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供試材および実験方法

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 115-121)

第 3 章 準安定オーステナイト系ステンレス鋼の疲労き裂進展特性に及ぼす

3.2 供試材および実験方法

供試材として用いたのは,オーステナイト安定度の異なる 2 種の準安定オーステナイト系ス テンレス鋼JIS-SUS304およびJIS-SUS316Lである.各母材はそれぞれ厚さ30 mmおよび50 mm の板材であり,SUS304については1100˚Cにて3 min,SUS316Lについては1200˚Cにて4 minの 保持後,水冷により溶体化処理が施されている.大気中にて測定された降伏応力および引張強さ の値はSUS304においてそれぞれ274 MPaおよび628 MPa,SUS316Lにおいて229 MPaおよび

528 MPaであった.Table 2-1に両供試材の化学成分と,オーステナイト安定度の指標となるNi

当量Nieqおよび積層欠陥エネルギーγSFの値を示した.Ni当量の計算に関しては,Takakiらが提 案した以下の式(3.1)[21]を用いた.

Nieq = Ni + 12.93C + 1.11Mn + 0.72Cr + 0.88Mo – 0.27Si + 7.55N [mass %] (3.1) また,積層欠陥エネルギーの値に関してはSchrammとReedによる次式[22]に基づいて算出した.

γSF = − 53 + 6.2Ni + 0.7Cr + 3.2Mn + 9.3Mo [mJ/m2] (3.2)

Fig. 3-1に,EBSDにより観察した両供試材の初期組織の結晶方位マップおよび相分布マップを

示す.SUS304の初期組織は面積率にして約 1%のBCC相(初期 α’相とδ フェライトとの合計 値)を含んでいる.また,それ以外のオーステナイト部の結晶粒径は20 ~ 50 μm程度であり,粒 内には多数の焼鈍双晶界面が含まれている.一方,SUS316Lの組織中にはBCC相の存在はほと んど認められず,オーステナイトの結晶粒径はSUS304よりも大きく50 ~ 100 μm程度であった.

これらの溶体化処理板材のL-T方向から,Fig. 3-2に示すような板厚10.0 mm,板幅50.8 mm のCT試験片を採取し,疲労き裂進展試験に用いた.また,試験片の表面にはエメリー研磨とそ の後のダイヤモンドペーストを用いたバフ研磨により鏡面仕上げを施した.

111

Table 2-1 Chemical compositions (mass %) of the austenitic stainless steels used in this study together with the nickel equivalent, Nieq (mass %) values and stacking fault energy, γSF (mJ/m2).

Fig. 3-1 Initial microstructure of the metastable austenitic stainless steels (a)(b) SUS304 and (c)(d) SUS316L used in this study analyzed via EBSD. (a)(c) and (b)(d) are the crystal orientation maps and phase maps respectively. The abbreviation RD denotes rolling direction of the plate material, whereas TD denotes transverse direction.

14 30.530.5 61

10.3 50 8.

63 5. 212 7.

10

14

Fig. 3-2 Shape and dimensions of the compact tension (CT) specimen for the fatigue crack growth tests.

The specimens were extracted from the L-T orientation of the solution-annealed plates.

001 101

111

RD

TD Iron alpha Iron gamma

a) b) c) d)

100 μm 100 μm 100 μm 100 μm

Material

C Si Mn P S Ni Cr Mo Nieq γSF

SUS304

0.06 0.42 0.84 0.030 0.002 8.09 18.16 - 22.8 12.6

SUS316L

0.018 0.50 0.84 0.021 0.000 12.09 17.45 2.05 25.7 55.9

112 3.2.2 水素チャージ方法

疲労き裂進展特性に及ぼす内部水素の影響を調べるため,一部の試験片には疲労き裂進展試 験実施に先立ち,100 MPa,270˚Cの水素ガス中に780時間曝露することによる水素チャージを 施した.この水素チャージ条件は,厚さ10.0 mmのCT試験片中に一様な分布で水素が固溶する ように決定したものである.一般的に,低水素濃度CHの半無限体の表面を高水素濃度CSに保っ た場合,時間t経過後の水素濃度分布は材料表面から内部への距離xを関数とし,フィックの第 2法則に基づいて以下のように記述される.

H S 1 erf 2 C C x

Dt

  

    

(3.3) ここで,erfは誤差関数であり,Dは材料中の水素の拡散係数である.また,水素拡散係数Dは 振動数因子D0,拡散の活性化エネルギーQ,気体定数R,絶対温度Tを用いて以下のアレニウス 型の式で表される.

