第 3 章 和語、漢語における語末長母音の短母音化
3.4. 短母音化とアクセント
3.3.2節で述べた仮説を検証するために、表2のHHの音節構造を持つ2字漢語25
語を東京方言、近畿方言それぞれのアクセント型ごとに整理した。ベースとなったデ ータは表1で得られたHHの音節構造を持ち、且つ親密度が5.5以上の2字漢語、合 計242語である。
40 3.4.1. 東京方言
3.4.1 節ではアンケート調査 (3.1.2 節) から得られた語末長母音の短母音化が起こ
りうる語例計31語から抽出した、HHの音節構造を持つ2字漢語、計25語を東京方 言のアクセント別に分析する。表1 (3.1.2節) で集めた、親密度が5.5 以上でHHの 音節構造を持つ242語の漢語がデータのベースとなる。表15で結果を見る。
表15. 語末長母音の短母音化とアクセント (東京方言) 母音長
アクセント 長を維持 短が可能 計 平板型
短母音化の語例
175 92.1%
15 7.9% (学校)
190 100%
-2型
短母音化の語例
22 95.7%
1 4.3%
(先生)
23 100%
頭高型(-4)
短母音化の語例 20 65.5%
9 31.0%
(貧乏)
29 100%
計 217
89.7%
25 10.3%
242 100%
例: 平板型:本当、弁償、格好、影響、最高など
頭高型:給┓料、関┓東、結┓構、文┓章、憲┓法、(一生)懸┓命など -2型:先生┓
東京方言において、HHの音節構造を持つ2字漢語に限ってみると、語末長母音の 短母音化の生起率は全体では10.3%だが、アクセント型によって偏っていることがわ かる。具体的には、語末長母音の短母音化の生起率が、平板型を有する語のほうが頭 高型を有する語よりも低い (平板型:7.9%、頭高型:31%)。更に、-2型を有する語の生 起率が最も低く、4.3% (1/23、先生) である。3.1.2節で行ったアンケート調査で、10 人の被験者のうちの 7 人から、「先生」が「~先生」のような苗字付けの形ではなけ れば、「せんせい」から「せんせ」への変化がなかなか起こりにくいという意見をも
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らったので、-2 型を有する場合、語末長母音の短母音化の生起がかなり制限される と言えるだろう。
表15の結果に基づき、カイ2乗検定を行ったところ、有意差が見られた (χ2=15.525、
df=2、p<.001)。すなわち、アクセント型の違いが語末長母音の短母音化に影響を与
えるということが統計的にも明らかとなった。
次に、各アクセント型の間で語末長母音の短母音化の生起率に有意な差があるか どうかを調べるため、残差分析を行った (表 16)。その結果、平板型と頭高型の間に 有意差が見られたが、平板型と-2 型、頭高型と-2 型との間には有意差が見られなか った。まとめると、東京方言において、平板型を有する語と頭高型を有する語を比べ る場合には、平板型が語末長母音の短母音化を阻止するが、-2 型と平板型、-2 型と 頭高型を比べると、-2型が語末長母音の短母音化を阻止するとは言えない。
表16. 残差分析の結果
アクセント 平板型 -2 頭高型 平板型 - n.s ***
-2 n.s - n.s
頭高型 *** n.s -
3.4.2. 近畿方言
3.4.2 節では東京方言を分析するときとまったく同じデータを扱い、近畿方言のア
クセント型ごとに、語末長母音の短母音化とアクセント型の対応関係を見る。表 17 でその結果を示す。HHの音節構造を持つ2字漢語の近畿方言のアクセントには (7) の定義に従い、式の違いにかかわらず、ピッチパタンが●●●●(通帳)、或いは○○○●(学 校)であれば、平板型と判断し、●○○○(給料) 、或いは○●○○(太陽)であれば、頭高型と 判断した。
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表17. 語末長母音の短母音化とアクセント (近畿方言) 母音長
アクセント 長を維持 短が可能 計 平板型
短母音化の語例
174 92.1%
15 7.9%
(学校)
189 100%
-2
短母音化の語例 19 95%
1 5%
(弁当)
20 100%
頭高型
短母音化の語例
24 72.7%
9 27.3% (貧乏 -3) (関東 -4)
33 100%
計 217
89.7%
25 10.3%
242 100%
例: 平板型:本当、弁償、格好、影響、最高など
頭高型:給┓料、関┓東、結┓構、文┓章、憲┓法、(一生)懸┓命、先┓生など -2型:弁当┓
近畿方言においても東京方言と同じ傾向があらわれている。全体では、語末長母音 の短母音化の生起率が10.3% (25/242) であるが、アクセント型の違いにより、生起率 に偏りが見られた。平板型を有する語と頭高型を有する語とを比べると、語末長母音 の短母音化の生起率が平板型を有する語の場合は7.9%で、頭高型を有する語の場合
