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ドキュメント内 真宗研究4号全 (ページ 57-79)

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邪輪

の揺 はで ある から

の破論であるとはいうまでもない︒

﹁選

揮集

序に

年九 月八 日制 約際 立功 終

Lと記しているよう

に︑法然入殺の一年の晩秋に務め七その公刊な

ii; 

﹁握邪総凶の場末に﹁窓暦

月 一一 日続 犠京 沙門 商務

とみるから吋選捧集﹄の公刊後謹かに

たの であ り︑

七ヶ月を惑で

は﹁

援邪

輪駐

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山と

︵ 一

怨 ︶

般論を結遺し劫成した

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及ぶ破論の鴻作は︑棋の憤激の大いことを一本すもので︑そのことは叉吋捲邪韓﹄

の よく 志し てい る︒

態ちその一簡にっ震に近代上人あり

一容

名け て

吋選

擦本

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﹁山

僻集

﹂ いう

G経識に遠感して諸人を欺詑

住空 の行 会︸ 以て 宗と なす と雄 も︑

って往生の行念妨碍せりQ

人に 訟て 傑く 州開 催な 壊け り

る所の種々の︑在家の男女等︑上人の高名な絞りに妄設する所なりとおもひ

ル一 出し ても 上人 伝誹 誘せ ず

Gたとひ億人の談説役閥くと雄も︑未だ必ずしも之然るに近日

円冨

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問題

と﹃

擢田

川輸

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所論

此の﹃選揮集﹄を披関するに悲嘆甚だ深し︒名を聞きしの始には上人の怜理そ理せんと喜ぶ︒容を披くの今は恨む︑

念悌の真宗を騎せりとυ今詳かに知りぬ︑在家出家干高の門流起す所の種々の邪見は︑皆此の書より起れり云うこと

一 右

l左︶︒この一文はその憤激の程を一一小すと共にその理由を別かにしている︒

以て

1賠一一念悌員宗一﹂ものとする所にあったし此に﹁念悌真宗﹂とは︑善導の宗読をいうので︑

を﹂

︵出

世上

その憤りは﹃選揮集L

﹁擢

邪輪

L

にも

︑﹁

の守閣法揮集﹂に於て︑設ひ伺なる邪義ありと雌も︑若し善導の義に相び順ぜば︑何ぞ担ちに汝を晴めむや︒然るに善

導の躍を関するに全く此の義なし︒汝自らの邪心に任せて善導の正義を鯖せりし

︵谷 上︑ 二六 左︶ と述 へて いる

︒然 ら

ば﹁選鐸集﹄が如何なる貼に於て善導義を賭すとするのであろうか︒

﹃選 擦集

﹄の 過失 とし て︑

﹁擢 邪輪

﹄に 翠げ るも のは 十一 二過

﹁荘厳記﹄に川すもの三過︑合せて十六過に及ぶこ

とは﹃荘厳記﹄の序に述べているが︑別一息自らその中の大過とするものは︑

﹁一

︑援

一一

去菩

提心

一過

失︒

以ニ

聖一

道 門一 警ニ 群賊 一過 失﹂ であ る

このうち教理上章一裂なものは第一過であるから今も課題をこの貼に限って述ぶること

﹂する︒ところで此の似論は﹁選揮集﹄が益口導義を賭すとすあ所にあるのであるから︑政論の成否は明恵の説く菩

提心義が︑果して善導義に契首するか否かの一軸に踊着すると云わればならない︒勿論彼自らもこのことは明かにし

ているのであって﹃擢邪輪﹄にも﹁今の本意全く雨宗偏黛の相論に非ず︒唯我も念悌宗に入て善導・遣悼の所製

を以て依癌となす︵中略︶是の故に適々引く所の経論の文︑人附の搾は附議円導の宗義を成ぜん見なり設ひ自京高僧

の解轄と雄も︑善導の雅志に相ひ順ぜずば置いて之を出さずし︵谷上︑二六左︶と述べている所によっても知られるの

であ

るゆ

かく司法捧集﹄が﹁偏依善導﹂を関税するに封して︑彼自らも偏依善導を立論の立場とすることは首然であ

るが︑その所論が果して善導誌に契賞するや否やは︑この破論そ披く者の阿川越であらねばならない︒

よっ

てム

寸も

この

課題のもとに︑特に菩提心論について考察したいと思うのである︒

明惑によれば︑型浮一一門の相違は︑所起の行業についての問題であって︑市起の心髄︑即ち菩提心に於ては︑二門 共に 強口 同時 出換 を希 求す る心 であ るか ら︑

