第5章 誘惑対処方略の抽出と尺度の作成
第 1 節 研究2 誘惑対処方略尺度の項目選定
(1)問題と目的
研究1では,人々が普段から誘惑に対してどのように対処しているのかについて複数の 対処方略が分類された。学業場面における様々な状況であっても,共通して使用される対 処方略と,状況特異的な対処方略が使用されていることが明らかになった。しかしながら,
自己制御方略の使用程度を測定する尺度は,学業場面の様々な状況(自己統制葛藤)にお いても同じように自己制御方略の使用程度を測定できることが望ましいだろう。つまり,
学業場面には様々な目標(“試験で良い成績をとる”,“課題レポートを作成する”,“ゼミ発 表のレジュメを作成する”など)が存在するが,広く学業場面において使用される自己制 御方略について測定する尺度を作成することが重要であると考えられる。そこで,研究2 では,研究1で得られた対処方略に基づき,“学業場面における誘惑対処方略”を抽出し,
誘惑対処方略尺度の項目を選定する。
(2)方法 1)調査対象者
関東圏内の大学生153名(男性41名, 女性110名, 不明2名; 平均年齢20.58歳, SD=0.94)
を対象に調査を行った。
2)調査手続き
本調査は学習に関するアンケートと称して,授業時間の一部を利用して実施された。
3)質問紙の構成
調査対象者には,学業場面における自己統制葛藤を想定してもらったうえで,研究1で 得られた誘惑対処方略を参考にして作成された誘惑対処方略尺度40項目に回答を求めた。
質問紙の構成として,はじめに自己統制葛藤を想定するための教示を行った。まず目標 の想定として,“普段あなたが‘学習に関してなにか達成したい’と思っている目標を思い 浮かべてください”と教示した。次に想定した学業目標に対応する誘惑の想定として,“あ なたにとって好ましい,あるいはひきつけられることであるが,目標の妨げとなってしま うような事柄”を誘惑とよびます。あなたにとっての誘惑を思い浮かべてください”と教示
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した。自己統制葛藤(目標と誘惑)に関して想定させた後,誘惑対処方略尺度40項目をそ れぞれどのくらい行うかについて7件法(“1.しない”~“7.よく行う”)で評定させた。
その際,得点が高いほど,方略の使用程度が高いとした。最後に,誘惑対処方略尺度を回 答する際に想定した目標と誘惑について自由記述による回答を求めた。
(3)結果 1) 項目の選定
誘惑対処方略尺度40項目に対して主因子法による因子分析を行った。固有値の減退状況
は8.20, 4.01, 2.87, 1.80, 1.60…であった。因子の解釈のしやすさなどから4因子構造を仮定
した因子分析(主因子法, プロマックス回転)を行った。因子負荷量が.40に満たないもの及 び複数の因子に.40以上の負荷量を示した,解釈が一義的でない合計20項目を削除した。
再度、4因子指定で因子分析を行ったところ、回転前の4因子により説明された分散の割
合は63.52%であった。
回転後の因子負荷量を表6-1に示す。第1因子は“なぜその目標を達成したいかをよく 考える”などの項目に高い負荷を示し(7項目),“目標の意味確認方略”と命名した。第 2因子は“気分転換をして目標と向きあう”などの項目に高い負荷を示し(5項目),“気 分転換方略”と命名した。第3因子は“目標に集中できるように誘惑を避ける”などの項 目に高い負荷を示し(5項目),“誘惑回避方略”と命名した。第4因子は“とにかく目標 にむけて始める”などの項目に高い負荷を示し(3項目),“目標実行方略”と命名した。
これらの20項目をもって誘惑対処方略尺度の完全版とした。因子間には正の相関がみられ,
人々が方略を使用する際には,各方略を独立して使用しているというよりは,複合的に使 用する傾向が高いことが考えられる。
各因子を構成する項目の合計を求め項目数で割って,各因子に対応する下位尺度の値と した。各下位尺度の信頼性を確認するためα係数を算出したところ,“目標意味確認方略
(全7項目; α=.88)”, “気分転換方略(全5項目; α=.82)”,“誘惑回避方略(全5項目; α=.82)”,
“目標実行方略(全3項目; α=.77)”と概ね高い値を示した。各下位尺度の平均値と標準偏 差を表6-2に示す。床効果,天井効果はみられなかった。また,どの下位尺度においても 有意な性差はみられなかった。
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Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ 共通性 第1因子:目標意味確認方略
.88 .03 -.01 -.10 .71 .85 -.07 -.02 -.03 .65 .82 -.21 .12 -.02 .66 .64 .19 -.07 .12 .59 .60 .09 -.03 .07 .44 .55 .04 .13 .06 .44 .52 .03 -.13 .27 .43 第2因子:気分転換方略
-.14 .80 -.05 .08 .62 .03 .76 .04 -.10 .57 .03 .76 -.02 .03 .60 -.02 .65 .19 -.03 .48 .10 .61 -.08 -.03 .39 第3因子:誘惑回避方略
-.21 -.03 .85 .14 .73 .11 -.05 .69 -.04 .50 .23 .09 .67 -.18 .52
-.09 .02 .64 .12 .46
.04 .02 .62 .00 .41
第4因子:目標実行方略
.04 -.02 -.02 .81 .67 .03 -.06 .12 .74 .64
.17 .05 .02 .57 .49
因子間相関 Ⅰ ― .30 .32 .51
Ⅱ ― .19 .32
Ⅲ ― .43
Ⅳ ―
なぜその目標を達成したいかをよく考える
