第3章 先行研究
3.2 本研究の果たすべき役割
3.2.2 具体的な研究例に基づいた課題の整理
上で述べた2つのアプローチの中で本研究が採用するのは、後者のコア・イメージを指 導に取り入れるアプローチである。ここでは、後者に属する研究の中から本研究の焦点と 深く関連し、類似した研究デザインを採用している先行研究を3つ取り上げる。選択の理 由としては、日本人英語学習者を対象としている点と前置詞の習得においてコア・ミーニ ングの有効性が主張されている点が挙げられる。ここでは、これらの研究内容を詳細な形 でレビューすることにより、本研究における具体的な課題を整理する。以下の表 3-3 は、
ここで取り上げる3つの研究の詳細をまとめたものである。
55
表3-3 日本人英語学習者に対するコア・ミーニングを応用した前置詞指導の先行研究
Morimoto & Loewen(2007) 安原(2011) Mitsugi(2013)
対象語 over, break in, on, at in, on, at, by(時間用法)
特色
・事前/事後/遅延テスト
・点数の増減と指導方法の比 較から効果を検証
[研究の新規性]
・ 下 位 概 念 ( SPACE / TEMPORAL/ABSTRACT)
を考慮したテスト
・イメージの重要性を議論
・前置詞知識の差を考慮した分 析
[研究の新規性]
・学習者の意味処理を考慮 して、コア・ミーニングと 意味の拡張に関する説明 を指導に含む
・前置詞ごとの効果を分析
・事前/事後テスト
・点数の増減から効果を検証 ・事前/事後テスト
・点数の増減と指導方法の 比較から効果を検証
・前置詞知識の差を考慮し た分析
指導
[指導群]
⑴ コア・イメージを用いた 指導
⑵ 翻訳に基づく指導
[指導群]
⑴ コア・イメージ+コア記述 を用いた指導
⑵ コア記述を用いた指導
⑶ 辞書的意味に基づく指導
[指導群]
⑴ コア・イメージ+コア記 述を用いた指導
⑵ 辞書的意味に基づく指 導
[統制群]
指導なし [統制群]
− [統制群]
指導なし
結果
・ 考察
・over のみコア・イメージ に効果あり
・品詞によって効果の違いが 存在する
・コア・イメージ+コア記述に 効果あり(辞書的意味との差な し)
・コア・イメージがある方がよ り効果的
・前置詞知識の少ない群にコ ア・ミーニングは効果的だが、
指導の種類による効果の違い はない
・前置詞知識の少ない群に コア・ミーニングは効果的 に働く可能性
・前置詞ごとに効果が異な る
・onにコア・ミーニングは 効果あり(辞書的意味との 差はなし)
・in の辞書的記述は混乱を 生む
・at にはコア・ミーニング は効果がないが、辞書的指 導が効果的
課題
・指導を通じた学習者の意味 処理(認知処理)活動が不 十分
・前置詞の下位概念(空間・
時間等)を考慮していない
・指導方法の違いによる影響を 統計的に検証していない
・統制群を設定していないため、
コア・ミーニングの効果が偶然 である可能性が否定できない
・前置詞ごとの効果や用法ごと の効果等の詳細な分析はなし
・指導を通じた学習者の意味処 理(認知処理)活動が不十分
・用法ごとの効果について 詳細な分析は行っていな い
・学習者自身の独力による 意味処理活動(暗示的指 導)ではなく、教師の具体 的な介入を伴う明示的な 指導が必要
・特にコア・ミーニングを 用いてどのように意味処 理(認知処理)を行うかと いう点に関する指導が必 要
Morimoto & Loewen(2007)では、高校生58名を対象にコア・ミーニングを用いて前 置詞overの指導を行い、コア・ミーニングの有効性を検証した。指導群としてコア・イメ ージに基づく指導をする群、翻訳に基づく指導をする群を設定し、一方で統制群も設定し た。コア・イメージを用いる群では、overのコア・ミーニングに関する説明を受けるとと もに、周辺的意味の派生の由来に関する説明を行った。翻訳に基づく指導をする群では、
多義語の持つ複数の意味について辞書の記述をもとに説明を受け、その後、英語文を日本 語文へ翻訳するタスクを行った。統制群は何も指導を受けていない。指導の有効性を検証 するため、文法性判断テスト及び産出テストの2種類のテストを使用し、点数の増減と指 導方法の比較から効果を検証するアプローチを採用した。文法性判断テストは学習者の受 容語彙(ある語を聞いたり読んだりする際に、その語を知覚して意味を想起する)の知識 を測定するもので、学習者が様々な文脈で使用されるoverが適当であるか不適当であるか を判断するものである。overについては全部で15項目の問題が設定され、うち10項目が 適当とされる文、5項目が不適当とされる文であった。
1) They broke the old building and built a new one. 適当 不適当
2) The king ruled the country for over 100 years. 適当 不適当
文法性判断テスト(Morimoto & Loewen, 2007, p.355)
もう1つの産出テストは、学習者の産出語彙(話したり書いたりして意味を表現する際 に適切な話し言葉や書き言葉の形式を想起して意味を産出する語彙)の知識を測定するも ので、提示された絵のその絵に描かれた内容を適切に描写する英文を書く問題が6つ出題 された。これらのテストは3度実施され、事前テストの2日後に事後テスト、さらにその 2週間後には学習・指導内容の記憶保持を確認するために遅延テストも実施された。その 結果、事後に実施した文法性判断テストでは、コア・イメージに基づく指導をする群がそ の他の群と比較して有意に得点が高いことが示された。翻訳に基づく指導をする群と統制 群との間には有意な差は見られていない。遅延テストでは、全ての群で有意な差は見られ なかった。
