第 2 章 女性被害者と事件報道
2 事件報道とジェンダー研究
前述したように繰り返される女性被害者への報道被害を受け、フェミニズムやジェンダ ーの視点を用いる研究がなされている。そこで本節では日本におけるメディアとジェンダ ー研究を概観し、テレビニュースが内包する事件報道の問題点をジェンダーの側面から考 察する。
英語圏では第二波フェミニズムがメディアのセクシズム(性差別主義)を証明し、受動 的で劣等的な女性イメージをより主体的で現実的なものへと置き換える意図を持っていた。
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女性雑誌やテレビのドラマ、トーク・ショー、映画、広告、スポーツが描く女性像など、
活字、視聴覚メディアを通じたメディアの広範なジャンルにわたる内容分析を通じて、女 性が妻、母としての家庭的な性役割を強調され、若さや美しさが重視され、家父長制のも とに男性の性的視線の対象としてポルノグラフィーの客体となってきたことが批判されて きた。
事件報道においては女性に対する強姦や性暴力報道のセンセーショナル化が注目されて きた。今や刑事裁判において強姦は重要な犯罪として評価されている。そしてその再評価 は法律、裁判手続き、証拠収集、危機カウンセリング、被害者ケア等に劇的変化をもたら し多方面で成功を収めた。一般社会においても理解は進みつつあるが報道における強姦神 話2)が調査によって見出されている(Carter1998; Gill 2007)。しかし21世紀の性犯罪報道 には、社会問題として被害を取り上げ、性暴力に対する偏見を是正し、啓発する報道もあ ることが指摘されている(Gill 2007:135-147)。
日本におけるメディアとジェンダー研究の多くは、リベラルフェミニズムの立場から、
マスメディアのジェンダー・バイアスを取り上げたものが多い。それらは新聞・雑誌・テ レビなどのマスメディアが男性中心の組織で送り手に女性が少ないため、女性の視点が排 除され、ステレオタイプな女性性を再生産しているという問題意識のもと研究が行われて きた。マスメディアは受け手に規範的な女性像を提示し、ジェンダー構築に大きな影響を 与えている。特に主流メディアは当該社会の支配的価値を反映した情報を流通させる傾向 にあるため、権力を握る男性の価値観に沿った情報が流布するというものであった3)。これ らの研究は加藤春恵子(1992)により①性別分業批判、②らしさ固定批判、③性的対象物 批判、そして松田美佐(1996)による④差別語の使用批判、に分類される。
ニュース、ジャーナリズム分野でメディアに描かれる女性像に関して、小玉はテレビニ ュースの報道内容の性的偏向について量的研究と質的研究を行い、送り手のジェンダーバ ランスの偏りやメディア内容における以下の問題点を指摘している。それは、a メディア 内容の主役は誰か―アウトサイダーとしての女性、b ニュースの伝え手―限定役割での登 場、c 女性は特殊、d 社会進出への反撃、の 4 点である。さらに小玉は上記の分析結果 から、ジャーナリズムが描く女性を、1 人類の亜種としての女性(a メディアの枠組みb 記 事の選択c 表現方法)、2 客体としての女性(a 映像素材b 記事の文脈)、3 従属的存在と しての女性(例:用語)、4 低能力者としての女性、5 家に閉じ込められる女性と分類し、
全体として6 画一的女性描写が多いとしている(小玉1991)。
田中和子・諸橋泰樹は、新聞紙上に現れた具体的な表現の中から、女性の存在や行動・
役割について、男性のそれとは非対等に扱った記事表現の量的分析を行い、女性を男性か ら区別して表現する主要な方法として、①女性強調4)②女性隠し5)③女性に対するダブルス タンダード6)使用の3つをあげている。
上記のこれまで行われてきたメディアの中の女性研究については、松田がリスベット‐
ファンゾーネンの分析を整理し、第一波フェミニズムの立場から展開されているというこ
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と、またメディア内容の分析とメディアの担い手分析に終始しているという 2 点について 批判的に検討している。その上でメディアがジェンダーを社会的に構成していくメカニズ ムに焦点を当て、ジェンダーの観点からのメディア研究というものを再構築している(松 田1996)。
田中東子はさらにジェンダー概念を構築主義アプローチから捉え直し、ジュディス・バ トラーの研究成果を基に本質主義アプローチとの対立による差異を浮き彫りにする次の 3 点から検討している。すなわち「セックス」と「ジェンダー」概念の各定義、両概念の節 合から「女性」というカテゴリーがどのように定義されているか。第二に、メディアメッ セージを記号としてとらえ、それを解読するプロセスに重点をおく「コミュニケーション の記号論モデル」に依拠しながら、女性像の表現を単に「歪められている」とする従来の ステレオタイプ的な女性像研究の限界の指摘。第三にメディアが消費される実際の社会的 文脈のなかでメディアの役割を考察していこうとするアクティブ・オーディエンス論につ いて(田中2012)である。
