第 6 章 地下空間の利用
6.1 放射性廃棄物の地層処分
我が国における高レベル放射性廃棄物の地層処分とは,廃棄物を工学的な対策を施 した上で地下 300 m より深い地層や岩盤中に安全に隔離し,人間とその生活環境 が影響を受けないようにすることである.
これまでの調査研究により,特定の地層や岩盤がそのような条件を備えているか否 かを調査する技術や評価する方法が開発されてきた.
これについてさまざまな意見が寄せられているが,地質環境の長期安定性と特性に 関するデータがまだ不足しているという点では一致しており,その上でオープンで 科学的な検討が必要である.
今後の深地層の研究施設計画における掘削・調査・研究が,地層処分実現への大き な前進になるとともに,防災対策や他の地下空間利用技術に役立つと期待される.
我が国における高レベル放射性廃棄物の最終処分の基 本概念は,廃棄物をガラス固化したものを地下 300 メー トルより深い地層中に隔離することである(図 6.1).こ
れは処分後のいかなる時点においても人間とその生活環 境が高レベル放射性廃棄物中の放射性物質による影響を 受けないようにすることを目的としている.したがって,
処分にあたっては,安定な地質環境(地層や岩盤とそこに 含まれる地下水)の中に工学的な対策(人工バリア*)を 施す.人工バリアと地質環境による多重な防護(多重バリ ア*)によるために,両者を合わせて地層処分システムと 呼ぶ.このシステムが長期にわたり合理的・科学的に安全 に機能するかを評価(性能評価)することが求められる.
評価の対象となる時間の長さは 1 万年 ‒ 10 万年程度と想 定されており,広さは処分場に相当する数 km 四方である.
世界的に見ると,地層処分を計画している国々におい て,処分する廃棄物の形態や処分の深度など国によってい くつかの違いはあるが,深い地層や岩盤中に人工バリアを 含む多重バリアを構築して安全に隔離するという点では 各国共通である.これらの国々において研究開発が行われ てきているが,日本では 1970 年代半ばから検討が開始さ れ,現在までに研究開発の成果が段階的に提示されてきて いる.この問題を原子力の推進派と反対派の綱引きの対象 とせず,社会全体で議論するためには,まず地層処分のオ ープンで科学的な検討がなされなければならない.そこで まず,我が国の地層処分に関する研究開発の考え方・進め 方,そして研究結果の現状について概観してみよう.
地層処分における地球科学に関連する研究開発課題と して,地質環境の長期安定性と特性とがある.
地質環境の長期安定性に影響を与える可能性のある重 要な天然現象には直接的なものと間接的なものの 2 つが ある.直接的な影響として,断層活動が地層処分システム を破壊すること,火山活動が同システムを直撃し廃棄物を
地表へ放出すること,侵食が進み深い地層中へ隔離した廃 棄物が地表へ露出することなどの可能性があり,これらを 避けるために処分場となる地域をどのようにして適切に 選定するかが問題となる.間接的な影響には,地震・断層 活動の場合,岩盤の破断・破壊に伴う地下水の移行経路の 変化・形成と,地震動による岩盤や地下水の性質の変化が ある.火山活動によるものとしては,マグマの熱による地 温の上昇などが想定される.また,隆起・沈降・侵食に伴 う処分場の深度の変化や,海水準の変化による地下水流動 と水質の変化が間接的影響として想定される.この間接的 影響については,それに伴う地質環境の変化の幅を把握す ることが必要である.
これらの天然現象の特徴とその活動に伴う地質環境の 変化について明らかにするために,天然現象の活動履歴が 残されている地質や地形を対象に現地調査や年代測定な どの事例研究や地球科学分野の文献情報の整理・解析が行 われてきた.その結果,地震・断層活動は,過去数十万年 にわたり既存の活断層帯において同様の様式で繰り返し 起こっており,今後も同様の活動が継続すると考えられる こと,第四紀*において火山は限定された地域内で新たな 火山の形成を含む活動が繰り返し起きていること,火山の 周辺では地下にあるマグマからの熱による地温の上昇な どは噴出の中心から数 km から 20 km 程度までであるこ とが示された.また,十万年間の隆起・沈降量は多くの地 域で 50 m から 100 m 程度であること,一般に長期的な 侵食速度はその地域の隆起速度と同程度かそれ以下であ ること,さらに気候・海水準変動については,過去数十万 年以上にわたり地球規模での周期的な氷期‒間氷期サイク ルが確認されていることが明らかにされた.それにより第 四紀の活動が継続すると考えられる将来十万年程度の期 間について直接的影響を避け,間接的影響についても地質 環境の変化の幅を押さえることが可能であるとされた.
一方,地質環境の特性とは地層・岩盤や地下水の物理 的・化学的性質のことである.地層処分の場として好まし い地質環境特性として,岩盤が力学的に安定であること,
地下水の流速が小さいこと,水質が化学的に還元性である こと,放射性核種に対して大きな遅延機能を有することな どがあげられる.処分場の広さが数 km 四方であることか ら,地下深部の地質環境特性の把握においては,同じ程度 以上の広がりをもった地下の地質環境を対象とする.課題 として,日本の深部地質環境の特性はどういうものか知る
図 6.1 放射性廃棄物の地層処分システムの概念図.
