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擬へき開破面の形成に伴う疲労き裂進展加速メカニズム

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 97-109)

第 2 章 水素ガス環境中における BCC 鉄の疲労き裂進展特性とその微視的メカニズム

2.3 実験結果および考察

2.3.4 擬へき開破面の形成に伴う疲労き裂進展加速メカニズム

水素侵入に起因した転位組織発達の助長と,それに伴う粒界上での微小ボイド生成によって 粒界破壊が促進されるステージIに対し,30倍程度のき裂進展加速が観測されたステージIIを 象徴する破壊様式は,先述のように擬へき開(QC)破面であった.本節では,この擬へき開破 面がステージIとは全く異なるメカニズムによって形成され,水素がステージIとは対照的な側 面をもって純鉄の疲労き裂進展挙動へと影響を与えることを示す.

◆擬へき開破面上の脆性ストライエーションと試験片表面における変形様相

粒界破壊が高強度鋼の水素脆性破面を代表する[27–29]のに対し,擬へき開破壊は比較的低強度 な鉄鋼材料の水素脆化を象徴する破面形態であり,疲労き裂進展試験のみならず引張試験や破 壊靭性試験など広範な機械的試験において頻繁に観察される[6,79].そもそも「擬へき開」という 用語は,その破面の様相が低温脆性破壊によく見られるへき開破面と酷似しているものの,実際 には破面方位が結晶学的に定まるへき開面に沿わないという一般的解釈の下に名付けられたも のである[80].BCC 鋼の疲労き裂進展で形成される擬へき開破面上の特徴の一つとして,き裂進 展方向に対して垂直な脆性ストライエーションの存在[1,2,6,9]を第 1 章にて紹介し,それが純鉄中 でも観察されることを2.3.2 節で述べた.Fig. 2-14に,例として本研究において 0.7 MPaと 90 MPaの水素ガス中で観察された脆性ストライエーションの拡大像を示す.これらのSEM像中の ストライエーション幅の平均値sを測定したところ,0.7 MPa水素ガス中ではおよそs = 1.2×10

6 m,90 MPa水素ガス中ではs = 9.7×10‒7 mであり,多少のばらつきはあるものの,いずれも対

応するΔK値におけるマクロな疲労き裂進展速度と同オーダーの値を示した.この結果は,これ らの脆性ストライエーションが 1 サイクルの負荷毎に形成されていることを示しており,従来

Air, ΔK= 12 MPa・m1/2

a) b)

c) d)

10 μm

10 μm 10 μm

0.7 MPa N2, ΔK= 12 MPa・m1/2 0.7 MPa H2, ΔK= 12 MPa・m1/2

b) IG

100 μm

IG

IG

IG IG

IG

TG

0.7 MPa H2, ΔK= 12 MPa・m1/2

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の炭素鋼を用いた報告例[6,9]ともよく整合するものである.

Matsuokaらと吉川らは低合金鋼SCM435や炭素鋼SGP,SM490B等を用いて水素チャージ下,

または水素ガス中で疲労き裂進展試験を行い,擬へき開破面の形成とそれに付随したき裂進展 の加速を,HELP機構に立脚して水素がき裂先端への塑性変形の局所化を助長した結果であると

解釈した[5,6,81].彼らのこの考察は,試験片表面におけるき裂周辺の光学顕微鏡像上で,大気中よ

りも水素環境下での塑性変形痕がき裂の近傍に局所化して見えるという観察事実に基づいてい る.本研究ではこれら実用鋼の結果と純鉄中の挙動とを比較するため,まずは大気中,0.7 MPa 水素ガス中および90 MPa水素ガス中におけるΔP一定試験で進展させたき裂周辺の光学顕微鏡 観察を実施した.Fig. 2-15に,ΔK = 17 MPa·m1/2付近に対応する試験片表面部の光学顕微鏡像を 示す.大気中のき裂周辺で見られる塑性変形痕と比較して,0.7 MPa水素ガス中の塑性変形痕は ややき裂の近傍に局在化しているように見受けられ,また90 MPa水素ガス中においてその傾向 はより顕著となった.これらの観察結果は炭素鋼SM490Bを用いた吉川らの結果[6]ともよく一致 しており,マクロな疲労き裂進展挙動の一致と併せて,実用鋼中と純鉄中における破壊現象が等 価であることを示唆している.