第 1 章で事件報道はあるストーリーに基づき犯罪を可視化させるが、犯罪の認知件数と 国民の犯罪に関するイメージには乖離がみられることは既に述べた。そしてその一因と考 えられるのがマスメディアの報道において、男性が標準で女性はその亜種であるというよ うな女性観が、犯罪発生率と比較して女性の犯罪報道件数が多いことや、扱いが大きいこ
と(四方1996:101-102)につながっているのである。
このように、メディアが現実を歪めているという批判から、「ポスト性差別主義研究とし てのジェンダー研究は、女性像・男性像の歪みを凝視し脱構築して、新たな人間像と対等 な関係性、さらには新たなジェンダー秩序の構築をめざす」(加藤春恵子 1996:39)とい う主張が展開される。
(1)事件報道に見る女性
上記のようなメディアにおける女性の表象は、事件報道においても同様である。事件報 道において男性と比較すると女性は異なる部分が強調される傾向にあるとされる。それら について本節では女性、次節では男性を取り上げ異なる点を明らかにしていく。
①女性被害者
女性被害者は、実名、住所、年齢、学校・職業などを報道され、顔写真も大きく掲載さ れる場合がある。事件報道における容疑者の人権、未成年の容疑者のプライバシーは保護 され、全体的な傾向として報道は個人情報やプライバシーに配慮する方向に変化しつつあ る。しかし被害者のプライバシー保護についてはまだ十分ではない。特に、性犯罪事件の 女性被害者の報道においては、被害者にスキがあった、被害者の方から誘ったなどと、悪 かったのは被害者であるとするアダムとイブ症候群や強姦神話の言説が見受けられる(四 方2012:136-137)。
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四方は読売、朝日、毎日の三大新聞における1988年から1992年までの5年間の犯罪報 道件数をカウントして女性が犯罪報道に登場する場合について調査している。その結果「猥 褻」事件の被害者のほとんどが女性であることを発見した(四方 1996:101-102)。「女性 の被害者、中でも特に強姦事件の被害者に関する報道については、①落ち度を問われる、
②容姿に言及される、③生活の様子、男性関係、交友関係などプライバシーに言及される」
(四方1996:91)と述べている。
たとえば「女子高生コンクリート詰め殺人事件」は被害者の落ち度について報道した。「東 電女性社員殺人事件」では、女性会社員が昼間は有名企業の管理職として働き、夜は街娼を していたことから、興味本位で被害者の家族や私生活、顔写真やヌード写真などが報じら れ、被害者の落ち度を印象付けた。「桶川女子大生ストーカー殺人事件」では、被害者がア ルバイトでソープランドに勤め、ブランド好きという誤った報道により、被害者が元交際 相手に殺されても仕方ないという印象を読者・視聴者に印象付けた。
「連続幼女誘拐殺人事件」では、被害者の落ち度を問うものは見られなかったが、幼い女 児が誘拐され猟奇殺人の犠牲者となったことで、犯人捜しの手がかり、犯人憎しの感情を 増幅させ、読者・視聴者の同情と我が子にも起きるかもしれないという恐れを煽るための
「かわいそうな」被害者情報が取り上げられた。また、連続した捜査段階の報道は推理小 説のように娯楽的側面を有しており、被害者のプライバシーが「読み物」として提供され る。これらの報道の背景には「強姦神話」や「性のダブルスタンダード」がある。
このように、犯罪報道は、女性被害者の性関係に必要以上に言及し、報道する傾向にあ る。性関係の暴露や強調は、犯罪において被害者に非があったかのように伝わるだけでな く、プライバシーの侵害でもある。他方、犯罪の被害という場面で伝えられることは「魔 女狩り」的な側面をもち、女性の性に厳しい性規範が報道されているといえよう。
しかし近年、被害者遺族が報道被害に声を上げる事例がある。性犯罪の被害者は匿名報 道が望ましいとされ、被害内容を「いたずら」「性的暴行」と表現されることが多いが、あ えて実名報道を望み、「強姦」と報道するよう被害者の遺族が依頼する「光市母子殺人事件」
の例もある。このような事例は被害の明確化、加害者に対する厳罰化という側面に焦点が あてられがちであるが、社会に存在するジェンダー・バイアスや被害者への偏見を修正す るという側面もあるといえよう。
②女性被疑者
被害者と同様に、女性被疑者もプライバシーを侵害されている。ここでは四方(2012:
99-149)の新聞分析をもとにその特徴をみていく。まず、女性被疑者は事件の加害者(=
犯人)とみなされ、被害者よりもさらに詳細に私的な情報が伝えられる傾向にある。加え て、被疑者の場合、性役割に関してネガティブな側面からの情報が多く報道される傾向も みられる。また、性役割やジェンダー規範が孕む問題が彼女らの犯罪行為の背景にあった としても、その点に言及する報道はほとんどなく、あったとしても被疑者の立場を代弁す