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第 8 章 考察

8.3. 語種を超えた一般性

8.3.2. カテゴリーの中での無標の構造を求める

和語の短母音化はモーラ数や音節構造の違いに影響を受けないため、構造上の分析 は困難である。そして、8.3.2 節はそれぞれ漢語と外来語の短母音化の生起条件を分 析し、表面上は全く異なる条件のように見えるが、実際は、それぞれのカテゴリーの 中での無標の構造を求める力が働いていることを論じる。

8.3.2.1. HH→HL(漢語)

第3章は漢語の短母音化の生起条件を解明するために行った研究である。それによ ると、親密度が高く、頭高型を有する「重音節+重音節」という音節構造を持つ2字 漢語であれば、語末長母音の短母音化が起こりやすいということが明らかとなった。

「重音節+重音節」という音節構造を持つ2字漢語は短母音化が起こると、「重音節+ 軽音節」という構造に変化する。つまり、短母音化後の構造は頭高型を有する「重音 節+軽音節」となる。そこで、この節では幼児語、オノマトペのアクセント、長母音 化、若者言葉といった現象をあげながら、日本語の語彙に共通して重音節にアクセン トを有する「重音節+軽音節」を好む傾向があることを論じる。

A 幼児語

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窪薗 (2006a) は日本語幼児語のアクセント、音節構造の特徴について述べた。窪 薗 (2006a) によると、日本語の幼児語は次のような言語特徴を持っている。

(3) a. 2音節語が多い。

b. 3~4モーラ語が多い。

c. 反復形が多い。

d. 語頭にアクセントが来る。

幼児語が 2 音節で、3~4 モーラの長さを持つということは、重音節を多く含むこ とを意味している。そこでまず、3モーラの長さを幼児語の音節構造を詳しく見てみ る。(4)は窪薗(2006a)に挙げられた3モーラ幼児語である。

(4) ダッコ、コッコ、オンブ、ネンネ、バーバ、ジージ、マンマ

窪薗(2006a)

「ダッコ」のような3モーラ語は「重音節+軽音節」という音節構造を持つことが 分かる。窪薗 (2006a) は、この構造が幼児語の主要な音韻構造となっていると指摘 した。次に、(3d) の特徴をあわせてみると、頭高型で発音される「重音節+軽音節」

の音節構造を持つ語は幼児語の中に頻繁に存在することが分かる。幼児語は言語を獲 得する初期段階の言葉であるため、日本語幼児語が持つ言語特徴――頭高型の「重音 節+軽音節」――は日本語の中でも好まれる言語特徴といえるであろう。

B オノマトペのアクセント

日本語のアクセント規則の中で、非語末原理がよく知られている。つまり、語末音 節にアクセント核を置かないという規則である (窪薗2006b)。しかし、オノマトペの アクセントには、語末型が頻繁に存在している (那須2002)。

(5) 語末型:ピカッ,ピカン,ピカピカッ,ピピピッ,ピピピ

那須(2002)

非語末原理は日本語アクセント体系の中で強く働いている規則であるにもかかわ らず、なぜ語末アクセント型がオノマトペによく見られるのであろうか。ここでまず

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注目してほしいのは、語末型を取る語は全て語末が特殊モーラを含む語であるという ことである66

「ピカッ」のような語末に特殊モーラを含むオノマトペは、文中で使用すると、「と」

が義務的に付くことがよく知られている。

(6) ピカッと光る。

*ピカッ光る。

(6)を例に詳しく説明する。「と」が付くことによって、「ピカッ」+「と」が「ピ

カッと」となり、「重音節+軽音節」と言う音節構造を作り出すことができる。そし て、「ピカッ」のアクセントが語末音節に置かれるため、最終的に、重音節にアクセ ントが置かれる「重音節+軽音節」が作られることとなる。日本語は頭高型の「重音 節+軽音節」を好むため、一般のアクセント型に見られない語末型がオノマトペの中 で許されるのである。言い換えると、オノマトペの語末型は表面上、非語末原理に違 反しているように見えるが、実は、頭高型の「重音節+軽音節」を好むという日本語 の特徴を裏づけている。

 

C長母音化

長母音化が起こる語例は少ないが、歴史的に見れば日本語の語彙の中に長母音化の 現象も観察される (窪薗2000)。

 

