第 4 章 触覚コンテンツ 1: 生物感
4.5 生物感の拡張
4.5.2 実験 2 :生物の印象制御
生物の多くはその体の大部分を体毛や鱗,皮膚によって覆われており,これらによる静 的な触覚情報,いわゆるテクスチャ情報は生物感提示の際に印象を大きく左右すると考え られる.実際,ペットロボットやぬいぐるみにおいて毛並みや肌触りを工夫している例が 既に多数あることからも,テクスチャ情報が持つ影響の大きさが伺い知れる.過去にテク スチャと感情の関係を調査する研究は存在する[96].しかしながら,動的な触覚提示と同時 に提示した場合に関する研究事例はほぼ存在しない.そこで,動的な生物的触覚に対して 静的なテクスチャ情報を付与し,生物感覚提示の際に受ける印象の傾向を実験によって求 める実験を行った.テクスチャは,毛や皮などの生物を模したものから,ラバー,ウレタ ンなど生物から乖離したものまで12種類を用意した.用意したテクスチャ一覧を以下に示 す.
1.47 1.27 1.07 0.87 0.67 0.47 0.27 66 118 234 538 1536 6397 60000 体重 [g]
周波数 [Hz]
58
図55 用意したテクスチャ素材
生物感提示ではテクスチャに寄らず一定の周波数(呼吸運動=1Hz)で提示した.実験は,
通常の空気圧提示を含めて 13種類のテクスチャをランダムに1回ずつ選択し,図56 のよ うにテクスチャを覆った上で装置を抱えるという状態で行い,1種類のテクスチャにつき提 示触覚から受ける印象を“あたたかい”,“やわらかい”,“とげとげしい”,“なまなましい”
といった生物を連想させる形容詞からなる30の評価項目(表4 )について1(全く生物らしく ない)から7(非常に生物らしい)までの7段階で回筓させた.実験中,被験者は閉眼し,イヤ ホンからホワイトノイズを提示することで視覚・聴覚情報を排した状態で行われた.実験 は20代の健康な男性9名について行った.
毛(長) 毛(中) 毛(短)
毛(硬) 蛇皮
ラバー 牛革
ベルベット ウレタン
芝生 エアパッキン
59
図56 実験の様子 左,テクスチャ無し 右:テクスチャ有り 表4 使用した形容詞群
実験によって得られたデータから主成分分析を行った結果を図 57 ,表 4 に示す.主成 分分析の累積寄与率は第1主成分までで67.1%,第2主成分までで81.1%である.第1主 成分においては柔らかな毛のテクスチャを付与した場合に主成分が高く,第 2 主成分にお いてはベルベットや蛇皮といった比較的ザラつきの強いテクスチャを付与した際に主成分 得点の絶対値が大きいことから,本稿では第1主成分を「柔らかさ感」,第2主成分を「ザ ラつき感」とした.
1 16
2 17
3 18
4 19
5 20
6 21
7 22
8 23
9 24
10 25
11 26
12 27
13 28
14 29
15 30
あいくるしい さみしい かわいい
なまあたたかい かよわい
あぶない よわよわしい おもしろい おそろしい とげとげしい なまなましい たのしい あたたかい
かたい やわらかい おちついた ひとなつこい うれしい
いとしい
きもちくわるい あいらしい こわい
けがらわしい したしみぶかい いかつい
つめたい
うすきみわるい
どくどくしい
おぞましい
やさしい
60
図57 主成分分析の結果1
表5 主成分分析の結果2
図57 より,テクスチャを付与した場合としない状態とで主成分得点にバラつきが生じた ことから,テクスチャの有無によって提示触覚から受ける印象が変化したと思われる.よ って,テクスチャを付与することで同じ生物感の提示であっても任意の印象を体験者に想 起させることが可能となることが示唆された.一方.ラバーや牛革など一部のテクスチャ については触覚から受ける印象がテクスチャ無しの場合と大きく変わらないという結果が 得られた.ところで,本提案手法の問題点として,2.7で述べた空気漏れ問題があり,それ
毛(短) 毛(長) 毛( 中)
毛(硬) 牛革
ベルベット 芝生
エアパッキン
ラバー 蛇皮
なし ウレタン
-10 -5 0 5 10
-10 -5 0 5 10
第 2 主成分
第1主成分
テクスチャ 毛(長) 毛(中) 毛(短) ウレタン 毛(硬)
ベルベット ラバー 牛革 なし 蛇皮 芝生
エアパッキン
-3.422966139 -3.264290918 -4.319601341 1.179433396 -4.823300645 0.565535769 -1.176896316 -0.551504092 -1.440881392 4.796646539 -1.92039419 -2.025507688 -2.224420069 1.244666232 -2.312364513 -0.188523684
第1主成分得点 第2主成分得点
8.449162091 0.182164838
6.31117878 -0.138013585
6.229125969 0.333341836
0.651357765 -2.133948643
61
に対して薄膜を用いて密閉するという対策案を提示した.しかしこの案では,膜の素材感 が生じるという問題があった.これに対し,本結果からラバーなど分析結果が空気圧の場 合と近しい素材を用いることができれば,空気圧を用いた場合とあまり印象を変えること なく手掌部とスピーカとの間の密閉性を高められる可能性がある.
以上から,4.5では提示波形の周波数を変化させることで同一の筐体であっても想起させ る生物の大きさを錯覚させることができることを示した.また,テクスチャという静的触 覚を生物感提示に付加することで,動的な触覚提示は同一のものであってもその印象を操 作できることを示し,全体として触覚刺激の制御による幅広い生物感提示の可能性を示し た.