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広帯域性を備えた 空気圧駆動型触覚ディスプレイ

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広帯域性を備えた 空気圧駆動型触覚ディスプレイ

橋本 悠希

電気通信大学 大学院 電気通信学研究科 博士 ( 工学 ) の学位申請論文

2010 年 3 月

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広帯域性を備えた 空気圧駆動型触覚ディスプレイ

博士論文審査委員会

主査 梶本 裕之 准教授

委員 中嶋 信生 教授

委員 高橋 裕樹 准教授

委員 下条 誠 教授

委員 長谷川 晶一 准教授

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著作権所有者

橋本 悠希

2010

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Air Pressure based Tactile Display with Wide Frequency Bandwidth

Yuki Hashimoto

Abstract

Looking at the visual and audio displays that are currently prevalent, the majority of the contents are not for the display of literal information, nor for remote collaboration. In a word, the majority of the content is intended for “emotional contents” such as music and cinema. In case of haptic field, many projects have been trying to develop tactile devices to present “literal” information such as Braille. Although Braille displays for the visually impaired is an indispensable topic, we should also seek ways for tactile displays to be used in daily life by everybody.

We decided that one possible way is “emotional tactile contents” such as visual and audio field. In fact, the research of trying to present emotional feeling, appealing to our feelings and passions, by tactile information has increased recently. However, the range of expressions was limited because they used conventional motor-based haptic displays. In a word, the quality of haptic sensation of the current displays is still insufficient, and the system is too bulky.

This research focused on a frequency band width to improve a quality of tactile feeling, and proposed a new tactile display. The display is composed of one or two speakers. Users hold the speakers between their hands while the speakers vibrate air between the speakers and their palms.

The user feels suction and pushing sensations on their palms from the air pressure. This paper describes a detail of our tactile display and also explains five implementations of tactile contents by using our display to show ability of expression of our display and possibility of tactile contents.

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広帯域性を備えた空気圧駆動型触覚ディスプレイ

橋本 悠希

概要

近年,半導体技術の大きな発達により高品位な視覚・聴覚コンテンツが手軽に手に入る ようになった.他方,触覚の分野では,盲人向けの福祉用途として文字や形などの記号的 な情報を触覚で提示する研究が古くから行われており,既に商品化もなされるなど大きな 発展を見せている.しかしこれらの応用は,視覚や聴覚を用いて記号的情報を十分に取得 可能な一般人にとって必ずしも必要とは言えない.より多くの人々にとって有効な触覚情 報とは,記号的な情報以外,触覚のみが持つ独自の表現の提示であると考えられる.実際,

近年コンピュータゲームの分野では振動子や空気圧を用いた触覚提示が実用化されており,

補助的ではあるが確かにゲームへの没入感を高める効果が認められる.また,リアルな質 感の提示を行う研究も多数存在し,装置や条件の制約はあるものの,実物と似通った感覚 を提示することを実現している.さらに最近では感性情報を触覚提示によって伝達すると いう試みが活発になっており,近い将来,映像や音楽のように自然に触覚を楽しむという 環境が構築されることを予感させる.しかしながら従来の触覚提示手法を用いる場合,ポ ータブルな触覚提示装置では比較的卖純な刺激パタンしか提示できないために表現の制約 が存在し,大型の触覚提示装置では装置が複雑化してしまい,将来的な普及が見込めない という問題を抱えている.また,提示すべきコンテンツが未成熟で,触覚が主役となる「キ ラーコンテンツ」は未だその姿が見えない.

この問題に対して本論文では,触知覚の時間応筓性に着目し,簡便な構造でありながら 複雑な触覚表現を可能とする新たな触覚ディスプレイの提案を行う.また,本提案手法を 用いた触覚コンテンツを提案・実装することで,本提案手法の有効性を示すと共に触覚表 現の拡張を行う.これら2点の試みにより,触覚における触覚コンテンツ技術が大きく発 展することが期待される.

本論文は10章から構成され,内容の要旨は以下の通りである.

第1章 序論

触覚研究における神経心理学,触覚提示技術双方の歴史をまとめ,コンテンツにおける

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感性情報の重要性を述べる.その後,本論文の目的を感性触覚コンテンツ技術の発展と定 め,アプローチ方法について述べる.

第2章 Hi-Fi触覚ディスプレイ

本論文が対象とする人間の触覚に関して用語の定義と触知覚の構造及び働きの概説する.

また,これまでの皮膚触覚ディスプレイを空間応筓性,時間応筓性の軸に分けてそれぞれ 概観し,本論文が目指す触覚ディスプレイの条件を明確にする.その後,条件を満たす触 覚提示手法を提案し,実装及び性能評価を行う.

第3章から第9章では,第2章で提案した触覚提示手法を用いて5つの触覚コンテンツ を提案し,その効果を検証する.

第3章 触覚コンテンツ群の提案

触覚コンテンツを考える際に重要な触知覚特性を示し,その特性に沿い「動的・静的」「受 動・能動」をそれぞれ軸とする触知マップを作成する.その後,マップの各領域に当ては まり且つ感性情報を富に含むと思われる感性触覚コンテンツ群を示す.

第4章 触覚コンテンツ1: 生物感

「動的・受動」領域として生物特有の触感覚に着目し,最も「生物」を感じさせる生物 的な触感覚である鼓動運動及び呼吸運動のリアルな提示を行う.まず,鼓動と呼吸の合成 振動の最適化を行い,最も自然な生物感を生じる最適な合成方法及び合成比率を求める.

また,広範囲な触覚的な生物表現として「想起させる生物の大きさ・印象の制御」が可能 であることを示す.最後に実演展示によって一般的な有効性を実証する.

第5章 触覚コンテンツ2: Skin to Skin

「動的・能動」領域としてスキンシップに着目し,対人触覚コミュニケーションにおけ る理想的な環境として皮膚同士が触れあう状況「Skin-to-Skin」を提唱すると共に本手法に よる実現を試みる.まず,プロトタイプを製作し,手で行う複数のジェスチャについて識 別可能な触覚提示を実現する.次に,実演展示によって一般的な有効性を実証する.

第6章 触覚コンテンツ3: 粘着性粘弾性感

「静的・能動」領域として物理現象の再現に着目し,その中でも「心地よさ」と「気持 ち悪さ」が共存する特殊な素材である粘着性粘弾性体(スライム)を取り上げる.従来,粘着 感と粘弾性感は皮膚感覚ディスプレイ,力覚ディスプレイで別々に再現されてきたが,本 提案手法ではその両方の感覚提示を実現する.まず,実物の粘着性粘弾性体の挙動を実際 に測定し,そのデータを元にリアリティの高い感覚を実装する.また,実演展示によって

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一般的な有効性を実証する.

第7章 触覚コンテンツ4: 吸飲感覚

「静的・能動」領域として我々の生活にとって欠かせない「食」を取り上げ,その中で も食品を「飲む」感覚である吸飲感覚の再現を行う.吸飲感覚の要素を「空気圧」「振動」

「音」と定義し,それぞれの要素を記録・再生することで再現する手法を用いて実装を行 うと共に,実験による再現性を確認と規模な実演展示によって有効性を実証する.

第8章 触覚コンテンツ5: 触覚のスロー再生

「無生物・受動」領域として,映像におけるスロー再生効果に着目し,触覚にも適用す ることを試みる.触覚再生の対象としては物体と平板の衝突振動を選び,高いサンプリン グレートで記録した振動情報を任意の倍率で再生するという手法を用いる.本手法を用い たシステムを実装し,触覚によるスロー再生が映像と同様の感動効果と判別能力向上効果 をもたらすことを確認する.

第9章 触覚コンテンツ総括

第 3 章から第 9章で提案及び実装した触覚コンテンツの成果をまとめ,本手法によって 多彩な触覚表現が可能であることを結論づけると共に,今後の触覚コンテンツの在り方を 示す.

