第7章 状況の違いによる
第2節 研究8 達成目標の違いによる誘惑対処方略使用の 変化についての検討
(1)問題と目的
研究7では,状況の違いとして“目標達成の困難度”に焦点をあて,誘惑対処方略の有 効性の違いについて検討してきた。本研究では,“目標の性質の違い”として“達成目標”
の性質の違いに着目する。達成目標理論(Dweck & Leggett, 1988)によると,達成目標に は2種類の質的に異なる目標(遂行目標/習得目標)がある。遂行目標は“他者に自分の 能力を誇示する目標”であり,習得目標は“自分自身の能力を高める目標”といわれてい る。このような達成目標の種類は,それぞれ結果に対する影響にも違いがあることが示さ れている。Harackiewicz, Barron, Carter, Lehto, & Elliot(1997)は,遂行目標は成績に正の影 響がみられ,習得目標は内発的動機づけに正の影響がみられることを明らかにしている。
このように,達成動機は学業目標に強く関わっているため,達成目標の性質の違いによっ て誘惑対処方略の使用が変化する可能性が考えられる。例えば,Harackiewicz et al.(1997)
に基づくと,遂行目標は成績に,習得目標は内発的動機づけに正の影響を与えるため,そ れぞれの目標を追求する際に誘惑に直面した場合,誘惑対処方略の使用は成績や内発的動 機づけに正の影響または正の関連を及ぼすかもしれない。
そこで本研究では,課題レポート作成状況に焦点をあて,達成目標の性質の違いによる 誘惑対処方略の時系列変化を検討する。また,自己制御の成功の指標として,“成績”だけ ではなく,新たに“レポート遂行時間”,“内発的動機づけ”を追加する。具体的には,レ ポート課題提出締め切り(目標達成)までの1週間の間,達成目標の性質の違いは人々の 誘惑対処方略の使用と自己制御の成功にどのような関連がみられるのかについて明らかに する。
本研究ではHarackiewicz et al.(1997)に基づき,以下の仮説をたてた。
仮説1:遂行目標条件において,誘惑対処方略と成績間に正の関連がみられるだろう。
仮説2:習得目標条件において,誘惑対処方略と内発的動機づけ,誘惑対処方略とレポ ート遂行時間に正の関連がみられるだろう。
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(2)方法 1)調査対象者
関東圏内の大学生76名。この授業は,1週間後にレポート課題の提出を控えていた。分 析に用いたのは,1週間(7日間)中4日以上回答している60 名(男性 16 名,女性 30
名; 平均年齢20.59歳, SD=0.98)であった。各条件は,遂行目標条件は30名,習得目標条
件は19名,統制条件が11名であった。
2)調査手続き
授業のレポート課題として,1週間の日誌法を実施した。レポート課題は,現在所属す る集団において,“集団メンバーとどのように相互作用をしたのか”,“相互作用した時間は どれくらいだったのか”について毎日記述する内容であった。レポート課題は,調査票と セットになっており,調査票は研究6と同様に,就寝前(1日の終わり)に回答すること を求めた。
3)質問紙の構成
調査の内容は,目標を達成するために毎日どのくらい誘惑対処方略を使用しているかを 尋ねるものだった。調査対象者は,初回の調査協力(1日目)の時点で,3つの目標とし て遂行目標(レポート課題を達成し,他の人よりも良い成績をとる),習得目標(レポート 課題を達成し,自分自身の知識を深める),統制目標(提出日までにレポートを作成する)
のどれかに無作為に割り当てられた。また,誘惑については,研究6とは異なり,毎日誘 惑の内容が変化することも考慮し,毎日の回答時にその日に直面した誘惑について1つ想 起してから調査に回答するよう求めた。
日誌法では,初回の調査協力で設定した目標とその日の誘惑に対して,以下の質問項目 に回答を求めた。
1.誘惑カテゴリー
毎日,その日に感じた誘惑について,7つのカテゴリーの中から選択してもらった。具 体的には,“本日の行動を振り返って,あなたにとって最も‘誘惑’と感じたものは何 ですか?下記のなかから,本日もっとも強く‘誘惑’だと感じたものに 1 つだけ○を つけてください”と尋ねた。7つのカテゴリーは,“インターネット(ゲームも含む)”, “テ
