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役割分担のタイプに反映されていない夫妻間の交渉・調整

第四章 子どもが生まれるまで家事分担

2.3 役割分担のタイプに反映されていない夫妻間の交渉・調整

もう一つの可能性は、役割分担が変ったものの、役割分担のタイプの変化に反映するほど には、大きく変わっていないことである。D カップルの場合、妻が妊娠してから夫は掃除を担 当するようになった。ただしそれはかつて掃除を「手伝う」程度の夫の分担が、掃除を 100%

するようになるだけで、主となる家事役割である料理、掃除、洗濯のうちの、半分以上は妻が 担っており、家事役割が妻中心になされる意味で、夫妻の役割分担のタイプは変わらない。

J-D 妻:「子どもを妊娠したのをきっかけに、旦那さんが私に気遣ってやってくれて いたんですね。掃除が、100%旦那さんがやるようになった感じで、私も掃除機かける とかはやっていましたけど、妊娠して甘えるようになって」。「料理は私で。…洗濯は 二日に一回ぐらいやって。帰宅したらまず洗濯機を回して、ご飯を食べたらどっかの タイミングで干し出す」。

J-D 夫:「互いに得意なことをしているから、妻は料理が得意なので(妻が料理す る)」。

さらに、第 1 節の議論で、家事スキルそのものが夫妻の分担しうる家事の範囲を制限する と述べたが、V カップルは妻の妊娠、そして妊娠した後の妻の体調変化を機に夫に料理を教え たことを語っている。

C-V 妻:「妊娠するときは、つわりで、匂いがダメになって。食材の買出しもダメ で、生鮮市場の匂いとかがね。そうしたら私が(市場の)外で待って、お父さんが買い に行って」、「(料理についても)ちゃんと今のチャンスでしっかり勉強しなさいよっ て、言って。私が作るからちゃんと見ていてねって。(夫に料理を)教えていくうちに (夫が)うまくできるようになったね」、「お父さんは何もできなかったけど、教えたら 私より上手にできるときもあって、『(調理)特訓』が終わったらお父さんも一人前に なって料理ができるようになったね」。

C-V 夫:「最初は一緒に買い物に行って、妻が料理を作っている間に私が掃除するみ たいな(感じで分担していた)。でも妻が妊娠した時に、油とか料理の煙がダメで、し かもそれは(妻の身体に)よくないから。でも私は料理ができないから、妻に教えても らっていた。最初は妻に下ごしらえをしてくれて、私がだんだん学んでいく感じで、

最初は蒸したりして一番簡単な方法を使って、とりあえず食材を、食べても人が死な ない程度に調理すると、そこからだんだん炒めたりとかも学ぶようになって」。

V カップルは元々夫妻分担の形で家事を分かち合っている。妻が夫に料理を教えることは、

子どもが生まれた後の状況を予想し、その後の分担が平等であり続けるようにするための準 備である。

3.子どもが生まれる前の役割分担と調整

以上、第 1 節では、子どもが生れる前の夫妻の家事遂行は繰延可能であり、夫や妻の自由 裁量でなされ、さらに外食などの代替も行われていることを明らかにした。第 2 節では、子 どもが生まれる前の家事分担が主にどのような要因によって決められ、どのように調整され ていたかを検討した。家事分担の主な規定要因として夫やから語られるのは、家事スキル、

時間、分担意識であり、これら三つの要因が複合的に作用することもある。一方、妻の妊娠 や夫の仕事の関係で家事分担が再び変わることもある。ただし、結婚・同居時点で夫妻分担 であったカップルと比べ、家事が妻に偏るカップルのほうがその後も役割分担を調整してい なかったり、妻が夫分担を促そうとしても失敗したりすることがある。この節では、夫と妻 が役割分担・調整する際に、明らかな交渉の有無に着目し、権力の観点から考察する。

第 2 節の 2.1 の整理では、夫と妻は結婚・同居した時点で家事分担をどう決めるかについ て、話し合うことなく、各々の自己裁量で遂行している様子が分かる。互いの勤務時間や家 事スキルをある程度把握しており、家事を分担すべきだという意識を持つ人が自ら家事を引 き受けている様子も夫や妻の語りから見える。結婚して共に暮らすことは、自分の暮らし方 を調整しつつ、互いの暮らし方に慣れていくプロセスでもある。そのため、結婚初期の家事 分担を長く続けることなく、再び調整されることが多い。

結婚・同居から子どもが生まれるまでの間に注目すると、調査に協力してくれたカップル はこの時期に明らかな交渉をする頻度が相対的に高い。ここでいう明らかな交渉とは、夫や 妻が口に出す形で家事の分担について相手と話し合い、場合によってケンカまですることで ある。交渉の結果はどうであれ、相手に話を持ち掛けること自体を、顕在的権力の作用とし て捉えることができる。夫や妻は、「現在」の状況を踏まえ、家事分担について相手に自分 の意思通りに行動してもらおうとしている。典型的な事例は F カップルである。妻は妊娠し てから体調や気分が変わるのに伴って夫の分担を促してきた。なんでも気になることを言葉 にしてそれを改善しようとしている妻の働きかけで、夫の分担が進むようになった。

