第 2 章 先行研究レビュー
2.4 知識創造プロセスとしての科学技術コミュニケーション
2.4.5 科学的知識のコミュニケーションとその障壁
科学 技術 コミ ュニ ケ ーシ ョン にお いて は 、科 学的 知識 の送 り 手側 に 関 する モデ ルは 少な い こと が指 摘さ れて いる( 廣 野 、2008)。科学 技 術 コミ ュニ ケー ショ ン に お いて 科学 的知 識の 送り 手 は 、どの よう に伝 え て いる のか 、ある いは どの よ うに 伝え る のが 適切 なの か 、と い う点 につ い ては、
ライ ター 等の 経験 者 が自 己の 体験 から 語る こと はあ っ ても 、実 証 的 なモ デル 化に は至 って い ない 。
そも そも 科学 技術 の コミ ュニ ケー ショ ンに おい て 、科 学的 知 識の 送 り 手 が 注意 すべ き こ と とし て注 目さ れや すい のは 、専門 用語 によ る 障 壁で あ る 。 科 学 者 が 科 学 的 ア イ デ ア に つ い て 非 科 学 者 に 伝 達 す る と き に は 、 専 門 用 語 か ら 相 手 が 理 解 可 能 な 言 葉 に 翻 訳 す る 必 要 が あ る (Weigold、
2001)。ま た 、科 学技 術コ ミュ ニ ケ ーシ ョン の入 門書 で は わ かり やす く伝 える 技術 が紹 介さ れ 、 プ レゼ ンテ ーシ ョン ・ス キル や 、ラ イテ ィン グ・
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スキ ルな ど に つい て 、例 えば 比喩 の使 用や 、わ か りや すい スト ーリ ーを 作る ため のノ ウハ ウ 、メ ッセ ージ の作 り方 など が 紹 介 され て い る( たと えば ウィ ルソ ン 、 2006;千 葉 ほか 、2007;北 海道 大学 科 学技 術コ ミ ュニ ケー ター 養成 ユニ ッ ト 、2008;川 本 、2009)。
一方 で 、科 学技 術コ ミュ ニ ケー シ ョン を成 功さ せる た めの 観点 とし て、
スキ ルだ け に は還 元 でき ない 、 知 的 側 面も ある 。
たと えば 、自然 科学 者と そ うで な い人 の間 には 文化 的 な相 違が ある こ と を 踏 ま え る べ き だ と い う 議 論 が あ る 。 最 も 古 典 的 な 文 献 は ス ノ ー の
『二 つの 文化 と科 学 革命 』で あり 、自 然科 学と 人 文科 学の 文化 の違 いを 指摘 して いる( ス ノー 、1967)。ま た、エ イキ ンヘ ッ ドは、科学 者 間 の議 論 は そ の 科 学 者 が 所 属 す る 分 野 の 規 範 や 価 値 観 、 期 待 に 導 か れ て お り 、 コミ ュニ ケー ショ ン( 心理 的、社 会的、言 語的)、社 会的 構 造( 権威 、参 加 型 相 互 作 用 ) や 慣 習 、 態 度 、 価 値 観 、 信 念 、 世 界 観 、 ス キ ル 、 行 動 、 テク ノロ ジー など を 文化 の属 性と して 意識 する 必要 が ある こと 、そ して それ を越 境 す るこ と が重 要だ と述 べて いる (エ イキ ン ヘッ ド 、2000)。
また 、科 学を ど う捉 える か 、す な わち 科学 観に 対す る 認識 の違 いが コ ミュ ニケ ーシ ョン 不 全を 生む こと があ る。藤 垣は ジャ ーナ ル共 同 体 の妥 当性 境界 の違 いが 、異分 野摩 擦を 生み 出す こと 、そし てそ れは 固定 され たも ので はな く 、今 まさ に作 ら れ てい るも ので ある こ とを 指摘 して いる