ことと,それらを調べる技術を開発することであった.こ れまでにボーリング孔内において地下深部の高圧環境下 でも測定できる地下水の水理試験装置や,ボーリングに用 いる掘削流体*をできるだけ排除した「真の」地層水を採 取することが可能な地下水の採水装置などの調査技術,そ して地下深部における地下水流動などを解析するための モデル構築の手法が開発されてきた.このような技術や手 法を駆使した調査研究により,以下の成果が得られている.
一般的に鉱物や割れ目充填鉱物の表面に強い吸着効果が ある.地下深部の動水勾配*が地表付近に較べて小さく,
また断層破砕帯や割れ目集中帯を除く部分での透水係数 が極めて低いため地下水の動きが遅い.降水起源の地下水 の水質は岩石中の粘土鉱物や有機物,そして微生物との反 応で形成されたと考えられ,地下深部にいくほど一般的に 還元的になる.また火山地域を除く地域での地温勾配は 30 ℃/km であり,地下深部では鉛直と水平方向の応力の 比がほぼ 1 に近いことなどである.
これに対して,たとえば藤村・石橋・高木(2000;「科 学」12 月号)は地殻変動や気候・海水準変動,火山噴火 についての考えかたについては一定の理解を示している ものの,地震についての結論は強く批判している.M7 ク ラスの大地震でも,明瞭な地表地震断層が出現しないもの があるので,「地震=地表でみえる活断層の活動だけ」と はいえないではないかというのである.また,地震は岩盤 の亀裂系を激増させるから,多重バリアシステムの機能を 大きく低下させる可能性があると示唆し,地質環境の特性 についても疑問を呈した.
これまでの地質環境の長期安定性の研究は,日本にお ける天然現象の一般的な性質を解明・評価することに主眼 をおいてきたが,さまざまな意見を受け,今後は具体的な 地質環境を調査・評価する技術の確立が目標とされている.
具体的な課題としては,地表に現れない震源断層を抽出す る手法や,断層活動によって周囲の地質環境がどのような 影響を受けるかを調査する技術の開発などである.そのほ か,火山が地表に現れていない地域での地下深部のマグ マ・高温流体等を把握するための技術や,火山・熱水*活 動等の復元技術の整備などがある.また隆起・沈降速度の 解析技術,気候・海水準変動に伴う気候変動の復元や海岸 線の移動プロセスの調査技術などが具体的な地質環境を
対象とした場合今後の調査解析技術として必要である.
地質環境特性に関する今後の課題として,坑道掘削に 伴う周囲の地質環境の影響を把握することと,そのための 技術を開発することがある.地層処分においては,地層が 廃棄物を隔離する役割を有しており,地層自体がそのため の一種の施設であるとみなすことができる.一方で地層中 に廃棄物を定置するためには,地層中にアクセスのための 坑道を掘削しなければならない.したがって坑道掘削によ って地質環境の隔離性能が低下することをできるだけ避 けるため,地質環境へ及ぼす影響は最小限にすることが望 ましく,そのためには坑道掘削に伴う地質環境の変化を的 確に把握することが必要である.影響が想定されるものと して坑道周辺の地層での緩み領域の発生や応力の変化,ま た地下水の水圧や化学組成の変化などがある.そのための 主な調査研究として深地層の研究施設計画がある.これは,
処分場とはならない地域において地下深部の調査研究の ために坑道を掘削するものであり,従来の鉱山やトンネル など地下に空洞を建設する類似の施設とは基本的に性格 が異なる.この計画は花こう岩と堆積岩を対象に,地上か らの調査研究,坑道掘削時の調査研究,地下施設での調査 研究と 3 段階に分かれ,地上から地下へと段階的に調査 を進めていくことにより,坑道掘削に伴う地質環境への影 響を把握し,その技術を確立しようとするものである.
さらに,より本質的な問題として,我が国の地質環境 の何がわかっていて,何がわかっていないかという視点を 常に持ち続けることが必要である.火山地域や活断層など の天然現象を対象としたボーリング掘削や,花こう岩ある いは堆積岩を対象とした深部ボーリングや坑道の掘削は,
単に与えられた問題を解決するだけではなく,地質環境に 関する知見の向上と地下深部における現象の理解を進め,
地層処分問題に対する国民的合意の形成にも資するであ ろう.さらに,地層処分の観点から整備された活断層や活 火山の分布・年代に関するデータはそのまま地震対策,火 山の噴火対策にも活用できるものでもある.また,開発・
改良されたこれらの地質環境の調査技術やその地下空間 利用としての評価手法は汎用性を持つものであり,たとえ ば一般産業廃棄物や二酸化炭素の処分などにも寄与する ことが期待される.