静岡県沼津市におけるアジ塩干加工業の現状と課題
静岡県の主要水産加工品生産量に占める沼津市の生産量比率を表 2 に示した。乾製品の沼津市のシェ アは過半数を超え、特に塩干しのシェアは高い。
一方、節製品の比率は近年低下しており、焼津地域にそのシェアが奪われていると考えられる。なお、
さば節生産量は10年間で半減しているが、沼津地域は 8 割近いシェアを維持している。
(4)主要業種の代表的企業とその諸属性 1)当地域で最大規模の塩干開き加工企業A水産
当社の主要な流通先は量販店で、その他、直営店舗による直販もある。市場出荷もあるが、仲買注文 だけであり、量は少ない。量販店対応のため、品揃え(色々な魚の塩干加工製品を製造)、製品規格化、
トレーパック機械、HACCPに準じた衛生管理ソフト・ハード、JANコードなどを導入している。
衛生管理では、エアーシャワー、二重扉、ホコリ等のチェック、原料・半製品動線の一方方向化など、
HACCPに応じた対応が実行されている。特記すべきことは、エプロン専用保管・洗濯部屋、包丁研ぎ 専用の部屋などがあり、増殖した雑菌が製品に付着、あるいは異物が製品に付着する可能性のある行程 が、加工ラインから徹底的に隔離されている事である。
企 業 数
生 産 額︵ 百 万 円
︶
生産規模 生産規模
図3 沼津地域における塩干加工業を主体と する水産加工企業の生産規模別企業数
図4 沼津地域における塩干加工業を主体と する水産加工企業の生産規模階層別生産金額
表2 静岡県の主要水産加工品生産量に占める沼津市の生産量比率
魚腸骨はダンベにいれたまま冷凍庫で凍結している。これは、ハエなどが魚腸骨に集まることを防ぐ ための対策であり、加工場付近にハエを集めないための工夫である。この副次的効果として、腐敗臭が 加工場の周辺に漂わないため、近隣住民に対する公害を抑制している。さらに、魚腸骨からミールや魚 油を生産しているが、当然、その原料としての品質が良い。なお、製品・原料をストックできる冷凍庫 を利用してこの魚腸骨を凍結しているため、コストは掛かっている。
この企業は徐々に拡大して、現在の加工製品の販売金額(ほぼ塩干開き)が、概ね10億円までに成長 し、量販店に十分対応できる規模までになった。換言すると、HACCP対応の衛生管理実施能力(ハー ド・ソフト)、運転資金調達力、原料・製品を在庫できる資本力、原料調達力などを有する規模にまで 成長したということである。さらなる規模拡大の可能性についてはほぼ無いとのことであり、それは、
沼津ひものの特徴が 手開き であることから、機械化等による規模拡大には限界があるためとのこと である。
2)当地域で標準的な塩干開き加工企業B水産
当社はかつて生協と取引していたことから、他の標準的な規模の塩干開き加工企業より衛生管理に対 しては努力してきた。しかし、近年、衛生管理が厳しくなり、生協が要求する衛生レベルに対応する加 工場に改築するための投資が困難となり、さらに生協が強く求める国産原料の調達が困難となり、生協 との取引を中止した。現在の主な出荷先は名古屋市中央卸売市場である。主に、当社の製品はこの市場 経由で名古屋のローカルチェーン量販店に流通している。
2006年10月に完全義務化された改正JAS法(2004年 9 月改正)による塩干開き原料の原産地表示義務 が施行されたため、国産原料調達が非常に困難となり、なおかつ国産原料の価格が高騰したが、製品売 価に反映させてもらえず、利益が落ち込んでいる。値頃な価格の原料を如何にして入手するかが今後の 課題となっている。
このことから、多くの加工企業では、原料の大半が輸入である魚種や国産でも原料が入手し易い魚種 の塩干開き加工のウェートが高まっている。この企業では、アジ塩干開きのウェートを低下させ、カマ ス、キンメダイ、ホッケ、サンマの塩干開きのウェートを高めた。通常の塩干開きだけではじり貧とな るので、天日乾燥行程を入れたこだわりの塩干開きも販売している。
約30年前は、塩干開き製品を生産すれば、全て売れ、そして儲かったが、今では非常に厳しい状況下 に置かれている。現状では、量販店等から求められる衛生水準が高まっており、その一方でさらなる衛 生設備への投資が困難であることから、1 億円以下の売上の加工企業は、すなわち、大多数の沼津の加 工企業は、遅かれ早かれ廃業を強いられるであろうとのことであった。
(5)沼津ひものブランド
昔から、沼津周辺で魚介類が漁獲され、そしてそれが沼津に集まり、農家などでその原料を用いて干 物に加工してきた歴史がある。昭和40年代(1965〜1974)、当地域に冷凍庫が普及したことによって原 材料の安定的な確保が可能となった。このことによって、塩干開きの加工企業及び生産量が増加すると 同時に、東京、名古屋、大阪で知名度が高まり、やがてブランド品として認知されていった。
沼津ひものの差別化要素は、手開き加工である。その他、富士の伏流水、ひものに適した気候なども ある。また、手開きは、餌喰いアジ原料(内臓周辺が溶ける)を最小のロスで留め、綺麗に成形できる
メリットがある。なおかつ、ひものの最も美味いとされる骨に付いた身を適当な厚みで残すことができ る(機械であると骨付きの身が薄くなるとのこと。)。
