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熱帯浅海域の環境変動

ドキュメント内 陸上掘削サイエンス・プラン (ページ 35-38)

第 4 章  地球環境変遷の復元

4.1  熱帯浅海域の環境変動

近年,バルバドスやタヒチをはじめとする海洋島で掘削されたサンゴ礁堆積物の検 討結果に基づいて,最終氷期最盛期(22000 年前)以降の海水準変化が精密に復 元されつつある.また,琉球列島やグレートバリアリーフで得られた掘削試料の解 析から,第四紀

におけるサンゴ礁の形成過程,海水準変化,ネオテクトニクス

が復元されている. 

このようにサンゴ礁は優れた古環境指標であるが,サンゴ礁はどのような環境下で 形成を開始あるいは停止するのかという根本的な問いに対する明確な解は得られ ていない.また,地球環境におけるサンゴ礁の役割も今後の解明が待たれる問題で ある. 

そこで,それらの問題の解明への貢献が期待されるサンゴ礁掘削のサイエンス・プ ラン 2 つを紹介する. 

・サンゴ礁前線の移動の復元 

琉球列島のサンゴ礁堆積物から第四紀気候変動(数万 ‒ 十万年周期の変動)に対 するサンゴ礁やサンゴ礁生態系の応答を明確にする. 

・隆起環礁に記録されたサンゴ礁の生涯の解読 

北大東島,南鳥島,沖ノ鳥島といった隆起環礁の堆積物から,熱帯浅海域の海洋環 境変遷とサンゴ礁の成立・発達・消滅の相互関係を,数千万年間にわたって,10 万年オーダーのタイムスケールで描き出す. 

   

<サンゴ礁前線の移動の復元> 

(1)背景および科学目的 

熱帯〜亜熱帯の沿岸に広がるサンゴ礁は,造礁サンゴ, 無節サンゴモ(石灰藻),底生有孔虫をはじめとする炭酸 カルシウムの骨格を有する生物が累積して形成された構 造物である.サンゴ礁に生息する生物の分布や群集組成は,

水温や塩分等のさまざまな環境要因に規制されている.つ まり,サンゴ礁生態系は環境の変化に敏感に応答する生態 系であり,その応答の結果はサンゴ礁の分布や規模に反映 される.したがって,氷床の拡大・縮小により,温暖化・

寒冷化や海水準の上昇・下降が繰り返して起きた地質時代 である第四紀における熱帯〜亜熱帯の気候と浅海環境の 変動を解明するためには,サンゴ礁堆積物は最適の情報源 といえよう.なかでも,サンゴ礁の分布の北限や南限付近 に位置するものは,熱帯低緯度のサンゴ礁の分布の中心域 のものに比べ,環境の変化に対してより敏感に応答し,成

立・発達・消滅を繰り返したと推定される.そこで我々は, 

・  サンゴ礁の分布の北限・南限(以下,「サンゴ礁前線

(coral-reef  front)」と呼ぶ)の移動の復元に基づく 亜熱帯域における気候および浅海環境の変動の詳細 な復元 

・  種々の時間スケールの環境変動に対するサンゴ礁生 態系の応答の解明 

・  全球的炭素循環におけるサンゴ礁の機能と影響の評 価 

を目的とする科学計画を提案する. 

(2)サンゴ礁前線の移動とその規制要因 

サンゴ礁の分布限界点付近では,サンゴ礁生態系は気 候・海洋環境の変化に反応し,間氷期には海水準の上昇と 共にサンゴ礁前線は高緯度側へ,氷期には海水準の低下と 共にサンゴ礁前線は低緯度側へ移動したと想定される.サ ンゴ礁前線の移動の様式,規模,速度を復元することによ

り,サンゴ礁の成長を支配する規制要因を明らかにすると ともに,亜熱帯域の気候および浅海環境の変動を捉えるこ とが可能となる. 