10章 結論

本論文の成果,結論をまとめ,今後の課題,展望について述べる.

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i

目次

1章 序論 ... 1

1.1 神経心理学における触覚研究の歴史 ... 2

1.2 触覚提示技術の歴史 ... 3

1.3 コンテンツにおける感性情報の重要性 ... 6

1.4 本論文の目的 ... 7

1.5 本論文の構成 ... 7

2Hi-Fi触覚ディスプレイ ... 9

2.1 皮膚触覚受容器の構造と働き ... 9

2.1.1 皮膚構造... 10

2.1.2 触覚の空間特性 ... 11

2.1.2.1 各受容器の受容野 ... 11

2.1.2.2 触覚の空間分解能 ... 12

2.1.2.3 触覚の感度 ... 14

2.1.3 受容器の時間特性 ... 14

2.2 従来の触覚ディスプレイ ... 16

2.2.1 空間分解能の高い触覚ディスプレイ ... 17

2.2.2 広い周波数帯域を持つ触覚ディスプレイ ... 18

2.3 本論文で目指す触覚ディスプレイ... 21

2.3.1 感性触覚コンテンツの提示に適する触覚ディスプレイの条件 ... 21

2.3.2 触覚ディスプレイの設計 ... 23

2.4 提案手法... 24

2.5 評価実験... 26

2.5.1 実験装置... 26

2.5.2 実験内容... 27

2.5.3 実験結果... 28

2.6 実装 ... 28

2.7 空気漏れ問題 ... 30

2.7.1 薄膜による密閉 ... 30

2.7.2 アタッチメントによる開口径の変更 ... 31

2.8 波形の再現性 ... 32

(9)

ii

2.8.1 金属板で覆った場合 ... 32

2.8.2 手掌部で覆った場合 ... 35

2.9 まとめ ... 37

3章 触覚コンテンツ群の提案 ... 39

3.1 触知覚特性の分類 ... 39

3.2 提案する触覚コンテンツ群 ... 40

4章 触覚コンテンツ1: 生物感 ... 42

4.1 目的 ... 42

4.2 生物感 ... 43

4.3 本手法の導入 ... 44

4.4 提示波形の最適化 ... 47

4.4.1 実験装置... 47

4.4.2 実験1:合成波形の選定 ... 48

4.4.3 実験2:合成比率の最適化 ... 52

4.5 生物感の拡張 ... 54

4.5.1 実験1:生物の大きさ知覚制御 ... 55

4.5.2 実験2:生物の印象制御 ... 57

4.6 実演展示... 61

4.6.1 プロトタイプ ... 61

4.6.2 提示波形とインタラクション ... 62

4.6.3 展示結果... 64

4.7 まとめ ... 65

5章 触覚コンテンツ2: Skin to Skin ... 67

5.1 目的 ... 67

5.2 本手法の導入 ... 68

5.2.1 スキンシップで生じる波形の計測実験 ... 69

5.2.2 プロトタイプ ... 71

5.2.3 提示波形とインタラクション ... 73

5.2.4 展示結果... 73

5.3 まとめ ... 75

(10)

iii

6章 触覚コンテンツ3: 粘着性粘弾性感... 77

6.1 目的 ... 77

6.2 粘着性年弾性体とのインタラクション ... 79

6.3 本提案手法の導入 ... 81

6.3.1 現象の確認... 81

6.3.2 設計... 83

6.3.3 プロトタイプ ... 83

6.3.4 展示... 87

6.4 まとめ ... 89

7章 触覚コンテンツ4: 吸飲感覚 ... 91

7.1 目的 ... 91

7.2 「飲む」行為とストロー ... 92

7.3 吸飲感覚... 93

7.4 実装 ... 94

7.4.1 記録手法... 94

7.4.2 記録... 95

7.4.2.1 記録手順 ... 95

7.4.2.2 記録した食品群 ... 96

7.4.2.3 記録したデータ ... 97

7.4.3 実装... 100

7.4.3.1 設計指針 ... 100

7.4.3.2 再生装置 ... 100

7.4.4 制御手法... 103

7.4.4.1 空気圧 ... 103

7.4.4.2 振動・音声 ... 104

7.4.5 評価実験... 104

7.4.6 展示... 106

7.4.6.1 展示システム ... 106

7.4.6.2 展示結果 ... 111

7.4.7 食品の判別実験 ... 112

7.4.7.1 実験内容 ... 112

7.4.7.2 実験結果 ... 113

7.5 Hi-Fi触覚提示の導入 ... 113

7.5.1 従来型SUIの問題点 ... 113

7.5.2 設計... 114

(11)

iv

7.5.3 製作... 115

7.5.4 再現性の確認 ... 119

7.5.5 動的な吸飲力への対応 ... 120

7.5.5.1 対応が必要な要素 ... 120

7.5.5.2 手法 ... 120

7.5.5.3 実験内容 ... 122

7.5.5.4 実機への導入 ... 123

7.6 まとめ ... 124

8章 触覚コンテンツ5: 触覚のスロー再生 ... 126

8.1 目的 ... 126

8.2 スロー効果の要因 ... 127

8.3 本提案手法の利点 ... 127

8.4 触覚におけるスロー再生効果の検証 ... 128

8.4.1 記録システム ... 128

8.4.2 記録内容... 130

8.4.3 提示システム ... 131

8.4.4 展示... 133

8.5 触覚のスロー再生における物体の判別特性 ... 135

8.5.1 記録システム ... 135

8.5.2 提示システム ... 136

8.5.3 判別実験... 138

8.5.3.1 サンプル ... 138

8.5.3.2 実験方法 ... 138

8.5.3.3 実験結果 ... 140

8.6 まとめ ... 144

9章 触覚コンテンツ総括 ... 146

9.1 提案した触覚コンテンツ群からみる触覚表現の可能性 ... 146

9.2 感性触覚コンテンツにおける本提案手法の価値 ... 148

10章 結論 ... 150

10.1 第一の目的:感性表現が可能な触覚提示技術の確立 ... 150

10.2 第二の目的:触覚コンテンツ群の提案・実装 ... 151

10.3 結言 ... 152

(12)

v

10.4 今後の課題 ... 153

謝辞 ... 155

関連発表 ... 156

参考文献 ... 160

(13)

1

1

序論

いったいこれは何なのであろうか.継ぎ目のない体全体の靴下.

約2ヤード平方の我々自身の入れ物,我々の顔.

四六時中開いていたり閉じたりし,青白くなったり,汗をかき,輝き,光り,

溝ができたり,震えたりする.この器官の持ち主を中に含んで.

敏感な検知器であり,外の世界への冒険者でもある.一体なんであろうか.

アメリカの作家Richard Selzerは,触覚の特異性をこのように表現した[1].触覚への驚き を露わにしたこの文章の通り,我々の全身に張り巡らされたこの器官は,膨大な情報を四 六時中我々に伝達し,日々の暮らしを支えている.Selzerはまた,触覚を冒険者と記してい る.人間の行動に合わせてこの器官も絶えず追随し,常に行動の中心にあるからだ.鋭敏 な検知器でありつつ冒険者.まさに生物そのものである.この生物は,汗をかき,震え,

鳥肌が立つことで感情までをも表現する.検知器であり冒険者であり表現者.もはや一個 の知的生命体とも思える挙動を示すこの器官は,心を司る脳にも例えられる.脳生理学の 間では,触覚が重要な役割を担っている手を「外に飛び出した,第二の脳」と位置づけて おり[2],ガーション博士は同じく五感の中で触覚のみが存在する消化器を「第二の脳」と 主張している[3].また近年,傳田らは触覚自体を第三の脳であると宣言する著書を発表し た[4].

