果がでると親が喜んでくれる)”であった。ま た,3つの状況(試験/レポート課題/知識)において特異的なものとして,試験状況と レポート課題状況では“目標に対して積極的なとき(例:動機づけが高いとき)”,試験状 況では“不安なとき(例:目標に対して達成できるか不安なとき)”があげられていた。

(4)考察

本研究では,人々がどのような誘惑について設定しているのか,そして誘惑に対してど のような対処方略を使用しているかについて検討を行った。

1) 誘惑の種類

人々が学業場面のいくつかの状況において,どのようなものを誘惑として捉えているか について考察する。自由記述の分類では,誘惑は5つの種類(“娯楽”,“社会”,“生理”,

“心理”,“その他”)に分類されていた。この中で,“社会”や“娯楽”については先行研 究においても誘惑として研究に用いられることが多く,自己統制や自己制御研究において も一般的であると考えられる(e.g., Fishbach et al., 2003)。特に“社会”に含まれる誘惑は,

目標追求研究でも“焦点目標と代替目標の葛藤”として用いられることも多い(e.g., Shah et

al., 2002)。また,“生理”については,学業領域ではあまり誘惑として注目されてこなかっ

たものの,ダイエット領域や健康領域においては,“食欲”(例:快楽的に食べる)といっ た生理的欲求に関する誘惑があげられている(e.g., Papies et al., 2008)。また,Hofmann et al.

(2012)による経験サンプリング法に基づいた調査においては,具体的な領域(どのよう な目標と葛藤するか)については記述されていないが,人々が感じる誘惑の一つに“睡眠”

や“セックス”が含まれることが抽出されている。以上のことから,学業領域においても,

例えば“授業中やテスト勉強中に眠気をこらえる”といったように,“眠気”のような生理 的欲求が誘惑として捉えられることは珍しいことではないと考えられる。

“心理”については,自己制御研究において“誘惑”として焦点はあてられてこなかっ