法 )
5.4 局在準位の影響
得られる移動度に対する局在準位の影響を考察した [24].また,走行時間の電界依存 性やキャパシタンスの周波数依存性から局在準位に関する知見が得られることを明ら かにする[24].
有機半導体等の不規則系半導体では,結晶半導体と異なり,連続分布する局在準位 が存在する.この様な連続分布した局在準位は,分子の双極子モーメントとキャリア との間に働くクーロン相互作用および分子間のファンデルワールス力に起因するポテ ンシャルの揺らぎで説明される[25].従って,連続分布した局在準位における輸送キャ リアのMultiple Trapping (MT) [26]を考慮して数値計算を行った.ホッピングによっ てキャリアが伝導する場合でも,選択的にキャリア伝導が起こるエネルギー準位(輸送 エネルギー)が存在し,これがバンド端と同じような働きをする[27, 28].このためホッ ピング伝導が起こっている不規則系有機半導体でもMTモデルを適用することができ る場合が多い.局在準位は有機半導体に一般的な指数関数型とした [29].なお以下で はキャリアとして電子を考えるが,正孔に対しても同様の結果を得ることができる.
Nt(E) =N0exp
(
−Ec−E kT0
)
(5.17) ここでN0は輸送エネルギーにおける局在準位密度,kはボルツマン定数,T0は局在準 位のエネルギー幅を表す特性温度である.なお連続準位は,エネルギー幅∆E=0.01 eV の100個の離散準位が輸送エネルギーから0–1 eVのエネルギー範囲に連続していると して計算した.数値計算に用いた物理量は表5.2に示す [30].St(E)はエネルギー準位 に依らず一定であるとした.
図5.7に特性温度を変化させて計算したコンダクタンスを,図5.8にキャパシタンス の周波数依存性を示す.また,図5.9にT0 = 400 Kの場合に印加電圧を変化させて計 算したキャパシタンスの周波数依存性を示す.図5.7(b)および図5.8(b)にそれぞれコ ンダクタンス,キャパシタンスの高周波側の拡大図を示すが,いずれにおいても高周波
域で走行時間効果が観測された.走行時間効果が現れている周波数域よりも高周波に なると,キャパシタンスは幾何容量と等しくなる.これは1/2周期中に自由キャリアや 局在準位から放出されたキャリアが対向電極に到達できないためである.図5.7(a)よ り特性温度が増加し,局在準位に捕獲されるキャリア密度が増加するにつれて,コン ダクタンスが減少している様子が分かる.また,同じ特性温度で見れば,低周波にな るにつれて捕獲されるキャリア密度の微小信号成分が増加するため(付録C参照),コ ンダクタンスは減少し,キャパシタンスは増加する[24, 26].
このような低周波域で現れるキャパシタンスの増加は,これまでにpoly(phenylene vinylene) (PPV) [31], tris(8-hydroxyquinoline)aluminum (Alq3) [32], 4,4’,4” -tris[N, -(3-methylphenyl)-N-phenylamino] triphenylamine (m-MTDATA) [11]等の有機EL素 子において現れ,図5.9に示したようなキャパシタンスの印加電圧依存性が報告されて
いる [11, 31, 32].これらの報告においてはこのようなキャパシタンスの低周波での増
加を,局在準位の存在を無視した単電荷注入モデルに次式のような周波数に依存する キャリア移動度を仮定することによって説明している.
µ(Ω) =µdc
[
1 +M(iΩ)1−α
]
(5.18) ここでMおよびαは分散パラメータである.
しかしながら,このような周波数に依存する移動度を仮定しなくとも,局在準位の 捕獲・放出を考慮することによってこれまでに報告されてきた低周波域におけるキャ パシタンスの増加および図5.9に示したようなキャパシタンスの印加電圧依存性を説明 できることが分かった.言い換えると,低周波域でのキャパシタンスの増加は局在準 位が存在することを示しており,式(5.18)のような周波数に依存するキャリア移動度 は禁制帯中に連続分布した局在準位が存在するためであるということになる.
