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科学的知識とは何か

ドキュメント内 JAIST Repository https://dspace.jaist.ac.jp/ (ページ 48-52)

第 2 章 先行研究レビュー

2.4 知識創造プロセスとしての科学技術コミュニケーション

2.4.3 科学的知識とは何か

科学 的知 識と は何 か 、と いう 問い は、科学 哲学 を 中心 とし た科 学論 の テー マで ある もの の 、そ の複 雑さ から 議論 が完 結す る こと はな く、これ 自体 が大 きな 研究 分 野を 作っ てい る。この ため 、それ らす べて を レ ビュ ーす るこ とは 筆者 の 手に 余る もの であ り、本 研究 の関 心 か らも 大 き く外 れる もの であ る。また 、科 学的 知 識に 関わ る学 問分 野 とし て、科学 社会 学で は科 学的 知識 の 社会 学(Sociology of scientific knowledge : SSK)とい う 学 派 が みら れる 。こ れは ク ーン のパ ラダ イム 論、すな わち 、知 識 生産 が 連 続 的 で も 貯 蓄 的 で も な く 、 不 可 共 約 的 で あ る と い う 主 張 ( ク ー ン 、 1971)に 基づ き 、科 学的 概念 は 科 学以 外の 要因 から 影 響を 受け て生 産さ れ て い る の で は な い か と い う 社 会 構 成 主 義 的 な 議 論 を 行 う 分 野 で あ る

( 田 中、1992;金森 、2002)。こ の 議論 は、マ ート ン の流 れ を 汲む 科 学者 の社 会学 とと もに 、科学 社会 学を 形作 って きた 。 この 議論 の関 心の 中心 は 、 科 学 的 知 識 が い か に 社 会 的 に 作 ら れ て い く の か を 示 す こ と に あ る 。 現在 の科 学社 会学 の 議論 の中 心は 、SSK か ら 科学 技術 の文 化人 類 学 や科 学技 術に おけ る社 会 学研 究に 移行 して いる(Vinck、2010)。

本研 究 で 筆者 が問 題 にす るの は 、科学 者 の 間で 共有 さ れた 科学 的知 識 が、社会 に 移動 する 局面 でど の よ うに して どん な変 化 を受 ける のか とい うこ とで ある 。科学 者が 科学 的知 識を 生産 する 場面 で 、い かに 社会 的に 作ら れた のか とい う 問い は重 要で ある もの の 、本 研究 では 科学 的 知 識 の

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生産 では なく 、その 先の 社会 と の コミ ュニ ケー ショ ン の場 面で の変 化に 焦点 を当 てた い と 考 えて いる 。

上記 を踏 まえ 、本研 究で は科 学的 知識 の特 徴を 、哲学 や知 識生 産の 社 会学 から とい うよ り は 、科学 的 知 識と 市民 がも つ一 般 的な 知識 の違 い に 注目 して 整理 した い 。ま た、科 学 的知 識と そう でな い 知識 の境 界を 誰が どの よう に引 くの か とい うこ とを 先行 研究 に基 づい て 議論 し、本 研 究に おけ る 科 学的 知識 と は何 か を 、社 会学 的な 見 地 から 定 義す る 。

科 学 的 知 識 と 市 民 が も つ 一 般 的 な 知 識 の 違 い に つ い て 総 合 的 に 検 討 した 研究 者に 、社会 心理 学者 のフ ァー ンハ ム が いる 。ファ ーン ハム はふ つう の人 がも つ「理 論 」や「 信 念」を 分析 し、「し ろ うと 理論 」(lay theories)

と科 学的 理論 の違 い を次 のよ うに 述べ てい る ( ファ ー ンハ ム 、1992)

(1) 明示 的で ある こ とと 定式 化さ れて いる こと

しろ うと 理論 の多 く が暗 黙的・定 式化 され てい ない 一 方で 、科 学理 論 は、比較 的一 貫し た 様式 をも つと いう 意味 で定 式化 さ れて おり 、か つ 言葉 で明 示さ れて い る。

