第 2 章 先行研究レビュー
2.5 省察と実践
2.5.5 経験学習と省察
経験 を通 じた 学習 は 多く の研 究者 が研 究し てき た課 題 であ る 。こ の 課 題に おい て 、省 察が 大き な役 割を 持っ てい る。ガ ービ ン (2002)に よる と、そ も そも 哲学 の世 界で は、経 験の 重要 性を めぐ り、大き な 二つ の学 派 が み ら れ る 。 一 つ は デ カ ル ト や ラ イ プ ニ ッ ツ に 代 表 さ れ る 合 理 論 で 、 知 識 は 経 験 か ら は 独 立 し た 先 験 的 な 理 念 や 原 理 に 基 づ い て い る と い う 。 もう 一方 はロ ック や ヒュ ーム が主 張す る経 験論 であ る 。彼 らは 知 識 の源 泉は 知覚・感覚 から 得 られ たデ ー タし かな いと いう 。こ れら 理論 に 対し、
デュ ーイ はプ ラグ ラ マテ ィズ ムの 立場 から 新た な視 点 を加 えた 。デ ュー イは「 あ らゆ る純 粋な 教育 は 経験 を通 じて 得ら れる 」と 主張 し、実 践的 なプ ロジ ェク トを こ なす 教育 を提 案し た。こ れに より 学習 すべ き テ ーマ と方 法の 間の 乖離 が 解消 され た。 この 流れ を受 け 、コ ルブ は学 習を プロ セス とし て捉 え た(Kolb、1984)。コル ブに よれ ば 、経験 の変 化 を通 じて 知識 が創 造さ れる プ ロセ スが 学習 であ る。また 、知識 は経 験の 把 握 と変 容の 組み 合わ せの 結 果 で ある 。コ ルブ の理 論に おい て 学習 者は 、(1)具 体 的体 験(concrete experience)、すな わち、具体 的な 経 験を し、(2)省 察 的観 察(reflective obsevation)、す な わ ち経 験の なか で他 者 や自 分を 省察 的に 観察 し、(3)抽象 的概 念化(abstract conceptualization)、す なわ ち 、観 察し て 得 ら れ た 教 訓 か ら 抽 象 的 な 概 念 を 生 み 出 し 、(4)能 動 的 実 践 (active experimentation)、す なわ ち 理論 を 問題 解決 に役 立て て いく こと 、と いう サイ クル を繰 り返 す 中で 知識 を拡 大す ると 述べ てい る( 図 2-7)。コ ルブ
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は経 験学 習の 中の 知 識を 創造 する 過程 に 、省察 を 位置 づけ てい る 。省察 は、経 験 した こと を解 釈す る こと であ り、そこ から 何ら かの 概 念、教訓 を得 る行 為に つな が る と いう 。
これ に対 して 、サイ クル は連 続的 では ない 場合 があ り 、簡 潔す ぎる と いう 批 判や (Jarvis、1987)、 社 会 的な 要 因や 無 意識 の 学習 、 メタ 学 習の プロ セス を考 慮す べ きで ある とい う批 判が ある( 松 尾、2006)。し か し、
こ の よ う な 批 判 が あ る 現 在 も 、 経 験 学 習 は 大 き な 影 響 力 を も っ て お り 、 モデ ルの 根幹 が否 定 され たわ けで はな い。
図 2-7 コ ルブ の経 験 学習 モデ ル 出 典 :Kolb(1984) を元 に筆 者が 作成
コ ル ブ や デ ュ ー イ の 思 想 を 引 き 継 い だ 経 験 学 習 に サ ー ビ ス ラ ー ニ ン グが ある 。サ ービ スラ ーニ ン グと は「学 生 達が、人々 の コミ ュニ テ ィの ニー ズに 対応 した 活 動に 従事 する 中で 学ぶ、経 験学 習の 1 つの 形で あり、