触覚を脳と捉えるにあたっては,いくつか根拠がある.まず,発生学的に脳と皮膚の起 源が同じことである.皮膚と脳はどちらも外胚葉から形成されることが解明されている[4]. また,構造が同じである.脳も皮膚も大きな面積を有しており,どちらもカラム構造を持 つことが判明している[5].次に機能について比較する.脳は「感じる→考える→行動する 指示を出す」という機能を備えた情報処理システムの臓器と言える[4].では触覚はどうな のか.Hart らは頭部を切り取ってしまった脊髄だけの無脳カエルを用いて背中に酸の刺激 を与える実験を行った.その結果,驚くべきことにこのカエルは刺激点を正確に「痒そう」

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2

に掻くという動作を行った[6].またGrubauerらは,皮膚が自身の状態を常にチェックし,

ダメージを受けると自動的に修復していることを突き止めた[7].これらの事実から皮膚で も独自の情報処理システムが存在していることが伺い知れ,皮膚≒脳という考えも頷ける.

であるならば,脳は心を司る器官なのだから,必然的に皮膚もヒトの心に大きな影響を及 ぼす器官だと言える.このように,触覚の捉え方は現在大きく変貌しつつあり,触覚を巡 る議論は卖なる検知器であることを超えて感性レベルにまで広がろうとしている.

触覚器官に関するこのような潮流に合わせるように,文字やシンボルといった記号的な 情報以外,つまり触覚のみが持つ知覚の提示を追求する研究が近年増加している.リアル な質感の提示を行う研究では,装置や条件の制約はあるものの実物と似通った感覚を提示 することを実現している[18][19][20].さらには,触覚コミュニケーションに代表されるよ うな感性情報伝達の試み[21][22]が活発になっており,近い将来,映像や音楽のように自然 に触覚を楽しむという環境が構築されることを予感させる.しかしながら従来の触覚提示 手法を用いる場合,ポータブルな触覚提示装置では比較的卖純な刺激パタンしか提示でき ないために表現の制約が存在し,大型の触覚提示装置では装置が複雑化してしまい,将来 的な普及が見込めないという問題を抱えている.また,提示すべきコンテンツが未成熟で,

触覚が主役となる「キラーコンテンツ」は未だその姿が見えない.

本論文は,上記の問題を解決し,未だ未成熟な触覚コンテンツ技術の発展を推し進める ものである.本論文の柱は 2 本存在する.第一に,繊細な表現が可能な触覚ディスプレイ 技術の確立である.本論文では,時間特性に着目した触覚提示手法を提案・実装する.何 故ならば,触覚それ自体の質的向上を図る上では空間方向よりも時間特性がより重要だと 考えられ,それにも関わらず時間特性に関する議論は未発達な部分が多いためである.第 二に,本触覚提示手法を用いた触覚コンテンツの提案である.本論文では,触知覚特性か ら製作した触知マップを網羅する触覚コンテンツ群を提案・実装する.これらの結果から 本提案手法を用いたディスプレイの有効性を立証し,触覚表現の可能性と本提案手法の本 質を見出すと共に,触覚コンテンツ研究が進むべき方向を示す.

1.1 神経心理学における触覚研究の歴史

2400 年以上前のアリストテレスの時代,触覚は既に五感の1つとして定義され,ハペー と呼ばれていた.この言葉は,ハプトー(hapto:結ぶ,火を接触させる),ハプトマイ(haptomai: 自らを~につなぐ,触れる)の動詞語幹から作られた名詞である.また,形容詞のハプトク

ス(hapticos)は,現在用いられている haptic(触れる)の語源となっている[23].このように,

触覚研究は 2400 年以上の長い歴史を持つ.しかしながら触覚としての定義はあいまいで,

皮膚にある感覚という意味で長く用いられていた.何故ならば,皮膚は質感,圧力,熱さ,

冷たさなど多くの感覚を複合して知覚しているため複雑で,受容する仕組みがなかなか解 明されなかったためである.

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その後,本格的な研究が行われるようになったのは19世紀のWeberからであった.Weber は触覚を皮膚の受容器の働きのみによるものと定義し,重さの識別,圧の識別,温度の識 別,刺激場所の定位など定量的な触覚の能力測定を数多く行った[24].その後,皮膚感覚に は痛点,触点,温点,冷点がそれぞれ独立に存在することが解剖学的に発見され,さらに は触点の中にも種類があるという仮説がF.Vater-Pacini, G.Messner, F.Merkel, A.Ruffiniらによ って発表されるなど,皮膚感覚の要素的,分析的な研究は大きな飛躍を見せていった.な お,今日の各触覚受容器には彼らの名前が用いられている.

要素的,分析的な研究では,皮膚に対して刺激を行う受動触での実験が主流であり,こ の傾向は現在でも続いている.しかし,20 世紀に入るとこのような研究手法に異を唱える 研究者が現れた.Katz である.彼は,受け身型の触覚刺激は日常生活ではほぼ発生しない ことから能動的に触れる動作に焦点を当て,粗さ知覚において表面を能動的に触れたとき の弁別がよりよいことを示すなどアクティブタッチの重要性を指摘した[25].その後,

J.J.Gibsonが形の知覚において動きが重要であることを指摘し,皮膚の受容器のみではなく

関節や筋に存在する受容器を含む複合的な知覚系であるハプティク系を提案した[26][27]. アクティブタッチの研究はその複雑さから従来の分析的な手法が使えず,多くの触覚研究 者に敬遠された.その一方で,受動触と能動触の違いや,形状や表面性状がアクティブタ ッチによって具体的にどう集められるかなどの新たな研究が増加していった.

現在では,触覚の工学的応用を目的としたアクティブタッチに関する研究が大幅に増加

し[8][9][10],主流は受動触から能動触へ移った感がある.また,内臓感覚や脳との関連に

まで研究対象が広がるなど,一度は狭められた触覚の定義がまた広がりを見せている.視 覚,聴覚など他の感覚との関連させたクロスモーダル[11][12][13],マルチモーダル研究

[14][15][16]も台頭しており,触覚を含めた複合的な刺激とその認知に関する研究が盛んに

なっている.さらには「どう感じるか」という感情と触覚の関連に関する関心も高まって いる.このような流れから,今後はより複雑な各感覚との絡み合いを扱い,「意識」や「心」

の解明につなげていくものと思われる.

1.2 触覚提示技術の歴史

触覚提示に関する技術は触覚の要素的,分析的な研究と共に発展してきた.しかしなが ら,その多くはあくまで実験用の装置という位置づけであり,一般への普及を目指した例 は尐なく,本格的な実用化研究は1960年代後半まで待たねばならない.また,触覚は広大 な面積と複数の受容器の複合的な知覚という複雑さを持つため,未だ完全な触覚再現装置 は未だ存在しない.

触覚は他の感覚に干渉せず,時空間次元の制御が可能であるため,他分野での応用が期 待されている.中でも視覚障害者向けの視覚代行装置としての需要は顕著であり,1879 年

に Noisezewski が触覚による視覚代行の可能性を示唆してから[36]しばしば試みられてきた.

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1966 年頃からOptacon(optical to tactile onverter)[45][46]及び TVSS(tactile vision substitution system)[47][48]という視覚代行装置が開発され,視覚代行としての触覚提示研究を発展させ る大きな流れとなった.これらの開発の際,ソレノイド,空気ジェット,ウォータージェ ット,電気刺激など様々なアクチュエータを用いた触覚提示が試行され,用途に合わせて 様々なタイプが製作された.これら 2 つの装置は,用途は限定されているものの触覚研究 から生み出された初期の本格的触覚デバイスとして,後の触覚デバイス研究に多大な影響 を与えた.

