第 2 章 女性被害者と事件報道
4 日本のジャーナリズムにおける諸問題
1章、2章ではテレビニュースの法・理念、制作・労働環境、送り手と受け手、報道内容 について述べてきた。ここでそれらに内蔵されるジェンダー視点の欠如を指摘しつつ、テ レビニュースの問題点を筆者の考えとしてまとめてゆく。
①視聴率至上主義
日本において事件・事故報道は視聴率がとれるとされている。日本では年間 1,200 件前 後の殺人事件が発生しているが、このうちの 9 割までは容疑者もすぐに割り出され、メデ ィアに取り上げられることもない。残り 1 割の、事件記者の立場からは社会性のある殺人 事件が「よい殺し」とされる。一般市民の治安が脅かされたり、記事の書き手も読み手も 自分の身に降りかかるかもしれないと感じる事件。さらに勧善懲悪だけでは割り切れない、
加害者側の心情に理解の余地があるような事件、被害者側に特別な事情がある事件や有名 人が関与している事件などもそうである(三木賢治1999:67-68)。その中で被害者が子ど もや女性の場合は取り上げられやすい。
②特ダネ主義と特オチへのおそれ
被害者報道における特ダネ競争はいかに早く被害者の顔写真や詳細なプライバシーに関 する情報を入手するかに大きな力が注がれている。このような特ダネ主義がしばしば「他 局にさきがけて」というライバル意識を誘発し、入手した情報が被害者の人権を侵害し、
報道基準を破るものであっても報道してしまう。
また特オチ(他局がある特ダネを報道しているのに、その情報を入手できず報道できない こと)を恐れる気持ちから集団的過熱取材になるケースも多い。それは「他局は報道して
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いるかもしれない、ウチだけ報道していないのは…」という判断が働くからである。
たとえば「筑波母子殺害事件」では、夫の医師が女性関係のもつれから妻と子ども2人を 殺害し、3人の遺体を海に捨てたとして殺人等の容疑で逮捕された。事件の背景を探る過程 で、事件とは関係ない、被害者の妻がランジェリーパブで働いている映像が各局で放送さ れた。TBS では放映後社内で問題となり、早期にビデオの使用禁止措置が取られた(杉尾 秀哉1999:101-102)。
この過程に、特オチへのおそれが見える。TBS では映像入手後、そして放送前に「他局 は報道しても、TBSは報道しない」という判断は働かなかったからである。
③発表ジャーナリズム
事件報道の情報源のほとんどは警察発表である。国、地方自治体、警察や裁判所などの 公共組織はメディアのための記者クラブ、記者室、記者席を用意し、専用のスペース、専 任の職員、電話等設備を用意し、一般人と区別された情報アクセスを提供している。メデ ィアの記者は、主体的に取材する局面よりも、国・地方自治体・警察等の行政府関連の記 者会見などにおいて相手側の主導のもとに取材する受け身の取材活動を行うことが多くな る。また一斉に発表を受け、ブリーフィング(背景説明)を受けるために、メディア各社 の独自のアングルをもった記事が表れにくくなる。これらが同一の情報源を使い、同じ問 題を取り上げ、同じ結論に達する「横並び報道」とも呼ばれるパック・ジャーナリズムを 生む原因となっている。
「桶川女子大生ストーカー殺人事件」では、被害者の女性と家族は、女性が刺殺される前 に地元警察署に何度も相談し告訴状を提出していた。しかし地元警察署は捜査をせず、告 訴状の取り下げを家族に対し求めていた。事件後、地元警察署はこのミスをマスメディア に公表しないまま、女性被害者に関する情報提供を行った。その結果、警察署の発表に依 存したマスメディアは女性被害者にも非があるような論調の報道を行った。この問題は写 真週刊誌『フォーカス』の記者による調査報道によって発覚した(鳥越2000)。
④センセーショナリズム
センセーショナリズムにはニュースの内容とその提示の仕方の 2 つの側面がある(大井 1993)ことは既に述べた。内容面では暴力や犯罪、性、スキャンダルなどの人々が興味を 持つ要素のあるニュースを取り上げること。ニュースの提示の仕方は派手な見出しをつけ るなどである。たとえば「美人○○」、「女子大生××事件」等の派手な見出しである。内 容面で犯罪や性の絡む事件の女性被害者は取り上げられやすいといえよう。
宮田加久子は、センセーショナルな報道を生み出す送り手側の姿勢や意識として、報道関 係者の慣習化された思考方法、事件をイベント化しようとする感覚、正確さより速さを重 んじる報道姿勢、受け手の理性に訴えるより効果の大きさを求める姿勢、を指摘している
(宮田1986)。誘拐や連続殺人事件などのような大事件、飛行機・列車などの大事故である
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ほど、センセーショナリズムによる多くの問題が発生する。
そのような冷静ではない状況の中で、たとえば殺人事件の被害者の顔写真を報道しようと 強引な取材をしたり、十分な裏付けのないまま報道することなどがある。顔写真集めにつ いて小林弘忠は下記のように述べている。