この沼津ひものブランドによって、かつては確固たるチャネルが存在し(東京、名古屋、大阪の中央 卸売市場を中心とした市場)、一般のひものより高値で販売できた。このブランドによって、零細加工 企業(注1)も庇護されてきた。しかし、十数年前から沼津ひものの需要が低下し、販売に苦戦し始めた。
さらに、JAS法改正によって、脂の少ない国産原料を利用した 沼津のあじの開き が増加しており、
この味の低下が沼津ひものブランドの価値を引き下げないか心配であると関係者が述べていた。
その一方で、沼津ひものは2006年7月に地域団体商標登録を取得し、現在、その規格について関係者 で協議しているところである。地域団体商標登録=地域ブランドと認識しており、この地域ブランドに 恥じない規格化に向けて奮闘努力している。
3.水産加工業を巡る状況と地域としての課題
(1)施設整備投資(塩干品加工を対象として)
1)地域全体
沼津水産開発センター(協同の魚腸骨処理場)、外国人研修生斡旋施設(商工会議所、静浦ひもの協 同組合など)などが整っている。
さらに、沼津魚市場周辺が整備され(2008〜2009年)、観光スポットとなっており、そこでは沼津ひ ものを売る場所が多く存在する。小売店の経営能力がある水産加工企業にとっては魅力的な場所であり、
比較的経営規模の大きい加工企業は小売業に進出する傾向がある。ただし、大半の加工企業はこの能力 が乏しいため、この周辺で小売店を経営する水産加工企業は多くないと関係者は述べていた。
2)個別企業
当地域は、アジの手開き加工が中心で、機械化等への投資は進んでおらず、また資本力不足から衛生 管理のための設備投資も進んでいない。しかし、売上額が10億円を超える水産加工企業は、大手量販店 等大手企業との取引が多いことから、衛生管理のための設備投資等に積極的である。
従って、中・小規模水産加工企業と大規模水産加工企業では衛生管理において大きな開きが生じてい る。
(2)原材料調達事情
統計上ではやや外国産原料の増加が見られるが(表 3 )、2006年10月施行の改正JAS法(2004年 9 月改 正)によって塩干品の原料原産地表示が義務付けられ、このことによって最近は国産原料の需要が増し ているとのことであった。
元々、小規模加工企業は国産原料の割合が高かったため、原料調達難に直面しており、特にアジの原 料調達が困難になっている。このことから小規模加工企業は、不足分を外国産原料に頼るか、大規模水 産加工企業の下請けあるいは協力によって国産原料を調達するかに分かれているようである。
先に述べたとおり、JAS法改正後、国産原料を利用した塩干開き加工の利益率が低下しているため、
小規模加工企業の経営が悪化していると推察される。
一方、外国産原料を利用した塩干開き加工品は、チャネルが限られることから、確固たる販売先がな
い場合は売れ残るリスクがあるとのことであった。このことから、積極的に外国産原料を利用する水産 加工企業は、確固たる顧客を抱えることができる 1 〜 5 億円の経営規模の企業に見られるが、企業数は 決して多くない。
なお、10億円を超える大規模加工企業になると、積極的に国産原料を利用していた。これまで、量販 店= 4 定条件=輸入アジ原料中心=大手水産加工企業であった関係が、JAS法改正後に崩れつつあり、
大手水産加工企業の国産原料割合が増している。現状の聞き取り調査結果から、原料の品質を下げ、全 国から国産アジを調達していると推察された。
聞き取り調査等から、当地域の現状の国産原料/外国産原料の比率は、6 〜 7:4 〜 3 の割合になって いることが考えられた。
(3)雇用労働力事情
沼津地域の開き塩干加工企業の雇用労働者は非常に高齢化している。しかし、開き塩干加工は、一般 的な水産加工と異なり、高い技術・技能を必要とするため、必ずしも若ければ良いというものではない。
50歳代でも熟練した技術・技能を有していれば最前線で活躍できるということあった。
外国人研修生の費用対効果は今でも日本人より高いといわれているが、年々労働能力が低下している にも関わらず賃金は上昇しており、かつてのようなメリットは無いとのことであった。開き加工技術・
技能を重んじる当地域において、外国人研修生(若さが売り)の重要度が他の水産加工地域とは異なる 可能性が高い。
詳細な調査は必要であるが、沼津魚仲買商協同組合によると、臨時外国人労働を雇っていない企業が 多いとのことであった。
(4)販路開拓事情
観光地としての沼津は、当地域の集客力だけでなく、周辺に日本有数の観光名所(伊東、熱海、富士 山、箱根など)があることから、そのオプショナルツアーとしての魅力もあり、さらにETC1,000円効 果によって、近年では多くの観光客が当地域に立ち寄る。従って、地場流通の魅力度が増している。さ らに、上述したように沼津の観光名所である魚市場周辺に水産加工品などを販売する店舗が複数あり、
さらに高速道路のサービスエリアにおける土産需要も増大していることから、これらのような店舗に土 産として塩干開き加工品を卸すチャネル開拓が進められている。
水産加工企業は、これらのような土産小売に卸すだけでなく、自らこのような業態へ新規参入する企 表3 アジ干物の原料調達地域別数量動向