第2章 日本歌曲の詩の分析
第3節 民族楽派の作曲家の歌曲の詩の分析
特徴
日本歌曲の歴史においては、第2期以降第4期まで常に民族楽派の作曲 家だちは活躍している。西洋音楽が日本でも作曲されるようになり、めざま しく進化をしていく中で日本の作曲家が日本の音楽を再確認又は、軌道修正 のような形で、民族楽派の作曲家が表れている。
第2期においては、山田耕搾により、全音音階や、増減和音などの最新技 法を活用した見事な作品が書かれた一方で、小松耕輸、中山晋平、藤井清水 らが、徹底的に民族的春スタイルを打ち出したり、本居長世、弘田龍太郎ら が、邦楽に影響されている。
第3期では、橋本国彦らフランスの影響を受けた作曲家が活躍する中で、
他方では箕作秋吉、清瀬保二などの民族楽派が表れ、民謡的表現を取り入れ た松平頼則や、少数民族の音楽を基礎に作られたものなども現れた。
第4期では、12音技法など新しいスタイルが発展する中、日本の伝統的 な音楽が見直されたり、西洋音楽と日本の音楽を組み合わせたものもあらわ れた。そして、時代も現代へと移り変わり、日本の音楽といっても、近代的、
都会的なものが作られるようになった。
1.小松耕輸 1)《毎》について 1)《母》作詞 竹久夢二
塵三重1ふるさとの山のあけくれ
みどりのかどに たちぬれて いつまでも われまちたまふ 母はかなしも塵:璽幾山河とほくさかりぬ
ふるさとの みどりのかどに いまもなほ われまつらんか 母はとほしも・詩の形式
五・七・七・五・五・七・七音。四行、四行。二連。
・詩の内容及び特徴
第一連のrみどりのかど」は、作者の岡山の生家の門。rたちぬれて」は、
夜露・朝露やそば降る雨に濡れて立っているという意味。もちろん、母の様 子ではなく、何があっても、自分が名声を失い、孤独になっても、母は何の 変わりもなく、自分を迎えてくれるという思い。「われまちたまふ」に、母を 慕い、敬う思いがこめられている。
第二連は、はるか遠くの故郷を偲ぶ思いから始まっている。「幾山河」は、
本来「いくやまかわ」と読むが、この曲では「いくさんが」と読む。「さかり ぬ」は、「遠くなるJという動詞!こ完了の助動詞「ぬ」がついた形。「まつら んか」のrらん」は、r〜していることだろう」と、情景を思いやる助動詞。
遠く故郷を離れた自分を母は今でも待ってくれているだろうか。きっと待っ ていることだろう。あの門のところで。という意味の歌である。
2.梁田 貞 i)《城ケ島の雨》
(この作品は山田耕搾、橋本国彦も作曲している。)
1メ《蛾ケ島の雨》作詞 北原白秋
匿ミ璽 雨はぶるぶる 城ケ島の磯に 利休鼠の 雨がふる 塵:璽 雨は真珠か 夜明けの嚢か それともわたしの 忍び泣き とほ
塵…重1舟はゆくゆく 通り矢のはなを
濡れて帆上げた ぬしの舟匿酉璽 ええ舟は櫓でやる 櫓は唄でやる
せんど
唄は船頭さんの 心意気
塵王国 雨はぶるぶる 舟はゆくゆく
目はうす募る 帆がかすむ
・詩の形式
七・七・七・五音。各二行。五連。第四連の前のrええ」はかけ声。
・詩の内容及び特徴
城ケ島は神奈川県三浦半島の最南端にある島。現在は、北原白秋の碑と記念
館がある。
「利休鼠」は、利休好みの鼠色。緑がかった灰色のこと。「舟はゆくゆく」は 舟山の様子。「通り矢のはな」岬の地名。「濡れて」は、情事と雨に濡れてを
かけてい一驕B
「ぬし」は、あなた。女性から男性へのよびかけ。「舟」「櫓」「唄」を重ねた 押韻効果が印象的である。
女が男と別れたそぼふる雨の早朝、男の舟山を見送っている、そして舟が 見えなくなって女が泣きながら、高台に登り、もう一度男の舟の舟山を見る。
しかし、その舟はすぐに遠ざかり、再び女は悲しむという内容の歌である。
又、この詩を作った当時の作者は苦難の時代であり、「利休鼠の雨がふる」に その苦悩の心情を託して、「通り矢」は早くこの時が去ってほしいという願い であり、「船頭さんの心意気」は、再起への希望、「うす曇る」「帆がかすむ」
でその時の心情を表しているとも考えられている。
3.本居長世 1)《白刃》について 1)《白刃》作詞 三木露風
塵≡国照る月の
かり
雁がねの わが思う ただ白し
影みちて
さおも見えずよ 果もしらずよ 秋の月夜は
匿:雪吹く風の 鮪の
何やらん 泣きあかせ音さえて 虫がすだくぞ 心も泣くぞ 秋の月夜は
・詩の形式
五・七調。第一行のみ五・五音。各四行。二連。
・詩の内容及び特徴
