第 4 章 析出強化型 Ni 基超合金 Alloy718 の引張特性と疲労き裂進展特性に及ぼす
4.4 実験結果および考察
4.4.10 内部水素試験におけるすべり面き裂の進展メカニズム
粒界破面の形成がき裂進展加速を支配する外部水素の場合に対し,すべり面(または双晶界面)
に沿うき裂伝播を示す内部水素試験での時間依存型破壊機構を明らかにするため,水素チャー ジ材におけるき裂先端周辺の観察を,ECCI法により行った.またここでは変形組織の比較のた め,同じく粒内き裂進展が支配的となる大気中(未チャージ材)におけるき裂周辺についても,
同様にして観察を実施した.
Fig. 4-33に,大気中(未チャージ材)においてΔK = 50 MPa·m1/2(f = 1 Hz)で進展させたき裂
先端周辺のECCI像を示す.EBSD観察(Fig. 4-27 (d))でも確認されたように,き裂周辺数 10 μmの領域には強度の塑性変形の痕跡が見られ,またFig. 4-33 (b)に示すように,き裂はせん断応 力が最大となる方向へと交互にすべりの射出を伴いながら進展していることが伺える.また,破
面直下数100 nmの範囲にはき裂先端での高レベルのひずみにより微細化されたと思われる組織
が観察された(Fig. 4-33 (b)(c)).疲労き裂先端近傍における微細組織の形成は,Ni 基超合金 Haynes230を用いたGrossらの研究[85],SUS304を用いたMartinらの研究[86],および本研究第3 章で用いたSUS316Lにおいても確認されている.このような比較的転位運動の自由度が大きい 他の材料と本供試材との変形組織の類似性は,試験片表面近傍ではすべり面破壊が支配的とな る一方で,板厚中央部では Alloy 718 のような転位運動のプラナリティの高い材料であっても,
通常の延性ストライエーション形成機構がき裂進展を律速するという Andersson らの主張[50]を
Twin boundary
Normal GB Plastic zone
a)
Hydrogen transport by dislocations
Grain boundary diffusion
b)
Stress concentration by dislocation pile-upStress-assisted crack nucleation at GB
triple junctions
c)
Crack propagation along normal high-angle GB Stress and strain-assisted crack
nucleation at normal high-angle GB
d)
Coalescence of main crack with secondary cracks
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支持している.一方でそのようにき裂の極近傍で複雑な変形組織が確認されるのに対し,き裂か ら数μm離れた領域では,Fig. 4-33 (d)に示すようにプラナーな変形帯が複数のすべり系において 密に形成されていることが確認された.Alloy 718 におけるプラナー変形帯の形成に関しては,
Sundararamanら[87],Worthemら[88],Merrick[89]およびXiaoら[90]などによる報告があり,単一負荷 や繰返し負荷(疲労)などの負荷様式に関わらず,本合金における変形モードの特徴として認識 されている.また,Xiaoらは室温および650˚Cでの疲労負荷により形成されたAlloy 718中の転 位組織を観察し,プラナー変形帯の形成機構として転位対による γ’’相のせん断(カッティング 機構)の寄与を指摘している[90].
き裂周辺での組織の微細化を伴って進展していく大気中(未チャージ材)のき裂に対し,Fig.
