第 5 章 高圧水素ガス環境中における高強度析出強化型ベリリウム銅合金の
5.2 供試材および実験方法
5.2.1 供試材およびベリリウム銅合金における析出過程
◆供試材
供 試 材 と し て 用 い た のは ベ リ リ ウ ム 銅 25 合 金 で あ り , 本 合 金 は 銅 開 発協 会 (Copper
development association; CDA)規格におけるCDA-C17200に該当する.日本国内におけるベリリ
ウム銅25合金の製造は日本ガイシ(株)がNGK-Berylcoとして行っており,本研究で用いた供 試材についても日本ガイシにより製造されたものである.合金中に含まれるベリリウムの人体 への有害性を考慮し,本研究での供試材に関しては材料を溶融させての化学成分分析は実施し ていない.Table 5-1には,日本ガイシにより公開されているベリリウム銅25合金の化学組成の カタログ値[24]を示すが,本合金はCu中に2%弱のBeと若干量のCoおよびNiを含んでいる.
母材は寸法180×140×50 mmの板材であり,熱間鍛造により作成した母材に774 ~ 802˚C(規格 値)で保持後の急冷による溶体化処理,またその後315˚Cで3時間保持の時効処理により製造さ れたものである.室温・大気中にて測定された0.2%耐力および引張強さはそれぞれ974 MPaお
よび1232 MPaであり,また荷重9.8 N,保持時間30 秒の条件で測定したビッカース硬さHVの
平均値(10点平均)は380 であった.Yamabeらが先行研究で用いた引抜加工材[3]と区別するた め,以後本供試材をAT材(図中ではCuBe-AT)と表記することとする.Fig. 5-1に,EBSD観察 により取得した,AT材の初期組織像を示す.Fig. 5-1 (a)の結晶方位マップから分かるように,熱 間鍛造後の溶体化処理により,本供試材中における結晶組織は配向の無いランダムなものとな っており,各結晶粒中には銅の積層欠陥エネルギーの低さに起因して,多数の焼鈍双晶の存在が 見受けられる.このような配向の無い初期組織は,軸方向に対して[001]および[111]方向への顕 著な集合組織が見られる引抜加工材[3]とは異なる点である.双晶界面を除いた場合,供試材中の 結晶粒径はおよそ20 ~ 40 μmであった.Fig. 5-1 (b)~(d)には,より高倍率で観察した初期組織の 結晶方位マップ,IQマップおよび相分布マップをそれぞれ示す.Fig. 5-1 (c)のIQマップ上では,
結晶粒界に沿って厚さ1 μm以下程度の不連続析出相が分布していることが認められる.一方で,
Fig. 5-1 (d)の相分布マップ上では部分的に直径数100 nm程度の球状のCuBe相の反応が見られ
るが,いわゆる析出強化に寄与するような微細な析出物は,今回のEBSD観察の分解能の範囲で は検出されなかった.
◆時効処理中におけるベリリウム銅合金の析出過程
一般的なベリリウム銅25合金では,本研究の熱処理条件のように780˚C前後での溶体化処理 の後,310 ~ 320˚Cの温度範囲にて2 ~ 3時間の時効処理を行い,微細なCuBe化合物の粒内析出 によって強度の向上を図る[21].この時効処理中のCuBe化合物の析出過程に関してはこの70年 間ほどで相当数の研究が行われてきており,析出の開始から平衡相に達するまでの結晶構造,格 子定数,母相との方位関係の変化等について研究者間でおおよそ一致した見解が得られている.
Fig. 5-2に,CDAにより公表されている銅-ベリリウム2元系の状態図を示す[21].780˚Cにおける
保持の段階で銅中に含まれる2%弱のベリリウムはすべて母相中に固溶し,その後の急冷処理に よって本合金は過飽和な固溶体となる.また,図から読み取れるように上述の時効処理温度にお ける銅中へのベリリウムの固溶度は0.3%程度であることから,時効処理によって約1.7%のベリ リウムが銅と化合して析出物となり,母相中に分散することとなる.このような時効処理中のベ リリウム銅合金中の析出過程には2種類の形態があることが報告されている.1つは結晶粒内で の連続析出,もう1つは結晶粒界からの不連続析出である.以下ではこれら2つの析出形態につ いて,従来研究で得られている知見を紹介する.
① 連続析出
連続析出とは一般に,粒内で核生成した析出物が母相中に過飽和に固溶した溶質原子を集合 させながら成長する,いわゆる母相中の固溶元素の連続的な濃度変化を伴った析出形態のこと
を指す.Cu-Be系合金の連続析出に関して最初に言及した例としては,1944年のGuinierとJacquet
による研究が挙げられる[25].彼らはX線回折を用いた実験結果から,同合金系における連続析 出過程を以下のように結論した.
過飽和固溶体α → G.P. zone → 平衡相γ
188
ここでG.P zone(Guinier-Preston zone)とは,FCC系の析出強化型合金において母相の{100}面上
に1原子厚さ程度の固溶元素が円板状に配列した領域のことを指し,Al-Cu系合金などにおいて 析出開始直後に見られる析出物の形態である[26].Cu-Be 系合金におけるG.P zone の存在は,後
にTanakaらおよびWilkesらが行ったTEM分析によって直接観察されている[27,28].Gunierらの
説に対しGeislerらは,過飽和固溶体から平衡相が生成されるまでの間にはいくつかの中間相を
経ることを示し,連続析出の仮定を以下のように修正している[29].