一方、事後に実施した産出テストでは、統制群がコア・イメージに基づく指導をする群
57
差は見られなかった。Morimoto & Loewenは、考察として前置詞overの指導にはコア・
イメージに基づく指導が有効であると結論づけたものの、翻訳に基づく指導と比較してど ちらが効果的であるかという点については結論を導き出せていない。その理由としては、
指導を通じた学習者の意味処理活動(指導から得た知識を応用する認知活動)が不十分で あったこと、コア・イメージに基づく指導の中で、コア・イメージによる図式の指導と翻 訳を用いた指導が混在してしまったこと等を挙げている。また、後述する安原(2011)の ように前置詞が持ついくつもの用法(空間・時間・抽象等の下位概念)を考慮に入れない 検証であったことから、前置詞の用法も視野に入れた詳細な効果の検証が求められる。
安原(2011)は前置詞at, in, onを対象としてコア・ミーニングによる指導の効果を検 証する調査を実施した。指導群は、コア・イメージとコア記述の両方を提示する群、コア 記述のみを提示する群、前置詞の辞書的意味を提示する群の3つを設定し、それぞれの効 果を検証した。また、安原は先行研究で前置詞の用法の違いが考慮されていなかった点を 踏まえ、高木(2005)による前置詞の下位概念の分類方法を参照し、用法ごとの分析を試 みた。具体的には、atを例に説明すれば、I was waiting at the bus stop.のような空間的 な意味を持つ用法(SPACE)、School begins at 8:30.のような時間的な意味を持つ用法
(TEMPORAL)、He was angry at the news.の よ う な 抽 象 的 な 意 味 を 持 つ 用 法
(ABSTRACT)に分類し、これらの用法ごとにテストを作成して調査に用いた。テスト は、それぞれの文の前置詞の入る部分に括弧書きで3つの前置詞を入れる(例:School
begins [ at, in, on ] 8:30.)形式であった。テストは事前と事後の2回実施し、at, in, onそ
れぞれ18問(合計54問)ずつ、各前置詞の下位概念それぞれ6問ずつで構成されている。
事前テストの1週間後にハンドアウトを使用して指導を行い、直後に練習問題に取り組ん でから事前テストを同じ問題を使用して事後テストを実施した。その結果、コア・イメー ジとコア記述の両方を提示する群に有意な点数の上昇が見られた。よって、コア・ミーニ ングの有効性とともに、コア・ミーニングを指導に用いる際には、コア記述のみならず、
コア・イメージを伴って指導を実施する方がより効果的であることが示唆された。これに 対し安原では、コア記述のみの提示ではあまりにも抽象度が高くなるため、視覚的な補助 としてコア・イメージを利用することが学習を効果的にすると述べている。
さらに、安原は、既知の前置詞知識の差がコア・ミーニングの理解に与える影響を調査 するために、事前テストの平均点をもとに前置詞の既有知識の多い群と少ない群に分類し た分析が行われた。分析の結果、前置詞の既有知識が少ない群ではすべての群が有意に点
数を伸ばした。これらのことから、コア・ミーニングによる指導はコア・イメージとコア 記述の両方を伴う場合に効果を発揮すること、加えて、前置詞の既有知識が少ない学習者 にコア・ミーニングが効果的に働くことが明らかとなった。ただし、安原では統制群が設 定されていないため、コア・ミーニングの効果が偶然である可能性が否定できない。また、
それぞれの指導法のうちどれがより秀でているかについては統計的な検証を実施しておら ず、この点については明確な結論が出ていない。さらには、前置詞ごとの効果や用法ごと の効果の分析や、Morimoto & Loewen (2007)が持つコア・ミーニングを理解するための 意味処理活動の充実という課題も残された。
先行研究から得られた新たな課題を踏まえ、Mitsugi(2013)は、前置詞in, on, at, by を分析対象とし、時間用法(TEMPORAL)に限定してコア・ミーニングの効果を実証す る研究を行っている。指導群としてコア・イメージとコア記述の両方を用いて指導する群、
比較対象のための指導群として辞書的な意味を用いて指導する群、何も指導を行わない統 制群の3つを設定した。なお、コア・ミーニングによる指導には、学習者の意味処理を充 実させるためにコア・ミーニングと意味の拡張に関する説明を含めた。
さらに、事前テストの平均点によって前置詞の既有知識の多い群と少ない群に分類し、
前置詞の知識量が指導効果に与える影響の分析も試みた。研究の特色として、指導法の比 較も考慮にいれて分析し、さらには、それぞれの前置詞で指導効果がいかに異なるかにつ いても検証した。調査の結果、コア・イメージとコア記述の両方を用いて指導する群が最 も大きな点数の伸びを見せたが、指導方法の違いによる統計的有意差はどのグループ間に も見られなかった。また、前置詞知識の違いによる分析の結果は、安原(2011)の結果と 一致して、既有知識の少ない群にコア・ミーニングが効果的に働く可能性が示唆された。
前置詞ごとに分析した結果、辞書的意味との差はないものの、onの指導にのみコア・ミー ニングの効果が見られたことから、前置詞ごとにコア・ミーニングの効果に違いが見られ ることも明らかとなった。また、in と atにおいてコア・ミーニングの有意な効果は現れ なかったが、辞書的な意味による指導が at には効果的に働き、inでは大きな混乱を招く こともわかった。このことから、inにはコア・ミーニングによる指導、atには辞書による 指導がふさわしいことが示唆された。なお、すべての分析結果において有意差が見られな かったbyは考察対象には含められていない。
この研究では、コア・ミーニングを理解するための意味処理の充実を目的として、コア・