第 4 章 析出強化型 Ni 基超合金 Alloy718 の引張特性と疲労き裂進展特性に及ぼす
4.4 実験結果および考察
4.4.2 外部水素による破面様式の変化
◆δ析出相を含む場合(LST 材)
Fig. 4-8に,大気中および0.7 ~ 95 MPa水素ガス中におけるLST材の引張破断部全体のSEM
像を示す.Fig. 4-8 (a)(e)から明らかなように,大気中における破壊様式は破面外周部にせん断縁
(シアーリップ)の形成を伴った典型的なカップアンドコーン型である.一方,水素ガス中では いずれの圧力下においても試験片表面部から水素脆性き裂が内部へ向かって伝播したと思われ る痕跡(H-affected zone)が確認され,それ以外の部分に関しては大気中と同じようにシアーリ ップを伴う,カップアンドコーン型と表面き裂の進展による破壊が混在したような破面様式と なった.また,Fig. 4-8 (b)~(d)に白色の破線で囲んで示すように,H-affected zoneの大きさは水素 ガス圧力の増加とともに拡大する傾向を見せ,同領域の拡大に伴い巨視的破面形状は大気中と は異なる,マクロに見てせん断型の様相(Slant)へと変化した.
Fig. 4-9は大気中における破面の中央部近傍,および水素ガス中の破面上での H-affected zone
内部を拡大して撮影したSEM像である.大気中においてはマクロなカップアンドコーン型の破 壊様式からも予測されるように,ミクロな破壊形態は典型的なディンプルパターンである.これ らのディンプルは粗大な炭化物を核として生成し(Fig. 4-9 (e)),また炭化物起点の直径の大きな ディンプル間を微細なディンプルが繋いでいる様子が観察された(Fig. 4-9 (a)).これに対し水素 ガス中では,水素の影響をほとんど受けていないと考えられる破面中央部では大気中と類似の ディンプルが確認されたものの,H-affected zone内部では大気中とは全く異なる脆性的な破面様 相が認められた(Fig. 4-9 (b)~(d)).これらの脆性的破面上にはFig. 4-9 (f)~(h)に示すように,粒 界破面や擬へき開破面等の典型的な水素脆性破面とは異なる,特有の模様を伴った特徴が認め られる.これと酷似した破面の形成は,本研究で用いたHST 材と類似の熱処理後に 960˚C,48 時間の過時効でδ相を粗大化させたAlloy 718に対し水素チャージを施して引張試験を行った,
Gallianoらによる報告がある[21].彼らの研究では,エネルギー分散型X線分析(Energy dispersive
X-ray; EDX)による破面上の元素分析が実施されており,上述の特徴的な模様に対応してNbの
信号が多く検出されることから,この破面が δ 相と母相 γ の界面剥離によるものであることが 示されている.
析出相δと母相γの界面に沿う水素脆性き裂の発生機構を議論する際には,δ相およびその周 囲の母相内部での水素の存在状態を検討することが必要となろう.Robertson は水素透過試験の 結果を基にAlloy 718中への水素固溶度と析出状態との関係を調べ,特に室温付近ではδ相やγ’’
相の析出が水素固溶度を溶体化処理材の1/4程度にまで低下させることを示している[37].彼らは 析出物の生成による水素固溶度低下を,母相中に固溶しているNb,Tiが析出物に取り込まれた ことに起因すると結論した.Alloy 718において結晶粒界に沿うδ相が析出している場合,その 周囲にはNb欠乏層であるPFZが形成されることが知られている[35].すなわち,上記のRobertson らの結果はδ相を取り囲むPFZ内部の水素固溶度が周囲の母相に対して小さいことを意味して おり,δ/γ 界面に沿う優先的な水素脆性き裂の発生を説明するためには,δ 相近傍へと水素を凝 集させる何らかの要因,さらには PFZ内部と周囲の母相との変形特性の違いについて考えなけ ればならない.最近,TarzimoghadamらはNiとNbの2元系合金からγ相とδ相を2相分離させ たモデル材料を作成し,各相中における水素の固溶量や拡散速度をTDAや銀デコレーション法 を用いて調べることにより,δ/γ界面における水素脆性き裂の発生メカニズムを以下のように考 察している[39].