第2章 ストレスと自尊感情の先行研究
第4節 プライド
4−1 プライドと自尊心
プライド(pride)と自尊心は英語か目本語かの違いだけではなく。何とな く使い分けているような気がする。目常的には自尊心よりプライドの方をよく 口にするようで、教師はこのプライドの捉え方で苦しんでいるようにも思える ので、考えてみる必要がある。
プライド 【pdde】
誇り。自尊心。自負心。r一を傷つける」r仕事に一をもつ」
[大辞泉 提供:∫apanKnowledge]
pride 彼は自分の仕事にプライドを持っている 「He is proud of[He takes pridein]hiswork.プライドが高い be(very)proudプライドを傷つける
wound[irゆure]a personls pride
[プログレッシブ和英中辞典第2版 提供:JapanKnowledge]
人は「自分のプライドにかけても、それをやりきる」とか「人が何と言お うと私はこの仕事にプライド(誇り)を持っている」、「お前にはプライドが あるのか、プライドを持て」と叱咤激励、なかなか激励にはならないが。「今 の一言でプライドが傷つけられた」「彼はプライドが高すぎる」など、よく口 にしたり耳にしたりする。その中でも プライドが傷つけられる などマイナ スのイメージで使われることが多いように思う。これは一個人の感覚に過ぎな いのかも知れないが、大きくは違わないだろう。
【自尊心】
自分の人格を大切にする気持ち。また、自分の思想や言動などに自信をもち、
他からの干渉を排除する態度。プライド。r一を傷っけられる」
[大辞泉 提供:JapanKnowledge]
pridel selhespect 自尊心を失う 10se one壁s sel金respect医者としての自尊心 one s pride as a doctor私の批判は彼の自尊心をひどく傷付けた My
criticism「hurt[wounded]his phdebadly.自尊心が強い人だ He isvery proud。
自尊心のある人asel針espectingperson
[プログレッシブ和英中辞典第2版 提供:JapanKnowledge]
【プライド】httpl//dic.yahoo.cojp/bin/dse訂ch?p=%a5%d7%a5%e9%a5%a4%a5%c9&stype=0(2004/9/8)
【自尊心】httpl//dic.yahoo.cojp/bhydsearch?p;%BC%AB%C2%BA%BF%B4&stypeニ0&dtype=2 (2004/9/8)
英語の世界でも「自尊心」をselfrespectと言ったり、selfesteemと言っ たり使い分けをしている。プライド(phde)は「誇り、自尊心」でいいのかも 知れないが、筆者としては「誇り」であり、「自尊心」selρrespectである。
respectは価値あるものに対しそれにふさわしい敬意を払う;esteemは価値 あるものに対して好意の気持ちを含めた敬意を払う;admireはesteem より さらに強い心からの愛情を抱いていることを暗示するのである。よって本研究 の「自尊感情」はselfesteemとなる。
同じようなことに こだわり を持った先人がいた。河津(1993)は何人かの 人に誇り(プライド)と自尊心はどう違うと思うか尋ねている。脈絡のない語 の質問であったせいもあるだろうが、「自尊心は思い上がり。誇りは人間を高 貴にする強い精神力」「誇りは思い上がり。自尊心は人問を内側から支える精 神的な支柱」「自尊心は自己防衛本能に近い攻撃的なもの。誇りはもっと控え 目なもの」「自尊心は対面を重んじる気持ち。誇りは高慢」とずいぶん違った 感想を述べている。
このニュアンスの違いは時と場合、あるいはその人の価値観ということにな
るだろう。
時代は相対評価から絶対評価へ流れているが、人は根本的には相対評価が好 きなのである。オリンピックでも水泳、陸上では100分の1秒を競っている。
同時じゃないかと思っても順位をつけ、金と銀では大違いと本人も観衆も思う のである。何かを始めたときから「自分は他よりも上手い、速い、強い」とい
うことを喜びとし、満足感を得る。これが心の余裕であり、誇り(プライド)
となる。ただこのプライドを守るため余裕を失い、自由に生きることができな くなり、ストレスを貯める場合もある。
努力すれば何でも手にはいるわけではない。それ以前の問題もある。性別の 問題も、生まれながらの障害も本人の努力以外の問題だ。また運動能力も誰で
も頑張れば、オリンピック選手になれるわけでもない。
しかしそれでも人間は自分には有意なものがあると思う。思わないと意味を 失いやっていけない。自分を救おうとする自己評価の意識が自然と起こる。