Fig. 2-14 SEM images of the brittle-like fatigue striations in (a) 0.7 MPa hydrogen gas at ΔK = 17 MPa·m1/2 and (b) 90 MPa hydrogen gas at ΔK = 16 MPa·m1/2 (Stage II), together with the average striation spacing, s in the insets. The crack growth directions are from bottom to top.

Fig. 2-15 Optical micrographs of the side surfaces of CT specimens after ΔP-constant tests in (a) air, (b) 0.7 MPa hydrogen gas and (c) 90 MPa hydrogen gas in Stage II FCG regime (ΔK ≈ 17 MPa·m1/2).

10 μm 0.7 MPa H2, s = 1.2×10‒6m

10 μm

Striation borders

a) b)

90 MPa H2, s = 9.7×10‒7m

500 μm FCG direction 500 μm FCG direction 500 μm FCG direction

a) Air b) 0.7 MPa H2 c) 90 MPa H2

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◆EBSD および ECCI によるき裂周辺変形組織の観察

試験片表面の観察に引続きステージ IIにおける破壊メカニズム解明に向け,ステージ I にて 用いた手法と同様の手順にてΔK一定試験(ΔK = 17 MPa·m1/2)を行い,試験片板厚中央部の解 析をEBSDとECCI法により行った.なお,ステージIIにおけるΔK一定試験の代表試験環境と しては,大気中,0.7 MPa水素ガス中および90 MPa水素ガス中の3環境を選定した.これらΔK 一定試験の結果をFig. 2-3上にプロットしているが,いずれの環境下においても,ΔK一定試験 中のき裂進展速度はΔP一定試験中の速度と良い対応を示した.

試験片表面の観察結果が,Matsuoka らや吉川らが低合金鋼および炭素鋼について示した結果 と同様である一方,板厚中央部に対するEBSD分析は,き裂先端への塑性変形の局所化という彼 らの仮説とはかけ離れた一面を見せた.Fig. 2-16に,大気中と0.7および90 MPa水素ガス中に おけるき裂周辺の結晶方位マップならびにGRODマップを示す.なお,これらのEBSD観察に おけるビームステップサイズは1.0 μmとした.ステージIにおける粒界破壊に対し,ステージ IIにおけるき裂進展経路は大気中,水素ガス中ともにすべて結晶粒内である.大気中のき裂周辺 では,き裂面から50 ~ 100 μmの領域において最大で30˚を超える結晶方位差が確認されるのに 対し,0.7 MPa水素ガス中ではそのような結晶方位差を生じている領域のサイズが大気中と比べ ると明らかに減少している.また90 MPa水素ガス中においては,有意な結晶方位差が見られる 領域はき裂が結晶粒界を横切るいくつかの部分を除き,き裂周辺に全く観察されなくなった.こ の結果は,ステージ II のき裂進展領域では水素が塑性変形をき裂近傍に局所化させるのではな く,塑性変形そのものの量を減少させ,脆性的なき裂伝播を促進していることを示唆するもので ある.また,大気中のき裂が各結晶粒内で湾曲・分岐を繰り返しながら進展しているのに対し,

水素ガス中のき裂は直線的であり,特に90 MPa水素ガス中でその傾向が強いことに注目された い.このような直線的なき裂進展経路の正体を調べるため,Fig. 2-16 (e)(f)にはそれらの位置に対 応する結晶粒の単位格子を白色にて示した.これらの単位格子とき裂面との比較から,直線的き 裂進展経路は{100}結晶面,すなわちBCC結晶のへき開面と近い方位にあることが判明した.

