第 2 章 ネパール政府の取組み
2.1. 貧困問題を取り巻く経済環境
2.1.3 ネパールの経済構造と貧困
2.1.3 ネパールの経済構造と貧困
表 2-5 地形区分による貧困層の作付パターン(NLSS1996のデータによる)
山岳部 丘陵部 タライ平野部
(ルピー) 第1分位 第2分位 第1分位 第2分位 第1分位 第2分位
メイズ(夏期) 20 14 23 28 9 2
小麦 18 18 13 10 11 7
米 16 24 23 29 47 29
キビ 10 14 7 10 − −
ジャガイモ(夏期) 8 6 − − − −
ジャガイモ(冬期) − − 14 2 − −
大麦 6 5 − − − −
小麦(春期) 1 − − − − −
からし − − − − 8 2
その他果樹 − − − − 7 42
その他 21 19 20 21 18 18
粗農業生産高
(GAO)
(百万ルピー)
514 673 2,420 3,030 3,210 7,780
GAO全体に占め る割合(%)
10 13 10 13 6 14
人口(百万人) 0.32 0.32 1.61 1.61 1.65 1.64
1人当たりGAO
(ルピー)
1,606 2,103 1,503 1,882 1,945 4,744
〔出所〕WB, (1999), Nepal: Poverty at the Turn of the Twenty-First Century, Background Studies, P art II, pp.66-67よ り作成
表 2-5を見ると、貧困率の高い山岳部においては栽培作目の多様化を見ることができる。
これは、途上国で一般的に見られるが、農村部家計所得階層の低位層ほど、天候等外部 ショックからのリスク分散を目的として栽培作目を多様化する傾向にある。ネパールの 貧困家計においても生計戦略の一環として、リスク分散の観点から同様の栽培作目の多 様化が図られているものと考えられる。67 一方、所得階層の上位やタライ平野部では、
米、小麦、メイズに作付けは集中している。特に、タライ平野部では市場へのアクセス もよいことから、余剰分については市場で換金することが可能なため、市場性の高い作 物に集中しているものと考えられる。
粗農業生産高(GAO: Gross A gricultural Output)への貧困層による生産の貢献度を見てみ る。山岳部および丘陵部では、貧困層による生産の GAO 全体に占める割合はそれぞれ 23%であり、タライ平野部では20%であった。第2 分位層で見た場合には、GAO への 貢献度は地形区分による差はほとんどないが、第 1 分位層では山岳部および丘陵部で 10%であったのに対し、タライ平野部では 6%であった。これは、山岳部や丘陵部では 自家消費用の生産が中心であることから、生産の分配における格差が相対的に小さいの に対し、タライ平野部では自家消費用生産が中心の最貧困層が存在する一方で、換金を 目的とする生産を行う上位層がいるためと考えられる。1 人当たりGAOを見ても、タラ
67地形区分ごとの支出階層の第3分位〜第5分位の作付けパターンは別添4を参照。
イ平野部の貧困層と非貧困層の格差は大きく、第1分位層1,945ルピーに対し、第5分
位層では15,212ルピーであった。山岳部および丘陵部では、第1 分位層の1人当たりの
GAOは第5分位層の3分の1 程度と、タライ平野部に比して格差は小さい。
ネパールにおける農業生産が安定しない要因として、モンスーンに依存した天水農業が 主体であることが指摘されている。また、IMF のレポート68では、ネパールにおける農 業生産性の天候以外の決定要因として、肥料や改良種子の使用、農業金融および援助な どを挙げている。また、ADBのレポート69では、農業生産の安定化と持続性の確保には 灌漑の普及も重要としている。農業生産性の決定要因として、農業金融および援助が挙 げられていることから、なんらかの支援が行われることにより、生産性向上に向けた手 段を講じることが可能になるといえる。このため、総じて言えば、灌漑施設の整備・拡 充、肥料・改良種子の提供、農業金融サービスの提供と、このための支援が、同国にお ける農業部門の安定的貢献に不可欠となる。
b. 貧困層の生産性を低下させる土地所有形態
