第 4 章 析出強化型 Ni 基超合金 Alloy718 の引張特性と疲労き裂進展特性に及ぼす
4.4 実験結果および考察
4.4.7 疲労き裂進展の加速と微視的破壊機構との対応
◆大気中(未チャージ材)における疲労破面
外部水素試験と内部水素試験それぞれの場合におけるHST材中の疲労き裂進展加速と水素に よる破壊機構の変化との対応,およびSSRT試験で見られた微視的破壊形態と疲労き裂進展試験 における破面の整合性を明らかにするため,Fig. 4-19での実験に用いた各試験片について,SEM による破面観察を実施した.Fig. 4-21に,大気中においてΔK = 30,40,50 MPa·m1/2に対応する 位置の疲労破面のSEM像を示す.これらのいずれのΔK値においても,大気中の破面は延性的 な粒内破壊(Ductile transgranular; DTG)であり,低倍率で観察した際の特徴として,Fig. 4-21 (d)~(f) 中に矢印で示すような平滑な破面が認められる.特にΔKが比較的大きい40および50 MPa·m1/2 の領域ではFig. 4-21 (f)中に拡大像を示すように,これらの平滑な破面上に明瞭な延性ストライ エーションが観察された.このことは,析出物の存在によりプラナーな転位運動を示すAlloy 718
(詳細は後述)においても,大気中での疲労き裂進展の微視的メカニズムに,第2 ~ 3章で対象 とした純鉄やオーステナイト系ステンレス鋼など比較的転位運動の自由度が高い材料と大きな 相違がないことを示すものである.
AnderssonとPerssonはSEM内でAlloy 718中の疲労き裂の進展挙動を直接観察し,試験片表
面の平面応力域ではき裂がすべり面に沿って微視的にはモード II 機構で伝播する一方で,試験 片板厚中央部の平面ひずみ域では結晶組織に依存しない延性ストライエーション形成が支配的 となることを報告している[50].また,彼らは破面様相の ΔK 値への依存性を調べ,ΔK が 30
MPa·m1/2以下の領域ではすべり面に沿うファセット状破面の形成が支配的になる一方で,ΔKの
増加とともに破面上のストライエーションの割合が拡大することを明らかにしており,同様の
結果はClavelとPineauによっても示されている[51].Fig. 4-22に示すのは,本研究での大気中に
おけるΔP一定試験後に,試験片側面のき裂(ΔK ≈ 50 MPa·m1/2)周辺をSEMの反射電子像を用 いて観察した写真である.本研究においても,板厚中央部における破面は結晶組織に依存しない 延性ストライエーションであったが,一方で試験片の表面部ではΔK値に関係なく,き裂が2つ のすべり面に沿って交互に伝播したと思われる鋸刃上のき裂進展経路が多数観察された.すな わち,本研究で用いているHST材についてもAnderssonらの報告と同様に,試験片表面部の平 面応力域では結晶組織に依存したすべり面破壊,また板厚中央部の平面ひずみ域ではストライ エーション形成によりき裂伝播がもたらされていることになる.ただし,Anderssonらの研究が
板厚0.6 mmの薄板試験片を用いて行われている一方で,本研究の実験には厚さ10 mmの試験片
が用いられていることには注意されたい.薄板試験片ではマクロなき裂進展速度に対する試験 片表面の平面応力域の影響が無視できず,実際にAnderssonらはその実験において結晶学的破面 の粗さに起因したき裂閉口や荷重負荷方向に対するすべり面の配向などの影響から,き裂伝播 挙動が不連続的で不安定なものとなることを報告している[50].これに対し厚板の試験片におい ては,全板厚に対する表面付近の平面応力支配域の割合は比較的小さいと考えられ,故に本研究 のようなケースでは表面のすべり面破壊ではなく板厚中央部のストライエーション形成が支配 的となり,マクロなき裂進展速度が決定されているものと予測される.
◆外部水素試験における疲労破面
一方でFig. 4-23に示すのは,Fig. 4-21と同様のΔK値における95 MPa水素ガス中での破面形 態である.延性ストライエーションが支配的となる大気中に対し,水素ガス中(外部水素)の破 面を支配していたのはいずれのΔK値においても粒界破壊(IG)であり,粒界破壊部には破面に 対して垂直な二次割れが多数見受けられた.また,粒界破面に混在し,水素ガス中ではFig. 4-23 中に示しているように,巨視的き裂進展方向に対して平行なリバーパターンを伴った,いわゆる 擬へき開破面(QC)が部分的に観察された.
これらの粒界破面と擬へき開破面のいずれがき裂進展の加速に対してより支配的であるかを 明確化するために,ここではΔK一定試験後の水素ガス中の疲労破面についても同様にSEM観 察を実施し,破面形態への試験周波数の影響を調べた.Fig. 4-24に,ΔK = 50 MPa·m1/2において
95 MPa水素ガス中で試験を行った際の,f = 1 Hzおよび0.001 Hzに対応する破面を示す.き裂
進展加速率が比較的小さいf = 1 Hzにおいては,破面の所々に粒界破壊の痕跡が認められるもの の,その割合は破面全体の50%にも満たず,それ以外の部分に関しては擬へき開破壊で占められ
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ている(Fig. 4-24 (a)(c)).一方で,大気中に対するき裂進展加速率が1000倍に近いf = 0.001 Hz においては,逆に擬へき開破面の割合は著しく減少し,破面の大部分を粒界破壊が占めるように なった.これらの破面観察結果は,外部水素試験における時間依存型の疲労き裂進展が粒界破面 の形成に支配されていることを示しており,一方でき裂進展加速に対する擬へき開破面形成の 寄与が小さいことを結論している.この観察結果に基づき,以下の節では擬へき開破面の形成機 構に対する詳細な検討は行わず,特に外部水素の場合には粒界破壊のみに重点を置き,き裂進展 の加速機構を議論することとする.