Fig. 2-17に,Fig. 2-16 (a)~(c)中に黒色の破線で囲まれた領域のECCI観察結果を示す(加速電

圧30 kV).大気中のき裂周辺では,ステージIにおける破面直下のTEM観察でも見られたよう

に,互いに有意な結晶方位差を持った転位セルや亜結晶粒組織,マイクロバンド状組織が形成さ れており,これらがECCI像上に微細なコントラスト変化を生んでいる.一方で0.7 MPa水素ガ ス中では部分的に結晶方位差に起因したコントラスト変化が認められるものの,大気中のよう な微細化された変形組織は観察されない.さらに,90 MPa水素ガス中のき裂周辺では,この分 解能での ECCI 観察において塑性変形の痕跡はほとんど認められなくなった.また,Fig. 2-17 (b)(c)中に黄色矢印で示しているように,結晶粒を横断するような直線的なき裂進展経路を,

ECCI 観察ではより鮮明に観察すことができる.同図中には EBSD 分析から同定した{100}面の トレースを示しているが,トレースとき裂面との比較から,これらのき裂進展経路が{100}面に 沿うことが改めて確認できる.以上の結果を踏まえると,ステージ II におけるき裂周りの塑性 変形量の減少,および30倍程度の疲労き裂進展の加速は,従来説のような塑性変形の局所化と いうよりはむしろ,上述のような部分的にへき開面に沿う破壊を伴ったミクロな脆性き裂伝播 により引き起こされたと考えるのが妥当であろう.

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Fig. 2-16 Crystallographic orientation maps and corresponding GROD maps around the mid-thickness fracture paths in (a) and (d) air, (b) and (e) 0.7 MPa hydrogen gas, and (c) and (f) 90 MPa hydrogen gas at the ΔK value of 17 MPa·m1/2. The crack growth directions are from top to bottom.

Fig. 2-17 ECCI images around the mid-thickness fracture paths in (a) air, (b) 0.7 MPa hydrogen gas, and (c) 90 MPa hydrogen gas. The captured areas correspond to the regions surrounded with black dashed lines in Fig. 2-16 (a)~(c). The black arrowheads indicate crack tip positions, while the yellow arrowheads show the fracture paths seem to be along cleavage plane. The crack growth direction is from left to right.

200 μm 200 μm 200 μm 200 μm 200 μm

A

B

C

a) b) c) d) e) f)

200 μm

Fig. 2-17 (a) Fig. 2-17 (b) Fig. 2-17 (c)

a)

b)

c)

100 μm 100 μm

100 μm

FCG direction

{100} plane traces

{100} plane traces

Air

0.7 MPa H2

90 MPa H2

FCG direction

FCG direction

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◆擬へき開破面直下における転位構造

Fig. 2-16およびFig. 2-17で観察された巨視的スケールでの変形組織とよりミクロな転位組織

との対応を明確にするため,ここではEBSDとECCI分析に用いた観察面からFIB加工により薄 膜サンプルを採取し,STEMによる観察を実施した.Fig. 2-16 (d)(e)に,TEM観察用サンプルの 採取個所を白色の矩形枠で示す.大気中のき裂周辺からは1か所(Fig. 2-16 (d)中A部),0.7 MPa 水素ガス中のき裂周辺からは2箇所(Fig. 2-16 (e)中BおよびC部)のサンプル採取を実施した.

また,水素ガス中におけるき裂に関しては,GRODマップ上で若干の結晶方位差が見られる部分

(Fig. 2-16 (e)中B部)と方位差が全く見られない部分(Fig. 2-16 (e)中C部)の2箇所をサンプ ル採取箇所として選択した.