0exp Q

D D

RT

 

  

(3.4) 本研究での内部水素試験において試験片中の水素が飽和していることを確認するため,水素ガ ス曝露中における試験片表面からの水素侵入を半無限体表面からの侵入であると仮定し,式(3.3) および(3.4)を使って上記の水素チャージ条件における試験片内部の水素の分布を近似的に求め た.MineとKimotoはSUS304やSUS316Lを含む数種のオーステナイト系ステンレス鋼のディ スク状試験片に10 MPa水素ガス中(温度110 ~ 235˚C)で水素をチャージし,水素の侵入深さか ら拡散の活性化エネルギーQ = 63.1 kJ/mol,振動数因子D0 = 1.21×10−5 m2/sという値を求めてい る[17].ここでは水素濃度分布の算出にあたり,これらの値を用いて式(3.4)から温度270˚Cにおけ る水素拡散係数を求めた.また気体定数についてはR = 8.314 J/K∙molとした.Fig. 3-3に,温度

270˚C にて 780 時間の水素チャージを行った際の試験片表面から内部にかけての水素濃度分布

を示す.同図において,縦軸は試験片中の水素濃度を表面における飽和水素濃度を用いて正規化 してある.この水素濃度分布を基に,水素濃度が表面における飽和水素濃度CSの50%になる水 素の侵入深さx1/2を求めたところ,x1/2 = 5.38 mmと算出され,試験片の板厚の50%を上回ってい ることが確認された.実際の高圧水素ガス中における水素チャージでは試験片の両側面から水 素が侵入することを考慮すると,上記の水素チャージ条件は試験片中に一様な水素濃度分布を 得るのに十分であることが結論される.

水素チャージ後には水素の脱離を防止するため,試験片を直ちに‒85˚C の冷凍庫中に投入し,

試験開始まで保管した.

3.2.3 疲労き裂進展試験

第2章と同様に,ASTM規格E647[23]に準拠した疲労き裂進展試験を,大気中と0.7 MPaおよ

び90 MPaの水素ガス中にて行った.すべての実験において応力比はR = 0.1,周波数はf = 1 Hz

で統一し,試験温度は室温とした.また,試験中は除荷弾性コンプライアンス法により随時き裂 長さを測定しながら,ΔK の値が 30 MPa·m1/2で一定となるように荷重を連続的に漸減させる制 御方法を用いた(ΔK一定試験).オーステナイト系ステンレス鋼の疲労き裂進展特性に及ぼす水 素の影響を調べた従来研究[12,20]では,ΔK > 10 MPa·m1/2の領域で有意なき裂進展加速が認められ ることが明らかとなっており,本研究で設定したΔK値はき裂進展の加速現象を観測するのに適 切な値であると考えられる.その他の実験条件や K 値,き裂長さの算出方法,小規模降伏条件 等については2.2.2節にて説明したものと同様である.各試験片には実験に先立ち,大気中にて

ΔK = 25 MPa·m1/2,R = 0.1,f = 10 Hzの条件下で疲労予き裂を導入した.また,実験中の疲労き

裂進展速度 da/dN は,試験開始時から終了時までにおけるき裂進展速度の平均値として算出し た.

3.2.4 試験片中の飽和水素濃度の予測

内部水素試験および外部水素試験それぞれにおける材料中の水素濃度を定量的に比較するた め,ここでは各試験条件下において,外環境と平衡する材料中の飽和水素濃度を理論式に基づい て算出した.水素ガス環境から材料内部へと水素が浸入する場合,平衡水素濃度CSは一般的な

113 ジーベルツの法則に基づいて以下のように記述される.

S S

CK f (3.5) ここで,KSは材料中への水素の固溶度であり,f は水素の散逸能(フガシティ)である.また,

フガシティfは以下のように表される.

exp

pb

f p RT

 

   (3.6) 上式において,pは水素ガスの圧力であり,また定数bはSan Marchiらによってb = 1.584×10‒5 m3/molと報告されている[18].一方で水素固溶度KSについては,振動数因子K0(水素拡散の振動 数因子とは異なるため注意)と,水素の固溶エンタルピーΔHSを用いて以下のような形で記述さ れる.

S

S 0

exp

H

K K

RT

  

   (3.7)

MineとKimotoは,種々の温度で高圧水素ガスチャージを施したSUS304とSUS316L中の水素

濃度のデータから,温度110 ~ 235˚Cの範囲における各材料のKSとΔHSの値を次に示すTable 2-2のように決定している[17].本研究ではこれらの文献値を外挿し,式(3.5)~(3.7)に基づいて3.2.2 節で述べた水素チャージ条件下での飽和水素量,ならびに外部水素試験の場合における材料表 面の平衡水素濃度を算出した.

Table 2-2 Material constants for calculating hydrogen solubility and diffusivity of austenitic stainless steels SUS304 and SUS316L obtained by Mine and Kimoto [17].

