と御文にあそばされたり﹂等とある︒
之を見るに患の一念に一切の煩強が滑援することを明かす︑之杢く傍智不思議の然からしめたまうものなることを
知るc
この 主に 尚ほ 起る 煩悩 はあ れど も無 き分 にし て︵
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汰無盆ならノ︶と巌誠喰られている︒ぞれ故山加議機智の一念に一切の煩機法治滅するのであって︑その上の最州国は頃r 蝿
としての力用を失して︑あれども無きが努き存在にして︑往生害土の葬害とはならぬのである3
それ 故不 断煩 脳陣 得浬
紫とは何等矛遺するものではなく︑縫って燕拐な煩憾と解轄するに持等の支障を来たすものではない︒然らば不了悌
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菩薩たり得ること辻︑梯智のみのよくする摂℃あるω明信悌智の一念に一切の閣制刊を断じ︑正定楽に往すると全く同
一である︒援回選紡と云い興諸如来等と云うは之がためである9
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ザ︺とによってのみ無関設不ア沸劉の疑
惑とする見方が許さるLのではなからうか︒それは更に衣の問題を解明することによって一層明瞭となるであちう︒
﹃正信偏﹄に﹁己能雄破無明闇貧愛損惜之雲霧﹂等とあるQこの無明を如何に解稗するかと云う事が今の問題を解
決する重大なる鍵となる︒今云う貧愛唄惜の雲霧とは信後の吾々の上に尚且つ叢起する煩悩にして︑宗祖は常にこの
寝室慣の二つを以て表現せられている︒コ多文意﹄昨計に﹁無明煩悩われらがみにみち︿欲もおほく︑いか
りはらだち︑そねみねたむこLろおほくひまなくして︑臨終の一念にいたるまでとLまらずきえずと水火二河のたと
へにあらはれたり﹂とあり︑煩悩をあらはすに二河喰を指摘せられている︒水火の二河は云うまでもなく貧輯の二つ
である︒このこ河除の中に苦言﹁衆生貧唄煩悩中能生清揮願往生心﹂︵散善義一計一︶と云い︑何れも貧棋の二つを以
て煩悩を代表せしめている︒而して今この場合何故愚痴を出されなかったかと云うことである︑之は恐らく無明を以
て愚痴にかえられたものと思はれる︒同となればこの無明は前述の如き車なる煩悩としてのみでは通れ念い︒既に貧
慣の雲霧が信後に於ける煩悩として表現せられであれば︑無明閣は衣下の明無闇に相封し︑根本煩悩を意味するもの
であらねばならぬ︒郎ち愚痴無明を意味する︒障って﹁己能雄破無明闇﹂とは根本無明たる愚痴無明を打ち破ると雄
もと云う事であり︑この愚痴無明は不了悌智の疑惑に相嘗する︒信の一念に悌智満入し疑惑心は忽ちにして消滅し︑
掻取心光常照護の身となる︒然れども尚ほ枝末無明たる貧唄煩悩が生起し︑異質信心の天を覆うと雄も︑
一度 根本 無
明卸ち不了悌智の疑惑の断滅せられたる以上は︑煩悩はあれども無き分にして往生の障りとはならず︒斯く解轄する
ことにより今の無明は聖道に云う根本無別たる愚痴無明にして︑この愚痴無明に相却して不了僻智の疑惑を窺はんと
するものである︒斯く窺うことにより聖教の異意を汲み取って行かんとしたるが先輩苦心の跡であり︑之を以て真宗
別途の無明轄義となしたものと思はれる︒斯様に考うることが許されないであらうか︒
疑・
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すのであるα斯援に主張する一部論者が今日渇ほ現存しているG
之に 謝し て制 御ム ザ︿ の出 馬賞 心は 自利 同県 費心 にし て利 他異 質心 にあ らず と一 五い
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︑現存する御文の間同本を検するに︑東本願守離蓮師櫛其瞭一や綬名本にはば友人
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ているものもあり必ずしも一織すべきではないが弓間れにしても蓮婦の掛異議本に﹁同県賀信心﹂とある以上︑こLに於
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︑心 一法 凡夫 自利 の異 質心 には 非ず して
︑如 来利 他の 異質 信︑ むと 晃ね ばな らぬ
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しかれば今の合還は宝く不首に
してこの疑鰐を解決する何等の力にもならぬ︒
然ればこの間離は韓間一命生の化事会翠つ必饗あり︑即ち吋御文どの叫んに
の蹴 に止 ない て一 切の 問題 人女 人そ
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;んをこいへる闘ををこしたえるなれどと一瓦い︑同四駄に⁝一︑均一初心宏えた予口をりをばいく
にたづねて安心をば治定すべし︑一定聴器してはかならずあやまりおるべきなり︸と一五い︑更に間四臥に﹁一︑もと
より我安心のをもむきいまだ決定せしむる分もなきあひだ︑その不審ないたすべきところに心中につ﹀みて︑ありの
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一一盟問書一の文もよく之を窺う時︑最初に欝怠者を撃︑げて﹁ときん\欝怠することあるとも﹂と云い︑茨に﹁往生す
まじきかと疑い歎くことあるものあるべし﹂とあるは未決定の疑歎替を出されたものにして︑決して岳心の行者を指
不せられたものではない︒他力倍心つ焼の蟻ることは考へいことマあり
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身のほどをほからふに︑罪障のつもることはおぼく喜心のおこることはすくなし乃歪むなしく身を卑下して︑こkAろ である︒部ち﹃和語灯﹄やがて本