第 2 章 ネパール政府の取組み
2.2. 貧困問題をめぐる諸政策
2.2.3 社会政策の貧困層への影響
(1) 教育政策
ネパール政府は、1991 年にUNDP の支援を受けて、1991〜2001 年の基礎・初等教育マ スタープラン(the Basic and Primary Education Master Plan)を策定した。これに基づき、
第8 次計画および第9次計画において、教育政策および関連のプロジェクトが実施され た。ネパールにおいては、全国民の教育へのアクセスの確保と初等教育の修了を目指し た、「すべての人々に教育を」(Education for All)キャンペーンが展開され、特に、基礎・
初等教育の普及が図られている。第8次計画においては、基礎・初等教育への物理的な アクセスを拡大するために、「基礎・初等教育プロジェクト」(BPEP: Basic and Primary
Education Project)および「初等教育開発プロジェクト 」(PEDP: Primary Education
Development Project)が実施され、小学校建設が進められた。同時に、BPEPでは、特に
教育の機会が制限されている女子の就学率向上が目標とされていた。また、第9 次計画 においては、国民皆教育を達成するための政策として、初等教育の義務教育化を打ち出 し、地方自治体やコミュニティによる初等教育普及への取組みを促した。BPEP および 第8 次計画、第9 次計画における教育分野の政策目標は、表 2-23 のとおり。
表 2-23 教育分野の政策目標
BPEPの目標 第8次計画の目標 第9次計画の目標
・ 純就学率:90%(女子:
85%)
・ 粗就学率:106%(女子:
100%)
・ 全学校数:27,704校 全教員数:103,655人
・ 初等教育修了率:75%
・ 純就学率:90%
・ 小学校の新設:2,025校
・ 教員の採用:8,000人
・ 新規栄養プログラム:8郡
・ 純就学率:90%
・ 小学校の新設:3,000校
・ 教員の採用:15,000人(う ち女性教員2,000人)
・ 初等教育の義務教育化の 段階的実施
・ 栄養プログラム:12郡
〔出所〕MoE, (2000), Nepal: Education for All Assessment 2000, Country Report, p.12, Table 2より作成
基礎・初等教育については、特に、女子および社会・経済的に取り残されている貧困層 のアクセスの向上に重点が置かれている。ネパールにおける貧困層の教育機会の阻害要 因としては、学校がないなどの物理的要因に加え、社会的、経済的要因も大きな比重を
占めている。そこで、ネパール政府は初等教育への貧困層のアクセスを高めるため、小 学校における教科書の無料配布、女子への制服の支給、遠隔地の女子生徒への奨学金の 給付など、貧困層の教育への関心を高め、子供の就学に対しインセンティブを供与する 試みを行っている。
こうした初等教育へのアクセスの拡充を重点とする政府の取組みは、一定の成果をあげ た。第8 次計画における小学校建設や教員養成は目標を上回り、貧困層の初等教育への アクセスは改善している。NLSSでは、小学校への通学時間は、都市部で平均12分、農 村部で25 分であり、支出階層別で見ると第1 分位層34 分、第2 分位層24 分である。そ の後、さらに学校数が増加していることを鑑みると、通学時間が短縮されているものと 予測される。初等教育の粗就学率は、目標を上回り1997年で122.1%であった。
初等教育へのアクセスの改善を背景に、ネパール政府は 1997 年に中等教育長期計画
(Secondary Education Perspective Plan)を策定し、中等教育のアクセスの向上にも取り組
んでいる。特に、貧困層や開発の遅れた地域のコミュニティでは、中等教育へのアクセ スは限定的であり、こうした格差の是正を政策的に行うとの方針のもとで、「無償中等教 育政策」が掲げられた。しかし、実態としては、貧困層の初等教育修了率は低く、中等 教育に進むことのできる生徒数が限られている。また、中学校の数は小学校の数に比し て少ないため、より遠くの学校に通うことになり、通学時間が長くなることから、貧困 層の中等教育へのアクセスを狭めている。同時に、中等教育では教育費の負担がさらに 大きくなることも、貧困層の中等教育へのアクセスを阻害する要因となっている。
(2) 保健セクター政策
1999年に、保健省(MOH: Ministry of Health)は、国民の健康状態の向上を目指し、質の 高い保健サービスへの公平なアクセスを保証し、健康状態の格差を是正することを目的 として、1997〜2017 年までの 20 年間の第 2 次長期保健計画(SLT HP: T he Second Long-Term Health Plan 1997〜2017)を策定した。SLT HP の目標として、表 2-24に示す項 目が掲げられた。
