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第 8 章 考察

8.4. 本章のまとめ

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(9) バナナ、オーストラリア、マックス、コーラス

しかしながら、LH#という音節構造で終わる外来語のアクセントは-3ではなく、-4 であるということがよく知られている (田中 2004、田中 2008)。(10) ではその例を 挙げている。田中 (2004) によると、長母音で終わる LLH という音節構造を持つ外 来語のアクセントは88%が-4型を取るということが分かった。

(10) メロディー、アクター、ビギナー

(10) の例で示しているように、LH#という音節構造で終わる構造を持つ外来語のア

クセントは-3型ではなく、-4型であるということが分かる。LH#の構造に含む語末母 音の長・短はアクセントの計算に影響を及ぼさないため、LH#で終わる音節構造の外 来語は語末長母音が一つ消えることによって、そのアクセントが語末から数えて 3 モーラ目に含む音節に置かれるようになる。

LH#という音節構造は不安定な構造である (窪薗 2000、Labrune 2000)が、短母音 化の生起に従い、LH#という音節構造が LL#というより安定した音節構造に変わる。

音節構造が変わると、アクセントの構造も変わり、-4 型という有標のアクセント型 から-3型という無標のアクセント型になる。

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であるが、短母音化が起こると、語末の長母音が一つ消え、アクセント型も有標の-4 型から無標の-3型と変化する。

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第 9 章 結論

日本語における長母音の短母音化を中心のテーマとして、和語の短母音化、漢語の 短母音化、外来語の短母音化といった議論を展開してきたが、それらの議論によって 何が明らかになったのか、本研究の内容と主張をまとめる。

序章においては、研究対象、研究の目的、及び本研究に関わる音節とモーラ、音節 量、長母音、語彙層といった概念を提示した。

第2章においては長母音の短母音化についての先行研究を簡単にまとめた。日本語 については、長母音の短母音化についての先行研究のほとんどは短母音化に見られる 位置の非対称性(このような非対称性を引き起こす要因については、第 5 章を参照さ れたい。)を扱うものは殆どである (Kubozono 2003、Kubozono 2004、窪薗 2000、窪

薗 2005、助川・前川・上原 1998)。他言語においては (主にBantu67諸言語)、言語に

よって長母音の短母音化の生起条件は異なるが、語末位置にしか短母音化が起こらな いというところは日本語と共通している。そこで、第3 章、4章、6章、7章は語末 位置に視点を置き、それぞれ和語、漢語、外来語における語末長母音の短母音化の生 起条件およびそれらの生起条件の存在要因について議論を行った。以下は第3章から 第8章の内容と主張をまとめる。

第3章においては、和語、漢語の語末長母音の短母音化の生起条件について考察を 行った。和語の短母音化については、モーラ数、音節構造、母音、単語親密度の違い が和語の語末長母音の短母音化に影響を与えるかを調べたところ、モーラ数の違いと 音節構造の違いは和語の語末長母音の短母音化の生起に影響を与えない結果となり、

母音の違い (「イー」か「オー」) と単語親密度が和語の語末長母音の短母音化に影 響を与えるという結果となった。

具体的に、長母音「オー」は長母音「イー」と比べ、長母音「オー」のほうがより 短母音化を起こしやすい。単語親密度については、親密度が高くなるのに従い、和語 の語末長母音の短母音化が起こりやすくなる。これは和語、漢語、外来語という語種 の違いに依存せずに、普遍的に存在した短母音化の条件である。

漢語の短母音化については、各先行研究の主張を取り上げ、先行研究の主張を検証 するとともに、論証が不十分な点や問題点について分析を加えた。第3章では漢語に ついての語末長母音の短母音化に関する先行研究の記述を統計的に検証した上で、ア クセント核の有無、或いはアクセント核の位置の違いという視点から、語末長母音の 短母音化の生起条件をより深く探った。以下が第3章によって明らかとなった主な内

                                                                                                               

67アフリカ中部・南部で話されている 200 以上の語群。

130 容である。

まず、親密度に関して先行研究の記述を統計的に検証した。親密度が高ければ語末 長母音の短母音化が起こりやすく、さらにHH の音節構造を持つ2字漢語 (窪薗 2000、