自分自身にとって目標がどれだけ重要かを確認する 達成したい目標の意味を再確認する
目標を再確認して、やる気をだす
目標を達成したときの利益を思い浮かべてみる 集中して目標についてじっくり考える
目標を達成したときの達成感や嬉しさを思い浮かべる 気分転換をして目標と向き合う
目標を集中して行うために、気分転換をする
気分をかえることで、集中して目標に取り組めるようにする 気分をかえて、目標に対してやる気をだす
音楽を聴くなど、自分なりの方法で気分転換をする 目標に集中できるように、誘惑を避ける
とりあえず、目標を達成するために目標達成に向けて行動する まずは目標達成にむけてやるべきことを実行する
誘惑を我慢して目標に向けて行動する 誘惑のない環境を作る
誘惑について考えないようにする 誘惑に直面しても実行しないようにする とにかく目標にむけて始める
表6-1 誘惑対処方略尺度の因子分析結果
70 2)想定された目標と誘惑
誘惑対処方略尺度において回答時にどのような学業目標と誘惑が想定されていたかを確 認するため,自由記述で得られたデータをカテゴリーに分類した。目標と誘惑は,心理学 を専攻とする大学院生3名(男性1名, 女性2名)によって,それぞれ13種類のカテゴリー に分類された。
回答者が想定していた目標のカテゴリーの上位は,上から“試験に関する目標”が20%,
“課題やレポートに関する目標”が14%,“院進学に関する目標”,“就職に関する目標”
がともに12%であった(図6-1)。同様に,誘惑のカテゴリーの上位は,上から“ネット通
信(インターネット)”が19%,“テレビ”が15%,“趣味”と“ゲーム”がともに11%であ った(図6-2)。
女性 男性 女性 男性
目標意味確認 4.61 1.17 - 0.41 - 0.37 4.59 4.76 1.18 1.09 0.83 気分転換 5.33 0.95 - 0.61 0.33 5.41 5.17 0.87 1.11 1.25 誘惑回避 3.96 1.24 - 0.34 - 0.56 3.92 4.06 1.27 1.19 0.62 目標実行 4.84 1.15 - 0.67 0.34 4.92 4.65 1.08 1.26 1.28 t 値 尖度 平均値 標準偏差
平均値 標準偏差 歪度
表6-2 誘惑対処方略尺度の記述統計および性差のt検定結果
注) t値は,性別のt検定の結果を示す。検定の結果,すべての方略で有意差はみら れなかった。
71 1%
1%
2%
3%
4%
5%
5%
9%
11%
12%
12%
14%
20%
0% 5% 10% 15% 20% 25%
勉強全般 その他 目標に向かう姿勢 単位 過去の学習目標 自分のための勉強 語学 良い評価 資格取得 就職 院進学 課題・レポート 試験
1%
2%
3%
3%
4%
7%
7%
7%
9%
11%
11%
15%
19%
0% 5% 10% 15% 20% 25%
代替目標 食欲
その他 買い物 音楽睡眠 対人関係 読書 遊び
ゲーム 趣味 テレビネット通信
図6-1 想定された目標のカテゴリー
図6-2 想定された誘惑のカテゴリー
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(4)考察
本調査の目的は,誘惑対処方略尺度の項目を選定することであった。因子分析の結果,
4つの下位尺度から構成された全20項目が選定された。4つの下位尺度(目標意味確認方 略・気分転換方略・誘惑回避方略・目標実行方略)は,いずれも研究1で検討した3つの 状況(試験,レポート課題,知識)において概ね共通してあげられていた方略であった。
例えば,目標意味確認方略は,研究1で試験状況や自分から知識を得る状況においてあ げられていた“目標の確認”と類似している。目標意味確認方略は,目標の重要性や意味 を確認する内容であるため,目標の重要性や意味を確認することで目標に対する価値を上 げ,誘惑に対する価値を下げることが考えられる。目標に対する重要性や意味には,目標 を達成することによる利益や報酬も含まれる。自己制御方略に関する先行研究でも,目標 に付随した報酬に対する価値を高める“目標追求への報酬”(Trope & Fishbach, 2000)と類 似した概念ともいえよう。また,目標の重要性を考える方略としては,“心的対比”(Oettingen,
2000)もあげられるが,“心的対比”は,目標追求でも目標設定段階において有効に働く方
略であるのに対して,目標意味確認方略は,目標をすでに設定した後に,目標を実行する 段階を想定した方略であるため,実行する段階が異なることが考えられる。
次に,気分転換方略は,目標に取り組むために気分転換を行う内容である。気分転換方 略は,ストレス対処研究の“気晴らし方略”(及川, 2002)と類似している概念として考え られる。例えば,気晴らし方略では,不快な気分を経験しているときに,他の活動によっ て不快な気分を紛らわす試み(気晴らし)に集中することで,ストレッサーに対する悩み や憂うつといった気分が緩和され,考えがまとまるといった良い状態を導くことが示唆さ れている。気晴らし方略と,本研究で抽出された気分転換方略は,他の活動によって不快 な気分を紛らわす試みを用いる点では類似していると考えられる。異なる点としては,気 分転換方略は,気分転換や気晴らしによって間接的に目標に対する動機づけを高めること が強調されているため,ストレス対処研究の気晴らしとは,方略の実行によってもたらさ れる結果が異なるだろう。気分転換方略の場合は,気分転換によってポジティブ感情を生 起することで,興味があまり持てない目標関連課題に対しても,目標に対する心的構えを 修正し,目標に対する興味や動機づけを高めるのかもしれない(e.g., Sansone, Weir, Harpster,
& Morgan, 1992)。
一方で,気晴らしや気分転換を扱ううえで,“気分転換方略”は,項目で用いられている
“気分転換”に誘惑事象を含むか否かについては更なる議論が必要と考えられる。もしも