すなわち,δ相中では水素の固溶度がγ相と比べて小さいことに加え水素の拡散 も遅いことから,材料中へと侵入した水素はδ相とγ相の非整合界面へとトラップされ,格子脆 化(HEDE)による界面き裂を発生させる.同論文内のTDA分析ではδ/γ界面における水素のト ラップエネルギーは50 kJ/mol程度の高い値であることが見積もられており,特に周囲にPFZの ような水素固溶度の低い領域が存在する場合,水素は結合エネルギーの大きいδ/γ界面へとさら に優先的に集積することが予測される.また,後に彼女らはAlloy 718中の水素脆性き裂の発生 挙動に対するδ相の役割についても検討しており,析出物が存在しない軟化域であるPFZ内で の優先的な塑性変形が界面近傍へのひずみ集中を促進し,δ/γ界面での破壊を補佐する役割を担 うことを指摘している[15].本研究で用いている LST 材についても,δ 相の析出形態に上述の研
究[15,21]で用いている材料との大きな相違はなく,程度の差こそあれ同様のプロセスによって δ/γ
界面での剥離が促進された可能性が高い.本研究で見られた RRA や破面上に占める H-affected
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zone 面積の水素ガス圧力依存性は,材料中に侵入した水素量が増加したことによって上述の界 面格子脆化が生じやすくなったことによるものと考えられるが,少なくとも本研究で実施した LST 材の外部水素試験における破面形態はすべて同様であり,水素濃度に依存したミクロな破 壊機構の変化などは認められなかった.
◆δ析出相を含まない場合(HST 材)
Fig. 4-10に,各試験環境下におけるHST材の巨視的破面のSEM像を示す.LST材とはやや異
なり,HST 材の大気中における破面はカップアンドコーン型ではなく,中央部に垂直破壊領域 とその両側にシアーリップを伴った,マクロに見てせん断型の破壊を呈した.一方,水素ガス中 では巨視的な破面の形状に大気中との大きな差は見られないものの,LST 材と同様にして試験 片の表面部近傍に水素の影響を受けた破壊領域(H-affected zone)が観察され,水素圧力の増大 に伴って破面全体に占めるその割合は増加した.
Fig. 4-11は,HST材の大気中における破面中央部近傍,および水素ガス中におけるH-affected
zone内部を拡大して観察したSEM像である.HST材でもLST 材と同様に,大気中では炭化物 を核としたディンプル破壊が認められた(Fig. 4-11 (a))が,LST 材では見られない特徴として Fig. 4-11 (e)に示すような平坦なファセット状の面に微細なディンプルを伴った破壊様式が観察 された.類似の破壊形態は水素チャージした鉄基超合金A286[13]や,次章で述べるベリリウム銅 合金においても認められており,粒界近傍への転位堆積によるひずみの局所化と,それに付随し た粒界に沿う微小ボイドの形成が要因であると考えられている.一方で水素ガス中のH-affected zone内部ではそれらの破壊様式に代わって,Fig. 4-11 (b)~(d)からも分かるように脆性的な粒界破 面が認められる.Fig. 4-11 (f)に示すように,水素ガス圧力が比較的低い場合(0.7 MPa),これら の粒界破面は大気中に類似のディンプルと混在する形で形成されていたが,水素ガス圧力が高 くなる(12,95 MPa)とH-affected zone内部でのディンプルは消失して粒界破面は顕在化し,特
に 95 MPa 水素ガス中では破面に対して垂直な二次割れが多数認められるようになった.Alloy
718における水素起因の粒界破壊は,1040˚Cでの溶体化処理後に790˚C,7時間の時効を施した 材料を用いたDemetriouらの研究で報告されている[40].また,福山らはδ相を含まないAlloy 718 において,19.7 MPa 水素ガス中での引張試験で同様に粒界破面が形成されることを示しており
[41],本研究のHST材における水素脆性破面の様式は,これらの先行研究の結果とも整合する.