図5.10に,図5.7および5.8から得た(a)−∆B,(b)ω∆Gの周波数特性を示す.いず れにおいても走行時間に対応する極大値が,特性温度の増加と共に低周波側へシフト している様子が見られる.極大値が観測されるということは移動度の決定が可能であ
測定温度 T (K) 300 有機半導体層膜厚 d (nm) 100
素子面積 S (mm2) 4
有機半導体層の比誘電率 εr 2.82 伝導帯の有効状態密度Nc (cm−3) 1020 輸送エネルギーにおける局在準位密度 N0 (cm−3eV−1) 1021
特性温度 T0 (K) 150 - 700
捕獲断面積 St (cm2) 10−15 キャリアの熱速度 vth (cm/s) 107
離脱周波数 ν (K) 1012
微視的移動度 µ(cm2/Vs) 10−5
印加直流電圧 V0 2–10
るということである.また,極大値が低周波側へシフトしている様子は,特性温度の 増加により局在準位へのキャリアの捕獲頻度が増加するためにドリフト移動度が低下 するためであり,走行時間が遅くなることに対応している.特性温度が700 Kになる
と(a)−∆B,(b)ω∆Gいずれにおいても極大値は観測されなかった.これは,局在準位
に捕獲・放出されるキャリア密度の増加によって走行時間の分散が大きくなったため に,明確な極大値が観測されなくなったためと考えられる.
10
-310
010
310
6Frequency (Hz)
10
-1210
-910
-610
-3C o n d u ct a n ce ( S )
T0
150 K 500 K 200 K 600 K 250 K 650 K 300 K 700 K 400 K
(a)
10
510
6Frequency (Hz)
0 0.5 1 1.5 2
C o n d u ct a n ce ( S )
T0150 K 250 K 200 K 300 K
(b)
図 5.7 式(5.13)–(5.17)より計算した特性温度T0の指数関数型に連続分布 した局在準位を仮定した(a)コンダクタンス.(b)(a)の高周波側の 拡大図.印加電圧は10 V.その他の計算に用いた物理量は表5.2に 示す.
10
-310
010
310
6Frequency (Hz)
10
010
310
6C a p a ci ta n ce ( n F ) T
0150 K 500 K 200 K 600 K 250 K 650 K 300 K 700 K 400 K
(a)
10
510
6Frequency (Hz)
0.8 0.9 1
C a p a ci ta n ce ( n F )
T
0150 K 200 K 250 K 300 K (b)
図 5.8 式(5.13)–(5.17)より計算した特性温度T0の指数関数型に連続分布 した局在準位を仮定した(a)キャパシタンス.(b)(a)の高周波側の 拡大図.計算に用いた物理量は図5.7と同じ.
10
210
310
4Frequency (Hz)
0.8 1 1.2
C a p a ci ta n ce ( n F )
Applied dc voltage 2 V 8 V 4 V 10 V 6 V
T
0=400 K
図 5.9 式(5.13)–(5.17)より計算した特性温度T0 = 400 Kの指数関数型に 連続分布した局在準位を仮定したキャパシタンスの周波数特性.印
加電圧は2–10 V.その他の計算に用いた物理量は表5.2に示す.
10
-110
010
110
210
310
410
510
610
7Frequency (Hz)
10
-1210
-910
-610
- ∆ B ( S )
T
0150 K 400 K 200 K 500 K 250 K 600 K 300 K 650 K
(a)
10
-110
010
110
210
310
410
510
610
7Frequency (Hz)
10
-1210
-910
-610
-310
010
3ω ∆ G ( S r a d /s )
T
0150 K 400 K 200 K 500 K 250 K 600 K 300 K 650 K
(b)
図 5.10 図5.7および5.8から得られた特性温度T0の指数関数型に連続分布 した局在準位を仮定した(a)−∆B,(b)ω∆Gの周波数特性.