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レビ(DVD, ブルーレイも含む)”,“対人関係 (友人・恋人・家族も含む)”,“趣味”,“生理 的欲求(睡眠も含む)”,“他にやらなくてはいけない活動(アルバイトも含む)”,“その他”
であった。
2.誘惑対処方略尺度
誘惑対処方略尺度では,“初日に設定した目標とあなたが設定した誘惑について思い浮か べながら、本日のあなたの行動を振り返ってください。あなたは下記のような行動をどの くらい行いましたか?‘1:しなかった~7:よくおこなった’のうち,最もあてはまる数字に1 つだけ○をつけてください”と教示を行った。7件法で回答を求めた。
3.目標達成見込み
目標達成見込みは,“レポート課題が出されてから現在までの行動を振り返って,あなた は目標をどれくらい達成できそうだと感じますか?0~100%で回答してください”と教示 を行った。パーセンテージ評定によって回答を求めた。
4.レポート遂行時間
レポート遂行時間では,“あなたは本日レポートのためにどのくらい時間を費やしました か?”という項目について分単位で回答を求めた。
そして,1週間後のレポート課題提出日に事後調査が実施された。事後調査では,レポ ート課題までの今日1日の行動を振り返って回答を求めた。内容は,誘惑対処方略尺度,
目標達成見込みのほかに,“レポート課題に対しての主観的労力(例:あなたは、レポー ト課題をどれくらい頑張ったと感じますか)”3項目,“授業への好意度(例:あなたは この授業にどれくらい興味をもっていましたか)”2項目,簡易版感情尺度(沼崎・北村・
工藤, 1993)への回答を求めた。また,成績については10点満点で評価された。
(4)結果
調査開始からレポート課題提出までの1週間(7日間)を2日ごとに区切って3時点
(Time1-Time3)ごとに分析を行った。つまり,1日目(調査開始日)から2日目までを
Time1,3日目から4日目までをTime2,5日から7日目までをTime3とした。
1)1週間の誘惑カテゴリーの分類
本研究では,日誌法に回答してもらう際,その日に直面した誘惑について1つ想起して から調査に回答するよう求めて求めた。1週間の誘惑カテゴリーの分類をパーセンテージ
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で表したものが図8-1である。1週間の誘惑カテゴリーの割合は,生理的欲求とインター ネットが2,3割を占めており,他の誘惑カテゴリーよりも高かった。また,テレビ,対 人関係,趣味,その他の活動はおおよそ同じくらいの割合(約1割)であった。
2)誘惑対処方略の使用と主観的労力間の関係
はじめに,設定目標の違いごとに誘惑対処方略の使用と主観的労力間の関係について検 討した。主観的労力の指標として,“レポートに力を入れた度合”,“レポート課題提出への 準備度合”,“レポート作成を頑張った度合”の3項目(α =.86)に対して合成変数を作成
33.3 15.0
16.7 20.0 16.7
23.3 16.7
16.7 18.3
6.7 20.0 11.7
15.0 8.3
10.0 15.0
10.0
13.3 15.0
10.0 8.3
6.7 6.7 11.7
6.7 16.7
8.3 15.0
26.7 16.7
31.7 23.3 20.0 25.0
26.7
6.7 18.3
18.3 15.0 16.7
11.7 3.3
3.3 1.7 1.7
0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%
1日目 2日目 3日目 4日目 5日目 6日目 7日目
インターネット
テレビ
対人関係
趣味
生理的欲求
他の活動
その他
図8-1 1週間の誘惑カテゴリーの分類(左から“インターネット”“テレビ”の順)
注) a群:使用高群, b群:誘惑回避高傾向, c群:目標意味確認高傾向, d群:目標実行低 傾向, e群:使用低群