一方,実はバーチャルリアリティ分野において,上記の装置よりも早く触覚を取り入れ たsensoramaという装置が1962年に登場している[53][54].本装置は”Cinema of the future”

を掲げ,3-D,広視野角,モーションライド,ステレオサウンド,香り,風,そして振動の 提示という未来を先取った体感型の映画鑑賞を実現した.この製品は触覚を主として用い ていないため本格的な触覚デバイスとは言い難いが,これほど早くに触覚を取り入れた装 置が他分野から登場し,しかもそれが映画という感性コンテンツのための装置であること に大きな意味があると思われる.

図1 Sensorama [54]

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5

その後,触覚研究起源の触覚デバイスは専門性を生かして医療福祉用途へ[28][29][30][31],

バーチャルリアリティ起源の触覚デバイスは思考の柔軟さからアトラクション,遠隔コミ ュニケーション,作業支援,ゲームなど様々な分野へ進出した[32][33][34][35][36].そんな 中,力覚提示デバイスであるPHANToMが1993年に開発され[55][56],これをきっかけとし て力覚提示に関する研究が大きく花開いた.

図2 PHANToM [55]

PHANToMはバーチャルリアリティ分野の研究者によって製作されたが,その完成度の高

さから触覚分野の研究者からも大きな注目を集め,分野の垣根を越えた交流が進んだ.そ の結果,力覚提示装置の利用が医療福祉分野にも盛んに行われる[38][39][40]など著しい進 歩がみられる.一方,触覚提示技術は小型化,効率化が進んだものの,提示される触覚の 質感はそれほど向上していない.これには大きく 3 つの原因が挙げられる.まずハードウ ェアの問題である.触覚の質はアクチュエータの性能に直結するが,触覚提示に適したア クチュエータが存在しない.次に,触覚の特性の問題である.触覚は全身に分布している うえ部位ごとに特性が異なるため,汎用的なシステムの設計が困難である.最後に,開発 者の意識の問題である.これまでの触覚提示研究では,最も効率よく確実な触覚提示を志 向していたため特定の周波数やパタンを用いる例が圧倒的に多く,触覚独自の複雑な情報 提示を志向した研究は近年始まったばかりである.

今後は,触覚に独自性を持たせるため,触覚独自の情報を提示する研究がますます重要 となってくることが予想される.それに伴い,触覚提示技術の触覚の質感向上も大きく進 むことが期待される.

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1.3 コンテンツにおける感性情報の重要性

科学技術の大きな発展により利便性や効率性がほぼ頭打ちとなっている現在,ユーザビ リティや心地よさという人間中心の技術の重要性が増している.特にユーザが最終的に受 け取る内容=コンテンツは,アプリケーションやシステム全体の評価を左右する大きな要 因となるため,コンテンツ技術の成熟が欠かせない.

現在の世の中に溢れているコンテンツを俯瞰すると,映画,音楽,インターネットなど 圧倒的に視覚・聴覚に向けたものが多いことに気付く.次に多いと思われるのは,香水に 代表される嗅覚と,多種多様な料理というコンテンツを有する味覚である.では,触覚は どうだろうか.携帯電話やゲーム機のコントローラに振動子が標準搭載されていることか ら,触覚提示が可能なデバイス自体は既に広く普及していると言って良い.しかしながら,

これらのデバイスから提示される触覚は他の感覚によって実現されたコンテンツの引き立 て役として用いられ,決して主役とはならない.では,触覚と他の感覚では何が違い,触 覚には何が足りないのだろうか.この謎を解く鍵は,触覚で提示される情報にあると考え る.

視覚・聴覚・嗅覚・味覚に共通した情報として存在するのは感性情報である.感性情報 とは,知覚された感覚情報の中の「どう感じるか」若しくは「どう思うか」という印象に 関わる情報のことを指し,感情の喚起に関する重要な役割を持つ.映像を見て感動し,音 楽を聞いて気持ちを落ち着かせる.香水の香りに興奮し,美味しい料理に癒される.この ように,触覚を除く 4 つの感覚に向けたコンテンツには感性情報が多分に含まれており,

感情の起伏を作り出し,日常生活に豊かさと潤いを与えている.一方,普段我々が一般に 普及している触覚デバイスから得られるものは,数種類の振動パタンであることが殆どで ある.そこには感性的な情報はもちろん存在しない.何故ならば,感性情報という視点で 触覚を設計していないためである.

視覚の場合,映画などの映像コンテンツについては様々な印象を与える映像表現が確立

され,iPhone[40]に代表されるような視覚情報端末では「気持ちよい操作感」を演出する映

像の工夫が随所に散りばめられている.聴覚の場合,音律が定義され,和音の心地よさの 尺度として「不協和度」が算出されるなど,感性表現に関する理論が既に確立されている[41].

「泣きたい時の曲」「楽しい曲」などの分類が存在することからもそれが裏付けられる.嗅 覚の場合,女性又は男性が好む香り,落ち着く香りなどが詳細に分類され,好みに合わせ て用いることができる[42].アロマテラピーが良い例である.味覚の場合,味の要素と美味 しさの関係解明が進んでおり[43],好みや気分に応じた味の抽出・再構成が可能である.こ のことから,多種多様の「~味」を持つ調味料や菓子等が登場している.一方,触覚と感 性情報の関係解明は,残念ながら他の感覚ほど進んでいない.では,触覚には感性情報が 稀薄なのかというと,決してそんなことはない.人と触れ合うときの緊張感や安心感,ク ッションに顔を埋めたときの気持ちよさ,虫を触った時の気持ち悪さなど,触覚によって

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7

感情が喚起される場面は数多い.また,一人称の直接的な体験であるため,その印象は強 い傾向がある.さらに,そもそも「感情」とは何かに触れるという皮膚組織からくる感覚 的印象を含む言葉であることが知られており[57],触覚にはヒトの心に作用する原始感覚の 1つであるとされている[58].よって,むしろ触覚こそが感性情報を多分に含む感覚だと思 われる.

ここで触覚と感性の関係を取り上げた研究を紹介する.Tichenerは「明るい圧」「鈍い圧」

等の独創的な触覚表現を用いた触ピラミッド[59][60]という極めて独創的なモデルを発表し,

複数の研究者がこの触ピラミッドを用いて触覚と感性の結びつきを調べる実験を行った.

その結果,喚起される感情と触覚の関係についてある程度の傾向が示された[61][62].これ は,触覚提示によって特定の感情を喚起させる可能性を示唆している.以上から,触覚に おける感性コンテンツの実現は現実味のある課題であると考えられる.

1.4 本論文の目的

以上の要点を以下にまとめる.

・ 神経心理学による触覚研究は,古くから取り組まれてきた要素的,分析的な研究から 認知や感情との関連に関する研究へ移行しつつあり,今後は他の感覚と関連しながら 意識や心の解明を目指すであろうことが推測される.

・ 1960年代から数多くの触覚デバイスが登場してきたが,「ハードウェア」「触覚の特性」

「開発者の意識」という問題から触覚提示技術は他の感覚提示技術と比較して進歩が 遅いのが現状である.

・ 現在広く普及しているコンテンツにとって感性情報が大きな位置を占めているが,触 覚は感性情報の提示を志向した研究やコンテンツ例が尐なく,出遅れている.

つまり,神経心理学的,社会的な動向から触覚における感性情報が今後一層重要な位置 を占めることは確かであるが,提示デバイスに関する技術が未発達であることが問題とな っている.また,研究事例の尐なさから具体的にどのような感性情報を持つ触覚コンテン ツが存在し得るのか分かっていない.そこで本論文では,

「触覚による豊かな感性表現のために必要な触覚提示手法を提案する」

「提案手法を用いて触知覚特性に沿った感性触覚コンテンツ群を提案・実装する」

という2点を実行することにより感性触覚コンテンツ技術を進展させることを目的とする.

1.5 本論文の構成

本論文の構成は以下の通りである.

(20)

8

第 1 章では,触覚研究の歴史を神経心理学,触覚提示技術の両面から紐解くと共に,触 覚の普及に必要であると考える触覚コンテンツの充実に対する感性情報の必要性について 述べる.

