千葉県銚子市、及び茨城県神栖市波崎地区における水産加工業の現状と課題
最後に第 1 〜第 3 分布全体を見通しての加工品 目指標を確認すると(図 8 )、サケマス加工専業
とサバ・サケマス加工折衷が第 3 分布の有力企業 群に見られ、サバ加工専業が第 2 分布上位から第 3 分布下位に配置されることが伺える。このこと について、分散分析を行った結果、第 1 分布にも サバ・サケマス専業形態が配置していることか ら、年商規模とサバ・サケマス加工の因果関係 は統計上では得られなかった。しかし、工程の
サ バ
・ サ ケ マ ス 販 売 価 額︵ 億 円
︶
図6 サバ、サケマス加工販売価額比率 図7 年商20億円以下の主要品目販売額の分布
サ バ
・ サ ケ マ ス 販 売 価 額︵ 億 円
︶
図8 水産加工業者の品目特化度の分布
サ バ
・ サ ケ マ ス 販 売 価 額︵ 億 円
︶
自動化を導入し定塩やフィレ加工のライン効率化により年商規模を拡大させたことは事実であり、小規 模企業の手切り加工も一定の市場を維持しているという聞き取り調査結果から定塩とフィレ加工の第 3 分布への根拠と第 1 分布配置への説明として成り立つと想定された。
結論として、第 1 から第 3 分布のサバ加工及びサケマス加工、第 1 分布の開干し加工は極めて高い専 業特化が特徴づけられたが、年商規模10億円以下の第 1 分布と10億円台中堅の第 2 分布では、特に当地 におけるかつての主要加工業態であった開干し加工において切り身加工等の量販需要に対応するか否か で経営構造を分化させる要因となっていることが明らかになった。また、サケマス加工関係業態も第 1 から第 3 分布にそれぞれ配置しており、それぞれの経営構造下でサケマス加工の根拠を得ることが明ら かになったが、ラインの自動化導入など定塩やフィレ加工は大量生産体制の根拠となることもまた確認 された。
3.水産加工業の構造変化
(1)水産加工業変遷の確認
銚子・波崎及び九十九里地域では、昭和20年代初頭までイワシとサンマ漁獲が盛んで主に干鰯や延縄 餌料として流通し、食用としては練製品として僅かに利用される程度であった。その後、昭和25年
(1950年)に巻網が開始され、昭和28年(1953年)にイワシの煮干・丸干、サンマ開干加工が開始され、
冷蔵庫の建設が盛んに行われた。
・昭和30年代(1955〜1965年):釣りサバ漁が盛んになる一方、昭和39年(1964年)を境にサンマ漁獲 が減少、代わってマイワシ漁獲が急増した。このマイワシは主に養鰻用途餌料に使用され後に養殖ハ マチ用餌料として流通し、冷蔵庫業の大型化を促した。
・昭和40年代(1965〜1975年):昭和47年〜48年(1972〜1973年)にサンマとカタクチイワシが不漁、
一方、昭和47年(1972年)から中羽マイワシが大漁となり、同時にサバ漁獲向上の兆しが見え始めた。
しかし、東京オリンピック(1964年)以降、人件費が高騰し釣サバ漁業から装置型の経営構造に傾斜 するようになり、この時期、サバとイワシ資源増加と相まって北部太平洋巻網と大型冷蔵庫が成長し た。
・昭和50年代(1975〜1985年):北部太平洋巻網から供給されるマサバが急増し、塩サバ加工が開始さ れ隆盛した(塩サバ=青切り,文化干)。冷蔵業兼水産加工業の形態として装置型企業の成長を見せ た。他方、1970年代後半、アラスカからの数の子輸入を契機として紅サケの輸入(round, headless, semi headless)が開始される。水産加工業者による取り組みによる。1982〜1984年はアラスカでサ ケマス類の大漁に伴い、1983年に銚子で水産加工ライン導入、サケマス加工が開始。
・昭和60年代(1985〜1995):昭和58年(1983年)紅フィレ製品の本格的生産が開始され、併せて定塩 サケマスの開発が試行される。その一方、昭和62年(1987年)サバ漁獲が衰退傾向を見せ、これを契 機に冷凍業を縮小し水産加工業へ特化する業者が増え、冷凍業者と水産加工業者の分離がすすんだ。