Kubozono 2003)という条件が働いていることが確認された。

次に、第3章でのオリジナルな発見である、語末長母音の短母音化とアクセント型 の対応関係についてまとめる。

HH 音節構造を持つ2 字漢語という条件が有意に働くことが本研究で統計的に明 らかとなったため、この条件に絞った上で、アクセント型の違いによって語末長母音 の短母音化の生起に違いが出るかを調べた。HH という音節構造を持つ2 字漢語で語 末長母音の短母音化が起こると、それに伴って語末音節の音節量が変化し、「自立モ ーラ+長母音」からなる重音節が自立モーラの連続からなる軽音節へと変化する。す なわち、HHという音節構造がHL へと変わるのである。一方で、HL という音節構 造を持つ2 字漢語のアクセントにはアクセント型の偏りが見られ (小川2006) 、平板 型よりも頭高型のほうが圧倒的に多いことがわかっており、東京方言で73.3%、近畿

方言で69.2%が頭高型となる。語末長母音の短母音化がこの音節構造とアクセントと

の対応関係――HL という音節構造を持つのであれば、頭高型が予測される――を崩 さないように生起するのであれば、平板型を有する語は語末長母音の短母音化を起こ しにくく、相対的に頭高型を有する語のほうが語末長母音の短母音化を起こしやすい ということが予測される。そして実際に、第3章では、東京方言と近畿方言について、

この予測が妥当であることを統計的に検証した。さらに、東京方言と近畿方言の間に は方言の違いによる差が見られないということもわかった。すなわち、「親密度が高 く、頭高型を有するHH という音節構造を持つ2 字漢語」という語末長母音短縮の条 件は東京方言であろうと、近畿方言であろうとあてはまるのである。

さらに第4章においては、頭高型アクセント効果が何故存在するのかを明らかにす るために、東京方言話者と近畿方言話者に対して産出・知覚実験を行い、語末長母音 の短母音化という音韻現象の生起と日本語話者が産出・知覚の面で持つ特徴との関係 性を示した。

産出に関しては、HH という音節構造を持つ2 字漢語の語末長母音の持続時間は、

平板型の語と比べ、頭高型の語のほうが有意に短い。よって、短く発音される頭高型 の語は短母音化が起こりやすいといえる。

知覚に関しては、語末母音の持続時間が極端に長くも短くもない場合に、頭高型ア クセントという情報を利用して、(平板型を有する場合に比べ) 語末母音をより「長」

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と知覚しやすいことがわかった。これは、産出の面において、HH という音節構造を 持つ2字漢語の語末長母音の持続時間は、語が平板型を持つ場合よりも頭高型を持つ 場合のほうが短いという特徴を話者が認識していることが知覚の面にも影響してい るためと考えられる。更に、語末母音の「長」の知覚に関して、語が頭高型を持つ場 合のほうがより早い段階で反応できることもわかった。語末母音長に関して、産出の 持つ特徴と知覚の持つ特徴がお互いに影響し合っていると言える。

上記の産出・知覚の要因が重なって、短母音化の条件が作られていると考えられる。

すなわち、産出と知覚が語末長母音の短母音化を引き起こす要因であり、語末長母音 の短母音化の生起を促進することとなる。逆に言えば、語末長母音の短母音化という 現象は、日本語話者の産出と知覚の特徴を反映した現象であるということになる。

第5章においては、長母音の短母音化に見られる非対称性について論じた。まず、

意味情報の伝達という視点から、「機能量」という概念を導入し、「経済性」と「情報 性」が会話を成り立たせる際に持つ役割を考慮しながら、改めて長母音の短母音化に 見られる非対称性を考察した。

本章のアンケート調査では、語中・語末という位置の違いにより、長母音の持つ機 能量に差が出た。まず、日本語の既存語の中で語末母音長のみによって意味を弁別す る語のペアと語中母音長のみによって意味を弁別する語のペアを抽出し、その数に差 があるかどうかを調べた。調査結果によると、日本語の語彙の中に、語中母音長のみ によって語の意味を弁別するミニマルペアが 67%である一方、語末母音長のみによ って語の意味を弁別するミニマルペアが 27%しなかいことが分かった。この結果か ら、語末長母音の持つ機能量は語中長母音に比べ少ないということがいえる。

日本語は母音の長・短が弁別性を持っているが、語の位置 (語中・語末) によって、

ある単語と別の単語を区別する際に機能量に差があり、語中位置にある長母音よりも 語末位置にある長母音の持つ機能量が少ないため、語末位置にある長母音が短縮され やすいといえる。よって、機能量の差が非対称性を引き起こす要因の一つであると考 えられる。

次に、第5章では知覚実験を行い、日本語母語話者が持つ知覚面の特徴が短母音化 に見られる非対称性を引き起こすもう一つの要因であると論じた。母音の長さが短く なるのに従い、語中位置にある母音よりも語末位置にある母音のほうがより長母音と 知覚されやすい。この特徴は特に刺激語が頭高型であるときに顕著である。これは、

頭高型でHHの音節構造を持つ2字漢語が短母音化を起こしやすいという言語事実に も一致している。