(3)数千 ‒ 十数万年スケールの気候変動に対する造礁サ ンゴおよびサンゴ礁生態系の呼応 

バルバドスあるいはパプア・ニューギニアにおける造 礁サンゴ群集に関する研究により,それらの地域では第四 紀を通じて造礁サンゴ群集の組成が大きく変化しなかっ たことが明らかにされた.それらの地域は,サンゴ礁発達 の中心域に位置しており,氷期‒間氷期の環境変動の程度 が,縁辺域に比べ小さかったためであろう.これに対し,

サンゴ礁前線に当たる琉球列島から九州にかけての地域 では,さまざまな変化が認められている.琉球列島はサン ゴ礁域であるが,九州は非サンゴ礁域で,造礁サンゴはい るものの礁を形成するには至っていない.この地域の造礁 サンゴ群集の検討結果によると,両地域間の群集の種構成 には大きな差異があり,造礁サンゴの中には,同一種であ りながら両地域間で形態が異なるものがあることが明ら かにされている.よって,この地域のサンゴ礁を掘削し,

造礁サンゴの群集や形態の差異を指標としてコアを解析 することにより,過去のサンゴ礁前線の位置を正確に決定 することが可能になる.同時に,数千〜十数万年スケール での気候変動に対する造礁サンゴおよびサンゴ礁生態系 の応答が解明できると期待される. 

(4)全球的炭素循環におけるサンゴ礁の機能と影響  沿岸域のサンゴ礁には,全海洋に堆積している炭酸カ ルシウムの約 35  ‒  50  %が存在しているという試算結果 がある.サンゴの骨格である炭酸カルシウムの形成(石灰 化)は二酸化炭素を放出する反応であるので,氷期‒間氷 期におけるサンゴ礁の消長が,海洋‒大気間の二酸化炭素 の吸収・放出を大きく支配していた可能性が指摘されてい る.このような仮説の検証のため,氷期‒間氷期における サンゴ礁の規模や礁の周辺域における炭酸塩堆積物の堆 積速度を明確にする必要がある. 

(5)研究の適地 

以上の問題を解明するために最も適した地域の一つと して,琉球列島が挙げられる.琉球列島は北東‒南西方向 に伸びる島弧であり,北東端の種子島から南西端の与那 国島までの距離は約 1100 km に及ぶ.琉球列島はサンゴ 礁の分布域の中で高緯度に位置するにも関わらず,暖流で ある黒潮が背弧側を列島に沿って北流しているため,島々 の周囲にはサンゴ礁が発達し,南琉球の八重山諸島は,イ ンド・太平洋域の中でも造礁サンゴの多様性が高い地域と なっている.しかしながら,造礁サンゴの種数は緯度とと もに減少し,現在のサンゴ礁前線が位置する種子島では,

種数は八重山諸島の半数にも満たず,群集の組成は,高知 や九州の天草等のサンゴ群集により類似する.琉球列島に サンゴの海が広がり始めたのは約 145  ‒  165 万年前(前

図 4.1  琉球列島周辺海域における間氷期(現在)と氷期の海洋環境. 

期更新世)であり,約 80 万年前には,琉球列島のほぼ全 域にサンゴ礁が拡大した.これらの堆積物は琉球層群と呼 ばれ,分布の北限は北琉球の小宝島とされている.1980 年代以降の精力的な研究により,琉球列島における現世サ ンゴ礁の地形や生物群集・堆積物の組成・分布が明確にさ れ,それらを形成・規制する要因(水温,塩分,光量,流 速等)が明らかにされた.これとほぼ時期を同じくして行 われた琉球層群の堆積学的研究では,現世サンゴ礁の研究 成果が石灰岩の堆積環境の決定に用いられ,多くの島々・

地域で,サンゴ礁の形成過程が明らかにされた.したがっ て琉球列島は,第四紀を通じてサンゴ礁の分布の北限が存 在し,それが移動を繰り返したというユニークな地理的位 置にあり,サンゴ礁およびサンゴ礁堆積物に関する豊富な データが蓄積されているという 2 つの点で希有な地域で あることから,上記の科学目的を達成するために最適のフ ィールドといえよう. 