K0 [mol H2/(m3・MPa1/2)] ΔHS [kJ/mol]

SUS304 52.8 2.34

SUS316L 49.6 2.58

Table 2-3 Estimated thermal equilibrium hydrogen concentrations (mass ppm) in SUS304 and SUS316L stainless steels under internal and external hydrogen test conditions used in this study.

H-charged 0.7 MPa H2 90 MPa H2

SUS304 94.5 4.4 65.8

SUS316L 83.7 3.7 55.8

Table 2-3 に,上記の近似計算によって求められる各試験条件下での予測水素濃度をまとめて

示す.両材料ともに,水素濃度は0.7および90 MPa水素ガス中(室温:300 K)での外部水素試 験においてそれぞれおおよそ4および60 mass ppm,また100 MPa,270˚Cの水素ガスチャージ

では90 mass ppm程度と推定された.き裂の進展を考える際に重要となるのは言うまでもなくき

裂先端の水素濃度であるが,ここで水素チャージ材の水素濃度が試験片中に一様に固溶してい る水素量を表しているのに対し,外部水素の場合の予測水素濃度はあくまでもき裂先端から水 素が侵入すると仮定した場合の局所的な水素濃度の予測値であることに注意されたい.また,上 記の近似計算ではそのようなき裂先端領域がオーステナイト相のまま変態しないと仮定してい ることにも注意が必要である.後にも示すように,今回用いる2種の材料では疲労き裂の先端で 少なからずα’相への変態が生じ,α’相の水素固溶度はγ相に対して極めて小さいことが知られて いる[24].このことから,実際の0.7および90 MPa水素ガス中での疲労き裂進展試験中における き裂先端の水素濃度は,Table 2-3に示す予測値よりもはるかに小さいものと推定される.

114 3.2.5 昇温脱離分析による水素量測定

水素チャージを施した試験片中の水素濃度が3.2.4節で予測した水素濃度と相違ないことを確 認するため,疲労き裂進展試験後の水素チャージ試験片の角部から10×10×10 mmの小片をファ インカッターにより切り出し,ガスクロマトグラフィ方式の昇温脱離分析(Thermal desorption

analysis; TDA)により残留水素量の測定を行った.TDA分析における測定温度範囲は25 ~ 800˚C

とし,昇温速度は100˚C/h とした.また,Murakamiらも指摘しているように多くのオーステナ イト系ステンレス鋼ではその製造過程において数ppm程度の非拡散性水素が材料中に残留し,

極低周波数域での実験においてはこれらの非拡散性水素が疲労き裂進展速度に対して無視でき ない影響を与えることがある[8].ここでは水素チャージにより侵入した水素と材料中に予め含ま れている水素とを分離するため,水素未チャージ試験片についても上記と同じ手法にて水素量 測定を行った.

Fig. 3-3 Hydrogen penetration profile from the surface of semi-infinite plate for SUS304 and SUS316L stainless steels after exposure to 100 MPa hydrogen gas at 270˚C for 780 h.

3.2.6 観察および分析手法

◆き裂側面および破面の観察

試験後の試験片に対し,まずは試験片表面のき裂周辺に生じたすべり線の観察を,光学顕微鏡 により行った.同観察に際しては,光学顕微鏡に備え付けられている微分干渉(Differential interference contrast; DIC)観察モードを用いた.また,各試験環境下における疲労破面の観察を タングステンフィラメント型のSEM(Hitachi SU1510)により行った.SEM観察の際の電子線加

速電圧は15 kVとした.

◆EBSD および ECCI によるき裂先端変形組織解析

第 2 章で述べた純鉄の場合と同様にして,疲労き裂進展試験後に試験片を板厚中央部に沿っ て切断・研磨の後,き裂進展経路周辺の相変態挙動や変形組織をEBSDとECCI法を用いて分析 した.観察面には前章と同様,コロイダルシリカ懸濁液による最終仕上げを施した.また,サン プルの研磨はき裂の周辺部をファインカッターにより切り出し,熱硬化性樹脂(140˚C)に埋め 込んだ状態で実施した.

EBSDおよびECCI観察は熱電解放出型のFE-SEM(JEOL JSM-7001FKMおよびZeiss Ultra 55)

により行った.EBSD観察の際の加速電圧は15 kV,ビームステップサイズは観察倍率に応じて

0.03 ~ 0.25 μmとした.また,ECCI観察の際の加速電圧は15 ~ 20 kVである.

Material : SUS304 & SUS316L

Charging condition : 100 MPa, 270ºC, 780 h Hydrogen diffusivity : D = 1.03×1011 [m2/s]

Distance from the surface, x [mm]

Normarized hydrogen concentration, CH/CS

0 5 10 15

0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2

Specimen thickness 1/2CS

 

Dt

C x

C S

erf2 1

HH HH

HH

HH HH HH

HH H

H H

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