冴えわたる秋の夜空に煙娃と輝く月を仰ぎながら、孤独の思いをかみしめ る、格調高い詩である。
「影みちて」は光がいっぱいという意味。「雁がねのさおも見えずよ」は雁 の鳴く声も聞こえないので、姿は見せてほしいものだ、という意味。rさお」
は長いもののたとえ。ここでは、雁がまっすぐに並んで飛ぶ姿。「わが思う果 もしらずよ」は、ひたすら静寂と月光にひたる孤独の心情が歌われている。「虫 がすだく」は、たくさんの虫が鳴くの意味。「何やらん」は、何なのだろうか
という疑間の慣用句。
4.中山晋平 1)《砂山》について 1)《砂山》作詞 北原白秋
匿三重1海は荒海
すずめなけなけ みんな呼べ呼べ匿;国暮れりや砂山
すずめちりぢり みんなちりぢり 塵…;国 かえろかえろよ すずめさよなら 海よさよなら向こうは佐渡よ もう日は暮れた お星さま出たぞ 汐鳴りばかり 又風荒れる
もう誰も見えぬ ぐみ原わけて さよならあした さよならあした
・詩の形式
七音調。各六行。三連。
・詩の内容及び特徴
この詩は、中山晋平と山田耕搾の両氏によって曲がつけられている。両方 とも親しまれている。中山晋平の作品は、軽妙な民謡風のリズムで童謡風に なっている。山田耕搾の作品は荒波のかなたに浮かぶ佐渡島を望み、雄大な 情景を東欧風な流れの中に秘めた作品である。山田耕搾の作品とは対照的に、
全体に明るく、リズムに乗って軽妙に歌われる。
この詩は、作者が、新潟の小学校で開かれた音楽会に招かれて、会が終了 したあとに、感動的な童謡をと請われ書いた作品である。
作者が夕刻、寄居浜海岸に出ると、そこでどんよりと曇る空、見渡す限りの
ぐみ原に雀が飛び、はるか荒海のかなたに佐渡が見えた。その中で二、三、
人のこどもたちが遊んでいる淋しい夕暮れの浜辺の情景をイメージして書い
た作品である。
「なけなけ」「ちりぢり」「さよなら さよなら」と重ねた言葉で、印象を深 めている。「ぐみ」はグミ科植物の総称で、葉は全縁の低木が多く、果実は食 用となる。
5.弘田龍太郎 1)《浜千鳥》について 1)《浜千鳥》作詞 鹿島鳴秘
匿三重 青い月夜の 浜辺には
親をさがして 鳴く鳥が 波の国から 生れ出る ぬれた翼の 銀のいる塵:国夜鳴く鳥の
親をたずねて 月夜の国へ 銀の翼の
かなしさは 海こえて 消えてゆく 浜千鳥
・詩の形式
七・五調。各四行。二連。
・詩の内容及び特徴
この歌は、作者が新潟県柏崎市の審神海岸の浜辺をそぞろ歩いていた時、
和田浦の浜辺で遊んでいた亡き愛娘の思い出がにわかに蘇り、作者を詩作へ と駆り立ててできた作品とされている。
内容は、親を亡くした子どもの淋しさ、切なさを浜千鳥の声に重ね、温か いまなざしの中、いたわりや思いやりが歌われている。
「浜千鳥」は、浜辺にいる千鳥で、冬の季語。和歌では、よく「行方」や「跡」
といった語を導く時に用いられる。ここでは、親の行方を導いているとされ
ている。
6.平井康三郎 1)《秘唱》について 1)《秘唱》作詞 西條人十
塵三国ひとすじの青き葦さえ
吹き吹けば桂き音をしらぶ塵:璽ひとすじの畑とならば
いつの目か君燃えざらむ 匿………ヨたまきはる命をかけて おみな愛はしきひとよ 女よ
・詩の形式
五・七調。各二行。三連。第三連のみ、五・七・八・四音。
第三連の八は字余り。四は、単に字足らずではなくあえて、八・四として情 熱の昂ぶりを表現している。
・詩の内容及び特徴
第一連は、比喩的な表現。一本の葦でさえ、ひたすら吹けば音を出す。つ まり、私があなたへの熱い想いを持ち続ければ、いっかあなたも私の想いに 応えてくれるという内容。「吹き吹けば」は、ひたすら吹くという強調の言い 方。「しらふ」は、音楽を奏てるという意味の動詞。第一連、第二連ともに、
「ひとすじの」で歌い始めているのは、前述の繋がりを示す技巧である。
第二連は、「いつの日か」の「か」は、反語を表す助詞で、文末の「〜ざら む」と呼応している。意味は、「いつの日かあなたもきっと燃えていることだ
ろう」。
第三連は、「たまきはる」は命の前に置く枕詞で、「この命をかけて想い続 けるわが愛しの人よ、真の女性よ」という熱い呼びかけで詞を閉じている。
7.林光1)《四つの夕暮れの歌[1][4]》について
1)《四つの夕暮れの歌[1][4]》 作詞 谷川俊太郎
[1]夕暮は大きな書物だ
すべてがそこに書いてある 始まることや
終わることや一
始まりも終わりもしないぺ一ジの中に