第2章 ストレスと自尊感情の先行研究
第2節 自尊感情(selfesteem)のとらえ方
2−1 自尊感情の定義
w.ジェームズ(18go)以来,自尊感情は「自己評価の感情jとしてとらえら れてきている。ジェームズの定義によると,自尊感情は成功/願望の分数で表 せるとする。つまり,我々の持つある領域(運動面,学習面等)に対する願望 の中,どれくらい成功・達成したかによって,自尊感情の高低が定まるという ものである。例えば、今度の試合では絶対に優勝したいという「願望」に対し て,優勝したら100%の「成功」となり,「俺はすごいんだ」と,自分に対し て高い評価をする。(高い自尊感情)それが2,3回戦で負けたなら30%程度 の「成功」となり,「俺はダメだ」と自分に対して低い評価をする。(低い自
尊感情)
自尊感情が高い人というのは,通知票でいえば,自分に「5か4をつけてい る」人であり,自尊感情が低い人というのは「1か2をつけている」人である。
A.W.ポープ(1988)は,現実の自己と理想的な自己との矛盾(ズレ)の大 小が自尊感情の高低を左右すると述べている。
C.ロジャーズ(1967)の自己理論の中心概念である「自己一致」,っまり,
現実の自己と理想的な自己との一致という考え方も類似している。ロジャーズ は,現実の自己に基づいた自己概念を作ることが大事であると述べている。思 いこみの自分(理想自己)を粉砕して,現実の自己を直視し,それを受け入れ るということが,r健康な人間の姿である」と説く。
梶田(1988)は自尊感情とは、「自分自身を無意識のうちに重要なもの、大 事に扱われるべきもの、とする内的な感覚」をいう。また自尊感情は自他から の評価によって高低を左右されるものとしている。
上田(1996)はこの感情を支えるものとして「 上手なあきらめ をしての 受容概念」を提出している。これは自己評価が低くても 自分はそれで仕方が ない と諦め受け入れることによって性格特性として自尊感情を高く持つとい う機能である。また上田は自己評価のレベルを超過して肯定することをメタレ ベル肯定度と呼んで、自己受容的構えを持つと言っている。
学習会講義資料バックナンバー 6−2
r自分を好きになる子を育てる」構成的グループエンカウンター
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種田良子(1999)「自尊感情と受容の関係にっいての検討」
沢崎(1984)は自己受容をr臨床的研究で適応の指標のひとつとされる、自 己に対する皇帝的態度」と言っている。
種田(1999)は 自己評価の存在を前提としてその高低に関わらず、 自分は それでよい と思いを受け入れること と定義し、自己に対する評価は、内的 基準にてらすだけでなく他人と比較して下すことがあるとしている。
またSalovey&Rodin(1984)は自分が他者より劣っていることを知ったとき、
自尊感情が傷つき、その原因となる他者に嫉妬など不快感情を抱きがちになる。
これに対し種田は 劣っている自分でもいい とメタレベル肯定している人 は優れた他者にも対人態度が変わらないでいるのではないかと述べている。
また対人関係においては、自尊感情の高い人は、他人からの賞賛や批判にさ ほど左右されず感情が安定しているが、自尊感情の低い人は、ほめられるとそ の相手が良い人に思え、けなされると悪い人に思えるようなところがあり、感 情的にも不安定な傾向がある、とされる。
一般的には自尊感情の高低は他者との比較の中で生じ、生理的に生き抜こう とする本能的なものに通じている。しかし一方、他者との比較をも超えた世界、
要するに、自分ひとりの中に、宇宙の真理ともいえる哲学的な「達観」という 世界にたどり着いたとき真の意味の自尊感情の高さ、落ち着きは得られるので
はないだろうか。
2−2 教師の自尊感情
芸術家は自己顕示欲が強いといわれる。そうでなければ作品は生まれない。
教師も自己顕示欲の強い者が多い。これは教育というものが創造的なものであ り、常に新しいものを生み出し、進歩し続けるものであるからであると思う。
しかし、その自己顕示欲はしばしば、頑固であったり、独りよがりなわがま まであることも多い。「先生」と呼ばれることに勘違いを起こすことも多く、
よって比較的、教師というものは自尊感情が高い。だがその自尊感情は、漠然 としていて根拠となるようなものがあいまいで、すぐに自信を失い、傷つき、
自尊感情は低下しやすいもののように思える。
