第 7 章 都市の防災と地質
7.2 深部基盤と地震(関東平野)
本邦で最も広い関東平野には日本の総人口のおよそ 1/3 が居住し,さらに政治・
経済の中枢である首都圏が位置するなど,その地震防災の重要性はきわめて高い.
関東平野の基盤は厚い堆積物に覆われ地下深部に伏在しその詳細は不明であるが,
地下深部にも日本海拡大時期のハーフグラーベン
*(半地溝)が伏在している可能 性が高い.
シミュレーションによると地下深部のハーフグラーベンにより地震動が局所的に 増幅する可能性が予想されることから,これらの地下深部に伏在するハーフグラー ベンの把握が地震防災において緊急の課題と言える.
ユーラシアプレート*に属する関東平野の地下深部に はフィリピン海プレートが北西に沈み込み,さらにその下 に太平洋プレートが西に沈み込んでいる(図 7.2 F).し たがって,関東地方は沈み込む 2 つの海洋プレートの影 響を受けるため,現在のテクトニックな枠組みが非常に複 雑かつ特異である.実際,関東平野にみられる第四紀に形 成された褶曲や断層は,太平洋プレートの運動による東西 方向の圧縮応力場*では説明できない.
関東平野のような堆積平野の地震防災においては,柔 らかく厚い堆積層による地震動の増幅をどのように評価 するのかが重要な研究課題のひとつである.実際,十勝沖 地震や紀伊半島南東沖地震,新潟県中越地震など震源が遠 い地震の際に関東平野は大きく揺れ,とくに長周期の地震 動が長く継続したことが確認されている.長周期地震動は 高層ビルや石油タンクなど固有周期の長い建造物に被害 を与える可能性が高いことから,首都圏の地震防災におい ては長周期地震動を増幅させる柔らかい堆積層の厚さの 分布,すなわち地下深部の基盤深度(基盤構造)の把握が 緊急の課題である.
関東平野のとくに西半部は基盤が深く,基盤に達した ボーリングは非常に限られるため,重力探査や地震波を使 った物理学的手法によって基盤構造が推定されてきた.こ れらの手法では地下深部ほど分解能が低下するため,結果 としてなめらかな基盤の形状が想定されている(図 7.2 D).また,重力異常の測定に基づく基盤深度の推定は,
堆積物の密度の仮定如何によって深さの見積もりが変わ ることから,実際には他の基盤構造モデルに比べ明らかに 浅く見積もられている.
他方,反射法地震波探査は地下の堆積層の構造を知る 有効な方法であり,地下深部の基盤の構造を明らかにする 目的で近年多くの調査がなされている.一次元情報である
ボーリング調査に比べ二次元の反射断面*として地下構造 を把握することができ,とくに比較的浅い部分については 堆積層の詳細な構造や断層による地層のずれを確認する ことが可能である.しかしながら,地下深部では反射面が 不明瞭となるため,その解釈についてはさまざまな困難を 伴う.たとえば,図 7.2 D の朝霞鴻巣間の反射断面では 基盤からの反射面は断面の両端にのみ確認され,その間の 基盤構造は不明とされてきた.反射断面に見られる地層の 重なりは過去数百万年以上の長い歴史の重ね合わさった ものであるから,反射断面には地質学的な歴史を満足する 解釈を与える必要がある.したがって,関東平野の地下地 質構造を知るためには,関東平野の成り立ちを明らかにし なければならない.
関東平野は 300 万年前以降も沈降し厚い堆積物に覆わ れているが,周囲の山地や丘陵部は隆起しているため,そ こには平野の地下に伏在する古い地層や基盤岩までもが 露出している.すなわち,関東平野と周囲の山地や丘陵域 の違いは大局的には浸食レベルが異なるだけであり,山地 や丘陵域に露出する古い地層を直接調査・観察することに より,関東平野の地下に伏在する古い地層の成り立ちを間 接的に推定することが可能となる.このような方法に基づ いて関東平野の成り立ちを復元すると,以下のような構造 発達モデルが考えられる.