図5.10(a), (b)から得られる移動度がドリフト移動度なのか,微視的移動度なのかを 考察するために,ISの数値計算と同じ物理量を用いてTOF過渡光電流波形の数値計算 を行った.ただし,実際には100 nmの膜厚の有機半導体にTOF法を適用することは できない.TOF法では,電荷注入を阻止するブロッキング電極を設けたサンドウィッ チ型試料に電圧を印加しておき,誘電緩和時間内に透明あるいは半透明電極側から試 料で強く吸収される光を短時間照射し,シート状の電荷分布を照射電極直下に生成す る.注入された電荷は電界によりドリフトし対向電極に到達する.この間に外部回路 に流れる電流を時間分解して計測することにより過渡光電流波形が得られる.キャリ アが対向電極に到達すると,過渡光電流は急激に減少する.この時間が走行時間ttで あり,ドリフト移動度µdは
µd= d2
ttV (5.19)
で与えられる.ここでdは膜厚,V は試料にかかる電圧である.有機半導体の吸収係数 はα∼10−5 cm−1であるので,光キャリアが生成される領域はおよそ100 nm程度とな る.従って,通常TOF法を行う場合は1µm以上の膜厚が必要となる.しかし,TOF 過渡光電流波形の数値計算においては光キャリアの生成領域をデルタ関数で近似する
ために100 nmの試料を仮定しても明確に走行時間を過渡光電流波形から決定すること
が可能である.計算手法については以下の通りである[33–35].
TOF過渡光電流波形を数値計算する際,単極性キャリア伝導,小信号条件 (光注入 キャリア密度が局在準位密度に比べて小さい)を仮定する.捕獲準位制限伝導理論[33]
に基づく基本方程式は電流連続の式とキャリアの捕獲・放出を表すレート方程式で次 式により与えられる [34, 35].
∂nc(x, t)
∂t = −∑m
i
∂nti(x, t)
∂t −µF∂nc(x, t)
∂x +n0δ(t)δ(x) (5.20) dnti(x, t)
dt = γcinc(x, t)−γtinti(x, t) (5.21) ここでtはパルス光照射からの経過時間,xは光照射面からの距離,ncは自由キャリ
は捕獲率,γti[=νexp(−Ei/kT)]は放出率,Ei(=i∆E)は輸送エネルギー下のi番目の 局在準位のエネルギー準位である.なお,式(5.20)中のデルタ関数δ(t)δ(x)は,t= 0 およびx= 0でのパルス光励起を反映した条件を表す.
キャリア密度nc(x, t)のラプラス変換は ˆ
nc(x, s) =
∫ ∞
0
nc(x, t) exp(−st)dt (5.22) である.式(5.20),式(5.21)をラプラス変換し,ˆnc(x, t)について解くと,
ˆ
nc(x, s) = n0 µF exp
[
−a(s)t0x L
]
(5.23) となる.但し,
t0 = d
µF (5.24)
a(s) = s
[
1 +
∑m i
γci s+γti
]
= s
[
1 +
∫ Emid
0
StvthNt(E)
s+νexp(−E/kT)dE
]
(5.25) である.ここでEmidは禁制帯中央のエネルギーである.また光電流は
I(t) = qµF d
∫ d
0
nc(x, t)dx (5.26)
で与えられる.式(5.26)をラプラス変換し,式(5.23)を代入すると I(s) =ˆ qµF
d
∫ d
0
ˆ
nc(x, t)dx
= qn0
1−exp [−a(s)t0]
a(s)t0 (5.27)
となる.式(5.27)を高速逆ラプラス変換することによりTOF過渡光電流の数値計算を 行った.
図5.11は,ISと同じ物理量を用いて計算したTOF過渡光電流波形である.ISの数 値計算結果から得られた−∆Bおよびω∆Gと同様に,特性温度が大きくなり,局在準 位への捕獲頻度が増加すると電流値が小さくなり,走行時間が遅くなっていることが 分かる.
