第 5 章 触覚コンテンツ 2: Skin to Skin
5.2 本手法の導入
本章で扱う触覚コミュニケーションに関して,本提案手法は 4.3にて述べた「柔らかさ」
「広帯域性」という利点によって「Skin-to-Skin」環境に近づくための必要条件をほぼ満た している.更に,その他に以下のメリットを有する.
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・ 余計な質感を提示しない
本手法では空気圧による非接触な皮膚刺激を行い,アクチュエータ以外の駆動部が存在 しないことから,余計な質感を知覚することはない.よって,伝達される触覚情報に集中 することが可能である.
・ 提示面積に関する柔軟な対応が可能
本手法は音響スピーカを用いており,そのサイズによって提示面積を柔軟に変更するこ とができる.また,2.7.2 で示したように,アタッチメントの開口径によっても提示面積を 制御することができる.スキンシップは手や頬,腕など様々な部位に対して行われること から,本手法が持つ提示面性の柔軟性は大きな利点であると言える.
以上から,本手法は「Skin-to-Skin」感覚の実現にとって有効であると考えられる.
ところで,触覚コミュニケーションの具体的な方法は大きく分けて2種類存在する.1つ は片方向型触覚コミュニケーションである.これは,センサ等で送り手の行動情報を取得 し,その情報に従って相手に触覚情報を提示するものである.もう 1 つは双方向型触覚コ ミュニケーションである.この場合,リアルタイムで相手と触れ合うことがバーチャルに 可能となる.
図63 右:片方向型触覚コミュニケーションのイメージ 左:双方向型コミュニケーションのイメージ
本章ではこの2種類のうち,片方向型触覚コミュニケーションについて実装を行う.
5.2.1 スキンシップで生じる波形の計測実験
片方向型触覚コミュニケーションの実装に先立ち,実際のスキンシップで発生する波形 の記録を行った.記録には,圧力センサ(フジクラ PSM-005KPGW)が取り付けられたボック
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スの上部をシリコンシート(株式会社ポリシス,プリンゲルPL-00 硬度C-0)で覆った装置を 使用した.
図64 触覚情報の記録
叩く,押す,擽る,撫でるという動作についてそれぞれシリコンシート上で行い,圧力 を記録した.記録した結果を以下に示す.
図65 ジェスチャによって生じた圧力変化 右上:突く 左上:押す 右下:擽る 左下:撫でる
Air pressure sensor
Silicone membrane
-0.3 -0.2 -0.1 0 0.1 0.2 0.3
0 0.5 1 1.5 2
Time[s]
Pressure[kPa]
-0.3 -0.2 -0.1 0 0.1 0.2 0.3
0 0.5 1 1.5 2
Time[s]
Pressure[kPa]
-0.3 -0.2 -0.1 0 0.1 0.2 0.3
0 0.5 1 1.5 2
Time[s]
Pressure[kPa]
-0.3 -0.2 -0.1 0 0.1 0.2 0.3
0 0.5 1 1.5 2
Time[s]
Pressure[kPa]
2.0
2.0 2.0
2.0 0
0
0
0 0.3
-0.3 0
0.3
-0.3 0 0.3
-0.3 0
0.3
-0.3 0
Time[s]
P re s s u re [k P a ]
caress tickle
push tap
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図66 ジェスチャによって生じた圧力変化の周波数解析結果 右上:突く 左上:押す 右下:擽る 左下:撫でる
周波数解析の結果より,どのジェスチャも概ね40Hz程度までの周波数にエネルギーが集 中していることが分かった.よって,その10倍にあたる400Hz程度のサンプルレートを基 準とすることで,自然な触覚提示が可能であると考えられる.
5.2.2 プロトタイプ
予備実験の結果を基に,片方向型触覚コミュニケーションのプロトタイプを製作した.
今回,触覚情報の提示部位を手掌部ではなく頬部に設定した.頬部はスキンシップに用い られる場合が多く,触覚コミュニケーションに関して優位であると言える.また,頬部は 手部と比較してより親密な相手とのコミュニケーションに用いられる傾向がある.更には,
予備実験の際に行った「突く,押す,撫でる,擽る」といった多様なジェスチャによるコ ミュニケーションは,頬部で多く行われている.以上から,高臨場触覚コミュニケーショ ンによる心の交流という本章の目的に最も適した部位であると考えられ,頬部への提示へ と至った.
製作したプロトタイプはジェスチャ認識部,制御部,触覚提示部から成る.ジェスチャ の認識には,超音波距離センサ(Parallax, Inc., PING Ultrasonic Sensor)を用いた.本センサは 30cm程度までの距離で用いる場合のサンプリングレートが約400Hzであり,5.2.1の結果か ら算出した基準を満たす.制御部はマイコン(Renesas Technology Corp. SH 7125F)とアンプ (Strawberry Linux Co., Ltd. MAX9704 Stereo Audio Amp Kit)から構成されており,ジェスチャ 認識部からの信号から出力信号を生成し,アンプを通して触覚提示部に伝達する.触覚提
80
80 80
80 0
0
0
0 80
0
80
0 80
0
80
0
Frequency[Hz]
P o we r s p e c tr u m [k P a
2/H z]
caress tickle
push tap
0 10 20 30 40 50 60 70 80
0 20 40 60 80
Frequency[Hz]
Power spectrum[kPa2/Hz]
0 10 20 30 40 50 60 70 80
0 20 40 60 80
Frequency[Hz]
Power spectrum[kPa2/Hz]
0 10 20 30 40 50 60 70 80
0 20 40 60 80
Frequency[Hz]
Power spectrum[kPa2/Hz]
0 10 20 30 40 50 60 70 80
0 20 40 60 80
Frequency[Hz]
Power spectrum[kPa2/Hz]
10
40 40
40 40
10 10
10
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示部には直径4cmの小型スピーカ(AIR WAVE, CLF040P1)が装着されており,頬部に触覚を 提示する.プロトタイプのブロック図と外観を図67 図68 に示す.
