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三具:妻の就労と夫婦関係

第三章 権力という観点と分析方法

2.4 三具:妻の就労と夫婦関係

夫妻それぞれに別席で調査する必要性を意識し、かつ「顕在的権力・潜在的権力・不可視的 権力」のそれぞれを操作可能な形で捉える方法の提起を試みたのは三具(2007、2018)の研究 である。

三具は妻の就労によって夫妻関係がどのように変化するかを明らかにするため、権力論、

ジェンダー、ならびに時間軸で動的に夫妻関係を捉えるという三つの分析視点を用いた(三具 2018:46-59)。第 1 子の出産を控える夫妻双方に別席のインタビュー調査を行った、また、離 職を経験して再就職した女性たち(妻のみ)にも聞き取り調査を実施している31

子どもが生まれた後の、妻の就労状況の予定に関して、三具(2007)は「妻の就業決定プロ セスにおける権力作用」を Komter(1989)の枠組を用いて把握した。三具は夫妻関係を把握す るのに当然夫妻のペアデータが必要であると指摘し、同時に Komter(1989)の分析枠組は現実 分析のための有効な方法を示していないと批判した。そのため三具は合計 23 組の夫妻双方に インタビューを実施し、第 1 子が生まれた後の妻の就業継続等の行動を決定する過程を分析 する際、次のような方法を用いた。

まず顕在的権力について、三具はそこに「観察可能な対立」が存在すると考えている。この

「対立」は潜在的権力や不可視的権力32においては見られないため、その二つと顕在的権力と 区分するポイントである。一方潜在的権力と不可視的権力の決定的な違いは、不満の存在如 何による(三具 2007:312)。対立が現れないが不満が残る場合に潜在的権力を把握し、不可 視的権力を「主観的選好」で説明した。

このような方法を用いて出産後の妻の就労の決定プロセスを分析したところ、観察可能な 対立が報告されなかったため、顕在的権力は作用していないと判断された。これは善積他 (2004)が見出した日本の特徴とも一致しており、したがって議論の焦点は潜在的権力と不可 視的権力にあった。潜在的権力に関して、不満は必ずしも配偶者に対するものではなく、労 働環境や育児環境など夫妻の努力で克服できない制度的な障壁が存在すると指摘された。そ して不可視的権力はジェンダー・イデオロギー以外に、夫妻間の収入差や家事スキルの差が 示唆された。これについて労働市場の構造は家庭の実践を規定する構造でもあると指摘した ことが重要である(山根 2010:183)。

第 1 子が生まれた後に離職を予定する女性がほとんどであるにもかかわらず、不満すら思 わない当事者が多い。これについてジェンダー・イデオロギーの浸透、そして女性の離職は 男性が離職しないことを前提に行われた「一見自由な選択」に過ぎないと三具が指摘した。

「妻の一見自由な選択は、はじめに夫の仕事は変わらないということが決った後の、残余部 分でなされるのに過ぎないのである。…妻の『自由な選択』という言葉とは裏腹に、夫側の決 定から起こる必然的な結果でしかないだろう」(三具 2007:322)。

三具(2018)では、女性のみを対象にもう一つのインタビュー調査が実施されている。離職

31 三具(2018:60-61)の質的調査は二つに分かれている。第 1 子の出産を控える夫妻双方に 対しては「出産後の就業に関するカップル調査」であり、離職を経験して再就職した女性た ちへの調査は「女性のセカンドチャンスと夫婦関係調査」である。それぞれの調査対象は異 なる。

32 三具(2007)は不可視的権力を「目に見えない権力」と訳している。

したことによる夫妻関係の変容、そして再就職に伴う夫妻関係の再編が妻の視点から描かれ ている。妻は潜在的権力、不可視的権力の作用に晒され、労働市場から退出させられるメカ ニズムが浮かび上がる一方、離職によって夫と非対等になることを意識させられ、再就職す るために家庭と仕事の二重役割を担わざるを得えないことも明らかになった。「夫婦関係が 過去の夫婦関係に再帰的に規定されるもの」(三具 2018:222)である。過去に就労することで 夫と対等な関係を実現できたと認識する妻にとって、夫と対等と思えない関係の継続は苦痛 である。それを解消するためには夫妻関係に終止符を打つか、再就職によって再び夫と対等 な関係を手に入れる必要がある。

こうした三具の時間軸に沿った動的に夫妻関係を捉える視点がとても興味深い。しかし三 具の調査設計では次のような課題が残る。まず夫妻双方を対象とした三具(2007)の研究は、

第 1 子の出産を控える時点での、子どもが生まれた後の妻の就労継続に関する決定を調べて いる。しかしそこで夫妻間の観察可能な対立がないどころか、不満すら思わない夫妻が少な からずいる。これに対して三具は「結婚に至るまでには、漠然とではあってもお互いのライ フデザインを確認し、さらにそれを受け入れるプロセスがある。…したがって、結婚に至っ たカップルにおいては、ライフデザインの大筋に関して二人の間に意見の相違があるために どちらかが不満を抱えるという『潜在的権力』の成立条件自体が前もって排除されているこ とが推察できる」(三具 2007:313)と説明している。この説明によれば、結婚時点から妻は夫 に養ってもらって暮らしていくから夫に仕事を変えさせないという「妻の決定」が、三具が 指摘する「(就労継続に関する)妻の一見自由な選択は夫の仕事が変わらないという決定の残 余部分でなされる」なかの「夫の決定」よりも早く行われる可能性が考えられる。妻の就労決 定と夫の就労決定が大きく関連しているのであれば、夫の就労決定がどのようになされるか も議論する必要がある。にもかかわらず、三具(2007)の調査設計は夫妻ペアのデータを集め たものの、妻の就労決定に焦点を当てており、三具(2018)にあるもう一つの調査は、そもそ も夫が調査対象ではない点で、限界がある。