◆内部水素試験における疲労破面
Fig. 4-25に,水素チャージ試験片におけるΔP一定試験後の破面のSEM像を示す(ΔK値に関
してはFig. 4-23と同様).外部水素の場合とは一変し,内部水素試験で形成された破面上では粒
界破面の存在はほとんど認められず,大部分を占めるのはすべり面に沿って形成されたと思わ れる平坦なファセットであった.以上のように外部水素と内部水素間で,破壊形態が粒界破壊か らすべり面破壊へと変化する現象は,本研究でHST材を用いて行ったSSRT試験の結果ともよ く整合している.また,Fig. 4-25 (a)とFig. 4-25 (c)の比較からも分かるように,き裂進展の加速 がほとんど確認されなかった ΔK = 30 MPa·m1/2の領域では結晶粒径オーダーの比較的粗大なフ ァセットが多数認められるのに対し,加速が顕著なΔK = 50 MPa·m1/2において個々のファセット はよりスケールの細かなものへと変化し,破面はジグザグ状の様相を呈した.このようなファセ ット寸法の変遷は,後に述べるようにΔKの増大に伴って活動すべり系の数が変化することに起 因していると考えられ,内部水素によるき裂進展加速メカニズムを議論する際に重要となる事 項である.
外部水素の場合と同様にして試験周波数の変化が破壊形態に与える影響を調べるため,ΔK =
50 MPa·m1/2にてΔK一定試験を行った試験片に対し,破面観察を実施した.Fig. 4-26に,f = 1 Hz
および0.01 Hzにおける内部水素試験で形成された破面のSEM像を示す.上述のように,外部
水素の場合には周波数低下に伴うき裂進展加速率の増大に付随して粒界破面率が上昇する傾向 が見られたが,一方で内部水素の場合にはファセットの形態に周波数への依存性は見られず,f
= 1 Hzおよび0.01 Hzの両方において類似の破面が観察された.また,Fig. 4-26 (c)中に拡大像を
示すように内部水素試験で観察されるファセットの表面には,ファセットを形成しているもの とは異なるすべり系の活動を示すすべりトレースと,それに沿った微視き裂の存在が見受けら れる.このようなファセット破面上の特徴はAlloy 718に電解水素チャージを施して引張試験中 の破壊挙動を調べた Zhangら[14]および Demetriouら[40]の研究において報告があり,後述するよ うに変形帯同士の交差部における微小ボイドの生成および連結が,本合金における水素脆性き 裂伝播に関与していることを示唆するものである.
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Fig. 4-21 SEM micrographs of the fracture surface of material B (HST) subjected to ΔP-constant test in air (non-charged) at room temperature. The crack growth directions are from bottom to top.
Fig. 4-22 SEM-BSE images of crack wake on the surface of the CT specimen of material B (HST) subjected to ΔP-constant test in laboratory air (non-charged) at room temperature. The corresponding ΔK value is approximately 50 MPa·m1/2.
ΔK = 30 MPa・m1/2 ΔK = 40 MPa・m1/2 ΔK = 50 MPa・m1/2 DTG
a) b) c)
d) e) f)
d) e) f)
500 μm 500 μm 500 μm
100 μm 100 μm 100 μm
10 μm
DTG (Ductile striations) DTG (Ductile striations)
a)
FCG directionb)
FCG direction50 μm 50 μm
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Fig. 4-23 SEM micrographs of the fracture surface of material B (HST) subjected to ΔP-constant test in 95 MPa hydrogen gas at room temperature. The crack growth directions are from bottom to top.
Fig. 4-24 SEM micrographs of the fracture surface of material B (HST) in 95 MPa hydrogen gas at (a)(c) f
= 1 Hz and (b)(d) f = 0.001 Hz. The corresponding ΔK value is 50 MPa·m1/2, and the crack growth directions are from bottom to top.
ΔK = 30 MPa・m1/2 ΔK = 40 MPa・m1/2 ΔK = 50 MPa・m1/2 IG + QC (Quasi-cleavage)
a) b) c)
d) e) f)
d)
e)
f)
IG + QC (Quasi-cleavage) IG + QC (Quasi-cleavage)
500 μm 500 μm 500 μm
100 μm 100 μm 100 μm
IG
IG
IG
QC
QC
QC
a) b)
c) d)
500 μm 500 μm
100 μm 100 μm
c) d)
QC
IG
f= 1 Hz f= 0.001 Hz
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Fig. 4-25 SEM micrographs of the fracture surface of hydrogen pre-charged material B (HST) subjected to ΔP-constant test in air at room temperature. The crack growth directions are from bottom to top.
Fig. 4-26 SEM micrographs of the fracture surface of hydrogen pre-charged material B (HST) tested in air at (a)(c) f = 1 Hz and (b)(d) f = 0.01 Hz. The corresponding ΔK value is 50 MPa·m1/2, and the crack growth directions are from bottom to top.
ΔK = 30 MPa・m1/2 ΔK = 40 MPa・m1/2 ΔK = 50 MPa・m1/2 TG (Planer facets)
a) b) c)
d) e) f)
f)
TG (Planer facets) TG (Planer facets)
d) e)
500 μm 500 μm 500 μm
100 μm 100 μm 100 μm
a)
c)
b)
d)
500 μm 500 μm
100 μm 100 μm
c) d)
10 μm
f= 1 Hz f= 0.01 Hz
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