第 8 章 科学掘削を支える技術
8.4 地下水調査
地下水は起源の情報を保持しつつ,時間とともに水みち
*沿いの岩石の化学的性質 やそこに生息する微生物などの活動により,物理化学的に性質を変化させながら流 動している四次元現象である.
地下水の性質や流れを調べることにより,地層や岩盤を構成する岩石の化学的性 質,微生物の生態系,岩盤の透水性,さらに涵養時の古環境,過去から現在に至る 地下水の流動や地球化学状態の変遷を推定することができる.
地下水を採水するにはボーリング掘削が不可欠であることから,掘削による地質環 境への影響を最小限に留める必要がある.
ボーリング掘削による地下水調査の品質管理・保証及び不確実性の評価に対する取 り組みは,科学掘削の技術的信頼性を支える基盤技術として重要である.
地表に降った雨水は,地表から地下へ浸透していく間に,
周囲の土壌や岩盤と様々な反応をすることが明らかにな っている.つまり,地下水は起源の情報を保ちつつ,時間 とともに,水みちとなる地層や岩盤を構成する岩石の化学 的性質やそこに生息する微生物などの活動により,物理化
学的に性質を変化させながら流動している四次元現象と 言える.したがって,地下水の性質や流れを調べることに より,地層や岩盤を構成する岩石の化学的性質,微生物の 生態系,岩盤の透水性,さらに涵養時の古環境,過去から 現在に至る地下水の流動や地球化学状態の変遷を推定す
図 8.7 地下水の水質形成メカニズムの一例とボーリング調査によって得られる科学情報.
ることができる(図 8.7).地下水の性質や流れから推定さ れるこれらの情報は,環境保全や地下空間利用の分野など で必要不可欠なものである.
本章では,ボーリングによる地下水調査の信頼性の向上 のための研究開発の現状や調査結果の信頼性を支える調 査時の品質管理・保証に関する留意点,さらに地質環境を 対象とするうえで重要な課題である不確実性評価に関す る取り組みについて概説する.
<地下水調査の信頼性向上のための技術課題>
地下水の性質や流れを地表から窺い知ることはできな
いため,地中にボーリング孔を掘削することになる.しか し,ボーリング孔を掘削することにより,掘削資材の冷却 や掘り屑の排出を目的とした掘削流体が岩盤へ浸透する ことによって,本来の地下水を汚染したり,複数の帯水層 を貫くことで異なる性質の地下水の混合や水圧分布の変 化が生じ,本来の性質や流れとは異なるデータが取得され る恐れがある.したがって,調査にあたっては,地下水が 本来有する性質や流れを把握するため,地質環境への影響 を最小限に抑えつつ,品質管理された測定データを取得す ることが重要である.また,品質保証の観点から調査解析 の結果が得られた過程を明確に説明し得る追跡性を担保
することが必要である.さらに,地質環境の不均質性など に起因する不確実性の評価手法や対処方法も調査の達成 度を評価し,次の調査課題を抽出する上で必要な技術であ る.
このような調査データの品質管理・保証技術及び不確実 性評価技術は,科学掘削の技術的信頼性を支える基盤技術 として,大深度の調査を可能とする機器開発とともに重要 である.
以下にボーリングによる地下水調査の信頼性向上のた めの技術課題を示す.
(1)ボーリング掘削技術
・ 断層破砕帯などの脆弱部分でのコア(岩芯)採取率の 向上.
・ ボーリング孔掘削による岩盤の透水性及び地下水の水 質への影響の低減.
(2)水理調査技術
・ 亀裂性岩盤で予想される幅広い透水性に対応できる測 定レンジを持つ大深度対応の水理試験装置の開発.
・ 岩盤の透水性への影響が少なく,また,作業効率の向 上が図れる水理試験手法及び手順の構築.
(3)地下水採水技術
・ 被圧不活性状態で採水可能な大深度対応採水装置の開 発.
・ 地層中に本来存在する地下水のみを採取する手法の構 築.
(4)不確実性評価技術
・ 調査・解析結果に含まれる不確実性の評価手法や不確 実性を合理的に低減するための調査アプローチの構築.
<地下水調査の信頼性向上のための研究開発の現状>
前項で示した技術課題に向け,実際の地質環境を対象に 地質環境の調査・解析技術の研究開発が進められている.
本項では,これまでの技術開発成果のうち,ボーリング による地下水調査に関連する調査技術を紹介する.
(1)ボーリング掘削技術
ボーリング調査は,地上からの調査の中で,地下深部の 地質環境の情報を直接取得できる調査であり,地質環境調 査の中で特に重要な調査手法である.
