第五章 子どもが生まれた後の家庭役割分担とその変化
2.1 夜間の対応
2.役割項目から見る夫妻の育児分担
本調査のなかで協力者たちは、子どもが生まれてから「自然に」妻がかかわることの始ま りを、妻の出産休業(以下「産休」)の取得と関連して説明している。しかしそこに一つの矛盾 が見られる。それは出産した妻が自らの体調回復のために利用した産休であるにもかかわら ず、休んで家にいる妻が夫と比べて長く家にいる分、子どものニーズに直面して子どもの世 話をしなければならない、という矛盾した構造である。
これに関して D 夫の語りは典型的である。
J-D 夫:「(妻の)体もね、産前産後けっこう大変だし、肉体的にもつらいし、体力的 にも落ちるから、女性が当然休むのが必要だし。(でも)合わせて男性も(休暇)取るか というのがね、女性が休むのはそうだねって思うから、男性もやすむというと、実際 は(出産付添休暇)取りにくいと思うね」、「(だから出産付添休暇も育休も)妻に任せ て、そっちが取ってくれたので、私が取らずに済むので、妻に甘えて」。
子どもが生れて、夫妻ともに休めたら当然いいことだが、子どもの誕生で家庭の出費が増 える点で稼得役割も誰かが担わないといけない状況も見逃せない。夫妻の稼得役割の遂行に ついて次章で検討するが、この節ではまず、子どもが生れ、成長していくなかで現れる育児 役割を、具体的な項目を例示して夫妻の分担・調整を検討する。
ここでは、子どもが生まれることで新たに増える育児役割の事例として、「夜間の対応」、
「送迎」、「急病/急用の対応」という三つの項目を取り上げて検討を進める。三つの項目はい ずれも子どもが成長していく異なる段階に現れてくる役割の項目であり、その繰延不能と不 可避的な性格により、場合によって夫や妻の稼得役割にまで影響を及ぼす育児役割でもある。
うようになったカップルもいる。
J-G 妻:「上の子が、夜泣きがすごかったので、大変だと思ったけど、その時旦那も 起きて、抱っこして寝かしつけをしてくれたので、私だけが夜中に起きるではなく、
旦那も夜一緒に起きてもらう感じで。(それは)最初から(そう)でした。こっちから特 に言ったわけでもなく、(夫が)目覚めて、『どうしたの』って言う感じで、寝かしつ けをしてくれて、ほかのこともいろいろしてくれたね。すごい、やってくれました ね。オムツ替えもできるし。最初はやり方を教えたけど、すぐできるようになって。
(起きて)オムツが重いと気付いたら自分で替えてくれるようにしていましたね」。 ここで G 妻は「こっちから特に言ったわけでもなく」と述べている。つまり妻は明らかな 交渉で夫の分担を促したわけではなく、そこに顕在的権力もないが、夫の分担が進んできた。
G 夫の話を確認したところ、その原因はそれまで夫があまり家庭役割を分担していなかった のは「(私が)疲れた意味で、妻が多くやっていましたね」であった。しかし夜間の対応によっ て妻はたとえ当時離職して専業主婦であったとしても休めず、自分がそれまで主張し続けて きた「疲れ」が通用しなくなったからである。
J-G 夫:「(子どもが生まれた後も仕事の)疲れとかあったけど、夜泣きとかするじゃ ないですか。向こうも寝ていないと思って、自分の疲れとかそういうことを言ってい られないと思って。夜泣きだしたら一緒に起きてあやしたりとか(する)。」
G 妻の話で分かるように、育児役割は例えば夜子どもが泣きだしたらすぐ何らかの対応を しなければならない点で、家事と違って繰延が不可能であり、誰かが対応しないと大変なこ とになる恐れがある。こうした緊張感のなかで、妻たちにとって夜間の対応は非常に大変な ことであり、夫に分担を求めることもある。例えば B 妻は夫に指示を出すことで、授乳以外 の対応を夫に任せていた。
J-B 妻:「私はちょっとでも何かあったらすぐ起きちゃうけど、夫はぜんぜん起こさ れたりしないので。最初は全部(私が)やっていたけど、だんだんしんどくなって、夜 中に夫を起こして『オムツ替えて』とか言ったよね、夜中がしんどくてね」。 J-B 夫:「おっぱいとかは(お母さんで)やるけど、オムツは私が替えますね」。
しかし、それでも夫が起きないときは、夫の協力を得ることが難しい。これに関しても夫 妻の回答にズレが見られる。
J-F 妻:「すごくやさしくていい夫なんだけど、夜はダメで。寝ているときは動かな い、ぜんぜん起きない。どんなに息子がゲロゲロしていようがぜんぜん起きない。三 人で寝ていても、ぜんぜん、(私に)蹴られても起きない。(夫の)睡眠はやばいと思 う」。
妻は夫が「蹴られても起きない」熟睡すると話しているのに対して、夫は自分が子どもの 夜泣きなどに関わっていなかったことを妻の気遣いとして捉えている。
J-F 夫:「夜泣きも嫁が対応していましたね。一人目の時、最初の時は嫁が別の部屋 で子どもと寝ていて、半年ぐらい別々で寝ていましたね。夜泣きはほぼ嫁ですね」、
「それは相談というか、嫁が仕事大変だろうねって気を遣ってくれて」。
夫妻双方から語られた事実を合わせると、F カップルは子どもが生まれて最初の頃は別々 で寝ていたが、その後三人一緒に寝るようになった。それで夜に妻は夫の協力を求めようと していたが、夫が起きなくて諦めたことが分かる。一方、F 夫の勤務時間は妻より長く、仕事 が確かに大変だという現実を前に、F 妻が昼間に改めて夫の分担を促していなかったことは
「妻の気遣い」として理解できるかもしれない。いずれにしても、こうして妻の「蹴られても 起きない」という捉え方と、夫の「妻の気遣い」という捉え方のズレは、同じ事柄に関しても 夫妻それぞれの理解に相違があると示している。そしてこの異なる捉え方が夫妻の交渉と役 割分担の調整の有無にも反映される。
以上「夜間の対応」に着目して見ると、生物的に代替の利かないと思われる役割があると 言っても、ミルクの用意やオムツ替え、寝かしつけなどは男性であっても学んで日々練習し ていくことによってスキルを習得することができる。一方、夫妻間では明らかな交渉がない と互いの認識を確認したり共有したりすることのないまま、役割分担が調整されなくなる可 能性がある。