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第 6 章 外来語における語末長母音の短母音化

6.2. 外来語の語末長母音の短母音化

6.3.2. 母音の種類

6.3.2.1. 語種による違い

Itô & Mester (1995) によると、語末の長母音「アー」は外来語にしかないという。

別のいい方をすると、上代日本語はCVという単純な構造しか持たなかったというこ とである。平安時代に入ってから、漢語の借用や和語における子音脱落、母音融合な どにより、短母音と長母音の対立が生まれた (窪薗 1994) わけであるが、漢語と和 語には「ア」の長さのみによるミニマルペアは滅多にない63。言い換えると、外来語 の借用があってから初めて、「ア」と「アー」の母音の長さによる対立が生まれたの

                                                                                                               

63和語におばさん/おばあさんのような表記上において母音「ア」の長さで弁別するペアは存在する。し かし、東京方言においては、母音「ア」の長さが変化すると共に、アクセントも変わる。おばさんは平 板型であるのに対し、おばあさんは語頭から2モーラ目のところにアクセントがあるため、本章ではそ れを母音「ア」の長さで弁別するミニマルペアとして認めない。

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である。『新明解国語辞典第六版』に記載されている母音アの長さのみによるミニマ ルペアを数えてみると、語中位置での母音の長さが異なるペアは「『後(あと)』と『ア ート』」のように27ペアしかなく、語末位置で母音の長さが異なるのは「『大麻』と

『タイマー』」のようなペアは更に少なく、僅か6ペアしかない。

和語には「おばあさん」のような長母音「アー」が存在するが、高山 (2003)によ ると、和語においての長母音「アー」は指示語(ああいう人)や親族語彙(お母さん)、

愛称(ヤーちゃん)のみに現れ、かなり制限されている。漢語については、[aa]変容が 起こる。例えば、場合ba#ai → ba#waiとなる。そこで、『新明解国語辞典』に記載さ れる長母音が含まれる非語末の和語、漢語を取り出し、高山 (2003)で述べられてい ることを検証した (表8)。

表8. 和語・漢語に見られる[aa]

非語末 和語 漢語 漢語&和語 和語&和語 合計

[aa] 7ばあさん 0 0 0 7

[a#a] 11 0 2場当たり 12生揚げ 25

合計 18 0 2 12 32

表8で示しているように、漢語においては[aa]が存在しないということが明らかで あるが、これは高山 (2003) と一致している。和語においての長母音のアーは指示語 や親族語彙、愛称のみに限られているかというとそうではない。例えば、「生揚げ」

のような[a#a]は数が少ないが、存在している。高山 (2003) で言われたことを検証で

きなかったが、日本語の和語、漢語に非語末の長母音アーはとても少なく、制限され ていることは確かである。表8で分かるように、日本語の和語、漢語の非語末位置に

[aa]を含む語は全部で32語しかない。

まとめると、外来語は上記のような和語及び漢語にある語末位置に長母音「アー」

は許されないという特徴から影響を受けた結果、外来語の語末長母音「アー」は短母 音となりやすいということが言える。では、次に、和語、漢語には語末長母音「アー」

は許されないのに、外来語は何故許されるかについて考えなければならない。

ここでは、核-周縁構造 (Itô & Mester 1995)を用いて語末位置には長母音「アー」が 許されないという制約は和語及び漢語には強く働く一方、外来語では語末長母音「ア ー」は自由に表すことができるという事実を説明する。核-周縁構造 (Itô & Mester

1995)とは音韻的な制約と語彙層の関係を示したものである。各音韻的な制約は円を

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短母音化のほか、外来語が日本語に定着したことで、和語、漢語にしか関わらない 制約を受けたようになる現象については、連濁 (窪薗 2005) も挙げられている。連

濁とは (8a) のように複合語が作られる過程において、その後部要素の無声頭子音が

有声子音に変わる現象であるが、この現象は和語、漢語にはよく見られ、外来語には 滅多に起こらない。しかし、(8b) のカッパと (8c) のカルタは古くから日本語に入っ たため、外来語という身分が既に失われ、日本語に強く定着した。そのため、ホール とは異なる振る舞いを示し、連濁を受けた。

(8) 単語親密度と連濁の適応

a. さくら+はな → さくらばな、精(しょう)+進(しん) → しょうじん、学生+ホー

ル → 学生ホール

b. あめ+カッパ → あまガッパ

c. いろは+カルタ → いろはガルタ

このように、外来語が日本語に定着したことによって、その語末長母音アーが短く なりやすいということがいえる。