( 藤 垣 、2003)。ま さに 作ら れて い る境 界に 関わ る意 思 決定 にお いて 、市 民 が 科学 を「固 い」、すな わち 確 実 な判 断基 準を もつ も のと して 捉え てし まう と、科学 者 の答 え が 統一 され てい なか った り 、答 えを だせ な か っ た りす る こ とに 不信 感 を抱 くな ど 、コミ ュニ ケー ショ ン 不全 が生 じる 可能 性が ある 。
リス クに 関わ る意 思 決定 では 、あ る問 題に 対す る答 え では なく 、そ も そ も そ の 問 題 設 定 の 前 提 、 つ ま り フ レ ー ミ ン グ の 前 提 が 異 な る こ と が 、 争点 にな るこ とが あ る 。平 川に よ ると フレ ーミ ング の 前提 とは、「 ① 何が 重要 な社 会的 価値 な のか とい う価 値態 度、② 行為 や責 任に つい て の 信念、
③ 競 合 す る 様 々 な 知 識 主 張 の う ち ど れ が 信 頼 で き て ど れ が 重 要 な の か に関 する 判断 、④物 事の 因 果 関係 や関 連性・重 要 性に 関す る特 定の 理論 やモ デル 」の こ とを さす 。こ の フ レー ミン グの 相違 が ひき おこ した コミ ュニ ケー ショ ン不 全 の 一 例と して は、GM(遺 伝 子組 み換 え食 品)ガ バナ ンス にお ける 意見 の 対立 があ る 。そこ では 科学 的で あ ると いう こと は ど のよ うな こと か と い う認 識に つい て、「 固い 科学 」と「 柔 らか い科 学 」と いう 二つ の認 識 の 対 立が ある とい う。「 固い 科 学」と は科 学の「 確 実 性」
や「 知識 や方 法 の不 変的 妥当 性」「専 門家 間 の 合 意」「 価 値中 立性 」な ど
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の面 を強 調す るの に 対し、「柔 ら かい 科学」では「不 確実 性」や「 知識 の 個別・特殊・多 様な 状況 への 適 応 性」「 知識 や見 解、価 値 観の 多様 性 」を 重視 する 。こ の前 提が 異な る こと で、ど の よう に意 思決 定を だ すか 、と いう 考え 方が 異な り 、意 見が 対立 する (平 川 、2005)。
また、信 頼性 を重 視す る考 え 方も ある。 八 木は、 原 子力 分野 の リ ス ク コミ ュニ ケー ショ ン の実 践の なか で 科 学者 と市 民が 信 頼し あい 、共 進化 する こと の重 要性 を 説い た。そし て、信 頼 関係 を築 くた めに は、繰 り返 し対 話す るこ と 、落 とし どこ ろの ない 対話 をす るこ と 、ニ ーズ に合 わせ た対 話 を する こと が 必要 であ ると 述べ てい る。そ して 、科 学者 に も とめ られ るコ ミュ ニケ ー ショ ンと は、「 相手 にう まく 話す 力 では なく 、相 手が 何を 聴き たい のか 、もし くは ど の よう な 背 景で この 質 問を して いる のか を聴 く力 であ る」 と 述べ てい る ( 八木 、2009)。
これ らの 議論 と同 時 に、文 脈モ デ ル も コミ ュニ ケー シ ョン 不全 を乗 り 越え るた めの 手段 と して 挙げ られ てき た 。廣 野は 、文 脈モ デル を踏 まえ、
