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供試材および実験方法

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 145-149)

第 4 章 析出強化型 Ni 基超合金 Alloy718 の引張特性と疲労き裂進展特性に及ぼす

4.3 供試材および実験方法

4.3.1 供試材および Alloy718 における析出過程

◆供試材

供試材として用いたのは,化学成分および熱処理条件の異なる3種のAlloy 718(UNS-N07718)

である.Table 4-1に,これらの3種の供試材(A ~ C)の化学成分を示す.これらの母材はいず れも異なる形状を有し,また異なる溶体化処理および時効条件によって製造されていることか ら,故に得られる微視組織や材料特性も相互に異なっている.Table 4-2には,各種母材の形状,

熱処理条件を,Table 4-3には大気中において測定された母材AとCの引張強さと絞りの値をま とめた.これらの各種母材における最大の違いは溶体化処理の温度であり,母材 Aにおける溶 体化処理が955˚Cで施されているのに対し,母材BとCでは1065˚Cである.この溶体化処理温 度の違いは,以下の小節で述べるように,材料中の析出相の形態や結晶粒径を決定する上で極め て重要な意味を持つ.以後便宜上,母材AをLST(低温溶体化処理)材と呼称し,一方で相互 に熱処理条件が等価な母材BとCはまとめてHST(高温溶体化処理)材と呼ぶこととする.Table 4-3からも分かるように,HST材に比べて,LST材における引張強さは僅かに高い.これは後に 述べるように溶体化処理温度の差に起因して,LST材の結晶粒径がHST材よりも小さいことに 由来していると考えられる.一方,材料の延性パラメータである絞り値に関しては,強度の高い LST材の方がHST材よりも優れていた.また,今回は母材Bについては引張特性を取得してい ないが,熱処理条件から考えて,同じHST材である母材Cと遜色のない特性を示す材料である ことが予測される.

◆Alloy718 における析出相と供試材の微視組織

Alloy 718(またはInconel 718)は最も多用されているNi基超合金の1つであることから,そ

の時効処理中における析出物の生成過程に関しては非常に多くの先行研究が 行われてきた

[26,27,29,30].一般に流通しているAlloy 718の多くにおいては,930 ~ 1010˚Cの温度範囲で溶体化処

理を施し718˚Cにて8時間の時効,その後621˚Cまで炉令して時効時間が合計18時間程度にな

るように保持する2段時効処理が施される[27,31].本研究で用いるLST 材にも該当するこの熱処 理条件は,先述のように生成する析出物の種類や形状,分散状態,および材料の結晶粒径を制御 し,平滑材引張強さ,切欠き強さ,疲労強度等の機械的特性を最適化するために調整されている.

この熱処理温度において,Alloy 718中には準安定相であるγ’’相(Ni3Nb)とγ’相(Ni3(Al, Ti)), および平衡相であるδ相(Ni3Nb)の3種の析出相が生成する[27,29,32].本合金の主要強化相であ るγ’’相はD022結晶構造を有し,母相γと{100}γ’’//{100}γ; [001]γ’’//<001>γの方位関係を持った板 状の整合析出物である[29,33].また,γ’’相による強化能ほど顕著ではないが,L12構造を持つ球状

のγ’相も,本合金の析出強化に寄与する[34].これらの2つの析出相は,650 ~ 900˚Cでの時効に

よって結晶粒内に一様に析出する[29,35].一方,平衡相でありD0a構造を持つδ相は,準安定相で ある γ’’相が長時間の時効により安定な形態へと変化することにより生じる[30]ほか,結晶粒界を 起点として直接的に生成し,隣接する γ’’相の溶解を伴いながら粒内へと成長していくものであ

[26,35].Alloy 718における δ相の析出はポジティブな側面とネガティブな側面の二面性を持っ

ており,δ相の析出が好ましくない場合には,溶体化処理温度を1038 ~ 1065˚Cの範囲に設定す ることによって,粒界δ相の生成を抑制する熱処理が施される場合がある.δ相が持つネガティ ブな側面としては,強化相γ’’と同一の組成を持つため,δ相の析出によりγ’’相の析出量が減少 し降伏強度が低下することや,δ 相と母相 γの界面近傍に局所的に γ’’相が消失した強度の低い 領域,すなわち無析出帯(Precipitation free zone; PFZ)が形成されてしまうことなどが挙げられ

[26,27,35].しかしながらその一方で,粒界に析出したδ相は結晶粒成長を抑制するためのピンニ

ング粒子であり,合金製造中の熱間加工の段階でδ相を析出させておくことは,その後の熱処理 過程における結晶粒粗大化を防ぎ,微細な結晶粒組織を得る上で有効な手段である[32].また,粒 界における δ 相の存在は,その形態次第では高温クリープ時の粒界破壊を抑制するなどの効果 も持っている[26].一般にδ 相の析出速度は 900˚C 付近において最大となるが,そのソルバス温

度は1005 ~ 1015˚Cであるとされており[26],これ以上の温度で溶体化処理を行うことにより粒界

δ相を最小化させた組織を作り込むことが可能である.なお,このような高温溶体化処理材(本 研究のHST材に該当)の熱処理条件については,Inconel 718合金の製造元であるSpecial Metals

141

社のデータシート内[31]に記載があり,1038 ~ 1065˚Cの温度範囲にて溶体化処理を行った後に,

760˚Cおよび650˚Cにて2段時効処理を行うことが規定されている.

