第6章 総合考察
6.2 考察
6.2.1 多義語学習プロセスで生じる問題の低減に対するアプローチ
第2章では、認知的スタンスから捉えた多義語学習プロセスで生じる問題として、辞書 による学習から生じる学習上の問題点と多義語の学習プロセスにおいて生じるバイアスに ついて述べた。ここでは、コア・ミーニングを用いて実施した多義語指導が、上記の多義 語学習プロセスで生じる問題におけるどの点の低減に貢献できたかについて明確にする。
6.2.1.1 辞書学習に基づく問題(意味の分断)に対する貢献
辞書に依拠した多義語学習には、意味の分断や意味の周回路の無限遡及、または異なる 前置詞における意味の重複から生じる問題点があったが、研究1の結果からは、意味の分 断の問題に対するアプローチが可能であった。意味の分断とは、多義語の語義間にある意 味的関連性を意識しないままに個々の語義を学習するという問題であった。また、これら に対して、コア・ミーニングを用いることで問題の低減が可能であると主張した。具体的
には、全ての用例と何らかの共通性を持つ抽象的概念であるコア・ミーニングを通じて用 例間の関連性や共通性を理解することができる(田中他, 2005; 森本, 2015b)ことから、
原理的にはコア・ミーニングを用いた学習を行うことで意味の分断の問題は回避が可能で あるという主張である。この前提を踏まえ、研究1では、「コア・ミーニングの網羅的意 味としての概念」と「コア・ミーニングと拡張された意味との関連」に関する明示的な説 明を取り入れて指導を行った。また、検証方法としては、コア・ミーニングを用いた指導 と辞書の記述を用いた指導の効果を比較する方法を採用した。統計的検証の結果、コア・
ミーニングを用いた明示的指導に効果が認められ、「コア・ミーニングの網羅的意味として の概念」と「コア・ミーニングと拡張された意味との関連」に関する明示的な説明が、辞 書を通じた多義語学習のプロセスで生じる意味の分断という問題の低減に有効であること がわかった。
6.2.1.2 認知的語彙学習モデルと多義語学習上のバイアス低減に対する貢献 第2章では、認知的語彙学習モデルに基づく多義語学習の過程で3つのバイアスが生じ ることについて触れたが、研究1の結果からはサンプリング・バイアスと表象のバイアス に対するアプローチが可能であった。以下で、それぞれへのアプローチについて述べる。
学習者が習得目標となる語の用例全てに触れることができないという事実がサンプリ ング・バイアスの意味する内容である。これに対するコア・ミーニングの有効性について 研究1によって得られた結果から言及する。
研究1では、指導前の全ての学習者がそれまでの多義語学習経験においてサンプリン グ・バイアスの影響を受けてきたと考えることができる。第4章の4.2.3では、コア・ミー ニングの明示的指導を受けた学習者(CBEIグループ)と指導を受けなかった学習者
(Controlグループ)の間には前置詞の知識レベルに差がないことを統計的に確認した。言 い換えれば、この2グループの学習者が受けてきたサンプリング・バイアスの影響に差が なかったということである。これらのことから、指導後のそれぞれのグループに生じた変 化を比較することで、バイアスの低減がなされたかを確認することができる。結果として、
コア・ミーニングを用いて明示的に指導したグループ(CBEIグループ)がControlグルー プと比較して点数の上昇率が高く、かつ統計的に有意な差も確認できた。この結果から、
コア・ミーニングの使用がサンプリング・バイアスの低減に有効に働く可能性を示唆する
167
得られたことから、コア・ミーニングの使用が特に前置詞の既有知識の多い学習者におい てサンプリング・バイアスの低減が期待できる。
次に表象のバイアスであるが、これは日本語を媒介として目標語の心的表象を構築する 際に生じるバイアスである。これは日本語を媒介として目標語の意味を捉えることと同じ であるため、どうしてもそこには母語の影響が生じることになる。母語に基づいて心的表 象を構築すれば、不慣れな用例に出会った際の意味解釈に心的表象が適用できないことが 生じ、母語の影響で適用範囲の狭い心的表象を構築してしまう危険性が出てくる可能性が ある(田中他, 2005)。このような表象のバイアスの影響を最低限に抑えるためには、母 語をできるだけ介さない形で目標語の意味及び心的表象を捉える必要があるが、コア・ミ ーニングを用いた指導はこの点に貢献できる可能性がある。
研究1において、指導前の全てのグループの学習者は、過去の学習経験で前置詞に関す る体系的な指導がなされていない可能性が高く、また日本のEFL環境において1つの多義 語が持つ全ての用例に触れていることは考えにくい。したがって、彼らはそれまでの多義 語学習経験においてサンプリング・バイアスや母語の影響を受け、適用範囲の狭い心的表 象を持ち合わせていると考えることができる。そこで、研究1では、コア・ミーニングを 用いた指導を行った2つのグループ(CBEIとISCBI)には、母語との対応関係で目標語の 意味を捉えることを一旦止め、コア・ミーニングを基に意味を捉えて前置詞を選択するよ う求めた。また、4つのグループ間には前置詞の知識レベルに差がないことを統計的に確 認した。言い換えれば、これらのグループの学習者が多義語学習や習得のプロセスで受け てきた母語の影響には差がなかったということである。これらのことから、指導後のそれ ぞれのグループに生じた変化を比較することで、母語によるバイアスの低減がなされたか を確認することができる。
結果として、コア・ミーニングを用いて明示的に指導したグループ(CMBIグループ)
が、辞書を用いた指導を受けたグループ(TBIグループ)及び指導を受けなかったグルー プ(Controlグループ)と比較して点数の上昇率が高く、かつ統計的に有意な差も確認でき た。この結果から、コア・ミーニングの使用が母語の影響による表象のバイアスの低減に 有効に働く可能性を示唆することができる。また、研究1の結果から既有知識の量が多い 学習者において同様の結果が得られたことから、コア・ミーニングの使用が特に前置詞の 既有知識の多い学習者において表象のバイアスの低減が期待できる。