第2章ではHi-Fi触覚ディスプレイと題し,前半で本論文が対象とする人間の触覚に関し

て用語の定義と触知覚の構造及び働きの概説を行うと共に,これまでの皮膚触覚ディスプ レイを空間特性,時間特性の軸に分けてそれぞれ概観し,本論文が目指す触覚ディスプレ イの条件を明確にする.後半で条件を満たす触覚提示手法を提案し,実装及び性能評価を 行う.

第3章から第9章では第2章で提案した触覚提示手法を用いた5つの触覚コンテンツを 提案し,その効果を検証する.

まず第 3 章にて触覚コンテンツを考える際に重要な触知覚特性を示し,その特性に沿い 且つ感性情報を富に含むと思われる感性触覚コンテンツ群を示す.

第4章では生物感と題し,生物を感じ得る動的な触覚を本提案手法によって提示し,「生 きている」ことへのリアリティと親しみをユーザに与える.

第5章ではSkin to Skinと題し,より自然で効果的な対人触覚コミュニケーションを本提

案手法によって実現する.

第6章では粘着性粘弾性体感と題し,「心地よさ」と「気持ち悪さ」の相反する感情を想 起させる粘着性粘弾性体の再現を本提案手法によって行う.

第 7 章では吸飲感覚と題し,物体を吸飲する際に生じる抵抗感や振動を口唇部及び口内 に提示し,バーチャルな吸飲体験を実現する.

第 8 章では触覚のスロー再生と題し,映像におけるスローモーション再生の効果を触覚 でも提示することを試みる.

第9章では触覚コンテンツ総括と題し,5つの触覚コンテンツの提案・実装の経験から得 られた触覚表現の可能性と本提案手法の本質的な価値について論じる.

最後に,第10章にて本論文のまとめと結論を述べる.

(21)

9

2

Hi-Fi 触覚ディスプレイ

本章では,対象とするヒトの触覚の構造と働きを概説し,本論文で目指す感性触覚コン テンツに必要な触覚ディスプレイについて考察する.その後,提案する触覚提示手法につ いて述べると共に性能評価を行う.

2.1 皮膚触覚受容器の構造と働き

まず,本論文が対象とする触覚の定義を行う.何故ならば,どこまでを触覚と呼ぶかに ついては過去様々な議論があるものの未だ明確になってはいないためである.

触覚は身体感覚(Body Sence),体性感覚(Somatic Sense) とも呼ばれる.本論文では人の持 つ全ての感覚から頭部に存在する5 つの感覚(視覚,聴覚,味覚,嗅覚,平衡感覚)と内臓感 覚を除いた感覚を触覚と定義する[64].触覚は受容器の存在する場所によって二種類に分類

される[64][63].第一の触覚は皮膚感覚(Cutaneous Sensation) と呼ばれ,皮膚下に存在する各

種受容器,または神経末端からの信号によって生じる感覚である.

第二の触覚は自己受容感覚,または固有受容感覚(Proprioception) と呼ばれる.固有受容 感覚は筋肉の伸縮,腱,関節の角度等,自分自身の状態に関する情報を担当する.固有受 容感覚は受容器の存在部位が皮膚感覚に比べて深部に存在するため,深部感覚(Deep Sensation) とも呼ばれる.

知覚行動によって触覚を分類することも出来る.例えば人が触覚によって物体の表面情 報を得ようとするときには指を能動的に動かす.このとき皮膚感覚と固有受容感覚は協調 するものと考えられる.この協調の度合に応じて,知覚現象としての触覚を三つに分類す ることが出来る第一の触覚は触知覚(Tactile Perception) であり,皮膚感覚のみによる知覚で ある.第二の触覚は触運動知覚(Haptic Perception) であり,皮膚感覚と運動感覚が共に働く ことで得られる.最後の触覚は運動感覚(Kinesthetic Perception) であり,皮膚感覚によらな い知覚である.これらのうち,触知覚と触運動知覚は受動触知覚,能動触知覚と言い換え ることができる.

(22)

10

図3 触覚の受容部位・知覚行動による分類

本論文における触覚ディスプレイは受容部位として皮膚感覚の提示を目的とし,知覚行 動としては能動触知覚及び受動触知覚を対象とする.

2.1.1 皮膚構造

皮膚触覚は当然ながら皮膚で知覚される.図 4 は人の無毛部の皮膚断面である.皮膚は 外界と接する表皮(Epidermis),その下の真皮(Dermis),最下層の皮下組織(Connective Tissue) の三層からなる.表皮の厚さは部位によって大きく異なり,平均では 0.06~0.2mm である のに対し,手,掌,足底では約0.6mmである.真皮は厚さ0.3~2.4mm亜程度で強い繊維性 結合組織である.

皮膚には機械的変形や温度変化等に反応する多くの感覚器が存在する.本論文で主に扱 うのは皮膚の機械的変形に応筓する,機械受容器と呼ばれる感覚器である.機械受容器は4 種類存在する.Meissner 小体(RA:RAI,FAIと記述される場合も存在する),Merkel 細胞(SAI), Ruffini 小体(SAII),Pacini 小体(PC:FAIIと記述される場合も存在する)である(図4 ).

触知覚/受動触知覚 (Tactile Perception)

触運動知覚/能動触知覚 (Haptic Perception)

運動知覚 (Kinesthetic Perception) 皮膚感覚

(Cutaneous Sensation) 機械受容器・神経終末

固有受容感覚 (Proprioception)

筋紡錘・関節内部の機械受容器

皮膚・皮下組織 関節・筋肉

触覚 (Tactile Sensation) の受容部位による分類

触覚 (Tactile Sensation) の知覚行動による分類

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11

図4 無毛部における人間の皮膚構造[65]

2.1.2 触覚の空間特性

触覚の空間特性は,刺激に対する感度と空間分解能で表すことができる.また,部位に よって受容器分布密度が異なるため,感度や空間分解能も部位によって異なる.

2.1.2.1 各受容器の受容野

受容器一つあたりに皮膚表面変位を与えた際に神経活動を生じさせることが出来る空間 的領域を受容野と呼び,受容器によって広さが異なる.

RA,SAI は共に皮膚表面近くに存在するために受容野は狭く,12mm2程度である.その ため,分布密度は高い傾向にある.また,受容野の領域は明瞭である.

PC,SAII は RA,SAI と比較して非常に大きな受容野を持ち受容野の境界は不明瞭であ

る.具体的な受容野の面積は,PCが100mm2程度,SAIIが60mm2程度である[66].さらに PCでは,SAI,RA と異なる「空間加算」特性が知られている.これは細い棒を接触子とし て皮膚表面に振動を加えた場合に較べ,太い接触子を用いた方が,神経活動を劇的に生じ やすくなるというものである.この現象はPC が皮膚深部に存在するため,皮膚表面変位と 受容器の間の弾性体の層が空間的低周波通過フィルタとして働き,空間的な低周波を多く 含んだ大きな接触子の方が変位を深部の受容器まで伝えやすいことが原因である.

(24)

12

図5 卖一受容器の受容野[66]下段:測定した受容野.1点が1ユニットに対応.RA, SAIは

von Frey毛で測定.PCはガラス棒で軽く叩き,SAIIは皮膚を矢印方向に引いて測定.中段:

1ユニットの受容野の感度分布を等高線で表したもの.細い縦線は指紋.上段:中段図を横 切る実線に沿った閾値.縦軸右側は閾値そのもの,左側は最小閾値の倍数で示している.