Fig. 2-18に,共同研究者のBirenisらによって撮影された,上記3つの薄膜サンプル中に見ら

れる転位組織の暗視野STEM像を示す(電子線加速電圧:200 kV)[82].同図中に白色の破線で 示しているサンプルの端部は,それぞれのサンプル採取個所の破面に対応する部分である.ステ ージIにおける観察(Fig. 2-7 (d))やECCI観察(Fig. 2-17 (a))でも見られたように,大気中に おける転位組織は非常によく発達した転位セル組織や亜結晶粒組織で代表され,セルの内部に は不均一に分布した低密度の転位群が観察される(Fig. 2-18 (a)).この場合,破面の直下約3 μm の領域では500 ~ 1000 nm程度の比較的微細なセル組織が分布しており,それより深い領域では 粗大なセル構造や一方向に伸びた高密度転位壁などが観察された.一方で0.7 MPa水素ガス中で も,若干の結晶方位差がEBSDで検出される部分(Fig. 2-18 (b))においては,大気中で見られる 転位組織とそれほど大きな相違は認められない.しかしながら特筆すべきは,き裂がへき開面に 近い方位を示していたFig. 2-16 (e)中のCに該当する部分の転位組織である(Fig. 2-18 (c)).この 部分では,破面の極近傍においてさえ上述した転位セルや亜結晶粒等の発達した組織は全く観 察されず,サンプルの全範囲において独立した転位群やタングルした転位群がランダムな配列 をとっている様子が見受けられた.この結果は,Fig. 2-18 (c)に示すサンプル中の塑性変形の発達 レベルが上記 2 つのサンプルに比べて著しく低いことを示しており,対象とする部分に GROD マップ上やECCI像上で塑性変形痕が確認できないことは,方位差を生じるような転位壁,亜粒 界等の境界(GN境界)が形成されていないことからも合理的に説明されよう.またFig. 2-18 (c) 中には,同一視野に対し,平行電子線を用いて[001]晶帯軸から取得した電子線回折パターン

(SADP)を示す.得られた回折スポット間の逆格子空間上での距離を測定し,純鉄における各 格子面間隔と比較しながら,[200]方位に対応する逆格子ベクトル(gベクトル)を求めた.Fig.

2-18 (c)に示すように,[200]方向のgベクトルとサンプル上の破面とは互いにおおよそ垂直な関

係にあり,この部分の破面方位が{100}に近いものであることを改めて証明している.

板厚中央部の研磨面からのサンプル採取に加え,本研究ではΔK一定試験に用いた試験片の破 面上からもサンプルを採取し,同様の観察を実施した.サンプルの採取個所として,大気中試験 後の試験片については延性ストライエーションの直下を,また水素ガス中の試験片については 脆性ストライエーションが観察される平坦な擬へき開破面を選定した.Fig. 2-19に,大気中,0.7 MPa水素ガス中および90 MPa水素ガス中のステージII に該当する破面直下の転位組織の暗視 野STEM像を示す(電子線加速電圧:300 kV,Birenisらによる[83]).大気中の破面直下における 転位組織は,先の観察でも見られたように明瞭な境界を持ったセル構造を形成している.一方で,

水素ガス中では,0.7 および90 MPaともにそのような発達した転位組織はFig. 2-18 (c)の結果と 同様に認められず,個々の転位群がランダムに絡み合った組織が観察された.ここで,0.7 MPa 水素ガス中と90 MPa水素ガス中の転位組織を比較すると,90 MPa水素ガス中の方が転位密度 が高いように見受けられるが,これらのサンプル中に含まれる転位の量はサンプルの厚さに依 存しており,単純に比較されるべきではないことに注意されたい.実際にTEM内にて電子エネ ルギー損失分光法(Electron energy loss spectroscopy; EELS)によりこれら2つのサンプルの厚さ を測定したところ,0.7 MPa水素ガス中のサンプルでは約160 nmであり,90 MPa水素ガス中の サンプルでは約250 nmであることが確認されている.すなわち,90 MPa水素ガス中の方がサン プルの奥行方向に対して含まれる転位の量が多く,結果として電子線を透過させた際により多 くの転位が像中に写り込んだものと考えられる.今回の観察結果において重要なのはあくまで も,大気中に対する水素ガス中の転位組織の発達レベルの低さであることを改めて強調してお く.また一方で,大気中の破面が凹凸の激しい形状をしているのに対し,水素ガス中の破面はい

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