Fig. 4-3およびFig. 4-4に,本研究で用いた3種の母材における微視組織のEBSD結晶方位マ

ップおよびSEM反射電子(BSE)像をそれぞれ示す.EBSD方位マップから分かるように,3種 の供試材はいずれもランダムな方位を持つ結晶粒から構成されているが,LST 材の結晶粒径が

20 ~ 30 μm程度であるのに対し,HST材の粒径は 100 μm以上であり1 オーダー程度大きい.

SEM-BSE像上(Fig. 4-4)でこれらの母材の組織を見ると,LST材では板状または針状のδ相が

主に結晶粒界に沿って認められるのに対し,HST 材においてそのような粒界 δ 相の存在は観察 されなかった.このような微視組織の違いは,HST 材の溶体化処理温度が δ 相のソルバス温度 を超えているため,溶体化処理中にδ相が消失し,粒界ピンニング粒子が失われて粒成長を生じ たことが要因である.一方,本研究で実施した組織観察の分解能では,材料の強化に寄与する結 晶粒内の微細な析出相を検出することはできなかった.しかしながら,LST材およびHST材の 時効処理条件と,上記の従来研究内の知見との比較から,いずれの母材においても結晶粒内には

数10 nmサイズの微細な主要強化相γ’’と副強化相γ’が一様な分布で析出しているものと推定さ

れる.また,δ相の存在は確認されないものの,HST材の結晶粒界近傍では,圧延方向に対して 配列する形で球状の炭化物(TiおよびNb炭化物)が多数生成している様子が見受けられた.

Table 4-1 Chemical compositions (mass %) of the three types of Alloy 718 used in this study.

Mat. Heat C Si Mn P S Ni Cr Mo Co Cu Al Ti Nb B Ta Fe

A LST 0.04 0.06 0.09 0.01 0.005 53.93 17.89 2.96 0.25 0.07 0.55 0.98 5.41 0.005 0.01 17.5 B

HST

0.03 0.08 0.15 0.008 0.001 53.49 18.51 2.86 0.2 0.15 0.54 0.94 5.02 0.002 0.004 17.64 C 0.048 0.07 0.23 < 0.005 < 0.002 52.5 18.3 3.03 0.52 0.06 0.51 0.98 4.97* 0.004 < 0.05 Bal.

*) Nb + Ta.

Table 4-2 Mechanical and thermal treatments of the materials together with their shapes and dimensions.

Mat. Heat Shape Dimensions (mm)

Thermal treatment

Solution annealing Aging 1 Aging 2

A LST Ronund bar φ20×2000 955˚C, 1 h, WQ* 718˚C, 8 h, FC** 621˚C, 8 h, AC***

B

HST Plate

1000×500×12.7 1065˚C, 1 h,

ArC**** 760˚C, 10 h, FC** 650˚C, 10 h, ArC****

C 500×500×22.2 1065˚C, 1 h,

ArC**** 760˚C, 10 h, FC** 650˚C, 10 h, ArC****

*) Water quenching, **) Furnace cooling, ***) Air cooling, ****) Ar gas cooling.

Table 4-3 Tensile properties of the materials and expected precipitation phases after the thermal treatments shown in Table 4-2.

Mat. Heat Tensile strength

(MPa) Reduction in area (%) Expected precipitation morphlogy Grain interior Grain boundary

A LST 1402 43

γ'' + γ'

δ

B HST - - -

C 1375 33 -

142

Fig. 4-3 EBSD crystal orientation maps of the initial microstructures of the three types of Alloy 718 used in this study. (a), (b) and (c) correspond to material A (LST), B (HST) and C (HST), respectively.

Fig. 4-4 SEM-back scattered electron (BSE) images of the initial microstructures of the three types of Alloy 718 used in this study. (a)(d), (b)(e) and (c)(f) correspond to material A (LST), B (HST) and C (HST), respectively.