同時に水産加工業者はサケマス加工とともにノルウェーサバを導入し定塩サバ(塩サバ=定塩サバ)
とフィレの製造にシフトし水産加工業として大型化の根拠を得た。塩サバと定塩サケマス加工大手の 江戸野や科光食品の起業・参入は昭和62年(1987年)を前後して行われ、サバ資源の衰退とともに重 要な年である。
・平成年代Ⅰ期(1989〜1999年):1990年にはサバ漁獲が壊滅、1992年を転機としてカタクチイワシも
激減し銚子漁港全体の水揚げは極端に減少した。この時期、冷凍業者は厳しい経営を余儀なくされる が、水産加工業者はノルウェーサバを大量輸入しマサバの代替原料として使用し、最大で当地区内だ けで年間10万t(総輸入量20万t)もの輸入原料を使用したとされる。サケマス加工原料はアラスカ 紅からチリ産銀サケやトラウトの供給が安定し、量販店商材として定塩サケマス、塩サバ、フィレが 拡販され首都圏近郊という立地優位性を生かして水産加工業態の成長の根拠となった。
・平成年代Ⅱ期(1999〜2009年):チリ産サケマスの供給サイドが次第に集約・大規模化し原料価格が 堅調となる一方、国内市場の製品安が定着し、サケマス加工の利益性が低下した。また、ノルウェー サバの価格も同様に堅調となり国内製品相場との不整合が生じ易くなり、サバ加工業の停滞要素とな った。他方、2005年頃からサバ資源の回復局面に入り、順次、前浜サバへと原料をシフトしつつある。
冷凍業者は、水産加工業者への原料供給もさることながら中国、韓国、アフリカ地域、東南アジア、
ロシアへの冷凍魚輸出が活発となり、国内向け冷凍餌料が養殖業停滞の影響で停滞しつつも有力な仕 向けルートを確保した。輸出商材はマサバ、イワシ類、サンマが主で、中国加工のほかアフリカの調 理食材用途、東南アジアやロシアの缶詰原料用途として輸出され活況を呈している。
(2)原料輸入の動向
1)ノルウェーサバ輸入:1990年代から現在に至るまで前浜サバの代替材として導入し使用してきた輸 入サバは多くの部分がノルウェーからの輸入に依存している。マサバ資源の激減が顕著になった1987年 以降の各国からのサバ類輸入量の推移(1989〜2009年)を図 9 第 1 軸に、同じく価格(円/㎏)を 2 軸 に示した(財務省貿易統計)。これによると1988年に32,715tの輸入実績が1993年まで一貫して増加し 191,634tのピークとなった。この時期、銚子・波崎地区で10万tを使用したとされる。その後、1996 年まで減少し、1999〜2001年まで再び15万t水準まで回復したが、2001年以降は 5 万t水準にまで減少 している。図 9 の 2 軸に対応した平均価格を併記しているが2002年まで100円台/㎏で推移していたもの が2003年以降200円台に高騰している。塩サバやフィレに使用されるノルウェーサバのサイズは350〜
450g/尾が中心であり、日本で使用される最適な原料は 9 〜11月の短期間に集中的に調達されたもので、
アフリカやロシアに輸出されるものと若干ことなるassortである。
ノルウェーからのサバ輸入量と平均価格の間には高い負の相関関係(R=0.681)が確認され、輸入量 の動向は日本側の需要よりもノルウェーサイドの漁獲動向やこれに関係した価格水準の低下なり高騰な
各 国 の 輸 入 数 量
︵ ト ン
︶
ノ ル ウ ェ ー 輸 入 サ バ の 価 格
︵ 円
/
㎏
︶
図9 サバ類の輸入量および価格の推移(財務省貿易統計)
ど供給サイドの事情により輸入量が増減する動機となると考えられた。一般的に量販店において販売さ れる定塩サバの 2 枚 1 パックの価格が198円として400g/ 1 尾サイズ(フィレ歩留まり61%:※ 2 参照)