伝え る際 には 次の よ うな こと に留 意し た方 がよ いと い う。第一 に 、科学 技術 を伝 える 側に は 文脈 が存 在し 、科 学的 知 識は この 文脈 から 切 り 離さ れ 、 あ る い は あ る 程 度 そ の 文 脈 と と も に 相 手 に 伝 え ら れ る こ と で あ る 。 第二 に、科学 的 知識 と文 脈は 対と なる 概念 とい うこ と であ る。第三 に科 学は 単一 の営 みで は なく、文 脈は 複数 存在 する こと で ある。第 四に 、文 脈は 社会 的に 見た と き、多 義 的で ある こと であ る。第五 に、用語 の ネッ トワ ーク には 、ある 用語 はあ る用 語の 前提 にな ると い った よう に、序列 性が ある 。第 六 に、文脈 は暗 黙的 ・技能的 性 格 を 持っ てお り、 言語 だけ では 伝え られ ない こ とも 多い こと であ る。以上 を 踏ま え、 科学 的 知 識の 送り 手 た ちは 、潜在 的な 文脈 を明 示化 する 力量 が必 要 であ ると いう 。そ し て よ き 科 学 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン は 次 の よ う な プ ロ セ ス を 巡 る の で は ない かと 推量 して い る ( 廣 野 、2008)。
(C1) 科学 コ ミュ ニケ ーシ ョン に お いて 、伝え るべ きこ と T を設 定す る
(C2) T に 関 し、 伝え る側 の文 脈 CT を明示 化す る
(C3) T に 関 し、 受け 取る 側の そ の 対応物 S を 特定 する
(C4) S に 関し 、受 け 取る 側の 文脈 を明 示化 する
(C5) CT に対 応す る 文脈 CS を特 定 する
(C6) T に 関し 、伝 え るべ き単 位で ある 「T およ びそ の 文脈 CT」で あ る
UCTを 特定 し、 切り 出す
(C7) UCT を わ かり やす い形 ACT に「 変奏 」す る
(C8) ACT を 受け 取る 側に 伝 える
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(C9) 受け 取 る側 の理 解・ 了解 で あ る ACS をチ ェ ック する
(C10) ACT と ACS の相 違を 特 定す る
(C11) よ き科 学技 術コ ミュ ニ ケー ショ ン に おけ る評 価 基準CRを設 定す
る
(C12) ACT と AST 差 異を CR の観 点か ら評 価す る
(C13) 評 価が よけ れ ば、 さし あた りコ ミュ ニケ ーシ ョ ンを 終了 する
(C14) 評 価が 悪け れ ば、(C2)以降 を再 試行 する
これ ら の 主張 から わ かる こと は 、科学 技術 コミ ュニ ケ ーシ ョン にお い ては 、単 純に 知 識が 伝わ った か否 かが 問わ れて いる の では なく 、相 手と 自分 の前 提の 差異 を 認識 し、その 差異 を受 け入 れた う えで 、粘 り強 く対 話す るこ とが 求め ら れる とい うこ とで ある 。科学 技術 コミ ュニ ケ ー ショ ン の ゴー ルを「市 民の 知識 の 獲得 」のみ に 設定 し、 一 度 の講 義や 講 演で 市民 に科 学が 好き 、楽し いと い っ た価 値観 まで 植え 付 けよ うと する 態度 は、欠 如 モデ ルの 失敗 を繰 り 返す こと につ なが る。もち ろん 、科 学 の面 白さ を伝 える 活動 に も意 味が ある もの の、 その スキ ル・価値 観で 、市民 参加 やリ スク コミ ュ ニケ ーシ ョン など 、多 様 な 科 学技 術コ ミュ ニ ケ ーシ ョ ン に関 わる こと は 危険 であ る。また、 科 学の 面白 さ ・楽し さ を 伝 える 科学 技術 コミ ュニ ケ ーシ ョン であ って も、相 手の 不信 感を 引き 出 す コミ ュニ ケー ショ ンを お こな えば 、い くら 知識 が伝 わっ た とし ても 、成 功と はい いが たい 。不 信感 を互 い に抱 いた り、意見 が対 立・硬直 した り する 事態 に陥 るの を避 け 、相手 と信 頼 でき る関 係を 築く た めの 姿勢・態 度が、
科学 者や コミ ュニ ケ ータ ーに 求め られ てい る と 考え ら れる 。