第 6 章 ジェンダー・センシティブな報道
1 ジャーナリスト教育
(1)大学におけるジャーナリスト教育
日本の大学の新聞学、ジャーナリズム論開講大学について調査してみると、関連科目(コ ミュニケーション論、ジャーナリズム論、情報論ほか)を開設してコミュニケーション学 部、学科、コース、コア(講義群)等を編成している国公私立大学は、この四半世紀の間 に47大学から173大学へと3.7倍に増えた。短大におけるそれは12年間に2倍以上にな った(田村紀雄2004:11-12)。
しかしながら、大学においてメディアやジャーナリズムを学んだことがメディアの採用 に必ずしも結びついていない。放送の人事担当者に新人採用で重視する点を調査したとこ ろ、1位「コミュニケーション能力」、2位「バランスの取れた思考」、3位「ジャーナリス ト倫理」、同率4位「文章表現力」および「創造的思考」、6位「人柄の良さ」、7位「幅広 い一般知識」をあげている。ジャーナリズムに直接関連しているのは 3 位の「ジャーナリ スト倫理」と4位「文章表現力」だけであり、1〜2位、6〜7位には社会人としての必要能 力が入っている。また「本人が大学時代学んだことの中で業務に役立つもの」「大学時代に ぜひ身につけておいたほうがよいもの」について尋ねたところ同様の結果が得られている
(藤田2010)。
上記から、日本の大学・大学院におけるジャーナリズム、およびメディア教育と新聞社 や放送局の教育とはうまく連携がとれておらず、メディア側には現場教育(OJT)で新人 を育てるという伝統と慣行が存在している1)。
ところが、実際にはこの伝統と慣行を揺るがす事態が発生している。柏井信二は「時間」
の問題があるとする。第一に、メディアを取り巻く技術革新のスピードとマスメディア産 業の収益減少、第二に放送倫理などの面で、放送局や関係者に社会的責任を問う社会的圧 力の高まり、第三に、就職先としての放送業界の魅力低下―これら 3 つが制作環境の「時 間」に以下のように影響している。リーマンショック以降制作費の削減によって1人のス タッフが今までの1.5倍~2倍の仕事をこなすことで必要な粗利益を確保せざるをえなくな っている。つまり「第一の時間」の問題は過重な労働体制の日常化である。「第二の時間」
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の問題は、番組制作にかける時間の減少である。かつては 2 時間番組の制作に、準備も含 めると半年かけていたものもあったが、今は 3 か月前に特番が発注され、レギュラーの 1 時間番組でも企画内容の決定がずれ込んで 1 カ月で制作するということも多くなる。それ は人員の増員と仕事の細分化につながり、現場で教育する余裕がない状態になりつつある。
そしてこれらの余裕のなさが別な問題、たとえば取材ルールのコンプライアンス逸脱や、
時にはヤラセにつながっていく危険性もある。そして「第三の時間」の問題、制作するモ チベーションや知識や体験、分析力や洞察力などを養う「自分の時間」を作れないことで ある。これら 3 つの「時間」の問題が「負の連鎖」となって制作環境の悪化をもたらし、
番組制作会社では人材の定着率の問題になっていく。そして「第四の時間」、デジタル化の 問題である。番組の制作現場は、「デジタル化」によって取材、撮影、編集、仕上げの方法 が大きく変わってきた。それらは映像コンテンツのマルチユース化、パソコンによるノン リニア編集によって労働時間の短縮をもたらした。しかし、デジタル化による労働時間の 短縮は必ずしも現場の時間的余裕を生み出していない(柏井2010)。既に述べた3つの「時 間」の問題が余裕を奪うからである。
このような背景により、新たな形でのジャーナリズム教育やジャーナリスト養成につい ての議論が近年高まっている。日本マス・コミュニケーション学会では 2007 年に「ジャー ナリズム教育部会」が新設された。
大学教育の現場では、ジャーナリズム教育方法の開発、カリキュラム改良、インターン シップ拡充と教育技術システムの強化について、早稲田大学ジャーナリズム総合研究所が 取り組んでいる2)。そして2008年「高度専門職業人としてのジャーナリスト」の養成をめ ざす同大学大学院ジャーナリズムコースが設立された(瀬川至朗2010)。慶応義塾大学は、
