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多義語学習の過程で生じるバイアス

第2章 認知言語学と言語教育への応用

2.4 コア・ミーニングの多義語学習・指導への応用

2.4.1 多義語学習の問題点

2.4.1.4 多義語学習の過程で生じるバイアス

多義語の学習をひとつのプロセスとして見ると、その時々で学習の阻害要因となり得る バイアスが不可避的に生じてくる(田中他, 2005; 森本, 2009, 2015b)。第二言語の習得 は、データ収集(data-gathering)と規則形成(rule-forming)の絶え間ないプロセスに よって成される(Hatch, 1983)。つまり、学習者は習得の対象となる語が持つ様々な用

例に触れる中で、意味についての仮説を構築し(hypothesis-making)、その検証

(hypothesis-testing)を繰り返していく(Schmitt, 1998)。この2つの側面を考慮した 認知的スタンスに基づく第二言語の語彙学習プロセスを示したモデルとして、田中他

(2005)は図2-18のようなモデルを提示している。

図2-18 第二言語の語彙学習における認知的学習モデル(田中他, 2005, p.193)

学習項目(多義語X)の使用可能な範囲は[En]であり、これは多義語Xが持ちうる全ての 用例である。学習者は原理的に全ての用例に触れる可能性が低いため、通常はその部分的 な集合である用例のサンプル[en]に触れることになる。しかし、母語の影響から、この[en] におけるインプットの段階では自分にとって理解しやすい意味や接触頻度の高い意味を優 先的に認知する可能性が高い。すなわち、提示された意味全てが学習されるわけではなく、

学習者にとって学習されやすい項目とされにくい項目が生じ、[en]の段階で選択的な学習 がなされることになる。この選択学習の結果、習得(インテイク)された用例群が[Sen] となり、提示された[en]の部分集合となる。そして、学習者は[Sen]を通して把握される意 味をもとに多義語Xの意味の全体像としての[MR](心的表象)を構築する。これが認知的 スタンスに基づく第二言語の語彙学習モデルである。

しかしながら、図2-19のように、このモデルには3つのバイアスを受ける可能性が指摘 されている(田中他, 2005; 森本, 2009; 2015b)。一つには、[En]から[en]への移行に存在 するバイアスがあり、このバイアスは学習者が習得目標となる語の用例全てに触れること ができないという事実から生じる。例えば、教師が習得を促すため、何らかの教育的意図 を考慮して[En]から[en]を抽出(sampling)して学習者に提示することでも、すでに語の 意味を捉える上でバイアスを孕むことになる。そのため、これはサンプリング・バイアス

(sampling bias)とよばれる。

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図2-19 第二言語の認知的語彙学習モデルと学習上のバイアス(森本, 2015b, p.77)

また、[en] から[Sen]の間にもバイアスが生じる。これは学習者の選択によって、あるも のは優先的に選択されるが、あるものは除外されてしまうという選択学習のバイアス

(selective bias)である。例えば、学習者にとって認知しやすいものとしにくいものに応 じて選択学習がなされる場合にこのバイアスの影響がある。この際の学習者の認知につい て、田中他(2005)ではPiaget(1963)による「認知的同化(assimilation)」と「認知 的調整(accommodation)」の2つの言葉を借りて説明している。認知学習論の視点では、

一般に、学習者は新しいインプットを既存の知識構造との関連性で捉えようと試みる。そ の際、関連性から考えて既存の知識構造と関連性が強い場合とそうではない場合が生じて くる。関連性が強い場合には、同化(assimilation)という認知過程が働き、既存のスキ ーマ化された知識体系の修正は求められない。しかし、関連性が弱いインプットでは修正 が求められ、その認知プロセスは「accommodation(調整)」と呼ばれる(田中他, 2005)。

この同化と調整の学習では、既存の知識とかけ離れすぎているインプットは調整にまで至 らせる力を持ち得ずに、単に暗記されるか理解されないままの項目として無視されること になってしまう。したがって、認知処理による調整の度合いによってインテイクされるも のとそうでないものの選択学習のバイアスがこの段階で起こり得る。

3つめのバイアスは[Sen]を処理して[MR]に至る際の表象のバイアス(representational

bias)である。学習者はインテイクとなった[Sen]を基に、目標語の意味を理解しようとす

るが、その際、母語の影響から母語の知識との相互作用をしながら情報処理が行われるこ とになる。つまり、母語のフィルタを通じて[Sen] が処理され、その結果[MR]となる。例 えば、多義語Xを動詞breakとした場合、break furniture in someone's houseをもとに母 語の対応語を当てて[MR]を引き出せば、[MR]は[break =「壊す」]という意味理解とな

る。この表象でその他の用例のいくつかは処理が可能かもしれないが、困難な例(e.g.The day will break.)にも出会う可能性があるという問題がこのバイアスによって生じること となる。これらのバイアスへの対応として、通常は母語の対応語のインテイクをとにかく 増やすという方法が採用されるが、認知的負荷の高さに加え、原理的にはバイアスの問題 も解消されないことが考えられる(田中他, 2005)。

以上、多義語の学習上の問題点として、「英和辞典の使用」「言語間の差異」「意味的 関連性の理解」「多義語学習プロセスで生じるバイアス」の4つの観点から言及してきた。

次項では、これらを踏まえた上で、本研究においてコア・ミーニングを通じてどのように 多義語の学習及び指導にアプローチしていくかを述べる。