田村・石隈(2002)は目常の学校での教師の行動が教師のメンタルヘルスの低 下と関連しているのではないかという問題意識を背景にした研究をした。疎結 合システムである教師集団においては,教師自らが援助要請することが問題解 決において重要であるとしている。援助要請行動に影響を与える被援助志向性 に焦点を当て,教師自尊感情との関連を検討している。
研究ではRosenbergを基にした教師自尊感情尺度を作成し,中学校教師555
名を対象に信頼性を確認した。もう一つの研究では,同じ対象に,被援助志向 性尺度もあわせて質問した。その結果,被援助志向性は女性の方が高く,教師
自尊感情は男性の方が高かった。いずれも年齢差は有意でなかった。
男女ごとに,自尊感情の高低,年齢4群を要因とする2要因分散分析を行っ た。男性では,自尊感情が高いほど,援助への抵抗感が低いこと,女性では,
自尊感情が低いほど,援助への要求が高いことが明らかとなった。これらの結 果から,被援助志向性と自尊感情の関係については,男性については「傷つき やすさ」仮説を,41歳の女性については「認知的一貫」仮説を支持すること が示された。また,これらの知見をもとに,自尊感情の低い男性教師,自尊感 情の高い女性教師,被援助志向性の低い教師への援助にっいて提言がなされて
いる。
このことは後で述べる教師のプライドに大きく起因しているようにも思う。
被援助志向性は問題行動等の処理を自分のカだけでこなしたい、他のカを借り たくない、借りることはプライドが許さない、というのが男性に多いのは、一 般的に理解しやすい。男の見栄のようなものである。
逆に被援助志向性が女性に多いのは、男性に比べ自尊感情がそれほど高くな い、あるいはこだわらないということから援助の要求が教師としての恥にはな らないという考えが本能的なものとしてあるのではないか。ある意味では自信 のなさが素直な行動をとらしているとも思える。このことはバーンアウト予防 にいいことである。
また男性で自尊感情が高いほど、援助への抵抗感が低いことは筆者の予想に 近く、興味深い。つまりは自尊感情とは何かということになると思うが、つま らぬプライドにこだわらず、何を大切にすべきか信念のようなものがしっかり あり、ある意味で本当の自信があるからこそ援助への抵抗感が低いと言えよう。
田村・石隈(2004)中学校教師の被援助志向性と自尊感情の関連
中学校教師の自尊感情とバーンアウトの関連大田区立東調布中学校0田 村 修 一
2−3 教師の喜怒哀楽
人間は自尊感情が高くないと生きていけない。自分の存在の意味を感じて いるから生きていける。しかし目常の生活の中でいつもそれを意識しているわ けではない。無意識の中で自尊感情のバランスをとっている。
その中でも教師をはじめ専門職の職業に従事するものは自尊感情は高い。そ れだけに喜怒哀楽は激しいものがある。
教師に限らず人間の喜怒哀楽を引き起こす感情というものは、実に複雑で不 思議でミステリアスなものである。
人は乳児期、幼児期、青年期を通じて、実に様々な経験を積み、感情を育 てていく、そしてその感情コントロールで社会人として、上手に生きていくの である。しかし、その訓練不足、理解力不足よる未熟さが、自分を苦しめるこ とになったりする。「感情」について辞書で調べてみると実に多くの類語があ る。それだけ複雑であるということだ。
【感情】物事に感じて起こる気持ち。外界の刺激の感覚や観念によって引き起 こされるある対象に対する態度や価値づけ。
快・不快・好き・嫌い・恐怖・怒りなど。
(類語) 情・情感・心情・情緒・情調・情操・情念・情動・気分・気・気色・機嫌 気持ち・感じ・エモーション
私たちの目常生活の中で、実に様々な感情が動いている。なぜならば、少し でも幸福に生きようとする生理的な営みであるからだ。(アージ理論)
なのにどうして、妬み、怒り、倦怠感、無力感、絶望感などで苦しむことが 多いのだろう。最近あまり、耳にしなくなったがrでもしか先生」ということ ばある。先生でも成ろうか、先生しか成れない、ということばであるが、個人 差はあるといえども、大なり小なり教師を目指す者は自己顕示欲が強く、それ なりに自信を持っている。近年、採用も少なくなり、とてもrでもしか」とい
う感じではなく、現在、採用されるのは非常に優秀な人である。優秀というの は学問的にといった方がいいのかもしれない。先生になった喜びもつかの間、
病休や退職の者も多い現状がある。
最初はr先生」と呼ばれることに、恥ずかしながらもうれしいものである。
ある種の責任感も芽生える。生き甲斐、やり甲斐も他の職種よりも大きいかも
しれない。