学部授業に加えて研究と就職の両立をめざすメディア・コミュニケーション研究所3)。さら に2009年度には同大学大学院法学研究科政治学専攻にジャーナリズム専修コースを設置し た。ジャーナリストという仕事を誇りにしながらも、その仕事を相対化する眼をもち、専 門的な知識や情報を身に付けた、人間味あふれるジャーナリストを育成することが目標と されている(大石 2010:25)。地方でも地域色、大学の特色を活かしジャーナリズム教育 によって全国紙やキー局への就職に限らないフリーランス、ブロガー、行政や企業のPR担 当などまで想定する大学院コースなどが設立されている(小黒純2010)。
いずれも大学での教育を基礎とし、大学院・研究所ではジャーナリストとしての実践的 教育とメディア論、その他専門テーマを学ぶことを柱としている。その中で、報道被害と ジェンダーに関わる科目としては、早稲田大学大学院ジャーナリズムコースの「マスメデ ィアの法と倫理」、専門テーマとして「開発と健康ジェンダー」が散見される。しかし、報 道被害や、マスメディアにおけるジェンダーを取り上げた科目は見受けられない。
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(2)メディア内部のジャーナリスト教育
ここでは、公共放送として批判を受けやすいNHKを例に取り上げたい。NHKの研修は、
人事総務局・労務・人事室人事にある「育成」グループが行っている。実際に研修に当た っているのは、「財団法人NHK放送研修センター」である。普段は職種別に綿密なカリキ ュラムが作成されている。年間の研修参加者数はのべ4800人で、研修グループは大きく5 つにわかれている。2009年度採用記者研修カリキュラムでは、1・2日目は全員研修、その 後 1 か月に及ぶ研修内容の中で職種ごとの研修にわかれていく。取材職(記者、カメラマ ン、映像編集)は 1 カ月の研修終了後、全国の地方局に赴任する。新人記者は現場で、上 司や先輩から具体的な仕事を通じて仕事に必要な知識・技術・技能・態度などの指導を受 ける。これをOn-the-Job Training、OJTというが、前述のようにOJTによる新人記者教 育が機能しなくなったため、現場を5カ月ほど体験したところで「取材1年目・前期」、翌 年2月頃に「取材1年目・後期」研修が行われる。前期・後期通じて力を入れているのが
「グループ討議」と「放送倫理と人権」である。これは松本サリン事件報道などの反省か ら相当の時間を割いている。その後2年・3年・4年目の記者を対象にした実務研修や講義 が実施される(小俣一平2010)4)。
またNHKでは2010年NHKスポーツ部記者(当時)が相撲部屋家宅捜索の情報を捜査 対象の親方にメールで知らせていた不祥事や、2008年の記者やディレクターによるインサ イダー取引などが繰り返される不祥事を受け、「記者教育改革」が公表された5)。その中で、
「社員記者」問題や記者クラブ問題が指摘された。そこから課題として導き出されたのは、
企業の冠に依存せず、記者の職業倫理を個としてしっかり備えた記者の育成である(藤田
博司2011)。これはNHKに限ったことではなく、放送・新聞界で問題があるたびに指摘さ
れている6)。
一方で、組織を越えた放送界全体としての研修への取組みも始まっている。2003年より NHKと民放連の共同主催で開催されている「放送人基礎研修」、番組制作会社でもATP合 同新人研修セミナーが開催されている7)。また朝日新聞のジャーナリズム学校は、社や媒体 を越えて門戸を開く総合的なジャーナリスト教育機関である。
しかしながら、このような改革や取組みも従来の枠組みから抜け出せていない。取材や 報道におけるジェンダー表現や配慮に関して十分でない。また、現在はマスメディア組織、
ニュース制作者のジェンダーやエスニシティの多様性(ダイバーシティ)が問われている が、それに関しては全く十分でない。林は以下のようにジャーナリストの立場性への省察 と記者育成について注意を喚起している。
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ジャーナリストの立場性について省察することこそがプロフェッショナルとしての責任 だという認識が高まっている。すなわち、ジャーナリズムという職業的専門性においては、
技術的合理性に基づくテクニカルな成熟とその応用や、従来型のジェンダーやエスニシテ ィを不問にした「専門職(プロフェッション)論」(そして日本の場合はとくに精神論)を 繰り返すだけでなく、複雑化、多様化する人間社会において、より当事者の見方に敏感な、
人間に対する深い洞察力のある記者たちの育成が問われている。そのためには、記者自身 が表現主体であることを自覚して、人間対人間という関係性をより重視した上でのコミュ ニケーションに基づく実践的応用がますます重要になってくると思われる(林 2011:
131-132)。