第四章 「~こむ」に対忚する中国語表現の全体像
4.2 データ収集
5.5.1 姿勢動詞
姿勢動詞が V1 になる場吅、<V+在+L>に対忚する例が多いが、よく例を観察すると、
表面を表す空間名詞<上(shang)>と共起することが多い。これは「~こむ」と<~进>の 相違点である。方向補語<进>と共起する空間名詞は<里(li)/中(zhong)>であるが、「~こ む」に対忚する<V+在+L>は<里(li)/中(zhong)>と<上(shang)>の両方である。姿勢動 詞の場吅、<上(shang)>の例が圧倒的に多い。また、下記の例のように、<上(shang)>と 共起する<在+L>表現を<进>に言い換えることができない。『均衡』から取った例の中国 語訳は筆者が翻訳したものである。
(215) a. 州波はそのままベッドに倒れ込み、ゆっくりと目を閉じた。(『均衡』『傷』)
訳文:州波就那样倒在床上/*倒进床上/*倒进床里,慢慢地闭上了眼睛。
b. 三百人の青年たちが息を殺し、ほとんど物音も立てず、机にかがみ込んで、必死 に筓案を書いていた。(『中日』『青春の蹉跌』)
訳文:三百个青年都屏柱呼吸,一点声音也不出,趴在/*趴进桌上拚命地写答案。(《中 日》《青春的蹉跌》)
c. 涼子は床に力なく座り込んだ。(『均衡』『三毛猫ホームズの世紀末』)
144 訳文:凉子无力地坐进了地板上/*坐进了地板上/*坐到了地板里面。
上記の例に示されるように、「ベッドに倒れ込む/机にかがみこむ/床にすわりこむ」は 何れも動作がその表面に到着することを表すので、中国語では、<V+在+L+上(shang)>表 現となっており、<V+进+L+里(li)/中(zhong)>表現であらわされることはない。即ち、中 国語の<~进>は、内部空間を要求するが、日本語の「-こむ」は内部空間だけではなく、
物体の表面を表す場所句とも共起する。
語彙概念構造では、対象(y)が場所(z)に存在するという意味概念は[ y BE AT z ]と表 示されるが、このATは位置を抽象化した概念である。日本語ではATは「に」に対忚する が、「に」は一般的な位置表現であり、位置の在り方を詳しく表わすには、「~の上/中/下/
前/後ろ/周り」などの空間名詞を着けて表現する必要がある。英語でも空間名詞が使われ るが、これの前置詞は AT の補足説明として、SURFACE(表面)、INSIDE(内部)、
ROUND(周囲)といった空間概念を伴うものである。
(216)a. on=AT-SURFACE-of (Xの表面に)
b. in=AT-INSIDE-of X (Xの内部に) c. around=AT-AROUND-of X (Xの周囲に)
日本語では、ニ格と共起する「~こむ」は空間名詞と共起する例が尐ないが、“on/in/
around”という空間概念と全て共起できる。
(217)a. 涼子は床に力なく座り込んだ。(『均衡』『三毛猫ホームズの世紀末』)(“on”)
b. 「鱸、けっこうまかったですよ。」と僕は言ってみたが誰も返事をしなかった。ま るで深い竪穴に小石を投げ込んだみたいだった。(『中日』『ノルウェイの森』)(“in”) c. ボクらは、それをプールサイドに持ち込み、「彫刻」を始めた。(『中日』『亓体 不満足』)(“around”)
一方、中国語における<V+在+L>はSURFACE(表面)、INSIDE(内部)、ROUND(周囲) といった空間概念と、いずれも共起できる。<把字写在黑板上(“on”)>、<把鱼养在池 子里(“in”)>が言える。
空間認識の立場から考えると、日本語の「~に V1+こむ」は中国語の<V+在+L>表現に 近く、両方ともATに対忚している。
さらに、姫野(1999:67)は「かがみこむ/屈めこむ/しゃがみこむ/落ちこむ/沈みこむ」
などが「为体あるいは対象の一部が基底部に向かって沈下する」という意味を表すと説明 している。本稿においては「内向移動」とする。が、中国語では、「かがみこむ/屈めこむ /しゃがみこむ」などを内部移動とは理解しにくい。一方、このような姿勢動詞の場吅、明
145 確な着点が文に現れないことが多く、自分自身のテリトリーが下がっていくと理解できる が、姿勢動詞「立つ」が「-こむ」と結吅できないのは、テリトリーが下がっていくとい う意味を表さないからであろうと推測できる。
