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第 3 章 和語、漢語における語末長母音の短母音化

3.1. 先行研究とその検証

3.1.2. データの収集

ここでは本章で扱ったデータの収集方法を紹介する。本章で扱った分析対象はアン ケート調査によるものと辞書検索によるものの二つである。

アンケート調査についてはまず天野・近藤 (1999) から語末が長母音で終わり、分 析対象として適切な数量と思われる、親密度が5.58以上の和語、漢語のすべて計525 語を取り出した。表1で音節構造・アクセント別にその内訳を示す。そのうち、和語 は55語、漢語は470語である。

                                                                                                               

7各先行研究ではいくつかの語例を提示してから、語末長母音の短母音化の生起条件を推測していたが、

具体的に短母音化の起こる語例を集める先行研究はなかった。そのため、本章では統計的に先行研究の 主張を検証する前に、短母音化の起こる語例を収集しなければならない。

8天野・近藤 (1999) で行われた実験の参加者 (32名) は難しい漢字テストの結果に基づいて選ばれ、60 点以上を取った人のみが被験者として実験に参加した。つまり、参加者はかなり高い漢字能力を持って いると考えてよい。親密度を5以上に絞ると、その合計は2000語を超える。そのため、親密度が5.5 以上の語のみを分析対象とした。

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表1. 長母音で終わる語の分布 (和語、漢語 親密度5.5以上)

モーラ数 音節構造 東京方言アクセント 合計 語例

平板型 -2 -3/-4 平板型 -2 -3/-4

3 LH 94 12 17 123 旅行 奇数 苦労

4 LLH 62 20 0 82 必要 日曜

HH 190 23 29 242 本当 天皇 給料

5 LLLH 2 14 3 19 おめでとう 難しい 干葡萄

LHH 11 3 0 14 可能性 HLH 6 0 1 7 中華風 年賀状

6 LLLLH 3 15 0 18 アルカリ性 男らしい

LLHH 2 1 0 3 必要性 待ち遠しい

LHLH 0 2 0 2 可愛らしい

HLLH 2 0 2 4 弾力性 のっぺらぼう

HHH 11 1 0 12 安全性 うっとうしい 合計 383 94 48 525

次に、表1の5259語に基づき、アンケート調査 (アンケート調査表はAppendix1を 参照) を行った。

被験者は東京方言話者 10 人、近畿方言話者10 人の合計20 人である。20 代は16 人、30代は1人、40代は2人、60代は1人で、平均年齢は31.9歳である。

調査方法としては表1の525語をランダムに紙に書いたもの (漢字があれば漢字で 書いたものを提示し (例:本当)、漢字がなければ、平仮名で書いたものを提示した。

(例:らしい)) を被験者に提示し、その単語を発音した後、語末の長母音を発音せずに

言うかどうかを判断してもらった。そして、それぞれの単語に関して、普通は語末の 長母音を短母音と発音しないが、ある条件が満たされれば語末の長母音を言わずに済 ませることもあるといったような条件があれば、その条件を詳しく書いてもらった。

データの処理に関しては、語末長母音の短母音化が方言に影響を受けるかどうかを 確認するため、東京方言話者、近畿方言話者それぞれ5人以上が語末の長母音を発音 しないと判断した語を集めた。更に、東京方言話者、近畿方言話者が共通して長母音

                                                                                                               

9各先行研究で挙げた短母音化が起こる語は、辞書に記載されていた語 (蝶蝶など) 以外、全てこの525 語に含まれている。

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を発音しないと判断した語を語末長母音の短母音化が起こりうる語として扱った。計 31語である (例: 学校、最高、本当、弁当、格好など)

辞書検索では、『大辞林・第ニ版』 (松村明1995)10 から語末の母音が長・短両方記 載されている語を計14語取り出した。例えば、「蝶蝶」の項目に対しては、「ちょう ちょう」、「ちょうちょ」両方の発音が記載されているため、これを語末長母音の短母 音化が起こる語例として集めた。