自分には具体的に秀でているものは見えにくいが、生きる価値のある崇高な ものがあると自分に言い聞かす。それが自尊心である。
そういった意味で自尊心は自分の内面に向かう性質がある。利益と名誉を巡 って葛藤がある。利益を取れば内なるもう一人の自分が攻めてくる。名誉を取 ると現実が攻めてくる。
プライドも自尊心もよく働けば人間を成長させ、心の安定を約束するが、悪 く働くと恨み、妬み、精神的自傷と心落ち着かない。
河津は誇り、自尊心を次のように定義している。
1)誇りとは、自分のカで困難を乗り越えた時に得られる満足感と、そこから 生まれてくる自信に満ちた気持ちのことである。
2)誇りとは、具体的な何かについて自分は優れていると思う気持ち、あるい は、そう見えることからくる得意の感情である。どういう点で優れている のか、誇りに思うものが全体としての自分とは別に存在するので、この誇 りを自尊心という語で置き換えることはできない。
3)何を誇りに思うかという。誇りのもとになるものには、生まれながらに持 っているもの(家柄や美しさ)、困難を克服して自分のカで獲得したもの (能力や業績、正しいと信じる生き方など)、そのどちらでもありうるもの (富や名声)、近くにいあわせたおかげで偶然に得たもの(母校の誇りや郷 土の誇り、有名人と握手したことなど)の4つの種類がありそうだ。
4)具体的な誇りの総合が、自尊心を形づくる。
5)自尊心は、まるごと一人の人間としての自分を、自己評価に基づいて価値 ある存在として受け入れ、その価値を損なわないようにしようとする気持 ち。
6)この意味で、誇りという語もよく使われる。
7)ある人の価値を、他人が損なう場合が侮辱、自分自身が損なう場合が堕落 である。だから自尊心と誇りには、外からの侮辱に激しく反発する外向き の性質と、堕落すまいとして誘惑と戦う内向きの性質がある。前者の敵は 他人であり、後者の敵は安易な道を選ぼうとする自分自身である。
8)誇りと自尊心の本質は、名誉を尊ぶ気持ちである。しかし、何を名誉と考 えるかによって、質が全く違ってくる。
この誇りと自尊心は第3節(価値観)で述べたようにその人の価値観の変化 で変わりもするものである。
河津千代 1993「プライド このやっかいなもの」〜生き方を考える十章〜 リブリオ出版
4−2 教師のプライドと自尊心
自己顕示欲の強い人が教師には多い。それだけにプライドも自尊心も高い ということである。中には、このみなぎるような自信はどこからきているのだ ろうと不思議に思う人もいる。
確固とした裏付けもなく、ただ何となくといった漢然とした根拠のない自信 は、些細なことで音を立てて崩れていく。
よく人は 傷ついた と口にするが、何が傷っくのだろう。心が傷つく、心 のどこがと問いかけると、それはプライドであり自尊心である。
そのプライドと自尊心をずたずたに傷っけるのは誰だろう。生徒、保護者、
同僚、管理職、教育委員会、地域、家庭… 引き金になるのは他に多々ある だろう。しかし最も攻撃をかけ、傷つけるものは自分自身に他ならない。
河津(1993)は次のように述べている。r誇りとは、いってみれば他人に差を つけたことをうれしく思う感情ですから、本質的に、みにくい部分を持ってい ます。ですから、内に向かう性質の誇りをあわせ持っているのでなければ、そ の人の誇りは、いやしむべき誇りになります。その種の誇りを、本人は優越感
として意識します。」
筆者を始め、我々教員はプライドと内なる自尊心を優越感や思い上がり、
うぬぼれ、おごり、たかぶり、自慢、高慢、傲慢、尊大、横柄、傲岸、不遜、
自信過剰と思い違いをして認識しているのではないだろうか。
だから、正当な意見にも我が意を得なければ、不機嫌になり、怒ってしまう。
真の自信が無いので喜怒哀楽が激しくなってしまう。どこか人を見下したとこ ろがありながらも、自信の無さから臆病になっているのである。
続けて河津は「こういうことばが多いのは、嫉妬深い生き物である人間が、
意地の悪い目で他人を見ているせいもあります、しかし、誇りがもともと醜悪 なものになりやすい性質を持っているからでもあります。人に差をつけた快感 に酔っていると、内に向かう性質の誇りが沈黙し、誇りが本来持っているみに くい部分だけが表面に出て、そのことに気づかずにいるのは本人だけというこ とになるのです。」と言う。真の本物のプライド、自尊心を身につけている者 は静かであり、冷静で、慌てない、聞く耳が持てるということになるだろう。
それでは真の本物のプライド、自尊心とは何か、いかにして身につけるかと いうことになる。これがバーンアウト予防につながっていくに違いない。
河津千代 1993「プライド このやっかいなもの」〜生き方を考える十章〜 リブリオ出版