本項では,品質管理・保証の観点で構築したボーリング
孔の仕様や調査時の留意点を整理する.
a.ボーリング孔の仕様
ボーリング孔の掘削では,調査地点の岩相,割れ目の分 布及びその特性を把握する目的からコアリング掘削とす る必要がある.このため,作業効率の観点から一般的にワ イヤライン工法が採用される.孔径は,傾斜掘り等の特殊 な場合を除き,孔内調査機器のサイズ,室内試験に必要と される試料のサイズ,コア観察のし易さ,コスト等を勘案 して主として HQ サイズを採用してきた.しかし,現在は,
掘削時のトラブル対策の作業性や各種試験の測定精度向 上の観点から,直径 135 mm 以上とされている.コア採取 率の向上及び取り出し時のコア破損の防止については,透 明なアクリル製のコアケースを持つトリプルコアチュー ブを採用している.トリプルコアチューブは,採取された コアに掘削流体が触れない構造となっており,掘削流体に よるコアの侵食や膨潤といった影響を軽減できる.そのた め,特に断層破砕帯などの脆弱な岩盤でのコア採取率の向 上に効果がある.
b.品質管理・保証の観点での留意点
ボーリング掘削による地質環境への影響を最小限にと どめるため,以下の点に留意する必要がある.
• 掘削流体による地下水の水質などへの影響を定量的に 把握するため,事前に掘削流体の水質を確認する.
• 掘削中の逸水・湧水状態の情報は,水理試験及び採水 の試験区間の設定や岩盤への掘削流体の浸入量を見積 もるために必要な情報であるため,掘削流体の送水量 と回収量を常時記録する.
• 孔内崩壊の対策としてケーシングやセメンチングによ る保孔を行う場合は,保孔区間での試験が実施できな くなるため,調査計画全体を考慮して保孔対策の方法 や時期を検討する.
• 逸水や湧水が生じた場合は,地下水の水圧分布や水質 に影響を与えるため,速やかに掘削を中断し,止水対 策を講ずる.
(2)水理調査技術
本項では,水理調査技術開発の成果の一例として,1500 m 対応水理試験装置を紹介するとともに,水理試験の品質 管理・保証の観点での留意点を整理する.
図 8.8 深度 1500 m対応水理試験装置.
a.1500 m 対応水理試験装置
花こう岩などの亀裂性岩盤の場合,断層破砕帯や割れ目 帯と健岩部とでは透水性に大きな違いがある.そのため,
測定レンジの広い水理試験装置が必要となる.また,地下 深部を対象とした場合,調査機器には高温・高圧下で精度 の高いデータを取得することが要求される.このような要 求を満たすため,水圧が 15 MPa 及び水温が 70 ℃までの 地下環境で測定可能な単孔式の水理試験装置を開発した
(図 8.8).
本装置では,岩盤の透水性の高低に対応した複数の水理 試験手法を適用することにより,1012 m/sec オーダーか ら 105 m/sec オーダーまでの幅広い測定範囲を確保して いる.また,高透水性岩盤での測定精度を向上させるため,
装置内の配管径を拡大して,管内抵抗による圧力損失を低 減している.また,測定精度に大きく影響を与えるパッカ ー(試験区間を閉鎖するためのゴム製の遮水装置)の遮水 状態についても,試験区間外の水圧及び水温を測定するこ とにより,遮水が確実に行われていることを確認すること ができる.
b.品質管理・保証の観点での留意点
水理試験においては,水理地質構造の各要素における透 水性を的確に把握するとともに,測定データの品質管理・
保証の観点から,以下のような点に留意する必要がある.
• 試験区間を適切に設定するため,地下水の水みちとな る地質構造の位置を正確に把握すること,及びパッカ ーをかける孔壁の状態を確認することが重要である.
これには掘削中の逸水・湧水に関する情報,流体検層
(温度検層,フローメータ検層*,電気伝導度検層),
ボアホールテレビ*の情報が有効である.
• 試験方法については,岩盤の透水性への影響が少ない こと,また,岩盤の透水性に合った試験手法を選定す ることが重要である.前者については,これまでの経 験から,注入型の試験では水みちの目詰まり等により オーダー単位の透水性の低下が見られるため,揚水型 の水理試験を基本にしている.また,後者については,
試験時間の短いパルス試験で概略の岩盤の透水性を把 握してから,その透水性に合った水理試験手法を選択 している.
• 水みちの検出に有効なフローメータ検層(孔内の水の 流れの変化から水みちを特定する技術)も上記の理由 から基本的に揚水過程で実施する.ただし,低透水性 の岩盤などの理由で注水過程での試験を実施する場合 は,試験用水に蛍光染料などのトレーサーを添加し,
地下水へ試験用水が混合する割合を定量的に評価でき るようにすることが必要である.
(3)地下水の地球化学特性に関する事項
地表水や地下水の水質や環境同位体組成及び年代に関 する情報は,地下水の起源,流動経路,滞留時間などを明 らかにするために極めて有効な情報である.また,これら の情報は,雨水が地下へ浸透した時期の古環境(気候・標 高)を推定する上でも重要であり,古水理地質学的な研究 には必要不可欠な情報といえる.
本項では,地下水の地球化学調査技術の開発の一例とし て,深度 1000 m までの地下水の採水が可能な採水装置を 紹介するとともに,地下水の採水における品質管理・保証 の観点での留意点を整理する.
a.1000 m 対応採水装置
地表から掘削したボーリング孔を利用して,地下深部の 地下水の地球化学特性を把握するため,水圧が 10 MPa 及