農村人口が圧倒的多数を占めるネパールにおいて、農地は生計の手段として重要であり、
土地の分配制度は農村の貧困削減対策として重要な課題である。1964年から土地制度改 革が開始され、1996 年には、土地所有者と小作農の両者に所有権を認める「二重所有権」
を廃止し、小作農に所有権を移転するなどの改革を行っている。しかしながら、実際に は小作農への土地所有権の移転は進んでいない。土地制度改革が成果をあげられなかっ た要因としては、
i) 大土地所有者からの土地の分配が形式的なもので、実際は親族などに分配 され、実態としての土地なし農民への分配は限られていた、
ii) 土地なし農民である貧困層に分配された土地は、過去の債務の返済のため、
売却をせざるを得なくなり、非貧困層の手に渡った、
ことが挙げられる。
土地の所有状況を見てみる。2ha 未満の土地所有者が山岳部および丘陵部では 90%を超 え、タライ平野部でも80%と高い割合を占めている。地形的な区分で見ると、タライ平 野部では2ha以上の大土地所有が20%弱であるのに対し、丘陵部では大規模に耕作を行 うことが難しいことから、2ha以上の大土地所有は約7%に過ぎない。耕作が困難な山岳 部において大土地所有が14%と高い理由としては、森林として所有されているものと考 えられる。(表 2-6)
ネパールの人口成長率は年率 2.3%と高く、農村における人口圧力は非常に高い。1991 年の時点で、小規模農地における耕作を行っている世帯のうち、40%が2〜3 人、42%が 4人以上で耕作している。70また、ネパールの民法では、財産は子供によって均等分割71さ
68 IMF, (2002), Nepal Selected Issues and Statistical Appendix.
69 Ministry of Agriculture and Co-operatives, ADB, (2002), Agriculture Sector Performance Review, Vol1, Main Report
70 Chhetry, D., (2001), Understanding Rural Poverty in Nepal.
れることから、今後さらに土地の細分化が進むものと考えられる。このことから、一人 当りの土地生産性も非常に低いものと考えられ、さらに低下する可能性が高いものと想 定される。
表 2-6 農業世帯の土地所有状況
(単位:%)
土地の広さ 土地を所有して
いる農業世帯の
割合 0.5ha未満 0.5〜2.0ha 2.0ha以上 合計 地形区分
山岳部 98.04 41.60 44.30 14.10 100.00
丘陵部 87.97 45.81 47.57 6.62 100.00 タライ平野部 75.59 33.18 47.07 19.75 100.00
地域 100.00
東部 76.35 28.75 51.70 19.55 100.00 中部 77.94 44.20 47.14 8.66 100.00
西部 89.73 43.54 46.72 9.74 100.00
中西部 89.95 38.12 45.53 16.35 100.00 極西部 95.80 46.15 39.51 14.34 100.00
都市部 100.00
カトマンズ 12.04 77.47 21.40 1.13 100.00 その他都市部 45.98 56.55 32.51 10.94 100.00
農村部 100.00
東部丘陵部・山岳部 94.96 39.33 52.65 8.02 100.00 西部丘陵部・山岳部 94.67 49.30 42.74 7.97 100.00 東部タライ平野部 72.78 35.23 46.33 18.43 100.00 西部タライ平野部 89.04 27.64 49.85 22.52 100.00
〔出所〕CBS, NLSS 1996: Mine Findings Vol. II, p.29, Table 3.1より作成
ネパールの農地の土壌は肥沃とはいえないため、土地生産性を高めるには肥料や改良品 種の投入を行い、二期作、二毛作などが行えるよう灌漑などの整備が必要である。同時 に、農業投資を行うためには、道路、水、電力などの農村インフラの整備を進めること が不可欠である。しかし、耕作規模が2ha 未満の小規模農業が主流であり、世帯当たり の投資効率は低い。また、こうした小規模農家は、所得水準が低い上、教育水準が低い ことから新たな農業技術を習得する機会にも恵まれていない。さらに、投資を行うため の農業金融へのアクセスも限られている。このようにさまざまな制約要因が存在してお り、山岳部など遠隔地における農村の土地生産性の向上による生活水準の改善は、困難 に直面している。