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遂行目標 意味確認 気分転換 誘惑回避 目標実行
Time1 .65** .64** .51*
Time2 .61** .58** .38†
Time3 .74*** .76*** .52* .53*
***p<.001, **p<.01, *p<.05
習得目標 意味確認 気分転換 誘惑回避 目標実行
Time1 .51* .53* .63**
Time2 Time3
***p<.001, **p<.01, *p<.05
した。その結果,遂行目標条件では,全ての時点において,目標意味確認方略,気分転換 方略,誘惑回避方略の使用と主観的労力間に正の相関がみられた(表8-4)。目標実行方略 に対しては,提出締め切り直前(Time3)のみ主観的労力間に正の相関がみられ,他の時 点では全く関連はみられなかった。習得目標条件では,Time1 のみにおいて,目標意味確 認方略,気分転換方略,目標実行方略に正の相関がみられたが,他の時点では全く関連が みられなかった(表8-5)。特に,誘惑回避方略と主観的労力間には全く関連がみられなか った。統制目標条件では,どの時点においても誘惑対処方略と主観的労力間に関連はみら れなかった。
3)誘惑対処方略の使用と内発的動機づけ間の関係
次に,設定目標の違いごとに誘惑対処方略の使用と内発的動機づけ間の関係について検 討した。内発的動機づけの指標として,“授業に対する好ましさ”,“授業に対する興味”, の2項目(r =.65, p<.001)に対して合成変数を作成した。その結果,遂行目標条件では,
表8-4 遂行目標条件における誘惑対処方略の使用度合と主観的労力感の関連
注) a群:使用高群, b群:誘惑回避高傾向, c群:目標意味確認高傾向, d群:目標実行 低傾向, e群:使用低群
表8-5 習得目標条件における誘惑対処方略の使用度合と主観的労力感の関連
注) a群:使用高群, b群:誘惑回避高傾向, c群:目標意味確認高傾向, d群:目標実行 低傾向, e群:使用低群
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遂行目標 意味確認 気分転換 誘惑回避 目標実行 Time1
Time2 -.39†
Time3
***p<.001, **p<.01, *p<.05
習得目標 意味確認 気分転換 誘惑回避 目標実行
Time1 .48† .45† .64**
Time2 .42† .46†
Time3 .63** .64**
***p<.001, **p<.01, *p<.05
Time2 のみにおいて,目標実行方略に負の相関がみられた(表8-6)。他の時点における他
の方略では内発的動機づけと全く関連がみられなかった。習得目標条件では,全ての時点 において,目標意味確認方略,目標実行方略の使用と内発的動機づけ間に正の相関がみら れた(ただし一部は有意傾向; 表 8-7)。気分転換方略との関連は,Time1 においてのみ内 発的動機づけ間に正の相関がみられ,他の時点では全く関連はみられなかった。誘惑回避 方略と内発的動機づけ間には全く関連がみられなかった。統制目標条件では,どの時点に おいても誘惑対処方略と内発的動機づけ間に関連はみられなかった。
4)誘惑対処方略の使用とレポート題遂行時間の関係
設定目標の違いごとに誘惑対処方略の使用とレポート遂行時間の関係について検討した。
遂行目標条件では,Time1 において全ての誘惑対処方略とレポート遂行時間に正の相関が みられたが,Time2では関連がみられなかった(表8-8)。Time3は目標意味確認方略と気 分転換方略において,レポート遂行時間との正の相関がみられたが,誘惑回避方略と目標
表8-6 遂行目標条件における誘惑対処方略の使用度合と内発的動機づけの関連
注) a群:使用高群, b群:誘惑回避高傾向, c群:目標意味確認高傾向, d群:目標実行 低傾向, e群:使用低群
表8-7 習得目標条件における誘惑対処方略の使用度合と内発的動機づけの関連
注) a群:使用高群, b群:誘惑回避高傾向, c群:目標意味確認高傾向, d群:目標実行 低傾向, e群:使用低群