本章は上記のアンケート調査と、辞書検索で集めた語例の合計4411語を分析対象と した。表2に具体例を示す。

表2. 語末長母音の短母音化を起こる (起こりうる) 語例

語例 東京方言12 モーラ数 音節構造 子音が連続する 母音 親密度13 近畿方言14

1 *愛想 -2 4 HH × o 5.812 ●○○○ -4

2 *蝶蝶 -4 4 HH × o 4.938 ●○○○ -4

3 *内証 -2 4 HH × o 3.531 ●●●● 0

4 *女房 -4 4 HH × o 5.969 ●○○○ -4

5 *判行 0 4 HH ◎ o ●●●● 0

6 *前世 -4 4 HH ◎ e 5.531 ●○○○ -4

7 *身上 -4 4 HH ◎ o 4.531 ●●●● 0

8 *現世 -4 4 HH ◎ e 5.844 ●○○○ -4

9 *香香 0 4 HH × o

10 *新香 0 4 HH ◎ o 3.565

11 *縁由 0 4 HH ◎ u 2.312

12 *赤ん坊 0 5 LHH ◎ o 6.344 ○○○○● 0

13 *黒ん坊 0 5 LHH ◎ o 4.094 ○○○○● 0

14 *俗世 0 4 LLH × e ●●●● 0

15 らっきょう 0 4 HH ◎ o 6.062 ○○○● 0

16 本当 0 4 HH ◎ o 6.625 ○○○● 0

17 弁償 0 4 HH ◎ o 5.688 ●●●● 0

                                                                                                               

10以下『大辞林』と省略

11各先行研究で挙げた短母音化の起こる語は全てこの45語に含まれる。

12東京アクセントは天野・近藤 (1999) による。

13文字音声親密度。満点は 7 点である。

14近畿方言アクセントは大阪出身の被験者 (男性、25歳) に表1525語の読み上げ実験を行った結果 による。その結果が杉藤 (1996) 99.4 (522/525) の高い一致率を示した。

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18 弁当 0 4 HH ◎ o 6.344 ○○●○-2

19 寸法 0 4 HH ◎ o 5.531 ●○○○-4

20 発狂 0 4 HH ◎ o 5.5 ●●●●0

21 高校 -4 4 HH × o 6.5 ○○○●0

22 格好 0 4 HH ◎ o 5.75 ●●●●0

23 給料 -4 4 HH × o 6.321 ●○○○-4

24 関東 -4 4 HH ◎ o 6.5 ●○○○-4

25 結構 -4 4 HH ◎ o 5.906 ●○○○-4

26 両方 0 4 HH × o 6.25 ●●●●0

27 没収 0 4 HH ◎ u 5.688 ●●●●0

28 面倒 0 4 HH ◎ o 5.844 ●●●●0

29 貧乏 -4 4 HH ◎ o 6.25 ○●○○-3

30 情報 0 4 HH × o 6.219 ●●●●0

31 通帳 0 4 HH × o 6.031 ○○○●0

32 文法 -4 4 HH ◎ o 5.531 ○○○●0

33 文章 -4 4 HH ◎ o 6.125 ●○○○-4

34 先生 -2 4 HH ◎ e 6.281 ●○○○-4

35 憲法 -4 4 HH ◎ o 6 ●○○○-4

36 懸命 -4 4 HH ◎ e 5.688 ●○○○-4

37 学校 0 4 HH ◎ o 6.656 ○○○●0

38 影響 0 4 HH × o 6.125 ●●●●0

39 最高 0 4 HH × o 6.562 ●●●●0

40 微妙 0 3 LH × o 5.906 ○○●0

41 かわいそう -2 5 LHH × o 6.381 ●●●●○-2 42 おはよう 0 4 LLH × o 6.531 ○○●○-2 43 ありがとう -4 5 LLLH × o 6.875 ○○○●○-2 44 おめでとう 0 5 LLLH × o 6.688 ○○○●○-2

注 1、● 高 ○ 低

2、*が付いているのは『大辞林』に語末母音が長・短両方記載されている語。

3、東京方言において、「高校」は「西高校」といったような複合語の中で頻繁 に短縮が起こるので、頭高型と判断した。

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4、「面倒」は「面倒くさい」という複合語の中で頻繁に短母音化が起こるため、

平板型と判断した。

5、東京方言において、「弁当」は接辞「お」がついて、「お弁当」となっている とき頻繁に短母音化が起こるため、平板型と判断した。

6、東京方言において、「文法」は「英文法」といったような複合語で頻繁に短 母音化が起こるため、頭高型と判断した。

7、「懸命」は「一生懸命」の複合語で頻繁に短母音化が起こるため、頭高型と 判断した。

8、「先生」については会話で、「山本先生」のように苗字付きの場合のみ語末の 長母音を短くするという意見が多く、語末長母音の短母音化にかなり制限があると思 われる。

9、「前世」、「現世」、「俗世」の「世」については、もともと短母音という可能性 もあるが、辞書の記述に従い、本論では長母音短縮としてカウントした。

3.1.2節以降は表1の525語に基づき、表2のうちアンケート調査で得られた15~

44までの30語を短母音化が起こりうる語例として分析対象にした。辞書に記載され ている語例は語彙化され、語末の母音を既に短母音として覚えてしまっている可能性 もあるため、辞書に記載される語例とアンケート調査で得られた語例とを分けて論じ ることにした。

3.1.3. 短母音化と親密度