(2) 整合 性が あり 首 尾一 貫し てい るこ と

しろ うと 理論 がた い てい 曖昧 で整 合性 がな い一 方で 、科学 的理 論は 一 般的 に整 合性 や首 尾 一貫 性が 求め られ てい る。

(3) 検証 と反 証

しろ うと は反 証す る 証拠 より も確 認す る証 拠を 探す 傾 向が ある 。科 学 理論 は 、ポ パー によ ると 、反証 さ れ得 るも ので あり 、反証 さ れる ま で は 限 定 的 で あ る 。 ま た 、 科 学 的 理 論 は 、 し ろ う と 理 論 と 比 較 す る と 、 演繹 主義 的で ある 。

(4) 原因 と結 果の 関 連

しろ うと 理論 では 原 因と 結果 の混 同が おき やす く、一方 的に 原 因を 推 論し よう とす る傾 向 があ る。これ に関 して は科 学者 で も同 様の こと が 起こ りう るも のの 、 前者 の方 が無 批判 的で ある と考 え られ る。

(5) 内容 志向 的で あ るか 過程 志向 的で ある か

しろ うと は内 容志 向 的な 一方 で、 科学 的理 論は 過程 志 向的 であ る。

(6) 内的 (個 人的 ) であ るか 、外 的( 状況 的) であ る か

一般 的に 人は 、行 動を 説 明す る際 に外 的・状況 的な 重要 性 を過 小評 価 する 。つ まり 、し ろ うと は 個 人の パー ソナ リテ ィや 動 機の 観点 から 人 間行 動の 原因 を突 き 止め よう とす る傾 向が ある 。

(7) 一般 的で ある か 、特 殊的 であ るか

し ろ う と は 特 定 の 現 象 に 関 し て 情 報 に 基 づ い て 理 論 や 説 明 を つ く り

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あげ るが 、抽 象的 な 理論 的原 理に 一般 化す るこ とは 少 ない 。こ れに 対 して 科学 的理 論は 一 般化 を志 向す る。

(8) 強い か、 弱い か

アイ ゼン クに よる と、科 学に は強 い理 論と 弱い 理論 が ある とい う。前 者は 多く の人 によ る 膨大 で正 確な 観察 に基 づき 、量 的 法則 が発 見さ れ てお り、問題 とな る 現象 が明 示さ れて おり 、数 学的 な 関係 がそ れほ ど 複雑 でな く、かつ 予 想 し やす いな どの 性質 をも つ。ほ とん どの しろ う と理 論は 科学 的理 論 より も弱 い。

上記 の違 いは 明確 に 切り 分け られ るも ので はな いも の の、性 質の 違 い を 把 握 す る 目 安 と す る こ と が で き る と 考 え ら れ る 。 ま た 奈 良 ・ 伊 勢 田

(2009) は、生 活に 関 する 知識 、生活 の中 で 獲 得 さ れ た知 識 で ある 生活 知と 科学 知の 違い を 以下 のよ うに 示し てい る。

(1) 科学 知の 特徴

1. 科 学的 検 証を 経て いな い事 物 を 科学 知か ら排 除す る 。

2. 社 会通 念 と し て 、 科学 知 が 知 の す べ てで あ る か の よ う な扱 い を 受 け るこ とが ある 。

3. 科 学知 は 細分 化・ 専門 化し 、 全 体を 見渡 すの は困 難 であ る。

(2) 生活 知の 特徴

1. 生 活知 は 普 遍 化 が 困難 で 言 葉 に な ら ない こ と も 多 く 、 共有 さ れ な い こと が多 い。

2. 生 活知 は 本人 にと って は重 要 な 知で ある 。

3. 生 活そ の も の の 総 合性 に 対 応 し 、 生 活知 は 総 合 的 で 、 一人 の 個 人 が その 全体 を把 握し て いる 。

この よう に、科学 的知 識は 、検 証 を受 けた 知識 であ り、かつ 論理 的 で 一般 性が 高い 、よ り 確か な 知 識で ある とみ なさ れる 傾 向が ある 。