さらにそこでは V カップルのように、妻が夫の分担を促す前に、まず夫の家事スキルを上 げようとする(料理を教え)こともある。本研究では役割分担の交渉・調整において、資源や 規範などを駆使・組織する力を権力として捉えている。V カップルの場合、妻が「夫は料理 ができない」という要因をそのまま受け止めるではなく、その要因自体を変えることで将来 の夫の料理分担を可能にしていた。また、「夫妻分担」という家事役割の分担を実現してい るカップルでは、例えば H カップルのように平日夫の勤務時間が長くても、夫が休日に料理 を引き受けるなど、埋め合わせをする形で「夫妻分担」を維持しようとしていた。つまり夫 妻の役割分担はいくつかの要因に規定されるものの、そこに調整の余地は残されている。し かしその調整がどこまでできるかは、夫や妻の権力――自分が目的とする役割分担の状態に 至るまで、資源や規範などを駆使・組織する力――による。

実際のところ、交渉して夫妻の分担割合が上がるカップルがいる一方で、交渉して役割分 担を調整することに失敗することもある。A 妻や J 妻は、夫の分担を促そうと働きかけたも のの、ケンカになったり夫に分担を拒否されたりすることで、その後は夫妻間の明らかな交 渉がなくなってしまう。

この時期では明らかな交渉を通して顕在的権力が把握される一方、潜在的権力、不可視的 権力が存在しないというわけではない。A 妻や J 妻は何回も交渉に失敗していくうちに、だ んだん夫の分担を求めなくなり、夫妻間では明らかな交渉も見られなくなる。また、X カッ プルや S カップルなど、夫の仕事が忙しくなったり、妻が妊娠することで専業主婦になった りする場合、夫妻間の在宅時間差がさらに大きくなる。この圧倒的な時間資源の格差を目の 前にして妻たちは、夫に分担を求めようとしても自分の意思通りにならないだろうと判断し て交渉しなくなる。

さらにここで興味深いのは、夫妻双方に話を聞いたところ、そもそも夫妻の認識や役割分 担の捉え方にズレがあるために交渉に至らなかったことが分かった。先行研究において、夫 は妻より自分の分担を高く評価する傾向が指摘されている(鈴木他 2019)。本研究の調査にお いても、家事分担の少ない方が自分の分担している部分を中心に説明し、家事分担の多い方 が相手の分担がなぜ少ないかを説明している。例えば結婚・同居時点で夫は皿洗いと掃除の 一部しか分担していない W カップルの夫妻からは、次のような話があった。

C-W 夫:「その時は妻が料理作りで私が皿洗い。どうせやることがないから、妻にそ ういう(分担の)話を持ちかけられたらすぐ認めたよ。考えたらそうだろう、夫妻っ て、家事を分担するもんだから」。

C-W 妻:「当時も私が料理を作っていて、家事は、夫はあまりやらないのかなぁ。帰 ったら疲れていたようで、とりあえず休みたがりそうな」、「洗濯は洗濯機を使って (私が)やるし、夫は手を出さないし、掃除とかは大掃除の時一緒にやることもあるけ ど」。

夫の立場から考えると、自分は「夫妻って分担するもんだ」と意識しており、しかも妻に分 担を求められたらすぐ同意したのだから、自分は十分よく分担しているという自己評価にな る。そのため、それ以上分担を調整して自分がより多く引き受けようとは思わなくなる。一 方妻は「夫が疲れている」と推測し、自分が一人でできるなら夫の分担を求めないようにし ている。夫妻間では分担に関する交渉も行われず、実際に分担を調整することもないのは、

そうした夫妻の捉え方のズレによって生じる。しかし、こうした状態は必ずしも夫も妻も無 意識のままで辿り着いたわけではなく、どちらかが意図的に家事分担を回避しようとするこ ともありうる。

Z カップルは結婚・同居の時点から妻がすべての家事を担っていた。これまで整理したよう に、妻は自分の家事が上手で、実家で暮らすほかの女の子と比べて優秀だと主張している。

それでも疲れている時に夫の分担を求めていたが、夫は「もたもたしてやってくれない」と 妻が説明していた。

C-Z 妻:「家事は全部私なんだけど、でも疲れた時は彼に『やって』って言うことも ある。しかしね、『やらない』と(夫が)言うわけではないけど、すごくもたもたする し、ぜんぜん動いてくれないし。それで私も怒るよね。でも腹が立ってもしかたない よね。男って、もたもたするもんなんだから」。