は 27.3%であり、19.4%の差が見られた。すなわち、頭高型を有する語よりも平板型
を有する語のほうが語末長母音の短母音化が起こりにくいということがいえる。次に、
-2 型と平板型、頭高型を比べると、-2 型を有する場合、語末長母音の生起率が最も 低く、20語のうち1語 (弁当) しか見られず、全体の5%に過ぎない。表17に対して カイ2乗検定を行った結果、有意差が見られた (χ2=12.008、 df=2、p=0.002)。言い 換えると、アクセント型の違いが語末長母音の短母音化の生起率に有意に影響を与え るということである。
次に、各アクセント型の間で語末長母音の短母音化の生起率に有意な差があるかど うかを調べるため、残差分析 (表18) を行ったところ、平板型と頭高型の間に有意差 が見られたが、-2 型と平板型、-2 型と頭高型の間に有意差が見られず、東京方言と
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同じ結果が得られた。まとめると、近畿方言において、平板型を有する語と頭高型を 有する語とを比べる場合には、平板型が語末長母音の短母音化の生起を阻止するが、
-2 型を有する語と平板型を有する語を比べる場合、および-2 型を有する語と頭高型 を有する語を比べる場合には、-2 型が語末長母音の短母音化の生起を阻止するとは 言えない。
表18. 残差分析の結果
アクセント 平板型 -2 頭高型 平板型 - n.s **
-2 n.s - n.s
頭高型 ** n.s -
3.4.3. まとめ
3.4節ではHHの音節構造を持つ2字漢語を分析対象に東京方言 (3.4.1節)、近畿方 言 (3.4.2節) を扱い、それぞれの方言においてアクセント型ごとに語末長母音の短母 音化現象を考察した。その結果、どちらの方言においても、アクセント型が語末長母 音の短母音化の生起に影響を与えることが明らかとなった。具体的には、平板型が語 末長母音の短母音化の生起を阻止し、頭高型を持つ語において相対的に語末長母音の 短母音化が起こりやすいということが明らかとなった。
例えば、表 2 の 19「寸法」は東京方言では平板型で発音されるのに対し、近畿方 言では頭高型で発音される。アンケート調査の結果、東京方言話者の10人中6人が
「寸法」は短母音化が起こると判断したが、近畿方言話者は10人中8人が短母音化 が起こると判断した。同じ単語であっても、平板型と頭高型の違いにより、短母音化 の生起率に差が見られた。
3.5. 『大辞林』に記載されている語例
3.5節では音節構造とアクセントの視点から『大辞林』に語末母音が長・短共に記載 されている語例(3.1.2節表2:1~14)について述べる。
まず、音節構造について、14語のうち11語が「女房」のようにHHの音節構造を 持っており、音節構造がHHではない語が「赤ん坊」「黒ん坊」「俗世」の3語しかな い。これは語末長母音の短母音化の生起条件はHHの音節構造を持つ2字漢語である ということと一致している。
次に(8)でHHの音節構造を持つ語(表2:1~11)に限って、アクセント別に見る。
44 (8) 『大辞林』に記載される語例(HH)
a. 平板型: 判行27、香香28、新香29、縁由30 (4語) b. -2型: 愛想、内証31 (2語)
c. 頭高型: 蝶蝶、女房、現世、前世、身上 (5語)
HHの音節構造を持ち、語末母音が長・短共に記載されている11語のうち、平板型 を有する語は4語、-2型を有する語は2語、頭高型を有する語は 5語である。-2型 を持つ語の数が最も少なく、アンケート調査 (3.1.2節) の結果と一致している。平板 型と頭高型に関して、平板型を有する語の数が頭高型を有する語の数より1語少なく、
大きな差が見られないが、アンケート調査の結果と逆転した結果ではない。次に、語 末長母音の短母音化が起こる前と起こった後のアクセント変化に注目する (表19)。
表19. 語末長母音の短母音化とアクセント変化 後
前
HL頭高型 HL平板型 計
HH平板型 2(香香、縁由) 2 4
HH頭高型 5 0 5
計 7 2 9
表19から分かるように、語末長母音の短母音化が起こる前に平板型で、短母音化 が起こった後頭高型に変化するのは2語である。もし、このアクセント変化が偶然に 起こった現象であれば、逆方向、つまり頭高型から平板型への変化も考えられるが、
そのような変化は1語も観察されなかった。
まとめると、数的には平板型と頭高型の間に大きな差が見られないが、短母音化が 起こる前後のアクセント変化の視点から見れば、語末長母音の短母音化が起こる場合 には頭高型が予測される。これは本稿の主張――HH の音節構造を持つ 2 字漢語で、
且つ頭高型を有するというのは語末長母音の短母音化の条件である――の傍証であ ると言える。
27現代文の「判子」に対応する。
28漬物の一種
29同23
30由来、理由
31現代文の「内緒」に対応する。
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