「ひところは顔写真集めは、新聞記者のきわめて重要な、だがかなりつらい仕事の ひとつであった。とりわけ犠牲者の顔を集めるには、当事者の家庭を訪れなければな らず、亡くなった人の遺族から個人の写真を拝借してくるのだから強心臓を要した。
それに顔写真を借りてくるかどうかで記者の資質が問われた時代がいまから数年前ま でつづいていたので、違法すれすれの行為をすることもあったのだ。たとえば最近ま では、殺人事件の被害者の顔写真は、なくてはならない新聞の材料だった。女性や子 どもはなおさら記事には不可欠の存在で、記者は原稿を書き終えると、締切間ぎわま で顔写真集めにかけずりまわらなければならなかった」(小林1998:4-5)(下線筆者注)
⑤報道基準・倫理綱領の不徹底
マスメディアは、報道する際に注意すべき点やルール、基準を定めている。それは業界共 通のもの、各企業が独自に定めたものもあるが、基本的にその企業で働く人は正社員、派 遣等契約形態に関わらず守るべきものとされている。しかし、これらが設けられていても 女性被害者報道で問題が繰り返される要因は大きく2点ある。1点目は、時間的余裕のなさ である。小玉は放送における『NHK 国内番組基準』と『日本民間放送連盟放送基準』が、
現場でどのように活用されているかインタビューを行ったところ、「比較的時間に余裕のあ る管理職や半現場の人がより研修に参加し、倫理綱領等にも目を通している。本当に番組 づくりに追われている人たち、あるいは若いのでもっと経験に代わる知識が必要な人たち は、倫理について考えたり、本を手にする時間がないようだ」(小玉 2000:44)と述べて いる。テレビのニュース番組は毎日、何度も締切があり、記者や制作者は番組の放送時間 に合わせて取材、原稿執筆、映像編集をこなす。この時間的余裕のなさが、放送倫理に関 する研修や各種基準を学び、考える機会を奪っている。
2点目は、前出の2つの基準における希薄なジェンダー意識(小玉2000:40)である。
両基準とも基本的人権の尊重をうたっているが、それ以上の詳しい記述はない。なお、性 表現に関し民放連の放送基準では「(76)性的犯罪や変態性欲・性的倒錯を表現する場合は、
過度に刺激的であってはならない」とし、わいせつ表現を戒めている。NHKの基準でも視 聴者が不快に思う表現はしないとしている。
また本章3節において述べたように、記者・制作者・技術職を含む放送局職員は偏ったジ ェンダー構成となっている。「日本の番組の多くを支配する在京テレビ局における主流の 人々の平均的な属性は、日本人、男性、健常者、大学卒、20-50歳代、東京および近郊居 住者である。(中略)テレビ番組の多くはその人たちの価値観を反映し、他の人たちのこと
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は他者の視点で描かれることが多い」のである(小玉2000:40)。
基準を学ぶ時間的余裕のなさ、ジェンダー意識が希薄な基準、男性主流の送り手などの要 因によって、女性への差別や偏見が生じる用語や表現を内包した報道が繰り返されている のである。
⑥報道制作における構造上の問題
業界統一の基準、自社のガイドラインが徹底されず、報道に様々な問題が生じてきた大 きな一因は、所属や契約形態も多様なスタッフ(契約社員や嘱託、番組制作会社からの派 遣社員、フリー)にそれらの教育を受ける機会がほとんどないことである。このような人々 を対象に、前出の民放連の基準や倫理綱領、自社基準の研修、またこれらに関連するジェ ンダーについての学習機会が必要である。
現在、多くの番組が番組制作会社、または自局の正社員以外のスタッフによって制作さ れており、問題となった番組もある。放送界における第三者機関である放送と人権委員会 は、「外部プロダクションの担当者により取材過程で生じた権利侵害や倫理違反については、
テレビ局がその素材を使って放送した場合は原則として全過程において責任を負うものと 理解すべきである」(右崎正博BRC委員監修,編BRC事務局2008:60)、と判断を下して いる。
⑦犯人探しの手がかりとしての被害者報道
犯罪や事件が起きて、すぐに容疑者が逮捕、あるいは指名手配されることはあまりない。
しかし現実に事件は起きているので、その社会的重大性や新奇性・衝撃性によってその事 件を伝えなければならないとき、被害者は事件を語る上で重要な情報となる。たとえば被 害者の性格、職場や学校、地域での態度や友人関係、交友関係など、被害者のプライバシ ーは事件に関わりがあってもなくても、名前や住所、年齢、職業や顔写真などが報道の正 確性を保つために用いられる。そして事件の悲惨さや残酷さ、犯人への憎悪をかきたてる ためにドラマチックに報道される。特に女性被害者の場合、素行の悪さ、異性との交際、
水商売・性風俗に従事、服装の趣味が派手であったりすると、それが犯人を捕まえる手が かりになるかのような報道や、それゆえに犯罪に巻き込まれたといわんばかりの報道がな されるのである(小玉ほか2000;四方2012)。
⑧ニュースの価値判断基準
ニュースの価値判断基準は、男性主導によるマスメディアにおいて、男性視点が働いて きたと思われる。そのため一般的なニュース・バリューの他に、女性の犯罪について、「女 の事件は必要以上に大きく報道され、しばしば猟奇的、あるいは身の下的な取り扱われ方 をする」(玉川しんめい1985:193)のである。