第 8 章 科学掘削を支える技術
8.7 コアの保管と管理
これまで我が国では,事業の終了後コアをはじめとするボーリング資試料が廃棄さ れてしまうことが多かった.
しかし,ボーリング調査によって得られる試料は,再取得が困難な地下情報である.
個々の掘削プロジェクトが終了した後も,多様な利用が想定される貴重な公的資産 として保管されるべきである.
ボーリング試料を長期間にわたって保管し,利用可能な状況にしておくためには,
応分の施設と費用が必要となる.
このことは個々の掘削プロジェクト実施主体機関だけではなく,国内の掘削科学コ ミュニティ全体の問題として議論されるべきである.
個々のボーリング調査には,特定の目的(活断層評価,
石炭・石油・鉱物資源・地熱探査,地下水や温泉調査,道 路や鉄道建設のための地盤・地質調査など)がある.しか し得られる情報は,地質科学全般の広い用途に利用可能な 地下地質情報であり,当該目的だけに限定されるものでは ない.
ボーリング調査によって得られる試料(コア,カッテ ィングス)も,地下地質に関する様々な情報を内包した,
いわば汎用性の高い地下地質試料である.したがって調査 終了後に保管されていたボーリング試料が,そのボーリン グの本来の目的(資源探査,地盤・岩盤調査)以外の用途 に,利用される事例は多い.このことを考えると,ボーリ ング試料を保管することは,学術的に利用価値の高い地質 試料を保管するという公的な意義も持っていることにな る.
海外各国においては,ボーリング試料・資料を国家事 業として集中管理し,利用体制を整備している例がある.
デンマークでは,地下利用に関する法律に基づき地下のデ ータすべてがデンマーク・グリーンラ ンド地質調査所
(GEUS)に送付されることになっており,GEUS が国内 のすべての地下データのナショナルデータバンクとなっ ている.オランダにおいても同様に同国応用科学研究機構
(TNO)に地下資源開発のデータや地下水・骨材資源の データが集約されている.TNO はサンプル保管施設も保 有している.
同様にボーリングコアを保管・管理するための施設
(「コアライブラリー: Core Library」と称されることが 多い)が設置されている国としては,カナダ(カナダ地質 調査所: GSC),アメリカ合衆国(米国地質調査所: USGS), アイルランド(アイルランド地質調査所: GSI),大韓民国
(韓国地質資源研究所: KIGAM),トルコ(鉱物資源開発 調査総局: MTA)などがある.ただし,これらの国の全て で,デンマークやオランダのように法律が整備されている わけではない.また保管施設の規模や運営形態も様々であ る.
日本国内においては,このような公的資産価値を持っ た地質試料の保管に関する法律がないため,個々のボーリ
ング調査で得られる地下地質データと試料は,それぞれの 実施機関が,それぞれの内規に基づいて管理・保管するこ とになる.
国際陸上科学掘削計画(ICDP)事業として行われた雲 仙火山科学掘削プロジェクト(Unzen Scientific Drilling Project: USDP; http: //www.gsj.jp/kazan/unzen/)の火 道*掘削ボーリング試料(USDP-4)は,東京大学地震研 究所で保管されており,関連して行われた山麓掘削ボーリ ング(USDP-1,USDP-2)試料は,産総研で保管されて いる.なおこれらのボーリングは,科学技術振興調整費総 合研究「雲仙火山: 科学掘削による噴火機構とマグマ活動 解明のための国際共同研究(1999 ‒ 2005)」として行わ れたも ので あり, USDP-4 は東大 震研 が, USDP-1 と USDP-2 は産総研が掘削の実施者であった.
今後提案される科学掘削においても,プロジェクト継 続中は,実施主体となる機関がボーリング試料の暫定的に 保管することになるだろう.しかしプロジェクト終了後の 長期保管をどうするかは,事前に検討しておくべきであろ う.掘削長が長いボーリング調査の場合,ボーリング試料
(特にボーリングコア)は,保管するだけでも大きなスペ ースを要する.移送するのも簡単ではないし,縮分(廃棄)
するのにも,かなりの経費を想定しておく必要がある.た とえば USDP-2(総掘進長 1463 m,オールコアリング掘 削)は,産総研地質調査総合センターのコア保管庫に収蔵 されているが,これだけで床面積としては,約 20m2を占 有している.また試料の総重量は 8 トン程度になる.
USDP の例では,実施機関において長期間の試料保管 が可能であったのだが,これまで国内で行われてきた多数 のボーリング調査においては,実施機関の組織改編や関連 事業の終了などにより,ボーリング試料の保管を継続でき なくなった事例が多かった.そのような場合には,貴重な 地質試料が散逸したり,廃棄されてしまうこととなった.
ボーリング試料は,再取得が困難な地下深部の地質試 料である.今後実行される科学掘削プロジェクトによって 得られた試料の場合は,当該プロジェクトにおける様々な 解析・検討の加えられた,特に貴重な学術試料となるだろ う.個々のプロジェクト終了後も多様な観点からの利用需
要があるだろうが,そのような要請に応えるためには,科 学掘削ボーリング試料の長期的な保管体制(および利用体 制)が整備されている必要がある.このことは個々の掘削
プロジェクト実施主体機関だけではなく,国内の掘削科学 コミュニティ全体の問題として議論されるべきである.
★「掘削」の英語はボーリング?ドリリング?
「掘削」の英訳はボーリング(boring),ドリリング(drilling)のいずれだろうか?これら はいずれも日本語では掘削ないし試錐と呼ばれ,地中に深くて細い穴(bore)を穿つことであ る.掘る方法としては,19 世紀後半頃まで衝撃(パーカッション)式が一般的であった.こ れは,ロープで吊った重いタガネ状の硬い刃(ビット)を繰り返し坑底に打ち当て,岩石を衝 撃によって砕いて掘り進む方法である.20 世紀に入ると,長くつないだパイプの先にビット をつけ,パイプ上端の回転を下端のビットに伝えて坑底の岩石を削る,現在の掘削方式が開発 された.掘削スピードを重視し,コア(iii 頁コラム参照)を取ることがほとんどない石油・天 然ガス業界では,文字通りドリルで木に穴を穿つように掘るのでドリリングという言葉が広く 使われる.一方,鉱物資源探査などコアを取るための掘削では,ボーリングコアという言葉が あるように,ボーリングという言い方が多い.海陸の科学掘削計画はコアを取ることが大きな 目的だが,石油業界の技術が基になっているため,伝統的にドリリングという言葉が使われて いる.
図 8.10 コア試料保管・管理の重要性と問題点.