関東地方のテクトニクスは過去においても複雑な地質 構造発達史を経てきた.いまからおよそ 1900 ‒ 1500 万 年前に起こった日本海の拡大にともない,西南日本弧は時 計回りに,東北日本弧は反時計回りに回転したことが古地 磁気学的研究により明らかにされている(図 7.2 F).関 東平野を埋積した堆積物の年代はおよそ 1650 万年前に 遡るため,関東平野の成り立ちは日本海の拡大末期に始ま ったといえる.このとき,関東地方はそれぞれ反対方向に
回転した西南日本弧と東北日本弧の境界部に位置してお り,それらの相対運動により基盤は複雑に変形し,そのと き形成された基盤の起伏を堆積物が埋め尽くしたと考え られる(図 7.2 A および B).したがって,関東地方の地 質構造が複雑な理由のひとつは,日本海の拡大時期に折れ
曲がったまさにその場所に関東地方が位置していたから といえる.
その後 1500 万年前以降になると,フィリピン海プレ ートの運動にともなって伊豆小笠原弧が本州に衝突し 続けた(図 7.2 F).関東地方はこの島弧*(本州弧)と島
図 7.2 関東平野地下のハーフグラーベン構造.
弧(伊豆小笠原弧)の衝突境界のすぐ東側に位置してい たため,衝突にともなう変形を被ってきた.関東地方の地 質構造が複雑な第 2 の理由は,1500 万年前以降の伊豆
小笠原弧の衝突により変形したからである.さらに 300 万年前になると日本列島は強い東西圧縮場になり活発な 断層運動により地形的起伏が発達して今日に至った.関東 地方では山地の隆起と呼応するように関東平野側は沈降 し厚い地層が堆積した(図 7.2 C).
このように地表に露出する地層を調査することにより 関東平野の成り立ちを把握しその視点で平野の地下地質 を推定すると,地下深部に日本海拡大時期のハーフグラー ベン(半地溝; 図 7.2 B 左側)を埋積した地層(図 7.2 C の a および aʼ )が局所的に発達し,その上に厚い地層(図 7.2 C の b および c)がほぼ一様に被覆していると予想さ れる.このような観点で,これまで解明されなかった関東 平野西部の反射断面(図 7.2 D)を地質学的に解釈すると,
地下深部に伏在する 2 つのハーフグラーベンが見出され る.この解釈では基盤構造は従来のモデルに比べ起伏に富 み,また非対称な形態を持つことを特徴とする.すなわち,
関東平野の基盤構造は日本海拡大時期に形成されたハー フグラーベンにより起伏に富む凹凸が推定され,その構造 により地震動が局所的に増幅されることが予想されるか
ら,首都圏の地震防災において地下深部のハーフグラーベ ンの把握がきわめて重要と判断される.
地下深部の伏在ハーフグラーベンの境界は落差の大き い正断層であると考えられる.この境界正断層に沿って基 盤深度,すなわち堆積物の厚さが急変し地震動が増幅する と推定されるが,断層そのものが現在の圧縮応力場のもと で活断層として再活動する可能性も十分考えられる.たと えば,関東平野西部の立川断層(活断層)の地下地質を調 べると,断層を境に基盤深度が大きく異なっていること,
また現在隆起している東側の地下にはハーフグラーベン が形成された年代を示す厚い地層が伏在し,当時は反対に 東側が沈降域であったことが確認される.したがって,立 川断層は日本海の拡大末期に形成されたハーフグラーベ ンの境界正断層が,現在の圧縮場により反転し東側が隆起 する逆断層として活動していると判断される.このように,
関東平野の地震防災に関しては日本海の拡大時期に形成 されたハーフグラーベンがきわめて重要な要因のひとつ といえる.このように,地表地質から構築された関東平野 の地下地質構造モデルを深層ボーリング調査によって確 認することにより,首都圏の地震防災に対するより説得力 のある強振動予測が可能になると期待される.