過飽和固溶体α → γ’’(中間相) → γ’(中間相) → γ(平衡相)
上記のGeislerらの説は後の ShimizuらのTEM観察によって妥当性が確認され[30],その後多く
の研究者によって支持されてきた[31–33].一方でMonzenらは最近γ’’相から平衡相γへの遷移期
間にγ’’および γ’相とは格子定数の異なる別の中間相が存在することを発見し,これらを新たな
中間相としてγI’およびγI相としてそれぞれ位置付けている[33].また,一般的な時効温度である
310 ~ 320˚Cの下で,時効時間の増加に伴うこれらの析出物の形態変化や,析出相と材料強度と
の関係,析出相と母相との方位関係について詳細を調べた研究例としては,BonfieldとEdwards,
および Guoliang らの報告がある[31,34,35].彼らはそれぞれ Cu-1.81%Be-0.28%Co 合金および Cu-2%Be合金を用いて時効時間と硬さ・引張強さの関係を調べ,2 ~ 4時間の時効時に得られる強度 がピークを示すことや,その際の主要析出相が10 nmオーダーのサイズを持った γ’相であるこ とを報告している.彼らの主張によれば,ピーク強度をもたらすγ’相は中心にベリリウム原子を 持つBCC構造(B2結晶)であり,母相と(11̅3)α//(130)γ’, [110]α//[001]γ’の方位関係を持った整合 析出物である.本研究ではTEMによる析出物の観察は行っていないが,供試材の熱処理条件と 上記の先行研究の結果から考えて,同じように10 ~ 20 nmのγ’相が粒内に一様に分散した組織 が得られているものと推定される.時効時間を4時間以上に増やすとオストワルド成長によるγ’
相の粗大化に伴って強度は低下し,最終的に平衡相γが現れるようになる.なお,この最終析出 相であるγは母相と一定の方位関係を持たない非整合析出物であることがZhouらによる最新の 文献で明らかにされている[32].
② 不連続析出
母相内の固溶元素の連続的な濃度変化を伴う連続析出に対し,母相内の固溶元素濃度が一定 のまま析出が進行する過程を不連続析出という.一般に不連続析出過程においては,結晶粒界を 核として生成した析出物(不連続析出セル)が析出セル前縁の母相に固溶している溶質元素を取 り込みながら結晶粒内へと侵食していく.ベリリウム銅合金における不連続析出の形態として は,母相 αと平衡析出相 γのラメラ状組織が粒界を起点として粒内へと成長していくことが報 告されている[36–38].Bonfieldらはベリリウム銅合金の不連続析出過程についての系統的な研究を 行い,不連続析出過程においても連続析出過程と類似した中間相の存在を示している[39].彼らの 報告によれば,この中間相は連続析出において生成する中間相 γ’と類似の結晶構造および方位 関係を持つが,γ’相が母相内に析出したG.P zoneを起点として生成されるのに対し,不連続析出 中の中間相は上述のように結晶粒界上から直接的に生成される.したがって,Bonfieldらはこの
中間相をγ’相とは区別してγI相として位置付けている(Monzenらの報告[33]にあるγI相とは異な
る).基本的にベリリウム銅合金の時効中には,これらの連続析出と不連続析出が並行して生じ ると考えられているが,その支配度を決定するのは時効温度である.Bonfieldらは不連続析出の 進行に及ぼす時効温度の影響に関しても調査を行っており,380˚Cを境にして両者の支配度が逆 転することを報告している[39].すなわち,380˚C以下で時効した場合には不連続析出セルは粒界 近傍の狭い領域内に留まるが,380˚C 以上(425˚C)で時効した場合ではセルは結晶粒を覆い尽 くす程度にまで成長する.また,同様に高温での時効が不連続析出セルの成長を促進する傾向は,
萩原らの研究でも確認されている[38].本研究では粒内析出相である γ’相が観察できなかった一 方,Fig. 5-1 (c)に示したように,粒界に沿う不連続析出セルの存在は明瞭に観察された.後に述 べるが,これらの不連続析出セルの存在はベリリウム銅合金の機械的性質の観点から好ましく ないことが知られており,粒界析出相の成長を抑制するための研究が近年もなお行われている
[40,41].
189
Teble 5-1 Chemical composition (mass %) of beryllium-copper alloy, CDA-C17200 according to the specification by NGK corporation [24].
Be Ni + Co Ni + Co + Fe Cu + Be + Ni + Co + Fe
1.80 ~ 2.00 0.20 min. 0.6 max. 99.5 min.
Fig. 5-1 Undeformed microstructure of CuBe-AT as obtained by SEM-EBSD: (a) crystallographic orientation map of broad area; (b) crystallographic orientation map in higher magnification; (c) corresponding IQ map; (d) phase map.
Fig. 5-2 Phase diagram of Cu-Be binary system provided by Copper Development Association, CDA (reconstructed) [21].
(a) (b) (c) (d)
35 μm 4 μm 4 μm 4 μm
Longitudinal direction
Transverse direction
001 101
111 Beryllium-Copper
Copper
DP cells
Thickness direction
α + γ
γ + δ γ
β + γ α + β
α
L + α
L
β
L + β L + δ
2 4 6 8 10 12 14
0 200 400 600 800 1000
Beryllium content (wt.%)
Temperature (˚C)
Solution annealing at 780˚C
Aging at 315˚C
190