以上のように,Alloy 718では熱処理条件の調整でδ相を消失させることによって,粒界破壊と いう δ 相に依存しない水素脆性破壊様式が観察されるようになる.一方でそのような破壊形態 の相違に対し,Fig. 4-7 (a)にも示したように水素ガス中での延性という観点から LST 材とHST 材との間に大差はなく,また破面上の脆性破壊域が水素ガス圧力の増大に伴って拡大するとい う傾向も同一であった.このように微視的な破壊機構が著しく異なるにも関わらず,マクロな材 料特性が相互に一致するという矛盾の要因は,現時点では明らかにできていない.1つの可能性 として考えられるのは,LST材とHST材における結晶粒径の違いによる水素脆化感受性の変化 である.粗大な結晶粒を有する材料において水素脆化感受性が増大することはBCC,FCC金属 に関わらず従来から報告されており[42,43],最近Macadreらはそのような傾向に対して,粗粒材で は細粒材よりも結晶粒界へのひずみ集中が生じやすくなることを原因として指摘している[44]. すなわち,HST材ではAlloy 718における水素脆性支配要因の一つであるδ相が取り除かれたこ とにより延性の回復が期待される一方で,結晶粒の粗大化によるネガティブな側面が発現し,こ れらがバランスした結果,水素ガス中においてLST 材と同等の材料特性が得られたものと推定 される.
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Fig. 4-8 SEM images of the macroscopic tensile fracture surfaces of material A (LST) in (a)(e) air, (b)(f) 0.7 MPa hydrogen gas, (c)(g) 12 MPa hydrogen gas and (d)(h) 95 MPa hydrogen gas at room temperature.
Fig. 4-9 SEM images of the microscopic tensile fracture morphologies of material A (LST) in (a)(e) air, (b)(f) 0.7 MPa hydrogen gas, (c)(g) 12 MPa hydrogen gas and (d)(h) 95 MPa hydrogen gas at room temperature. (a) and (e) correspond to the central region of the fracture surface, whereas (b)~(d) and (f)~(h) correspond to the H-affected zones near specimen surfaces, which are indicated in Fig. 4-8 (b)~(d).
Air
0.7 MPa 12 MPa
Cup and cone Internal void
initiation
Cup and cone / Slant Surface crack
growth
Surface crack growth
Top view Top view Top view
30˚ tilted 30˚ tilted 30˚ tilted
95 MPa
Slant Surface crack
growth
Top view
30˚ tilted
Cup and cone / Slant
H-affected zone H-affected zone H-affected zone
Hydrogen gas (RT) 0.1 MPa
a) b) c) d)
e) f) g) h)
Air
0.7 MPa 12 MPa
Ductile Void initiation
from carbide
Brittle δ-γ interface
fracture
95 MPa
Brittle Brittle
H-affected zone
Hydrogen gas (RT) 0.1 MPa
a) b) c) d)
e) f) g) h)
δ-γ interface fracture
δ-γ interface fracture
H-affected zone H-affected zone
Specimen center
20 μm 20 μm 20 μm 20 μm
5 μm 5 μm 5 μm 5 μm
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Fig. 4-10 SEM images of the macroscopic tensile fracture surfaces of material C (HST) in (a)(e) air, (b)(f) 0.7 MPa hydrogen gas, (c)(g) 12 MPa hydrogen gas and (d)(h) 95 MPa hydrogen gas at room temperature.
Fig. 4-11 SEM images of the microscopic tensile fracture morphologies of material C (HST) in (a)(e) air, (b)(f) 0.7 MPa hydrogen gas, (c)(g) 12 MPa hydrogen gas and (d)(h) 95 MPa hydrogen gas at room temperature. (a) and (e) correspond to the central region of the fracture surface, whereas (b)~(d) and (f)~(h) correspond to the H-affected zones near specimen surfaces, which are indicated in Fig. 4-10 (b)~(d).
0.7 MPa
Internal void initiaiton
Surface crack growth
Top view Top view Top view
30˚ tilted 30˚ tilted 30˚ tilted
95 MPa
Slant Surface crack
growth
Top view
30˚ tilted
12 MPa
Slant Slant
H-affected zone
H-affected zone
Surface crack growth
Slant
H-affected zone
Air Hydrogen gas (RT)
0.1 MPa
a) b) c) d)
e) f) g) h)
Air
0.7 MPa 12 MPa
Ductile Void initiation from
grain boundary
Brittle Intergranular
fracture
95 MPa
Brittle Brittle
H-affected zone
Hydrogen gas (RT) 0.1 MPa
a) b) c) d)
e) f) g) h)
Intergranular fracture
Intergranular fracture
H-affected zone H-affected zone
Specimen center
100 μm
20 μm
100 μm 100 μm
100 μm
20 μm 20 μm 20 μm
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