4-34に示す水素チャージ材のき裂周辺では,全く異なる変形組織が観察された.EBSD観察の結 果からも既に明らかとなっているように,水素チャージ材における破壊を象徴するのは,すべり 面に沿うジグザグ状のき裂伝播である.Fig. 4-28 (d)(f)にも示したように,比較的低倍率での EBSD観察ではき裂の近傍で未チャージ材と同程度のKAM値を示していた水素チャージ材であ るが,ECCI観察では未チャージ材のようなき裂の極近傍に見られていた微細組織は観察されず,
またFig. 4-34 (a)中に拡大像を示すように,き裂からやや離れた位置においては,大気中の場合
よりも密度の低いプラナーすべり帯の形成が認められた.このような変形組織の変化は第 2 章 や第 3 章でも述べたように,水素環境下において未チャージ材の場合よりもき裂の進展速度が 極めて速く,き裂先端で繰り返される塑性ひずみのサイクル数(累積塑性ひずみ)が減少してい ることと,水素により材料中の変形モードそのものが変化していることの両方に起因するもの と考えられる.すべり面に沿うき裂の伝播経路上には1 μmオーダーの微小なステップが存在し
(Fig. 4-34 (b)),ステップ間を繋ぐ極めて直線的なき裂は,すべり面分離(Glide plane decohesion)
が主体となってこれらのき裂が伝播したことを示唆している.また,き裂が本来伝播していたす べり面から逸れて異なる方向へ伝播を開始しているき裂の先端部(Fig. 4-34 (c))では,主き裂の 先側で微小なボイドが形成され,それらの連結によってき裂が伝播したと思われる痕跡が見受 けられた.さらにFig. 4-34 (c)中に矢印を付して示すように,すべり面上のき裂は自身と平行な すべり系,または異なる別のすべり系へとすべりの射出を伴いながら進展している様子が観察
される.Fig. 4-34 (d)に示すのはFig. 4-34 (c)中に白色の破線で囲んで示した領域の拡大像であり,
像中に白色のコントラストで点状に分布しているのは母相の{100}面に平行に配列した γ’’相で ある.この領域では,主き裂に平行なプラナー変形帯と主き裂先端から射出された異なるすべり 系上の変形帯との交差部に,数10~数100 nmサイズのボイド状欠陥が形成されていることが確 認された.この観察結果は,Fig. 4-34 (c)中に示した微小ボイド結合によるき裂伝播が,変形帯同 士の交差部におけるボイド生成に律速されていることを示唆するものである.
Chateau,Magnin,Delafosseらの研究グループは,オーステナイト系ステンレス鋼中の水素脆
性き裂伝播に関して本研究の水素チャージ材と類似の{111}面に沿うジグザグ状ファセットの形 成を報告しており,その形成機構を説明するために彼ら独自のモデル(Corrosion enhanced
plasticity)を提案している[91,92].彼らのモデルは本来応力腐食割れ試験中のき裂進展に対するも
のであるが,そのベースとなっているのは水素による変形の局所化,すなわちHELP機構と原子 間結合力の低下である.Magninらの説明[91]によれば,応力腐食割れ環境においてき裂先端から 侵入した水素は射出された転位と共に材料中を移動し,転位運動を容易にして塑性変形を主す べり面上へと固執させる.このようにしてすべり面上を運動する転位群はやがて運動抵抗とな る障害物(林転位や不動転位)と相互作用してすべり面上に堆積し,堆積転位群の近傍では転位 にトラップされた水素により原子間結合力が低下することから,このような個所を起点として 微視き裂が発生する.最終的に,同様にして原子間結合力が低下しているすべり面({111})が 剥離し,先行する微視き裂と連結することによりき裂が進展する.彼らはこのモデルを転位動力 学計算でシミュレーションしてその妥当性を立証しており,また Fournier らは電解水素チャー
ジしたAlloy 718の引張試験において観察される類似のファセット状破面に対し,このモデルを
応用して考察している[22].
一方で,Chateau らとは異なる観点で水素誘起のファセット状破面形成機構を考察したのは
Zhangらである[14].彼らは本研究のHST材と同等の熱処理により製作したAlloy 718に80˚Cの
NaCl溶液中で電解水素チャージを施し,EBSD や ECCIを用いた水素脆性き裂周辺の変形組織
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観察の結果から,ファセット形成が変形帯交差部でのボイド生成および連結により引き起こさ れると主張した.彼らの仮説に基づけば,固溶水素は運動転位とともに材料中を移動し,転位密 度が最も高くなる変形帯交差部へと集中する.このような部分では転位同士の相互作用から空 孔性の格子欠陥密度が増加するとともに,濃化した水素が原子空孔を安定化させる(HESIV 機
構)[93,94]ことから,多量の空孔がクラスター化してナノサイズのボイドへと発達する.塑性変形
が進行すれば,さらなる転位との相互作用によりボイドが拡大し,互いに連結して巨視的にすべ り面に沿うき裂が形成される.また,最近彼らはSEM内その場引張試験により同合金中のき裂 発生挙動を直接観察しており,シュミット因子が最大となるすべり面を起点として発生した粒 内き裂が水素脆性破壊の起点となることを示している[95].