また、SLT HP では、郡レベルのヘルス・ケア・サービス等、具体的な重要課題について、
政策レベルでの対応策を示し、20年間を4つの段階に分けた実施計画が策定されている。
(表2-25)
SLHTPは、国民の健康状態の改善に向けて、特に、
i) 社会的弱者層 ii) 女性と子供
iii) 農村人口
iv) 貧困層
v) 下層カーストなど被差別層や少数民族
の保健・医療サービスへのアクセスを改善することを目指すとしている。第9次計画で は、医療回転基金を設置し、政府、民間、N GOなどの保健分野における資源を動員、再 配分することで、貧困層の保健・医療サービスへのアクセスを拡充し、健康状態の向上 を図ることを掲げている。また、健康保険制度の導入の検討を行う方針であることも示 されている。
表 2-24 SLTHPの達成目標
項目 1997年の実績 目標
・乳児死亡率 ・1,000人当たり74.7人 ・1,000人当たり34.3人
・5歳未満幼児死亡率 ・1,000人当たり118人 ・1,000人当たり62.5人
・女性1人当たり出生率 ・4.58人 ・3.05人
・平均寿命 ・56.1歳 ・68.7歳
・出生率 ・1,000人当たり35.4人 ・1,000人当たり26.6人
・死亡率 ・1,000人当たり11.5人 ・1,000人当たり6人
・妊産婦死亡率 ・10万人当たり475人 ・10万人当たり250人
・避妊普及率 ・58.2% ・30.1%
・訓練を受けた医療従事者 の介助による出産
・31.5% ・95%
・低体重児
(出生時2,500グラム未満)
− ・12%
・ヘルス・ケア・サービス へのアクセス
− ・国民の90%が居住地から
30分以内で郡のヘルス・
ケア・サービスにアクセ スできるようにする
〔出所〕MoH, (1999), Second Long Term Health Plan 1997-2017より作成
表 2-25 SLTHPの実施計画 第9次計画
(1997〜2002年)
第10次計画
(2002〜2007年)
第11次計画
(2007〜2012年)
第12次計画
(2012〜2017年)
・ 健康増進・予防活動、感染症対 策、栄養向上、母子保健に関する 基礎的な保健への注力
・ 完全に利用可能なプライマリ ー・ヘルス・ケアのネットワーク、
インフラ、人材、管理、供給およ び医薬品
・ 結核、黒熱病およびマラリアの 抑制
・ サービス供給と研修、管理、モ ニタリングの統合
・ 段階的な専門医紹介制度の確 立
・ 公的機関および民間機関にお ける、すべてのレベルでの標準的 な医薬品取扱いスケジュール、サ ービス規範、品質確保の確立
・ 郡および地域病院における心 的外傷および火傷治療を行う診 療科の設立
・ 「郡保健制度」の強化
・ 地方政府およびコミュニティ の参加を通じた保健セクターの 管理に関する地方分権化
・ 感染が拡大している疾病、特に HIV/AIDS、タバコやアルコール中 毒に関する啓蒙活動
・ 保健サービスの資金調達およ びサービス供給に関する民間、
NGO、その他関係諸機関の積極的 な関与
・ コスト分担制度の強化
・ 伝統的医療制度の確立と統合
・ 国家保健制度の研究
・ 老人介護サービスの計画媒
・ 基礎およびプラ イマリー・ヘル ス・ケアの統合
・ HIV/AIDSおよ び非伝染病の予防 の強化
・ 専門家診療を可 能にする総合病院 の整備
・ 郡の経営情報シ ステム(MIS)の コンピューター化
・ 都市部の基礎保 健サービス
・ 病院サービスの 質の向上
・ 検査・治療セン ターの整備
・ 民間セクターに よるサービスおよ び研修に関する規 制
・ コスト回収の制 度化
・ 慢性・非伝染病 の抑制のため伝統 的医療制度の役割 の拡大
・ 老人介護サービ スの拡大
・ 民間セクターの 保健サービスへの より積極的な参入 の促進
・ コスト回収の徹 底
・ 非伝染病および HIV/AIDS等の急 拡大している疾病 の抑制
・ 第3次医療にお ける「高度医療セ ンター」(Center for Excellence)の設立
・ 機能的な老人介 護設備の整備
・ 民間セクターお よびNGOの保健 サービスへの参入 の拡大
・ 完全なコスト回 収および健康保険 制度の導入
・ 心臓疾患および 心的外傷センター における高度医療 センターの設置
・ 都市部の基礎保 健サービス
・ 老人介護設備の 拡充
〔出所〕MoH, (1999), Second Long Term Health Plan 1997-2017より作成