(7) 夫婦 (ふうふ)、夫子 (ふうし)、詩歌 (しいか)、富貴 (ふうき)、富家 (ふう か)

google辞書http://dictionary.goo.ne.jp/

「夫」や「詩」、「富」のように辞書的には1モーラの形態素が、「夫婦」「詩歌」「富 貴」などの語の中で長母音化を起こし、「重音節+軽音節」という音節構造になる。

これらの語例はいずれも頭高型アクセントを持つことが特徴である。同じ形態素でも、

平板型の「詩美」が「しいび」となることはない。これも日本語は頭高型の「重音節

+軽音節」を好むという特徴の傍証となる。

                                                                                                               

66語末は特殊モーラでない場合は、基本的に頭高型を取る。例えば、ピカピカ (那須2002)

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ここで一つ強調しておきたいことがある。それは、(7) の変化は規則的なものでは なく、「夫」や「詩」、「富」などの形態素を有する語の中で、歴史的に一部の語のみ に起こった現象ということである。例えば、「詩書」も「富者」も同様の頭高型であ るが、長母音化は起こっていない。

`D若者言葉

頭高型を有する「重音節+軽音節」を作り出そうという力は現代日本語においても 観察される。例えば、「ふんいき」 (雰囲気) を「ふいんき」と発音する人が増えて いる。特に若者たちにその傾向が顕著である (窪薗 2006b)。

この「ふんいき」→「ふいんき」という変化も、頭高型の「重音節+軽音節」を 好むという一般原理で説明することができる。音節構造とアクセントに注目してみる と、「ん」と「い」を入れ替えることによって、HLLの構造(ふん・い・き)がLHL(ふ・

いん・き)に変わることが分かる。音節構造が変わると、アクセントも変わり、LHL(ふ いんき)となる。こうして「ふいんき」と発音することによって、語末部分に「マ ンマ」といった幼児語と同じ HL の構造を作り出しているのである。これはかつて

「さんざか」(山茶花)が「さざんか」に変わったのと同じ変化である。

以上の議論から、現代日本語を見ても、日本語の歴史を辿っても、HLという音節 構造を作り出そうという力が働いていることが分かった。この議論を踏まえ、漢語の 語末長母音の短母音化条件をもう一度見てみる。漢語の語末長母音の短母音化の条件 というのは、親密度が高く頭高型を有するHHの音節構造を持つ2字漢語である。ア クセントと音節構造に注目してみると、HHの音節構造を持つ2字漢語は、短母音化 が起こると (例:結構 (けっこう→けっこ)) 音節構造がHLとなり、アクセントは頭高 型が期待されるため、HLという無標の構造が作り出される。

8.3.2.2. LH#→LL#(外来語)

第 6 章は外来語における語末長母音の短母音化の生起条件を明らかにするために 行った研究である。その結果によると、LH#という音節構造を持ち、且つ長母音アー で終わる外来語であれば、語末長母音の短母音化が起こりやすいことが分かる。

次に、アクセントの調整という視点から分析を行う。日本語における外来語のアク セント規則は-3規則 (8) が典型的な規則だと知られている (McCawley1968)。(9) で はいくつかの例を挙げている。

(8) -3規則: 語末から数えて3つ目モーラを含む音節にアクセントを付与する。

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(9) バナナ、オーストラリア、マックス、コーラス

しかしながら、LH#という音節構造で終わる外来語のアクセントは-3ではなく、-4 であるということがよく知られている (田中 2004、田中 2008)。(10) ではその例を 挙げている。田中 (2004) によると、長母音で終わる LLH という音節構造を持つ外 来語のアクセントは88%が-4型を取るということが分かった。

(10) メロディー、アクター、ビギナー

(10) の例で示しているように、LH#という音節構造で終わる構造を持つ外来語のア

クセントは-3型ではなく、-4型であるということが分かる。LH#の構造に含む語末母 音の長・短はアクセントの計算に影響を及ぼさないため、LH#で終わる音節構造の外 来語は語末長母音が一つ消えることによって、そのアクセントが語末から数えて 3 モーラ目に含む音節に置かれるようになる。

LH#という音節構造は不安定な構造である (窪薗 2000、Labrune 2000)が、短母音 化の生起に従い、LH#という音節構造が LL#というより安定した音節構造に変わる。

音節構造が変わると、アクセントの構造も変わり、-4 型という有標のアクセント型 から-3型という無標のアクセント型になる。