100 μm 100 μm 100 μm

Rolling direction

Circumferential direction

Longitudinal direction

Thickness direction

Longitudinal direction

Thickness direction

a) b) c)

143 4.3.2 SSRT 試験

LST材(母材A)およびHST材(母材C)のそれぞれから試験片を採取し,大気中と水素ガ

ス中において低ひずみ速度引張(Slow strain rate tensile; SSRT)試験を実施した.Fig. 4-5 (a)に,

SSRT試験片の形状と寸法を示す.これらの試験片は試験片の軸方向が母材の長手方向と一致す るように採取したものであり,試験片平行部にはエメリー紙とダイヤモンドペーストを用いた バフ研磨による鏡面仕上げを施した.大気中SSRT試験にはオートグラフを,また水素ガス中試 験については水素ガスチャンバー付きの油圧サーボ疲労試験機を用い,試験における水素ガス

圧力は0.7,12および95 MPaの3通りとした.試験温度は室温であり,試験容器内に導入した

水素ガスの純度は99.999%(5N)である.また,全てのSSRT試験における試験機のクロスヘッ ドスピードは0.002 mm/sとした.この引張速度は,Fig. 4-5 (a)に示す試験片において約7×105/s の初期ひずみ速度に対応する.一般的な引張試験では試験片平行部に導入した標線間に伸び計 を取り付け,公称ひずみの算出に用いるが,特に高圧水素ガス中での材料試験の場合,通常のひ ずみゲージを利用した伸び計ではひずみゲージのドリフトの問題から精確な伸びの測定ができ ない[36].そこで本研究では,大気中で行う実験も含め,SSRT試験中の試験片伸びの評価はすべ て試験機のストローク変位の値を用いて行った.

SSRT特性への内部水素の影響を調べるため,一部の試験片には270˚Cの水素ガス中に200時 間曝露することによる水素チャージを施した.水素ガス透過法を利用し,析出強化処理済みの

Alloy 718中の水素拡散係数を測定したRobertsonらの研究によれば,水素拡散係数のアレニウス

式は以下のように与えられる[21,37]

3

7 49.5×10

6.8×10 exp-

-D RT

 

  

 

(4.1) ここで,Rは気体定数,Tは絶対温度である.3.2.2節と同様の近似計算に基づけば,270˚Cにて 200時間の曝露により,試験片の平行部には一様な水素濃度分布が達成されることとなる.水素 ガス圧力を変化させた外部水素試験と併せて,材料中の内部水素濃度の変化がSSRT特性に及ぼ す影響を調査するために,本研究ではチャージ時の水素ガス圧力を0.7,11および100 MPaの3 通りとした.水素チャージ終了からSSRT試験開始までの間は,試験片からの水素脱離を防ぐた めに,これらの試験片を‒85˚Cの冷凍庫中に保管した.また,SSRT試験後には試験片平行部の 破面から十分に離れた位置から厚さ約5 mmの円柱状チップを切出し,試験後の残留水素量をガ スクロマトグラフィー方式のTDAにより,昇温速度100˚C/hの条件にて測定した.

4.3.3 疲労き裂進展試験

本章における疲労き裂進展試験は,δ相を含有せずかつ粗大な結晶粒組織を有するHST材(母

材B)のみについて実施した.この理由は後述する.Fig. 4-5 (b)に,疲労き裂進展試験用のCT試

験片の形状と寸法を示す.これらの試験片は母材の長手方向とき裂進展方向が直角になる,かつ 試験片の板厚方向が母材の板厚方向と一致するように採取されたものである.疲労き裂進展試 験において,外部水素試験としては95 MPaの水素ガス環境(室温)を用い,また内部水素試験

としては100 MPa,270˚Cの水素ガス中に500 ~ 800時間曝露した試験片を用いた.

ASTM規格E647[38]に基づき,まずはき裂進展速度と応力拡大係数の関係を調べるため,荷重 振幅一定試験(ΔP一定試験)を大気中,水素ガス中および水素チャージ下のそれぞれにおいて 実施した.試験における応力比はR = 0.1とし,また周波数は大気中においてf = 5 Hz,水素環境 下ではf = 1 Hzとした.一方で第1章でも述べたように,水素環境下においてAlloy 718では試 験周波数の低下に伴うき裂進展加速率が増大する現象,いわゆる時間依存型き裂進展が見られ ることが従来から報告されている[20].本研究ではそのような時間依存型破壊のメカニズムを明 らかにするため,ΔKを一定に制御し,試験周波数のみを変化させる試験(ΔK一定試験)を上記 のΔP一定試験と同一の環境下で実施した.ΔK一定試験におけるΔK値は30および50 MPa∙m1/2 とし,周波数範囲は0.001 ~ 1 Hzとした.

4.3.4 破面観察およびき裂進展経路の電子顕微鏡分析

SSRT試験後の試験片および疲労き裂進展試験に用いたCT試験片について,SEMによる破面 観察を実施し,内部水素と外部水素が本合金の微視的破壊形態に及ぼす影響,ならびに引張試験

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