第 8 章 科学掘削を支える技術
8.3 微生物汚染のないコア取得
地下生物圏の研究を行うには,地下試料の掘削・保管における人為的な雑菌混入あ るいは微生物汚染(コンタミネーション)を極力低減する必要がある.
コンタミネーションの低減はできても,その完全防除は難しい.その代わり,コン タミネーションの程度や有無をチェックし,汚染されていない試料あるいは試料の 一部を選んで使うことができる.
IODP
*や氷床掘削における微生物データとも相互参照できるような共通性のある 試料採取,試料保管および汚染チェックの手順(マニュアル)を策定し,試料およ びデータの品質保証・品質管理(QA/QC)を確立すべきである.
コア試料の QA/QC については,掘削流体
*に化学トレーサあるいは微生物細胞と 同サイズの蛍光ビーズを添加し,それらが検出されないような掘削コアの内側部分
(サブコア)を嫌気・無菌的に採取する方法や機器が開発されている.
地下水試料の QA/QC は難しい.掘削流体が地層中に浸透し地下水と混合した後は 希釈されるのを待つしかない.しかし,掘削流体中の汚染菌が地下水環境で希釈さ れず増殖したら,非汚染の地下水試料は得られないことになる.
地下水試料の採取には事前の周到な計画立案とあわせて,パッカー装置が有効であ る.パッカーを使っての地下水採水には原位置での物理化学条件を同時に測定する 必要がある.
これら地下生物圏研究からの技術的リクエストは,超深度掘削の技術開発に反映さ れるべきである.
<孔を掘る(掘削)>
単に孔を掘るだけのボーリングなら,櫓(やぐら)を 組み,そこからドリル棒(ロッド)の先端に付けたドリル 刃先(ビット)を下ろして掘り進めばよい.櫓の上のモー ターでロッドごと刃先を回転させるトップドライブ方式 が一般的である.しかし,数千 m 級の大深度掘削ではロ ッドごと回転させるのが困難なので,先端部だけ回転する 方式も用いられる.いずれの場合も,刃先の冷却や削り屑
(岩石砕片)の除去のために「掘削流体」を用いる.掘削 流体を刃先部に送り込み,岩石砕片を巻き込みながら地上 に戻す.さもないと掘削孔は削り屑で埋まってしまい,そ の後の作業ができなくなる.地底深くからでも岩石砕片を 容易に上昇させるため,粘土やポリマーなどを混ぜて掘削 流体の比重と粘性を上げている.地球化学や微生物学など
汚染防除が必須の場合は,地下 1000 m 程度までなら付 近の地下水だけを用いた清水掘りが行われる場合もある が,あまり一般的ではない.
地下生物圏の掘削で問題になるのは,この掘削流体が 汚染源になることである.掘削流体に紛れ込んだ雑菌が地 下環境に送り込まれ,そこで増殖する可能性がある.その 可能性は現時点でも誰も否定できない.これに対し,掘削 流体を加熱殺菌することが現実的に考えられるが,それだ けでは問題の解決にならない.たとえば,地下生物圏の研 究において全菌数,すなわち微生物の生死を問わない細胞 数の計数が定法(ルーチン)になりつつあるが,加熱殺菌 では生菌数だけゼロになって全菌数は変わらないので,掘 削流体由来の全菌数が地下水中の全菌数に影響する.掘削 流体中の全菌数を計数しておき,化学トレーサーを使って
掘削流体と地下水の混合率を知れば,地下水中の全菌数を 算出できる.
全菌数と同様に,掘削流体中の微生物種を予め知って おけば,地下水の微生物相を求めることができる.具体的 には掘削流体中の汚染菌および地下水中の微生物をフィ ルターで捕集し,その微生物群集の遺伝子を調べればそれ ぞれの種組成(微生物相)を知ることができる.この方法 では掘削流体と地下水に共通して存在する微生物を汚染 菌としてしか認識できないという限定条件があるものの,
地下水固有種の検出には一定の成果を期待できる.