以上、権力の観点を用いた役割分担研究を整理してきた。ジェンダー化された社会構造と 関連付けて行われる権力研究は、例えば Komter(1989)の研究のように夫妻双方を調査対象に したものの、女性だけを権力の受け手や抑圧される側として描く傾向がある。この傾向は調 査フィールドの社会文化や規範の背景と関連する可能性がある。相対的に男女平等規範が浸 透したスウェーデンで行われた Ahrne&Roman(1997=2001)の研究は、女性であっても平等規 範と収入や学歴といった資源を利用することで、自分により有利なジェンダー契約にたどり 着くことができる可能性を示した。一方、日本とスウェーデンの比較研究などにおいても明 らかにされた通り、夫妻間の権力は資源格差によってのみ決定されるものではなく、ジェン ダー規範に基づく不可視的権力や全体社会の男性支配構造によって維持されている(善積・高 橋 2000)。そのため役割分担を平等に分担している「平等主義」タイプのカップルであっても、

つねにジェンダー秩序のベクトルと対抗しなければならない(舩橋 2006)。したがって最も観 察・把握されやすい顕在的権力よりも、水面下にある潜在的権力やジェンダー・イデオロギ ー、社会構造と関連する不可視的権力に注目して議論する必要があり、なおそれは動態的な

プロセスのなかで検討されなければならない (三具 2007、2018)。このような知見を踏まえ、

次節では本研究の分析枠組と視点を説明する。

3.本研究の分析視点

本研究の分析視点を提示するのに先立ち、本研究でいう権力とは何かを明らかにしておき たい。これまで整理してきたように、主に資源に着目する研究は、二者関係においてより多 くの資源を持つほうがより大きな権力を持つことになると説明している。これに対してジェ ンダーの観点を取り入れた研究は、交渉する際に女性の不利な立場に着目している。権力が 資源のみに規定されるわけではなく、ジェンダー構造や規範といったマクロレベルにある権 力により、ミクロレベルで女性が資源を持っていても自分の思い通りに資源を駆使すること ができないと指摘している。これは伝統的な性別分業を代表とする社会のジェンダー化され た構造によるものである。またその一側面として、スウェーデンにおける研究では、女性が 男女平等規範と学歴・収入などの資源を拠り所にして、交渉によって自分に有利な状態を実 現する可能性も示されている。

本研究の調査フィールドである中国と日本は、第 2 章で述べたように、現在は伝統的な性 別分業規範と男女平等規範が共存している。本研究の調査対象である共働きカップルは、夫 妻間の資源格差が縮小しつつ、夫も妻もアクセス可能な資源が増えている。つまり、夫妻が 役割分担を通して家庭生活を組織する方法がもはや自明のものではなくなり、夫妻間の交渉・

調整によって変化する余地が生まれてくる。また、夫妻の結婚・同居、第 1 子の誕生・成長 といったライフ・イベントに合わせて、役割分担が動態的に変化することも考えられる。そ のため本研究では権力を、「役割分担の交渉・調整において、資源や規範などを駆使・組織す る力」として捉える。こうした権力作用をともなって夫と妻はそれぞれ、役割の分担と調整 をどのようにしていくのか、分担・調整が子どもの誕生によってどのように影響されるか、

これらについて次章から分析する。

分析する際に採用するのは「顕在的権力・潜在的権力・不可視的権力」という枠組である。

第 2 節によると、Lukes(1955=1974)が権力作用の三つの次元を理論的に整理し、それを実証 分析の枠組として提起したのが Komter(1989)の研究である。Komter は、必ずしもすべての権 力作用が強制や抑圧といった観察可能な形で表れるとは限らないと指摘し、決定者で権力を 把握する方法は主に第 1 次元の顕在的権力を把握するものであると明らかにした。重大事項 の最終的意思決定者から権力を捉える方法は、資源格差が縮小し、協力して家庭生活を営む 夫妻の役割分担を理解するには不十分である。本研究は「顕在的権力・潜在的権力・不可視的 権力」の枠組を用いることで、無意識的に、あるいは本人が意図しない形で資源や規範など を駆使・組織するような、潜在的権力や不可視的権力の分析を可能にした。

ここで、三つの次元の権力作用を改めて確認しておきたい。顕在的権力は、夫妻間で明ら かな交渉を通して分担を決め、もしくはすでに行われている分担を調整していくときに把握 される。その際には夫や妻が交渉に成功するため、自分が用いる資源を駆使したり、特定の 規範を用いたりして相手に自分の意思通りに行動してもらうことが考えられる。これに対し て潜在的権力は、夫妻間で明らかな交渉がなされていないものの、社会一般の規範や相手に 対する認識に基づいて判断し、役割分担を調整する場合に把握される(ただし、調整後にも役 割分担が変わらないことがありうる)。最後に不可視的権力は、夫妻間で明らかな交渉もなく、

役割分担自体も調整されない場合に存在しうる。それは夫も妻も特定の形で資源や規範など