のマサバが使用されたとすれば、水産加工業者段階での主原料価格※4の損益分岐点は161.2円と計算され る(量販店値入率={(売価-原価)÷原価}×100:40%と仮定)。600g/ 1 尾で試算しても同価格であ ることから、この試算は実態を反映しているものと想定された。一方で。図 9 の第 2 軸では、2005〜
2008年の輸入サバ価格は288〜270円/㎏で推移しており(聞き取り調査では300〜330円)、試算した損 益分岐点との差127〜109円の逆鞘から売上高総利益率指標2.9%※4も消滅しマイナス利益となる。すなわ ち、輸入サバを原料としたサバ加工は現状の市場価格において成立しなくなっている。聞き取り調査で もノルウェーサバ使用の条件は失われ、幸いにして前浜サバの資源が回復したことから製造を続けられ たとする証言が多く、日本側の需給ではなくノルウェー供給サイドの価格形成条件が輸入の規定要件と なっている。これを反映して2005〜2009年のノルウェーサバ輸入量は全国で 5 万t前後に収斂してきて おり、2009年の銚子・波崎地区のノルウェーサバ使用量が14,789tと推定されたことから29.2%に当た ることが確認された。当面はノルウェーサバと前浜サバの使用比率を工面せざるを得ないが、前浜サバ の資源回復に期待を寄せる声も多い。
2)サケマス類輸入:1983年のサケマス加工の創生期には、アラスカ州ヤクタット湾からの輸入を契機 としてブリストル紅サケを中心に扱ってきたが、1990年代からチリ産の銀サケとトラウトに次第にシフ トしてきた。2009年の銚子・波崎地区におけるサケマス加工原魚の配分は上述のように銀サケ36,305t、
トラウト20,148t、紅サケ7,918tと仮定し、銀サケの割合44.9%とした(財務省貿易統計比率を反映)。
この比率を実測値の得られる2002年に遡り、1999年の聞き取り調査結果※5で得られた「ロシア産の使用 は僅か」を仮定に入れると銀サケ53.2%、トラウト28.5%、紅サケ18.3%と推計され、銚子・波崎地区 の使用割合を上記44.9%(2009年)と仮定すると、銀サケ34,332tトラウト18,403t、紅サケ11,838t、
合計64,573tと推計され、2009年と比較しほぼ同水準となった。
2001年以前の輸入量数値については、財務省貿易統計で銀サケのデータが得られないことから2002〜
2009年のチリ産銀サケ(x)とトラウト(y)の単回帰をとり(Y=1.795x, R2=0.996)、実測値の得られるチリ 産トラウトの輸入量(x)を反映させ2001〜1988年の期間の銀サケ輸入量(y)を仮定した。紅サケもまた 銀サケと同じく2001年以前の実測値が得られないことから、実測値の得られる2002〜2009年の累乗近似 をとり(Y = 4E+07x0.1519,R2 = 0.7176)、2001〜1988年の期間に反映させ紅サケ輸入量(y)を仮定した。
その結果図10、銚子・波崎地区におけるサケマス加工原料の使用量のピークは2001年の84,996tであり、
前回調査※5の1999年は57,600t、さらに10年遡る1989年は30,992tであることが推計された。当地区で サケマス加工が開始された1983年から 5 年後には 3 万tを超えるサケマス加工原魚が処理されており、
陰りの見えたサバ資源の代替材として注力されたと考えられる。また、当初はアラスカ産紅サケが中心 であったとの証言があるように、1989年のサケマス種類の比率は銀サケ5.1%、トラウト2.9%、紅サケ 92.0%の配分とになると推計された。
しかし、2002年以降、サケマス加工原料の輸入総量は約 6 万t前後で停滞しており、サケマス加工の 縮小が予見されている。聞き取り調査によると、チリ産サケマスのパッカー段階で集約が進んでおり、
日本の需給価格を反映しない価格形成構造がすすんだことにより、前述のノルウェーサバと同様、利益 水準が縮小乃至消滅するとする見解が多い。事実、国内の定塩サケやフィレ需要は縮小傾向にあり量販