第6章 総合考察と今後の課題
第2節 章のふり返りと今後の課題
2−1 第1章 問題の所在と研究目的より
山本五十六元帥が「やって見せて、言って聞かせて、させてみて、褒めて やらねば、人は動かず」と言ったという。これは教育に於ける名言である。
これは子どもに限らず、大人にも言えることで、巷には子どもの教育に関す る本が溢れている。教育とは未来を担う子どもの育成に施されるのは当然であ るが、その教育にあたる大人、つまり教師にはあまり注意が払われてこなかっ た。あの福沢諭吉にしても、学問のすすめの中で、教育の在り方については、
いろいろと論じているが、教師の育成については一行も書いていないそうであ る。教師は始めから当然「あるもの」で、論じるまでもないということだろう。
しかし、確実に人はストレスに弱くなっており、打たれ弱い。それに弓1き換 え、ストレスは益々、複雑化し、厳しくなっている。まさに反比例の関係があ る。アンケートでもこれから教育界は益々、厳しくなって行くであろうという 97%の回答に、教師の資質を問うことは重要である。
教師の資質には、それなりにまとめ、論述したが、それではその資質はいか にして育つのかまでには至っていない。教師の資質だけの優秀な論文もあった が、その形成法にまでは触れてなかった。指導力不足教員の復職トレーニング プログラム等の取り組みがあるのはたいへん、ありがたい、いいことであるが、
その前に、教師の資質とは何かを今一度、考え、そのスキルを身につけるプロ グラムもあっていい、性格的なもので、どうしようもないものなら離職するの もバーンアウトの予防の一つの対策である。
2−2 第2章 ストレスと自尊感情の先行研究より
ここでは、この論文の骨格である感情、つまり「心」の仕組みについて論じ た。すばらしい書物に出会えたことは嬉しいことであった。しかし読んだり、
書いたりしている内に、何がと言うわけではないが、見えてきたものと、益々
分からなくなってきたものがあったように思う。
心の問題は観念論的で抽象的で、難しい。分からなくて当然、分かる者は誰 もいない、分からないというのが正解かもしれない。これは哲学である。
しかし、それでは研究は進まず、論は展開しない。そこでr私の考える〜」
ということで、筆者の論評を付け加えた。
ここでは、簡単な言葉で言い切るならば「幸福とは何か」ということを、自 尊感情、やりがい、生きがい、価値観、プライド等で迫ったのである。そして 究極は「生きる意味」で「なぜ私は教師としてここにいるのか」という問いか
けである。
*あのアウシュビッツ収容所において、明目の命さえも保障されない毎目に、
たしかに少なからぬ人がその恐怖に自殺、発狂した。しかし生き延びた人もい る。「死と愛」の著者フランクルは、無事に生還できたなら、収容所での体験 を多くの人に話して聞かせようと考え、苦境にじっと耐え忍んだという。
想像を絶するが、どんな逆境でも生きる意味を考え、自分なりの答えを見つ け出した人は強い。人生は意味探しである。
ケチなプライド、面子でもって、本来のもっと大切なものを見失っていく、
何にエネルギーを割くべきか、それは価値観の問題でもあった。
認知が変われば、感情が変わる、感情が変われば、行動が変わる。認知は刺 激(情報)に左右される。また認知は価値観で変わる。感情は不安定なもので、
ささいなことでその自尊感情は高くもなれば、低くもなる。それが人間という ものであるが、少しでも建設的な価値観を育て、肯定的な認知を、いい意味で 習慣化できれば、肯定的な生きる意味を見いだせるのではないか。そうもって いくことで、教師のバーンアウトの予防に役立つのではないかと、その大切な プロセスの一つとして論じたつもりだが、うまく伝わったか自信はない。
感情についての研究は尽きることはない。また感情は時代背景でも変わるも の、発達するものと言った方がいいかもしれない。昔の人は、こんなことで笑 ったり、怒ったり、悲しんだりしていたのか、今では考えられないということ も出てくるだろう。
2−3 第3章 教師の苦悩に関する調査研究より
アンケート数が生徒と違い、教師は集めるのに苦労した。多いほどいいに 決まっているが、どれほどの数があれば信慧性があると言えるのだろうか。
始めは、アンケートなど取るつもりは無かった。時や場所、気分、体調等で 血圧のごとく、目ごとに変わる月のように、あまり信用ならないという先入観
が筆者にはあるからである。プレ、ポストで微妙に変わる数字に有意差があっ た、無かったと一喜一憂する研究の進め方に疑問があったからである。しかし 研究とはそういうものなのだろう。