2.1.2.2 触覚の空間分解能

皮膚感覚の空間分解能は,2点弁別能,継時2点弁別能で表される[63].2点弁別は,針 を用いて空間的に離れた 2 点を同時に刺激し,その刺激が2 点であることを認識可能な最 短距離を計測する方法である.この結果により得られた特性を 2 点弁別能と呼ぶ.継時2 点弁別とは,針を用いて部位の両端を順々に刺激し,その刺激が 2 点であることを認識可 能な最短距離を計測する方法である.この結果より得られた特性を継時2点弁別能と呼び,

傾向は高い相関を示す一方,値そのものは 2 点弁別域のそれより高精度となる.これらの 弁別能は部位により大きく異なる(図6 ).例えば手は,指先,中節,手掌における受容器の 密度と空間分解能は相関関係にある(図7 ).

(25)

13

図6 体表部における触2点弁別閾[67]

図7 手の各部位における触覚の空間解像度と各受容器の存在密度[63]

(26)

14 2.1.2.3 触覚の感度

機械的刺激には,定常,速度一定,加速度一定などの提示方法があるが,その中でも定 常刺激に対する感覚を圧覚,振動刺激に対する感覚を振動覚と大別される.感度は基本的 に受容器の分布傾向と相関関係があるが,表皮の厚さや脂肪の有無,温度等の影響も大き く,結果として受容器の分布通りではない場合も存在する.図 8 より,手部,顔部,口部 の感度が他と比較して高い傾向にある.

図8 体表部における圧覚の閾値 [65]

以上から,本論文における触覚提示部位は比較的感度と空間分解能の高い手部,特に手 掌部とする.また,一部では頬部や口唇部も対象とする.

2.1.3 受容器の時間特性

触覚受容器の時間特性は主に知覚される周波数帯域,順応,応筓速度からなる時間的特 性のことである.

順応性とは,刺激に慣れる特性のことであり,皮膚表面に静的な変位を与えた際に受容 器が発火しなくなるまでの時間で表す.速順応性のものはすぐに(~1[s]) 順応して発火しな くなるのに対し,遅順応性のものは変位が生じている限り数分のオーダーで発火し続ける.

RAI,PCが速順応性で,SAI,SAIIが遅順応性である.

(27)

15

触覚における神経パルスの伝達速度は受容器によらず40~70m/sであり,高速な応筓性を 有している.これは直径 8um以上の太い有髄神経線維を用いているためである.よって,

触覚は瞬間的と言えるほどの刺激でさえ継時的な情報として読み取ることができる.

各受容器の周波数特性を見ると,まず RA は主に周波数20-70Hz の範囲で応筓し,特に

30Hz 付近に明瞭な共振特性を持つ.ただし,20Hz以下や70Hz以上の周波数についても感

度は落ちるが知覚しないわけではなく,刺激の強度によっては約2Hzから約100Hz程度ま で応筓する.機械的振動に正確に同期して発火し,弱い振動では 1:1 の比率で発火してい るが,強くなると 1 回の振動に対して 2~3 回発火するようになる.同期発火の正確さか ら,RA は低周波振動の知覚を担当していると言われている.機械振動を用いた周波数弁別 実験において,30Hz 付近では 2Hz 程度の差を明瞭に知覚可能であることが分かっている

[68] が,この知覚能力を可能としているのがRA である.RAが備える周波数弁別の優秀さ

から,テクスチャなど質感のコーディングに大きく関わっているものと推測される.

PCは100-300Hz 程度の比較的高い周波数に応筓することが知られ,200Hz 付近に明瞭な

共振特性を持つ.また,RAと同様に100Hz以下や300Hz以上の周波数についても感度は落 ちるが知覚し,高周波側では 1kHzまでの知覚が確認されている.PC の特徴として,時間 特性が極めて高い反面,感覚が大きな空間的広がりを有することが挙げられる.このため,

空間的位置のコーディングにほとんど関与しておらず,刺激のトリガ的な役割を担ってい るものと推測される.

SAI は 0-200Hz の広範囲で応筓し,他の受容器と異なり卖体の細胞であることからそれ

自体としての共振特性は持たず,応筓特性は皮膚の特性そのものであると考えられる.特 に直流成分に対して十数分という非常に遅い順応を示すため,SAI は皮膚変位そのものを コーディングしているといえる.SAIは特に低周波領域における特性に優れ,圧覚のコーデ ィングが主用途であると考えられている.SAI の発火周波数は SAI 受容器の存在位置にお けるひずみエネルギーにある範囲で比例していることが解明されており[69],日常的な圧力

では100Hz 以下程度の神経発火を示す[70].SAIの特徴として,刺激によって生じる圧覚が

「いつの間にか」生じた感覚として認識されることである.この不明瞭感は,刺激周波数 を上げても変わらない.この劇的な現象は普段我々が何気なく得ている,物を「触った」

という知覚が,RA又はPC による「触った瞬間」を示す信号と,SAI による「触り続けて いる」ことを示す信号との合成によって初めて成立していることを示唆している.

SAIIは数Hz~100Hz程度までの周波数に応筓する.また,深部に位置するため振動刺激

に対する感度は低く,皮膚の持続的な変形,すなわち引っ張りによってよく発火する.こ のことから,SAII は皮膚と対象の間ずれをコーディングしているといえる.またこの受容 器は「時間加算」特性を有している.これは刺激し続けることで刺激の知覚強度が増すと いうものである.

各受容器の特性を総合すると,触覚は非常に高速に伝達され,0~1kHzまでの周波数帯で 知覚されていると言うことができる.また,順応が存在することから定常的な提示に難が

(28)

16 あることを考慮する必要がある.

図9 各種機械受容器の垂直振動に対する応筓[71]

2.2 従来の触覚ディスプレイ

触覚ディスプレイは前述した空間特性,時間特性を基準として設計することが一般的で ある.その際,提示部位はあらかじめ決められていることが多いため,空間特性では刺激 密度の設計に必要な部位の空間分解能,時間特性では目的とする刺激に必要な周波数帯域 となる.時間特性の中には応筓速度も含まれているが,基本的に高周波への対応具合で応 筓速度も推し量れるため,周波数帯域の中に含めることができる.よって,

空間特性=空間分解能, 時間特性=周波数帯域

と置き換えることが可能であるため,以降では,空間分解能と周波数帯域という言葉を用 いる.現在のところ,空間分解能と周波数帯域を両立させた装置は存在せず,用途に合わ せてどちらかに特化された装置が用いられている.刺激方法は機械振動,凹凸形状,電気 が主流であり,それぞれの方式で多くの触覚ディスプレイが開発されている.以下にそれ ぞれの特性に特化した触覚ディスプレイの例を示す.

(29)

17

2.2.1 空間分解能の高い触覚ディスプレイ

空間分解能の高い触覚ディスプレイは,主に点字・文字・図といった記号的情報や環境 情報の提示を主目的としてきた.その理由は,記号や環境情報の正確な提示には細かな形 状情報が必要とされるためである.主な用途は視覚代行,聴覚代行である.代表的なディ スプレイは1.2で述べたOptacon [45][46]とTVSS [47][48]である.Optaconは視覚障害者の ための読書補助器として開発され,指先への触覚提示部とカメラから構成されている.触 覚提示部は24×6の刺激子を持ち,ピッチは横2.4mm,縦1.2mmである.これは,指先の 空間分解能をほぼ満す.アクチュエータとして主に圧電素子が用いられており,それぞれ の刺激子が独立して振動することでカメラから取得した文字パタンを指先に提示する.

TVSSは周辺の環境情報の知覚を目的として開発され,背部や腹部への触覚提示部とカメラ から構成されている.触覚提示部は10×10~32×32程度の刺激子を持つ.アクチュエータ としてはソレノイドや電極,空気圧等が用いられており,ピッチは最小約 10mm 程度であ る.また近年,高密度・大面積化を目指した視覚代行装置が開発されている.DV-2[49]は文 字だけでなく図などの比較的複雑なパタンの提示を目的として開発された点図ディスプレ イである.手全体に触覚を提示することで凹凸を認識し,全体図を把握することが可能で ある.点間ピッチは2.4mmであり,32×48ドットがマトリクス状に並べてある.アクチュ エータとして圧電素子が用いられており,それぞれのピンが独立して上下することで凹凸 のある図が表現される.Forehead electrotactile display[50][51]はTVSSと同様,周辺の環境情 報の知覚を目的とした触覚ディスプレイであるが,提示部位が体幹部ではなく額部となっ ている.撮像素子であるカメラも提示部と同じ位置に配置されているため,頭部の動作に 合わせた知覚が可能である.点間ピッチは 3mm で,額の皮膚に空間的に電気刺激を行う.