71従来は男子のみに父親の財産相続が認められており、女子については35 歳まで独身の場合のみ相続が認 められていたが、2002年10月に法改正が行われ、女子にも相続が認められるようになった。
(2) 社会構造に起因する硬直的な労働市場 a. 人口圧力の高い農村の労働市場
ネパールにおける労働参加率は全国レベルで85%で、失業率は1.8%である。(表 2-7) 都市・農村部で比較すると、都市部では労働参加率が 73%と全国レベルより 10 ポイン ト以上低く、また、失業率は 7.4%、半失業者を含めると 12%を超え、かなり高い水準 になっている。一方、農村部では労働参加率は88%と全国レベルを上回り、失業率では 1.2%と全国レベルを下回っており、半失業者を含めても 5.3%と都市部の失業率よりも 低い数値である。特に、山岳部では、労働参加率は9割を超えており、失業率は0.1%と 極めて低く、半失業者を含めても 5%未満である。しかし、農村部における高い労働参 加率と低失業率は、農村における所得獲得機会を保証するものではない。
表 2-7 地域別労働状況(1998/99年度)
(単位:%)
地域 労働参加率 失業率 労働人口に占める
半失業者の割合
全国 85.5 1.8 4.1
都市部 73.3 7.4 4.8
農村部 87.7 1.2 4.1
地形的区分
山岳部 91.7 0.1 4.3
丘陵部 87.9 1.6 3.3
タライ平野部 82.9 2.4 5.0
〔出所〕CBS, NP C, (1999), Report on the Nepal Labour Force Survey 1998/99, p.59, Table 10.1より作成
産業別の労働人口のシェア(図 2-9)を見ると、ネパールの労働人口のうち、75%が農 業に従事しており、そのうち約95%が農村における農業従事者である。また、農村の労 働人口の80%が農業従事者であり、都市部でも40%が農業に従事している。非農業セク ターの労働人口のシェアは25%であるが、都市部に集中しており、農村部における非農 業セクターの従事者は非常に限られている。こうしたことから、ネパールの労働人口の 大部分は農業セクターによって吸収されていることが明らかである。
0.00 10.00 20.00 30.00 40.00 50.00 60.00 70.00 80.00 90.00
農業 製造業 建設 小売・流通
(%)
都市部 農村部 全体
〔出所〕CBS, NP C, (1999), Report on the Nepal Labour Force Survey 1998/99, p.35, Table 6.4より作成
図 2-9 産業別労働人口のシェア(都市部・農村部・全体)(1998/99年度)
しかし、雇用条件を見ると、15歳以上の雇用人口のうち、賃金労働者は16%に過ぎず、
無給の家族労働43%、臨時雇い40%と、収入がないか、収入があっても不安定な雇用人 口が8割以上を占めている。(表 2-8)これは、雇用人口の67%を占める、自家消費を目 的とする自給自足的農業の従事者のうち、99%が臨時雇いおよび無給の家族労働で占め られていることによる。自家消費を目的とする自営農では、ほとんどが現金収入をとも なわないか、収入が極めて不安定な状態にある。また、現金収入を目的とする市場向け 農業における労働者は全体のわずか2%であり、そのうちの95%は臨時雇いおよび家族 労働である。
賃金水準については、賃金労働者として働いている農業従事者のうちでも、現金による 給与の受給者は63%であり、現物支給を受けている労働者は67%に上っている。賃金労 働をしている農業従事者の平均月収は 1,246 ルピーであり、製造業に従事している労働 者の半分以下の水準である。(表 2-9)
以上のようなことから、農業セクターは雇用吸収力は高いものの、所得獲得機会は極め て限定的であり、農村の所得向上への寄与度は低いものといえる。