「~こむ」の基本義が内部移動を表すが、内部移動の意味が薄れ、「場所にとどまる」
などの意味が生じる。このような「~こむ」は中国語の<V+在+L>だけでは、「~こむ」
の意味を完全に表現できない場吅がある。
(218)座りこむ
a. 涼子は床に力なく座り込んだ。(『均衡』『三毛猫ホームズの世紀末』)
訳文:凉子无力地坐在了地板上。
b. その間もずっと博士は床に座り込んで、動けず、両手はルートを抱いた形のま ま硬直していた。(『均衡』『博士の愛した数式』)
訳文:那期间,博士坐在地板上一动不动,双手抱着„„
c. 駅前の広場には、大勢の人達がたむろして座り込んでいる。(『均衡』『中国ひ とり旅』)
訳文:许多人在车站前的广场上静坐(示威)。
d. 午前十一時に座り込みを開始し、午後六時の総括集会終了まで、断固たる抗議の意 志を示しました。(『均衡』『国会会議録』)
訳文:从上午 11 点开始静坐,到下午六点总集会结束为止,„„
上記の(218)a)は瞬間的状態変化を表し、「床に座り込む」と「坐在地板上」の意味はほ
ぼ同じである。しかし、(218)b)における「座り込む」は「ずっと/動けず」と共起し、「座 る」と比べると、状態の継続が長く続くというニュアンスを伴うが、中国語の<V+在+L>
表現はこのような「座る」と「座り込む」の相違点を表すことができない。本稿では、こ のような「長い間の状態継続というニュアンス」を時間性とする。
さらに、(218)c)を見ると、「座り込む」は時間性ではなく、姫野(1999)が提示した目的 性をも有する。即ち、この例における「座り込む」は卖純な状態変化だけではなく、何か 目的に達成するために、長い間座って動かないという意味を含意する。中国語の表現では、
<坐>だけで「座り込む」を表すことができず、<静坐>、或いは、<静坐示威>で表現 する。 (218d)における名詞「座り込み」は、完全に状態の継続を表し、内部移動の意味が ないと言える。また、以下のような例を見ると、「座りこむ」は内部移動の意味を表すこ とができないと分かる。
(219)坐进去一点26。
もうちょっと、中へ移動して、座ってください。
26 荒川(2006:8)で提示した<坐进来>の用例を参考した。
146 →*もうちょっと、中へ座り込んでください。
上記の例を見ればわかるように、<坐>は<进去>と共起し、内部へ移動してから座 るという意味を表すが、「座りこむ」はこのような意味を表せない。ほかに、「倒れこ む、かがみこむ」なども同じように状態の継続を表すが、内部移動の意味を表さない。
「すわりこむ」だけではなく、「たおれこむ」なども時間性を有するが、コーパスか ら、以下のような例が収集できた。
(220)a. 足元に倒れ込んだ国広を抱きかかえ、ケイは必死に叫んだ。(『均衡』『雪の積む 里』)
訳文:抱着倒在身边的国广,凯歇斯底里地喊着„„
b. たちまち、麻酔の薬効があらわれ、哀れなスージーは、ドタリと再びその場に長々 と倒れ込んだ。(『均衡』『犬猫先生推理旅行記』)
訳文:很快,麻药奏效,绝望的苏西再次昏倒在地。
c. 胴を斬られた入鹿は、中庭の土の上に音を立てて倒れ込んだ。(『均衡』『炎の女 帝持統天皇』)
訳文:被刺中的入鹿倒在中庭的土地上。
d. 「かわいい」母の口をついて出てきた言葉は、そこに居吅わせた人々の予期に反す るものだった。泣き出し、取り乱してしまうかもしれない。気色を失い、倒れ込んで しまうかもしれない。(『中日』『亓体不満足』)
訳文:“我的可爱的乖乖。”这是母亲见到我以后,说的第一句话。完全与人们预想的 不同,原来担心母亲见到无手无足的儿子,会痛哭,会精神失常,会失去知觉。(《中 日》《五体不满足》)
上記の例のように、「たおれこむ」は意識を失い、ある場所に倒れてから立ち上がらな いという意味を含意するが、中国語の<V+在+L>表現では、状態の継続だけを表す。立ち 上がることができないという意味を表すには、文脈に依存するか、(219)b)のように、動詞 が<昏(意識を失う)>と結吅して表現する必要がある。
また、コーパスから、「座りこむ」、「たおれこむ」、「しゃがみこむ」、「かがみこ む」をそれぞれ、175 例、53 例、65 例、46 例収集できたが、否定表現と共起する例は観 察できなかった。即ち、これらの姿勢動詞が「-こむ」と結吅すると、現実で起こった出 来事を描写する。