NHK 放送技術研究所では,人間の空間応筓以上のピッチである1.27mmの高精細触覚ディ スプレイを開発している[52].

これらのディスプレイは,触覚の空間応筓性をほぼ満たしている一方で,更新周波数は 数十Hz程度と低く,刺激強度の多段階出力が構造的に難しいという特徴を持つ.

図10 Optacon[45][46]

(30)

18

図11 Dot View DV-2[49]

図12 Forehead electrotactile display[51]

2.2.2 広い周波数帯域を持つ触覚ディスプレイ

近年,空間応筓の向上が頭打ちになりつつあること,より広範囲の用途に触覚を活用す るためには記号的情報提示だけでなく触覚独自の情報を提示する必要性が高まっているこ とから,物体の質感を提示する研究が台頭してきた.質感は多数の周波数が含まれた複雑 な情報であることから,広い周波数帯域を持つ装置が求められる.質感提示に関する研究

(31)

19

では,大きく分けて 2 つの方式が存在する.第一に,質感情報の記録・再生である.小川 らは「擦り合わせる」という動作に最適化させた布の質感提示装置を開発した[18].この装 置ではアクチュエータとしてシャフトモータが用いられ,10kHzという高い更新周波数で制 御されており,提示可能な周波数は 400Hz 程度までである.第二に,人工的なテクスチャ 感の合成である.昆陽らは繊毛状のICPFアクチュエータを用いた布の質感提示を試みてい る[19].この装置では,提示可能な周波数は0.5Hz~300Hz 程度である.仁木らは物体接触 時に発生する振動を提示することで木や金属の違いの表現に成功している[20].アクチュエ ータとしては DCモータが用いられ,小川らの装置と同様 10kHzの更新周波数で制御され ている.山本らは静電アクチュエータを用いた触覚ディスプレイを開発し,微細な表面テ クスチャの表現を行っている[72].

触覚ディスプレイではないが,力覚ディスプレイにも高い更新周波数を持つ装置は存在 する.佐藤らは10kHzという更新周波数を備えたSPIDAR[73]を開発し,硬質な物体との力 覚インタラクションを可能としている.

図13 布質感提示装置[18]

図14 ICPFアクチュエータを用いた触覚ディスプレイ[19]

(32)

20

図15 高速応筓簡易型ハプティックディスプレイ[20]

図16 静電触覚ディスプレイ[72]

図17 SPIDAR[73]

(33)

21

2.3 本論文で目指す触覚ディスプレイ

2.3.1 感性触覚コンテンツの提示に適する触覚ディスプレイの条件

現在のコンテンツ産業における主流は,映像や音楽等に代表されるように視覚・聴覚を 用いた感性的コンテンツであることは明白である.視覚・聴覚では古くから情報伝達技術 とそれを応用したコンテンツ技術が相互に発展し,我々の生活に深く根ざしてきた.特に ディスプレイ技術に関しては完成の域に達しつつあり,日常生活における風景や音の卖な る再現を超え,独自の感性表現を可能としている.

一方触覚では,2.2にて述べたように様々な提示装置が開発されているものの,触覚の再 現を超えた独自の表現が可能なレベルにまで至っていない.また,触覚を用いて提示する コンテンツに関する技術は未成熟な部分が多く,本格的な研究が始まったばかりである.

特に,視覚・聴覚コンテンツの普及に大きく影響したであろう独自の表現は,触覚コンテ ンツを視覚・聴覚に次ぐ第三の柱とする上で欠かせないにもかかわらず研究事例は尐ない.

ここで,触覚による感性的情報の伝達に必要な条件を身近な生活の中から考えてみる.

まず,触覚における最も感性的な体験の 1 つとして,頭を撫でる,抱きしめる等のスキン シップが挙げられる.スキンシップの際に生じる知覚を空間分解能,周波数帯域に分解し て考えると,殆どのスキンシップが手全体や腕全体などの広い面積を用いて行っているこ とから,空間分解能はそれほど必要とせず,むしろ低い方が良いとすら言える.一方で,

微妙な刺激周波数の変化が印象に直接結びつくため,幅広い周波数帯に対応する必要があ ると思われる.その他,一般的に心地よいとされる触覚刺激であるマッサージや服の着心 地など,スキンシップと同じような時空間特性を持つ事例が数多く存在する.

次に,独特の触感を主役とした製品を見てみる.古くから存在するものとしては,スラ イム[74]があり,その独特の触感は多くのユーザに親しまれている.カオマル[75]は,握っ た際の触感を追求した顔型のボールで,触感はもちろん,握り方によるボールの表情の変 化から疑似的なスキンシップが体験できる製品である.バンダイは,実体験として心地よ い触感を無限に楽しむことをコンセプトとして,気泡緩衝材をつぶす触感を再現した∞プ チプチ[76]をはじめとした感性触覚コンテンツの先駆けとも言える製品群を発売している.

研究の分野では,小島らが鉛筆削りの心地よさを再現する試みを行っている[77].また,大 島らが腹部に振動刺激を行い,刀にバッサリ切られたかのような線状の刺激を提示する装 置を開発している[78].これらの時空間特性を見てみると,ほぼすべての動作に体幹部,手 全体,指全体が用いられており,やはり空間分解能は低い事例が多い.また,素材やイン タラクションの方法によって必要な周波数帯域が大きく異なることから,触知覚領域全て の周波数帯に対応可能であることが求められる.

時空間特性とは別に考慮すべきポイントとして,提示面積と階調性が挙げられる.全て の例において指先以上の比較的大きな面積が刺激対象であることから,提示可能な面積は 大きい方が望ましいと考えられる.また,マッサージ等の例にみられるように力の微妙な

(34)

22

変化を滑らかに提示する必要があることから,高い階調性が求められると思われる.階調 の重要性は,視覚・聴覚において階調が高いほど豊かな表現が可能であることからも確か められる.

図18 独特の触感を主役とした製品例 左:スライム[74] 右:∞プチプチ[76]

図19 Eternal Sharpener[77]

(35)

23

以上から,感性触覚コンテンツに必要な触覚ディスプレイの基本条件として,空間分解 能は必ずしも高い必要はなく,十分に広い周波数帯域が必要であることを確認した.また,

上記の例から比較的大面積への提示及び微妙な力の変化を出力可能な階調性が効果的であ ることも分かった.

その他,触覚ディスプレイで実際に触覚提示を行う際に問題となる要素として,外乱を 挙げる.ここで言う外乱とは本来提示したい触覚とは別の触覚情報のことを指し,具体的 には皮膚に直接接触する刺激子の素材感や形状情報,駆動部から発生する不要な振動等で ある.外乱は触知覚に悪影響を及ぼすことから,当然ながら無い方が望ましい.

これらをまとめると,以下の項目が感性的触覚コンテンツに対する主な必要条件である と考えられる.

・周波数帯域=広(1kHz以上)

・提示面積=中~大(指先以上)

・階調性=高

・外乱=無

2.3.2 触覚ディスプレイの設計

2.3.1 で導き出した感性的触覚ディスプレイの条件に対する従来型触覚ディスプレイの現

状と本論文が目標とする触覚ディスプレイの目標を表1 に示す.