全菌数でも遺伝子でも,掘削流体を完全に無菌化でき れば,地下水中の微生物だけを定量・定性できることにな る.ここで掘削流体の無菌化とは殺菌ではなく,むしろ除 菌を意味する.これにはろ過除菌が最も効果的であるが,
粘土やポリマーを混ぜた掘削流体に対し,ろ過除菌はあま り現実的でないかもしれない.また,ろ過除菌にはフィル ター孔のサイズとして 0.2 µm が常用されているが,地下 水にはそれを通過する極微小菌も存在することが知られ ている.これに対し 0.1 µm でのろ過除菌が考えられるが フィルター孔のサイズが小さくなるほど,大量ろ過が困難 になるという問題がある.掘削流体の無菌化にはろ過除菌 に代わる画期的な方法の開発が必要であろう.
<岩石サンプルを採る(コアリング)>
掘削で岩石試料(コア)を採る作業はコアリングとい う.掘削ドリルのロッドの先端部に長さ数 m の中空の円 筒(コアバレル)を取り付け,先端のドリルビットにも直 径数 cm の中空部があり,ここからドリルビットで削られ た岩石コアが円筒状に三重管構造のコアバレルという部 分に入っていく.コアバレルの外側には外管があり,その 内側に中管があって,外管と中管の隙間を通って掘削流体 がビット先端部へ送られる.中管の内側にはさらに内管
(インナーチューブ)があって,これは通常アクリル製あ るいは塩化ビニール製であるが,地下生物圏の研究には加 熱殺菌に耐え得るポリカーボネートでできたインナーチ ューブを使うこともある.
コアバレルの三重管は外管だけがロッドやビットと一 緒に回転する仕組みになっているが,実際には中管や内管 も引きずられるように回転する.コアバレルに入っていく 岩石コアは,掘削孔底から円筒状に立ち上がり,掘削とと もに高くなっていくとも言える.この円筒の周りの内管は
回転しているので,立ち上がる円筒には回転トルクが掛か り,円筒がある高さになると耐え切れずに根元から割れて 内管に引きずられて回転することになる.岩石が硬ければ トルクに負けるまでの高さは高くなるが,軟岩ならあまり 高くならないうちにトルクに負けて根元から割れる.場合 によっては薄板程度の厚み(高さ)でトルクに負けてしま い,薄板状になった軟岩が積み重なったようなコアとして 採れることもある.これはビスケットが重なったようなの で「ビスケッティング」と呼ばれることもある.
ビット先端に送られた掘削流体は内管の中にも逆流し,
ビスケットとビスケットの隙間に入り込む.そこからビス ケット状の岩石に浸透してしまうので,ビスケッティング は地下生物圏研究の大敵である.内管が透明のアクリル製 あるいはポリカーボネート製であれば中が見えて,ビスケ ッティングのないコア部分を選んで採取できる.しかし,
実際には内管と岩石コアの隙間に入り込んだ掘削流体が 岩石コアの表面を乱すので,コア表面は一様に泥で覆われ た状態でしか観察できない.そのため,地下生物圏研究用 のコア部分を選ぶ方法として,上がってきたコアバレルか ら内管を抜き出して直ちに X 線 CT に掛ける作業手順が ODP*および IODP でルーチン化された.それまでは X 線 CT は内管ごとコアを縦方向に半割(半裁)してから行っ ていた伝統から見れば,格段の革新であった.これは,従 来のコア研究の常識であった半裁に対し微生物研究用コ アは半裁せず輪切り(whole round)で採取するという革 新と並んで,掘削技術における画期的な出来事である.
ICDP*でもこれをルーチン化することが強く望まれる.
<岩石コアの内部を採る(サブコアリング)>
岩石コアの表面は多かれ少なかれ掘削流体で汚染され ることになる.この汚染を完全に防ぐ方法はないが,汚染 の度合いをチェック・低減することはできる.汚染チェッ クにはヨウ化カリウム(KI)やパーフルオロカーボン
(PFC)などの化学トレーサーを添加し,液体クロマトグ ラフィーやガスクロマトグラフィーなどの機器分析で検 出・定量する.また,これと並行して微生物サイズの蛍光 ビーズを添加することもある.岩石コアを細かく破砕し,
それを飽和食塩水に漬けると蛍光ビーズが浮上してくる.
浮上した蛍光ビーズを回収し蛍光顕微鏡で計数すれば,汚 染の程度を定量できる.岩石コアの内部からは蛍光ビーズ が回収されない場合が多い.ここまでは雑菌汚染が及ばな