ジェスチャ認識の部分は,5.2.1 のように圧力を記録する形式ではなく空中での手の動き を認識する形式とした.これは,手全体の動きを検出するためである.また,他人から見 たときに何をしているのか分かり易くするという狙いもある.
図67 プロトタイプのブロック図
図68 プロトタイプの外観
Ultrasonic Distance
Sensor
Sensor Device
Micro Computer (SH 7125F)
Stereo Amplifer (MAX9704)
Control Box
Value of distance
Signal
Waveform
Speaker
Display Device
Senser device
Display device
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5.2.3 提示波形とインタラクション
本プロトタイプでは,ジェスチャ認識部で得た情報をほぼリアルタイムに出力すること が可能である.インタラクションの流れは以下の通りである.
・ジェスチャ認識部の前で,手を用いたジェスチャ動作を行う
・ジェスチャ動作によって起こるセンサと手の距離を認識し,制御部に伝達
・距離情報を電圧値に変換して出力
本プロトタイプでは,ジェスチャ側と触覚受信側で別れて体験することはもちろん,自 分自身ジェスチャし,それを触覚として感じることも可能である.
図69 触覚情報の記録
5.2.4 展示結果
筆者は製作したプロトタイプ実演展示を SIGGRAPH2008[97],インタラクティブ東京
2008[98]において行った.展示では多くの体験者が頬への触覚提示の妥当性とジェスチャと
触覚刺激の整合性を評価し,好評を博す結果となった.また,カップルや夫婦など,親し い間柄同士での体験では特に大きな盛り上りが見られた.このことは,触覚による心の交 流に関して本プロトタイプが有効であること示すと共に,提示された触覚が感性情報を保 持していたことを強く示唆している.では,「Skin-to-Skin」の感覚は実現できたのだろうか.
「Skin-to-Skin」は,皮膚が持つ柔らかな質感を保ちつつ複雑な触覚を提示可能な表現力に
よって成り立つと述べた.質感に関しては,多くの体験者が触覚刺激の内容に集中し,刺 激自体の質感に対して違和感や不満を訴えることは皆無であった.また,優しく触られて いる印象を比較的多くの体験者が共通して感じていた.よって,尐なくとも柔らかな触感
recognize distance between hand and sensor
Convert distance data to amplitude data
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によって皮膚が持つ柔らかさを提示することに成功し,体験を阻害しないレベルの質感は 保ったことが伺える.ただし,急峻な動作に対する刺激が弱いという意見が聞かれた.触 覚刺激の内容に関しては,「突く,擽る,撫でる」という動作の違いは比較的多くの体験者 が理解してそれぞれに対する触感の違いを楽しんでいる様子が見て取れた.よって,本プ ロトタイプはジェスチャをある程度正しく頬に伝達できるものと考えられる.以上から,
Skin to Skinの感覚はある程度実現できたと言え,急峻な動作,強い刺激の伝達はまだ難し
いものの,最初期のプロトタイプとしては十分な成果であると考える.
他に興味深い点として,今回触覚の提示部位を頬部に設定したことで,殆どの体験者が 携帯電話との組み合わせを連想していたことが挙げられる.頬部は耳部の延長上にありつ つも通話を邪魔することは無い.また,普段携帯電話で通話する際には必然的に頬と携帯 電話が接触した状態となるため,余分な動作をする必要がない.よって,触覚コミュニケ ーションが実用化されるに当たり,頬部に触覚を提示するということのは適当な選択肢で あると言える.
図70 展示の様子
このように高い評価と将来性が見出された一方,問題点も生じた.最も問題となったこ とは,センサの誤検出の多さである.本装置では超音波センサを用いたが,高速なサンプ リングレートに設定したため遠くから反射した超音波も拾ってしまう場合が多々見受けら れた.これは,設置の工夫やホーンを装着することである程度回避できたが,誤検出を完
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全に無くすことはできていない.また,頬部とスピーカ間を確実に密閉することが思いの 外難しいことである.特に頬骨や髭が密閉を阻害する場合が多く見受けられた.形状や当 て方を工夫する,ゲル等を用いたクッションを挟むなどことなどで解決したいと考える.
以上から,頬に触覚を提示する形式の触覚コミュニケーションシステムの製作・展示を 行った結果,ある程度ジェスチャに沿った触感を伝達することに成功し,より直観的な触 覚コミュニケーションを可能とした.しかしながら,センサの誤検出や密閉性確保という 課題が残った.