表1 感性的触覚ディスプレイの条件に対する各ディスプレイの性能

従来の触覚ディスプレイと感性触覚提示の必要条件を比較した場合,空間分解能の高い 触覚ディスプレイは時間応筓性が不足しており,階調性も乏しい.一方,周波数帯域の高 いディスプレイを見た場合,必要条件に近い性能を有していることが分かる.よって,本 論文でも周波数帯域に特化することを目指す.

しかしながら,現行装置にはキーポイントである周波数帯域が未だ不足しているという 問題がある.既に2.2.2で述べたように,制御に関しては10kHzの制御周期を実現している ことから,この問題が制御側に起因することは考え難い.よってこの問題は触覚提示側の ハードウェアが大きな障壁となっている可能性が高い.ハードウェアは,大きく分けて使 必要条件(目標) 空間分解能の高い装置 広い周波数帯域を持つ装置 周波数帯域 広(1kHz以上) 狭(数十Hz) 中(数百Hz)

提示面積 中~大 小~大 小~中

階調性 高 低 高

外乱 無 有 有

(36)

24

用するアクチュエータと機構によって性能が大きく左右される.特にアクチュエータの性 能はハードウェア性能の根幹に関わる重要な要素である.

これまでの触覚提示装置に用いられてきた素子としては主に,ソレノイド,圧電素子,

空気圧,水流,小型電極,小型モータ,超音波がある.各素子の特徴をまとめて表 2 に示 す.表より,従来の刺激素子ではその周波数帯域と階調性が両立しているものは電極によ る刺激以外に存在しない.しかしながらこの電極に関しても,刺激子を皮膚に接触させる 必要があることから外乱の発生は免れない.また,電極による電気刺激は人工的な感覚を 生じさせてしまう.

表2 素子とその特性

以上の現状を踏まえた上で,本論文では目標とする条件に対するハードウェアの問題を 解決し,広帯域性,大面積,高階調性を備え,外乱の影響を大幅に低減可能な触覚提示手 法を考案する.以後,提案する周波数帯域に特化した高品位触覚提示のことを,オーディ オ業界における高品位再生の名称であるHi-Fiオーディオに例えてHi-Fi触覚提示と呼ぶこ ととする.

2.4 提案手法

以上の議論より筆者が提案するのは,ダイナミック型音響スピーカをアクチュエータと し,手掌部全体に空気圧駆動で圧力を提示するという手法である.提示対象は主に手掌部 とする.本手法ではまず,スピーカコーンと掌を密着させてスピーカコーン(以下コーン)

-手掌部間を密閉状態とする.その後,たとえばスピーカに正弦波を入力するとコーンが 振動する.この時,コーンが手掌部に対して近づく方向に動けばコーン-スピーカ間の体 積が減尐し,空気圧が上昇する.この時,手掌部には押圧力が提示される.逆にコーンが 手掌部に対して遠ざかる方向に動くとコーン-スピーカ間の体積が増加し,空気圧が減尐 する.この時,手掌部には吸圧力が提示される.このように,押圧力と吸圧力の提示を繰

素子名 周波数帯域 提示強度 構造 多段階表示 提示条件

ソレノイド 0~100Hz ◎ 複雑 不可 接触

ピエゾ 数十~数百MHz × 単純 不可 接触

空気圧 数十Hz ○ 複雑 不可 接触/非接触

水流 数十Hz ○ 複雑 可 接触

電極 0~数MHz(パルス間隔) × 単純 可 接触

モータ 0~数百Hz ◎ 複雑 可 接触

超音波 20Hz~1kHz × 複雑 不可 非接触

(37)

25 り返すことで触覚提示を行うのである.

空気圧を用いた触覚提示装置はこれまでにも研究されている[45][79][80].しかしこれら は記号ないし形状を提示するために電磁弁を使用しており,周波数帯域は低い.また,空 気圧を直接提示せず,あくまでも刺激子の駆動に用いていることから,本手法における空 気圧の使用方法とは根本的に異なる.

図20 本提案手法の概要

本手法の新規性は,空気圧の非接触性と,音響スピーカの優れた時間特性を併せ持つこ とにある.本手法の主な特徴は以下の通りである.

1. 幅広い周波数帯域を持つ.フルレンジタイプの音響スピーカは一般に 20Hz~20kHzま での周波数に対応している.さらに,20Hz以下の波形に対しても通常のアンプ回路の カットオフ周波数変更及び放熱機構を追加することで駆動可能である.20kHzは触知覚 の限界である1kHzを大きく上回っていることからオーバースペックではないかという 疑念が生じる.しかしながら,ある周波数を歪みのない波形で出力する場合はその 10 倍以上の周波数帯域が必要であると言われていることから,触覚の場合は尐なくとも

10kHz以上の周波数を再生できる能力が求められる.また,聴覚において超音波領域が

音質に作用するという話があるように,触覚においても1kHz以上の周波数が触知覚に 何らかの影響を及ぼしている可能性は否定できない.よって,20kHzという広大な周波 数帯域は触知覚に悪影響を及ぼさず,むしろ品質向上の補助と成り得る.

2. 高い階調性を持つ.アナログ出力である音響スピーカの階調は,アンプや制御側の制 約により上限が決まる.よって,高い分解能を持つ制御系を組むことで優れた階調表 現が可能である.

3. 外乱をほぼ除去することが可能である.本手法は空気圧によって皮膚を一様に刺激す

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る仕組みであるため,皮膚と刺激子が接触することは原理的に無い.よって,刺激子 による余計な素材感を提示しない.また,スピーカコイル以外の駆動部が存在しない ため,意図しない振動は生じない.以上から,外乱がほぼ取り除かれ,提示したい触 覚を正確に提示することが可能である.

4. 大面積への触覚刺激が容易に実現できる.広い周波数帯域を持つ触覚ディスプレイの 中で手掌部全体という広い面積を積極的に活用する例は,斎田らによるソレノイドを に用いた視覚代行器[81]及び澤田らの形状記憶合金を用いた触覚ディスプレイ[82]以外 にはほぼ存在しない.また,本手法では大型のスピーカを用いることでより大面積へ の提示も容易に行うことが可能であるなど,提示面積に対する柔軟性が高い.

ここまでの特徴で,本手法は本論文が目標とする触覚ディスプレイの必要条件を全て満 たしたと言える.以下は目標とする条件以外の特徴である.

5. 聴覚と触覚のマルチモーダルな感覚提示が容易に実現可能である.アクチュエータと して用いている音響スピーカの広帯域性により,触覚領域(低周波)と音声領域(高周波) を合成した波形を出力するだけで音を聞きながら触覚も楽しむことが容易に可能であ る.

6. 負圧が提示可能である.本手法はスピーカを凹凸の両方向に駆動するため,正負両方 の圧力が提示される.特に負圧を知覚させるという試みは吸引圧刺激による触覚生成 [83]や粘着感の提示[84]などの特殊な事例以外では殆ど扱われてこなかった.本手法が これを扱うことで,触覚表現の幅を広げることが可能である.

7. 構成が簡素であるため,小型・軽量・低コスト化が容易である.特に,アクチュエー タである音響スピーカは多種多様な製品が既に市場に登場していため,据え置き機器 からポータブル機器に至るまで,形状・サイズ・重量等,組み込む機器に応じて柔軟 に選択することが可能である.

2.5 評価実験

幅広い周波数帯域に対する本手法の触覚提示能力を検証するため,各周波数における圧 力振幅を記録する実験を行った.

2.5.1 実験装置

実験装置は,音響スピーカ(S.J ES-06603),アルミ製プレート,空気圧センサ(フジクラ PSM-005KPGW),インタフェースボード(Interface Corporation PCI-3523A),アンプ(ラステー ム・システムズRSDA202),PCから構成されている(図21 ).音響スピーカはアルミプレー トで密閉されており,このアルミプレートの中央に開けた穴から空気圧センサを挿入する

参照

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