そ こ に は 意 識 的 に 学 生 の 学 び と 成 長 を 促 進 す る よ う に 設 計 さ れ た 構 造 的 な 機 会 が含 まれ て いる 。内 省 と 互恵 がサ ービ スラ ー ニン グの 鍵概 念に なっ てい る」(Jacoby et al.、1996、翻 訳は 桜井 ・津 止 、2009 から 引 用 )。
すな わち 、学生 達が 地域 貢献 と い った コミ ュニ ティ の ニー ズに 基づ いた ボラ ンテ ィア 活動 を する こと によ って 、経 験を 積 み、社会 や責 任 な どに つい て学 んで いく 学 習で ある 。
サー ビス ラー ニン グ にお いて は 、学習 方法 と効 果を 検 討す る研 究が 多 く、その 学習 形 式に つい て理 論 化 がな され てい ない と いわ れて いる(中
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野・西 野 、2006)。こ れに 対し、シ ェッ クリ ーと キー ト ンは、学習 理 論を 発展 させ るた め 、独 自の 理論 モデ ルを 提案 して いる 。 この 議論 を中 野ら の翻 訳に 従っ てみ て みる と、学習 者は あら かじ め持 っ てい た期 待と 、サ ービ スラ ーニ ング の 経 験 のな かで 注目 した 情報 が整 合 する と、も と もと もっ てい る期 待 、そ して その 前提 にあ る意 味モ デル を 強化 し、より 洗練 され た知 識を もつ よ うに なる 。一 方、期 待 と経 験が 一致 しな い と 、 この 不一 致を 否定 し 、も とも と持 って いた 期待 を支 持す る 場合 と、省察 する こと を通 じて 期待 を 修正 し、世 の 中に つい ての 知識 を 手に 入れ る場 合が ある。つ まり、経験 と 省察 を通 じ て、自 分 が持 って いた 世の 中 につ いて の知 識を 修正・洗 練し てい く と、こ の理 論は 主張 して い る(図 2-8 参 照)。
図 2-8 サ ー ビ ス ラ ー ニ ン グ の 学 習 モ デ ル 出 典 : 中 野 ・ 西 野 (2006) を 元 に 筆 者 が 作 成
サー ビス ラー ニン グ は、学 生へ の 科学 技術 コミ ュニ ケ ーシ ョン 実践 教 育と 一部 が 重 複す る 教育・学 習形 態で ある 。特 に 市民 参加 型の 科学 技術 コミ ュニ ケー ショ ン は、市民 の ニ ーズ に答 えよ うと す る 活 動を 含ん でお り 、 親和 性が 高 い。一方 、教 育・ 啓蒙 型の 科学 技術 コ ミュ ニケ ーシ ョン にお いて は、ニ ーズ を調 査し て応 える とい うよ りは 、伝え る側 に科 学的 知識 を伝 える こと が 重要 であ ると いう 問題 意識 があ り 、活 動を は じ める こと が多 いの では な いか と考 えら れる 。そ の場 合 、必 ずし も社 会 か ら の ニー ズが 前提 に あ る わけ では なく 、そ の点 は サー ビス ラー ニン グ と 異な る。一 方、ニー ズの 調 査が 先に 行 われ てい ない 場合 で も、啓 蒙 型の 科学
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技術 コミ ュニ ケー シ ョン を社 会貢 献と して 行っ てい る 例は 多い 。単 に知 識の 伝達 が目 的な の では なく 、社 会貢 献が 目的 であ る 場合 は、サー ビス ラー ニン グと 同様 、活動 を行 い 、期待 と経 験に ギャ ッ プが あっ た場 合に 修正 し、よ り聴 衆の 関心 やニ ー ズ に合 わせ てい く 活 動 に変 化し てい く可 能性 があ る 。こ のた め、 サー ビス ラー ニン グ の 知見 は 、市 民参 加型 、教 育・啓蒙 型 双方 の科 学技 術コ ミ ュ ニケ ーシ ョン に参 照 でき るの では ない か と 考え られ る。