その心曜に別選はないとするのである︒

守山 惟邪 輪﹂ の衣 の問 答稗 はよ くこ の

義を示している

まづ﹁聖遁研土一門の菩提心に於て︑所起の行業巳に別なり︒能起の苦闘叩心何ぞ差別なからむや﹂と問い︑之に答

えて﹁所起の行不川なりと雌も︑心に約すればはじく廷れ菩提担架を希求す︑其の心開更に来別なし︒︵中略︶足の故

に油土門の人師善導・遁紳等皆無上菩提心を以て正困となし︑全く別の膿性を出さず︑彼の解明伴の中に説くが如し﹂

︵ 出世 上

一O

左︶ と述 べて いる

しかし菩提心についての諸宗の解稗に不同があるから︑その数文に執する人は定めて

異義を存するであろうと設問して﹁若し不同の文あらば︑是れ漫深の不同となす︒韓性に差異あるに非ず︒己に︹菩

提心は︺法無我卒等の心と云ふ︵離相論︶︒何の大乗宗か法戎不一や等の義を立てむや︒雷に知るべし諸宗の浅深は

印ち此の無我義の洩深の差別なりし

一一右︶と答えている︒更に﹁若し洩深の異ありと許さば︑己に不同の義

を成ず︑伺ぞ一瞳と云ふや﹂と設問し︑﹁海水一味なりと雄も浅深の不同あるが如し︒菩提心の瞳は一味の水の如

し︑行相の差別は洩深不同なるが如し︒若し教文の洩深に依て差異ありと執せば︑諾教の悌果も浅深差別せり︒悌田ポ

の瞳に差別ありとやせむし︵同上︶と巧な警を以て之を説明しているGかく聖母二門の相違は所起の行についてのこと

で能起の菩提心に差別がないとすれば︑明恵はその菩提心の輔について如同に説明するのであろうか︒

﹁擢邪輪﹄に於ては︑世親の﹁悌性論﹄や龍樹の﹃菩提心離相論﹄に基いてこのことを論じているから︑此に比ニか

説明を加えながら其の所論を見ることにする︒

﹃忌

禿紗

﹄の

問題

と﹃

擁邪

輪﹄

の所

﹃愚

禿紗

﹄の

問題

と﹃

擢邪

輪﹄

の所

先づ﹃悌性論﹂に基いて述べている所から述べよう︒同論には悌果を得る因を三つに分けて︑臨得因︑加行困︑国

満因の三種を立てているが︑臆得因とは二空所願の異如であると説明している︒そして加行因とは菩提心であり︑闘

満因とは加行であると説くのである︒そこで明恵はこの三因に於て︑若し加行困である菩提心の因牲に差別がある

ならば︑躍得因︑固漏因も亦差別があろう︒ところで臆得因とは二空所願の異如︑国満因とは十波羅蜜等の加行であ

る︒これにどうして差別があろう︒のみならず﹁菩提心とは自性空を義となす︑空法は差別あることなきなり﹂

援 邪輪

︑岩 上︑ 九左

︶と 蹄結 する ので ある

次に﹁菩提心離相諭﹄に基いて述べている所を述︑へょう︒己に本論の忠目が示しているように︑本論は菩提心の瞳

性無相の義を説くもので︑﹁菩提心は一切牲を離る﹂と説き︑然る所以を説明して﹁誼魔界は諸の取捨の法を離れ

て無我卒等なり︒白心は本来不生なり︒自性空なるが故に﹂と述べているが︑明恵は之を解揮して︑

﹁此 は大 衆に 約

して菩捉心の曜を説く︑法無我の理と相躍する心︑此を指して菩提心と云ふ﹂

︵擦

邪輪

︑谷

土︑

九左

と述

︑へ

︑菩

提心

の膿差別なしと師結するのである︒

以上は﹃擢邪輪﹄に述る菩捉心の瞳性についての所論の大要であるが︑一史に﹃荘最記﹄に於ては其の初に﹁菩提心

決中主口捉心瞳性義﹂と椋出して︑特に菩捉心の酷無主別の義を論じているので︑衣にその所論の大要について述るこ

L

する

﹃荘厳記﹄に於ては菩提心の憾について﹃擢邪輪﹄に述へた所を要約して﹁今﹃本輸﹄の文総じて二章あって菩提

心の二瞳を山川す﹂と述べ︑その一は﹁菩摂心の営鴨々が出す︑即ち大岡六りしとし︑叉その一は﹁賓件醐闘を出す︑卸ふり

空異如なり﹂とする︒そして﹁諸説の中に於て︑此の二韓を出す者は︑諸門不同なりと雄も二聞か︶出でずQ

一は 有馬

盟︑印ち大願なり︒二は無局盟︑即ち第一義空性なり︒此の二健は二にして不二なり︒謂く第一義に順ずる心を大願

と名くa

此の 大一 織の 性そ 第一

との

﹁汝 が新 制心 は第 一義 に噴 ぜず

︑以

と﹁選

て︑而も欣求静土の心を強調することを難話しているのであるG

さで

a一醐艇な出して盤盤々を大識とし︑貫性鰹を夜奨郊とすることは︑

吋州

開性

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や﹃ 普制 誠心 隣相 論﹄

によって立論するのであるが︑今時か説明を加えて其の所織な考察すること与する︒

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は問問ち無潟の知閣を以て欝と

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︑後 の一

ハ加行附・盟議凶﹀は制約ち有誌の額行かい以て髄となすなりいの文によって

ウハ 接行 困︶

々で

大離であり︑有鳥鵠であるとするのであり︑一つ︵蕗待闘﹀は震性睡でみつて︑知程︑即ち第で無億欝で

ふるとするのLか畿怨牲に頭︑する心が大尉であるからのこ鰻はしで︑この大阪の較は

あ る

の一

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のであるが︑此に興味あることは︑この菩提心の轄を民恵は

論﹄によって詩静心とすること℃あるcそれ誌に如来織の畿な麿設して五機知如来菰説を立てLいるが︑そ

の自性議静織の畿を説いて

一切

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此の牲に隠顕する宏則お名けて内と正にして

ず ︑

の理に還準するなば︑関ち名け是れ邪にして正に非ず︑名けて染濁とな

︑明 惑は 誌の 文を 山引 いて

に自性議母親の大著挺心を捨てたり︒

れ邪にしにして清揮外にして

鶴︑ ら外 道と する なり

︵荘厳説︑況お1左︶と難詰

しているのである︒

次に質性種を第ことは︑其の語は正しくは吋難結論﹄にのである︒明恵の吋梯性議﹄に

いて

持牲 に配 して 一一 一国 を詮 くが 故に 立く 事理

﹃離 相裁 いは 自に 窓口 提心 の

︑若し菩振を愛幾すれば是のして等し

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