で は 、誰が どの よ うに して、ある 知識 が 科 学的 知識 で ある かど うか を 判断 し て いる のか 。現在 のと ころ 、科 学的 知識 と そう でな い知 識を 分別 する、科 学者、科学 論 者、社 会 が 合意 した 明確 な基 準 があ るわ けで はな い 。一 方 で、科 学的 知 識を 生産 し 、科学 的 知識 とそ うで ない 知 識の 境界 線を 引く のは 、一 般的 には 、科 学 者で ある と考 えら れ てい る。 科学 者 が 知識 を生 産す る 際 の 規範 は 20 世 紀半 ばに マー トン が その 内容 の明 示化 を試 みて いる(マ ート ン 1961)。マ ート ンは 科学 者の 行 動を 社会 学的 に研

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究し た科 学社 会学 の 創始 者で ある 。マ ート ン の提 示した 4 つの エ ー トス は 、 ザイ マン によ っ て 次 の 5 つ に まと めら れ て い る 。

1. 公 有主 義(Communalism):科 学 は 公 共 的で あ り 、 研 究 結 果 は公 に され るべ きで ある 。

2. 普 遍主 義(Universalism):科学 は 人種・宗 教・国籍・そ の他 所属 に 関わ らず すべ て有 能な 人 物に 開か れる べき であ る。業績 も科 学者 の 性格 や 属性 、社 会的 地位 と 関わ りな く評 価さ れな けれ ばな ら ない 。

3. 無 私性(Disinterestedness):研 究 成果 には 私的 利害 を 関与 させ ては なら ない 。

4. 独 創性(Originality):研 究 主張 は新 しい もの でな け れば なら ない 。 5. 組 織的 懐 疑主 義(Skepticism):す べて の主 張は 、批判 的な 精 査と 検 証を

受け るべ きで ある 。

これ らは 頭文 字を と って CUDOS と呼 ばれ てい る。 こ れは 理想 化さ れ すぎ てい て、現状 に 即し てい ない とい う指 摘が 多々 な され てい る(た とえ ばザ イマ ン, 1995)。 しか し 科 学 の 理想 的な 規範 とし て 現代 でも 参照 され て お り、科学 的知 識は 多か れ 少な かれ、こ のエ ート スに した が って 、生 産 さ れ 、 批 判 ・ 検 証 さ れ 、 共 有 さ れ て い る 。 こ の エ ー ト ス の も と で は 、 個人 的で 公表 され て いな い、あ る いは ほか の科 学者 に 検証 され てい ない 知識 は科 学的 知識 か ら除 外さ れる と考 えら れる 。

また 、科 学的 知 識と そう でな いも のを 分け る基 準は 、 固定 され た 基 準 とし て形 式知 化さ れ てい るの では なく 、科 学 者間 の 交 渉に よっ て 決 まる と言 われ てい る。藤垣 は、この 境 界を 作る 行為 とし て、ジャ ー ナル 共同 体の「妥 当性 境 界」に注 目し てい る。妥当 性境 界 は、 ジャ ーナ ルの 査読 シス テム の中 で行 わ れる 科学 的知 識の 境界 線を 引く 行 為で ある 。ジ ャー ナル の数 、そ こ での 科学 者間 の相 互作 用の 数 だ け 境 界 があ り、そこ で論 文が 検証 され 、科 学的 知 識が そう でな い知 識か ら 区 切 られ る(藤 垣、2003)。

これ らの 先行 研究 を 踏ま え 、本 研 究で は 科 学的 知識 を「 科学 者間 で 査 読や 検証 を受 け 、ジ ャー ナル 論文 や教 科書 に掲 載 さ れ た形 式知 」と 定義 し た い 。論 文中 に掲 載 され た知 識 とと もに 、論文 から さ らに 広く 普 及し、

科学 者 が 書い た 教 科 書に 掲載 され た知 識 を 含め る 。そ して これ ら の 科学 的知 識は 、生 活 のな かの 知識 より も 明 示的 で、体系 化・普 遍化 され 、比 較的 決ま った 様式 を もち 、科 学 者 同士 によ る批 判的 な 検証 を受 けて いる がゆ えに「 確 かな もの 」で ある と みな され る傾 向が あ る。こ れ らの 科学 的知 識を 、確 か さを 失わ ず 論 文か ら 切 り離 し、生 活の 中に 移転 する こと は容 易で はな いと 考 えら れる 。

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