以上の 2 つの先行研究におけるモデルはそれぞれすべり面に沿う格子脆化,または変形帯交 差部でのボイド生成に立脚しているという点で互いに異なるものの,両者ともにプラナーで離 散的な変形特性がそれぞれの機構を発現させるにあたって重要である点において変わりはない.
Ni基合金におけるプラナー変形および変形帯の離散化は,Xiaoら[90]も指摘しているように先行 する転位によって析出物がせん断され,同一すべり面上を追従する後続転位の易動度が上昇す ることにより生じるほか,固溶元素が母相中に短範囲規則格子(Short range order; SRO)を形成 することによって引き起こされるものである[96].また,純Niにおける積層欠陥エネルギーの値
が120 mJ/m2程度であるのに対し,CrやMoを含む多量の合金元素を添加したAlloy 718のSFE
は50 ~ 70 mJ/m2程度であることが報告されており[87],拡張転位の収縮と交差すべりが少なから
ず抑制されていることも,本合金におけるプラナー変形を引き起こす要因の一つである.これに 加え,固溶水素はHELP機構に基づいて転位の交差すべりを抑制すると同時にSFEの値を低下 させ,特定のすべり面上へと塑性変形を固執させる作用を持つことが多くの実験から明らかと なっている[97,98].以上のことから考えると,Alloy 718 のような析出強化型合金では材料そのも のが本来持つイントリンシックな変形特性と固溶水素による変形モードの変化とが重畳し,プ ラナーなすべりがより一層顕在化することが想定される.均一なすべり変形を示す材料に対し 離散的なプラナー変形を生じる材料においては,同一のひずみ量・ひずみ速度を付与した際,
Birnbaum も指摘している[99]ようにマクロな変形を維持するために個々の変形帯あたりの転位密
度が上昇しなければならない.すなわち,上記2つのモデルのように破壊が転位と水素の相互作 用に支配されると仮定した場合,水素脆性き裂の起点は当然,転位密度が最も高く,またそれに 伴い水素濃度が局所的に上昇している変形帯内部や変形帯交差部に限定されることとなる.
Michler らは安定な γ 相を有する種々のオーステナイト鋼の引張試験を水素ガス中で行い,SFE
が小さく交差すべりを生じにくい材料,または双晶変形を生じる材料ほど延性低下が顕著にな ることから,変形のプラナリティが FCC合金の水素脆化感受性を支配する重要パラメータの 1 つであることを指摘している[100].第3章では水素による変形のプラナー化がき裂先端でのマル テンサイト変態を抑制し,オーステナイト鋼中の水素誘起疲労き裂進展を劇的に抑制すること を立証した.しかしながら,析出物の存在によって変形のプラナリティが一層高く,強度レベル の高い析出強化型FCC合金においては,変形のプラナー化は一変して耐水素脆化特性を悪化さ せる方向へと働く.
既に述べたように本研究における水素チャージ材の疲労き裂先端周辺では,Magnin らが指摘 したすべり面分離機構[91]が有効に働いたと思われるような,すべり面に沿う直線的なき裂進展 経路(Fig. 4-34 (b))と,Zhangらが提案した機構[14]と類似の変形帯交差部でのボイド生成および 結合によるき裂進展経路(Fig. 4-34 (c))の両方が観察されている.これらの一連の観察結果と上 記の先行研究における解釈を基に,ここでは内部水素によるHST材中のき裂進展加速機構とし て,Fig. 4-35に示す模式図と共に以下のようなプロセスを考案した.