なお,本研究課題の科学目的を達成するためには,琉 球列島全域において第四紀のサンゴ礁形成史やサンゴ礁 生態系の変遷を網羅的に復元する必要がある.そのために は陸域に分布する堆積物のみならず,現在の陸棚に分布す ることが予想される氷期(低海水準時)の堆積物を採取す ることが必須であり,陸上掘削(ICDP等)と海洋掘削

(IODP等)を並行して実施することが望まれる. 

 

<隆起環礁に記録されたサンゴ礁の生涯の解読> 

(1)背景および科学目的 

進化論で有名な C. ダーウィンは,1842 年に出版した

「サンゴ礁の分布と構造」という著書において,有名なサ ンゴ礁の沈降説を提唱した.すなわち,サンゴ礁は基盤と なる海洋島が徐々に沈降してゆくにつれ,裾礁から堡礁へ と変わり,ついには環礁となるとする説である.この説を 検証するために,19 世紀後半から 20 世紀前半にかけて,

世界各地のサンゴ礁,特に海洋島でボーリング調査が行わ れたが,基盤岩には到達しなかった.第二次世界大戦後の 1952 年にマーシャル諸島のエニウェトック島で行われた 2 本のボーリングは,1283 m および 1405 m で基盤岩に 到達し,同島では始新世から礁が断続的に形成されたこと が判明した.このように活発に行われたサンゴ礁掘削であ るが,当時は,サンゴ礁堆積物の年代を精度よく決定する 手法が開発されておらず,また,炭酸塩岩の記載岩石学の 体系も確立されていなかったため,サンゴ礁の成立・発

達・消滅過程を明確にするには至らなかった.しかしその 後,炭酸塩堆積学・地球化学が進歩し,また,1980 年代 後半からは,ストロンチウム同位体比層序に基づいて,サ ンゴ礁堆積物の年代を精度よく求められるようになった.

これらのことから,連続性のよいコア試料さえ得られれば,

数千万年間にも及ぶサンゴ礁の生涯および熱帯浅海域の 海洋環境の変遷を,十万年オーダーのタイムスケールで描 き出すことができる環境が整っている. 

百万年オーダーの海水準変動(いわゆる 3 次オーダー の海水準変動)に対するサンゴ礁の応答は,氷期‒間氷期 という数千〜十数万年スケールの気候変動に対する応答 とは異なっている.たとえば,北大東島で掘削されたコア 試料と地表に分布する堆積物からわかったことは,海水準 が相対的に上昇しても,サンゴ礁は必ずしも上方に成長す るとは限らず,沈水・溺死する場合もあるということであ る.さらに,次の海水準の低下時に,沈水礁の頂部が浅海 環境に置かれれば,そこにサンゴ礁が再形成されることが ある.すなわち,これまでの常識とは逆に,サンゴ礁は高 海水準期には消滅する場合があり,低海水準期〜海進期に 最盛期を迎えるのかもしれない.ここで我々は,W.シュ レージャーが 1981 年に提唱した「礁ならびに炭酸塩プラ ットフォームの溺死に関するパラドックス」に直面するこ ととなる.このパラドックスとは,「健全な」プラットフ ォームの成長速度は,長期間の地質学的プロセスに起因す る相対的な海水準の上昇(たとえば,海洋底地殻の沈降や 海洋底の拡大速度の上昇による海水準の上昇)の速度より 桁が大きいにもかかわらず,何故溺れたのかというもので ある.この問題に対しては,「富栄養化説」,「干出ダメー ジ説」,「墓場説」等が示されている.しかしながら,いず れの説にも弱点があり(反証データが存在する),研究者 の多くが支持する見解は得られていない. 

このように,サンゴ礁の生涯を描き出すというダーウ ィン以来の夢は未達成のままである.しかし,われわれは 炭酸塩岩から過去の環境に関する情報を抽出する手法を 多く手にしており,現在は,掘削によりこの問題に切り込 む絶好のチャンスである. 

(2)研究の適地 

以上の問題を解明するための最適地のひとつとして,

北大東島をあげることができる.北大東島は沖縄本島の西 360 km に位置する隆起環礁の島である(ただし,過去の 環礁の地形がそのまま反映されている訳ではない).本島

ドキュメント内 陸上掘削サイエンス・プラン (ページ 35-38)