図5.12は,図5.10から−∆B法,ω∆G法によって得られた移動度を縦軸に,図5.11 に示すTOF過渡光電流波形から得られた移動度を横軸に表したグラフである.なおIS により移動度を決定する際には,局在準位の存在を無視した単電荷注入モデルより得 られた式(5.4)および(5.8)を用いて,図5.10に示した−∆Bおよびω∆Gのピーク周 波数より走行時間を算出し,式(5.5)によって移動度に変換した.TOF過渡光電流波 形から走行時間を求める際には,局在準位の特性温度が小さく,過渡光電流波形の線 形表示で走行時間に対応する明確なキンク点が現れる非分散型伝導の場合は電流値が 1/2に減少した時間を走行時間とした.特性温度が大きくなり,線形表示でキンク点が 現れない分散型伝導の場合には,両対数表示して得られる波形の走行時間前後の2直 線の交点から走行時間を求めた.
図5.12を見ると,いずれの特性温度においてもISから得られた移動度とTOFから 得られた移動度はよく一致している.これは入力する移動度を変化させても同様であっ た.これによって局在準位分布に影響された分散型伝導であっても,局在準位の存在 を無視した単電荷注入モデルより得られた式(5.4)および(5.8)の関係が成り立つこと が分かり,これを用いてIS測定によってドリフト移動度が得られることが分かった.
10
-610
-310
0Time (s)
10
-610
-3P h o to cu rr e n t (a rb .
250 K300 K 400 K 500 K 600 K 650 K 700 K
図 5.11 特性温度T0の指数関数型に連続分布した局在準位を仮定したTOF 過渡光電流波形の計算結果.印加電圧は10 V.その他の計算に用い た物理量は表5.2に示したISの数値計算に用いた値と同様である.
10-11 10-8 10-5
µ
TOF(cm
2/Vs)
10-11 10-8 10-5
µ
IS(c m
2/V s)
-∆B method
ω∆G method T0=150 K T0=200 K
250 K T0=300 K
T0=400 K
T0=500 K
T0=600 K T0=650 K
図 5.12 特性温度T0の指数関数型に連続分布した局在準位を仮定したISお よびTOF計算結果から算出した移動度.印加電圧は10 V.その他 の計算に用いた物理量は表5.2に示す.四角は−∆B法,丸はω∆G 法による.
また指数関数型に連続分布した局在準位におけるMTモデルでは,キャリア走行時 間は,分散パラメータをα=T /T0として,次のような電界依存性を示す [26].
tt(E)∝F−1α (5.28)
つまり,ISによって得られたキャリア走行時間の電界依存性を両対数表示すれば,そ の傾きから特性温度T0を求めることができる.図5.13に数値計算によって得られた,
特性温度T0が300, 400, 500 Kの時のキャリア走行時間の電界依存性を示す.図中の三 本の直線はそれぞれ傾きが−1/αの直線である.ISによって得られたキャリア走行時 間の電界依存性から特性温度T0が再現できることが分かる.
図5.14はIS測定結果より,−∆B 法を用いて得られたLUMATIONTM Green1300
Series LEPの電子および正孔の走行時間の電界依存性である [12].図中の電子移動
度および正孔移動度はそれぞれ,電子オンリー素子 (EOD) (ITO/Green1300 Series LEP/Ca/Al)および正孔オンリー素子 (HOD) (ITO/PEDOT:PSS/Green1300 Series
LEP/Au)の測定結果から得られたものである.膜厚はそれぞれ約75 nmであるので,
上述の通りTOF法を適用して走行時間および移動度を測定することはできない.これら の直線の傾きから,電子に対する最低空準位(Lowest Unoccupied Molecular Orbital:
LUMO)側の局在準位の特性温度はT0=470 K,正孔に対する最高被占準位 (Highest
Occupied Molecular Orbital:HOMO)側の局在準位の特性温度はT0=690 Kと得られ た.Green1300 Series LEPでは,LUMO側の局在準位分布がよりエネルギー幅の狭い 分布を有するために電子移動度が正孔移動度に比べ高いと考えられる.実際,電子移動 度および正孔移動度は,電界強度4.0×105 V/cmにおいてそれぞれ1.6×10−5 cm2/Vs, 4.8×10−6 cm2/Vsであった.
なお,指数関数分布と同様に有機半導体によく見られるガウス分布の場合にも,上 述のように走行時間の電界依存性からガウス分布のエネルギー幅を求めることができ る [36].
また,図5.8に示したキャパシタンスの周波数特性より,低周波域におけるlogC–