突然、現場の教師の思いが、筆者の感覚と違いがないことを確認したいとい う衝動に駆り立てられて、アンケートを作り出した。これには指導教官である 上地安昭先生に何回か指導を仰いで出来上がったもので、それなりの自信作で ある。appendixに掲載しておくので参考になれば幸いである。
さて、アンケートの考察については、十分ではないが、第3章で述べたので、
繰り返さないが、このアンケートは、その後の論文の展開に大いに役立ち、筆 者の論理の展開を裏付けてくれる、勇気づけるもので、本当に実施してよかっ たと思う。特に「自信を無くし、自尊感情が不安定になったとき、それを乗り 切るためにどんな工夫をしてきましたか。あなたのアイディア、聞いた話、何 でも結構です。自分自身に、あるいは苦しんでいる同僚に、周りの人にアイデ ィアを教えてください。」という記述式の部分には有益なたくさんの意見を提 供して頂いた。アンケートの集計が終わると共にすぐに冊子として「ご協力の お礼」を送らせてもらったが、改めて感謝の言葉を述べたい。
質問項目が55というのは多いか少ないか、興味ある聞きたい項目はたくさ んあるが、忙しい現場を知っているだけに、アンケートにそんなに時間はとれ ない。項目が多いと不快感があり、どうでもいいと適当になる。できるだけ迷 い無く、淡々とスピーディに、またやっている者にも興味深いと思えるような 質問形式にしたつもりである。
このアンケート作りは、今後のいい勉強になったと思っている。
2−4 第4章 感情のメカニズムと対応より
ここでは、ホメオスタシスとアージ理論より、人間は基本的に何とか生き 延びようというシステムが組み込まれている、このことこそが人生を肯定的に 考えるべきであることを物語っていると進めていった。
戸田正直(1980)のアージ理論による、感情の様々を列挙して、自分なりに
「ジョハリの4つの窓」のごとく、分けてみた。整理はついたが、そのことが 端的に何に役立つのか、明確にならなかったように思える。
本当に様々な感情がうごめいている、微妙な違いのその感覚は、何を根拠に どうして生じるのか、生きるためといえば、それまでだがもう少し深めていっ てもよかったかもしれない。しかしこの論文の主旨はそこまではもとめない。
「感情のメカニズム」については筆者なりによくできたのではないかと、自
画自賛している。起承転結のごとく、原因と結果の因果関係の流れの中で大ま かに何をどうしたらいいのか、流れは筆者なりにはっきりした。このことは 何について努力すべきかが、学校が起因となる教師のバーンアウトの予防に何 が必要か、アンケートの考察からも裏付けられたと思っている。
その中で、生徒指導法、教科指導法、学級経営法、コミュニケーション法と しぼって論じた。簡単には主に私見であったが、書いた。ただそのスキルを論 じることがねらいではなく、バーンアウトの予防にはここがキーポイントであ ると述べたかったのである。しかし、学校に於ける教師のバーンアウト要因は これだけではなく、まだまだ目を向けていかなければならないことが多々ある。
ここまでが刺激(情報)の上手な入れ方で、次にこの情報をどのように認知 するのかを考えた。情報がよくても認知の仕方がまずければ、もともこもない。
認知については第5章でも、取り上げるので、その定義と脳のメカニズムにつ いて論じた。これは科学的で筆者にも興味深い学習になった。感情のメカニズ ムの最後として反応(行動)についてであるが、我々が実際、人を評価するの はここの部分である。なぜなら目に見えて分かりやすいし、利害関係がはっき りするからである。刺激の部分で紙面をとったが、ここでももう少し論述する 必要があったかもしれない。
2−5 第5章 自尊感情を高める技法より
第4章、第5章が本論であり、この論文は何か新しいプログラム開発とい うものではなく、文献研究が主であったが、筆者の書物を読んでの感想や教職 歴の中で培った思いやアイディアを入れた。その間、上手く流れるところ、一 行書いて何時間も止まるところ、自尊感情は上がったり下がったりで落ち着か
ない。
それでも、深呼吸して待て待てと自分に言い聞かせ、感情のコントロールが 以前よりできるようになった。これは知識、知恵が付いたことによる。
悩みを書くことによって、明確化される。明確になると、次の手が考えられ る。書いている内に大したことではないと気づくこともある。
また人に話してみることも大事だ。話している内に消えることもある。深刻 な状態になっているときでも本人が気づかないことがある。相談を受けた者が カウンセラーなり、病院なりを勧めてくれることもあるだろう。
自尊感情を下げるのは、向こうからやってくるが、高めるのには、「果報は 寝て待て」にはいかず、意識することが必要になる。向こうからやってくる(耳 に入る)こともあるだろうが、それは本人がそれなりの種をまいている(努力