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‡長調への転記1こより、ゆぴきりをしたという 希望的な気持ちを表現している。

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‡ゆぴきりをしたが、やはりあの人は 薬なかったという落胆の気持ちを 短調へ戻ることで表現している。

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‡本当にあの人に来てぼしかったげれど、来なかったというどうしようもない感情を・

言葉にできない位の悲しさととらえて、あえて歌詞のない闘秦で表現している。

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*巻末添付CD トラックNo6に収録

3.伴奏傾向4の応用曲

1)《万葉集第十九巻・四一三九》 作者 大伴家持 作曲 山田まゆみ 春の苑 紅にほふ桃の花 下照る道に 出で立つをとめ

・大伴家持が越中滞在中の歌である。体言止めで、作者の意図的な絵画的 構図である。俳句では、松尾芭蕉がこのように、名詞を並べた歌を試み ている。短歌では異例である。

  「春の苑」は、家の裏などにある畑である。ここでは、桃畑である。

桃の花のもとの、明るく輝いた小道に、作者は一人の乙女を立たせてい る。まるで、鳥毛女屏風の樹下美人図を想わせるような歌となっている。

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万葉集 巻十九・四一=

大伴家持

作曲・編曲 山田まゆみ

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*拍子を変えていくことで、言葉が自然に流れるようにしている。

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万葉集 巻十九・四一三二

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*巻末添付CD トラックNo7に収録

2)《かぐやひめ》 作詞 金子みす∫ 作曲 山田まゆみ 第一連 行のなかから

うまれた姫は、

月の世界へ かえっていった。

第二連 用の世界へ かえった姫は、

月のよるよる 下見て泣いた。

第三連 もとのお家が こいしゅて泣いた。

ばかな人たち かわいそで泣いた。

第四連 文臣はよるよる 変わらず泣いた、

下の世界は

ずんずん変わった。

第五連 爺さんぱあさん なくなってしもうた、

ばかな人たちゃ 忘れてしもうた。

・全ての行が七語で統一。二十行。五連。

・この詩は、童謡集《夢から夢を》の中の作品である。

  この詩は、この童謡集の他の作品と同様に、竹取物語から、作者が連想し た内容である。社会への風刺の意味も込められているような詩である。

かぐやひめ 作詞 金子みすざ

作曲1編曲 山田 まゆみ

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*おじいさんが、竹を取りに山を歩いている様子を表現してい乱

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*メロディーは5音音階である。

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かぐやひめ  作詞 金子みすs

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*同じメロディーが続くので、伴奏で変化をつけている。

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かぐやひめ 作詞 金子みす§

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*巻末添付CD トラックNo8に収録

 筆者は、本研究により、日本歌曲について多くの知識を得ることが

できた。

 まず、第1章の 日本歌曲の歴史 では、日本歌曲の歴史イコール 日本の西洋音楽の歴史であることがわかった。なぜ歌曲であったかと いうと、当時の日本では、まだピアノを始め管楽器、弦楽器、打楽器 などの楽器が一般に普及していなかったということと、やはり 歌 が最も身近であったということだと考えられる。その後、徐々に日本 にも西洋音楽が普及していき、歌曲から器楽曲へと発展していく。

 西洋音楽の歴史と日本の音楽の歴史の大きな違いは、西洋音楽は絶 え間なく発展を続けているが、日本では明治以降、日本に西洋音楽が 導入されて以来、日本古来の音楽が、全くなくなったわけではないが、

すたれていったように思われる。さらに、決定的に違うことは、西洋 音楽は発展の歴史を経て今日に至っているが、日本では、バロック、

古典派、ロマン派、新古典主義、印象派、十二音音楽などの西洋音楽

の様々なスタイルが、同時に導入されたのである。そのことで、日本

の作曲家たちは、音楽のスタイルを取捨選択できたのである。それを

基に作曲家たちは、 日本歌曲 という独自の一スタイルを確立していっ

たということがわかった。