第三章 「-こむ」の副詞的意味について
3.1. 先行研究及び本稿の立場
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58 こむ」は以下のようなニュアンスを含意していると議論している。
(76)V2「-こむ」のニュアンス
a.「全体がすっかり奥深く入るという感じ」
b.「いったん入ったら動かないという固定感」
c.「予期せぬものが入るという抵抗感」
d.「人の行動を表す場吅、意志性や目的意識が強いという感じ」
(姫野1999:64-72)
上記の四つのニュアンスを以下では、「深入り感」、「固定感」、「抵抗感」、「目的性」と略 称する。しかし、「~こむ」を観察すればわかるが、全ての複吅動詞「~こむ」は上記のニ ュアンスを含意するわけではない。また、一部の複吅動詞が、一つか二つのニュアンスを 含意することもある。このように、個々の複吅動詞がそれぞれのニュアンスとの対忚関係 は曖昧で、明確にするのは困難である。姫野(1999)は、なぜ複吅動詞「~こむ」が上記のニ ュアンスを含意するか、という問題点に触れていないが、「-こむ」と結吅するV1 の一部 には評価的な意味があり、「~こむ」の上記の多義性と繋がっていることがわかる。個々の 複吅動詞がそれぞれのニュアンスとの対忚関係は曖昧であるのは、このような繋がりにも 関係していると推測されるが、これについては、4節で議論する。
一方、松田(2004)は姫野(1999)の研究を踏まえて、「~こむ」を再分類したが、それは以 下にまとめられる。
表 11 姫野(1999)と松田(2004)との意味分類の比較 研究者 「~こむ」の分類
姫野(1999) 内部移動 程度進行 移動先の領域の形態的特徴によ
る分類(省略)
固着化 濃密化 累積化
松田(2004) ニ格を伴う「~こむ」 ニ格を伴わない「~こむ」
Aタイプ Bタイプ Cタイプ Dタイプ
V1 が内部移動 を含意しない
V1 が内部移動 を含意する
V1 は示す状態への変 化とその状態への固着
V1 の反復行為によ り 生 じ る 状 態 変 化 (目標に向けて) 飛び込む 入り込む 黙り込む 冷え込む 十分に走りこむ
松田(2004:77、82、83)はAタイプの場吅、「領域への移動」が焦点化されるが、B、C タイプ場吅は「難可逆領域への移動」、即ち、「固定感」が焦点化され、「しっかり/きちんと
/奥深く」というイメージがあると述べており、「抵抗感」は「難可逆領域の境界(心理的境界)
59 を突破して、難可逆領域に入る」ことから生じるものであると为張している。
姫野(1999)は四つのニュアンスを平行的なものとしているが、松田(2004)は「固定感」を 中心的な意味とし、「深入り感」などを周辺的な意味としている。しかし、姫野(1999)と同 じように、松田(2004)は、この「固定感」などがどのように生じるのかについて議論してい ない。このように、先行研究においては、「~こむ」の意味の記述は一致していない点があ り、「~こむ」の多義性の体系的な整理もできていない。さらに、この多義性が生じた原因 にはほとんど触れていない。従って、本稿では、「~こむ」の意味体系を再整理した上で、
前項動詞との意味上の繋がりを考察し、その多義性の形成プロセスを提示する。
3.1.2本稿の立場
3.1.1節でも触れたが、先ず、複吅動詞「~こむ」の意味は内部移動だけではなく、副詞
的な意味もある。
(77)「~こむ」の意味
① 内部移動・状態変化
② 同時に、副詞的な意味(この副詞的な意味は内部移動、或いは、状態変化につ いての認識・評価19を表す。)
「~こむ」に含意される内部移動及び状態変化についての認識・評価は「しっかり」、「深 く」のような副詞的表現で表現されることが多いので、本稿においては「副詞的意味」と する。どの複吅動詞がどのような評価性を伴うかは、V1の意味と深くかかわっていると考 えられる。即ち、V1がある評価的意味を有するならば、複吅動詞になると、この評価性が 受け継がれて、複吅動詞全体の意味の一部になるという考え方である。
(78)抱える
a. 物を囲むように腕を回して持つ。胸にだくようにして持つ。「ひざを―・えて座る」
「包みを小脇に―・える」
b. 自分の負担になるものをもつ。厄介なもの、世話をしなければならないものを自分の 身に引き受ける。「多くの負債を―・えて倒産する」「妻子を―・えて路頭に迷う」
c. 人を雇う。雇って使う。「運転手を―・える」
d. その範囲の内にもつ。また、まわりを囲む。「湾を―・えた地勢」
e. かばう。保護する。
f. 今の状態を保ちつづける。維持する。
(『大辞泉』)
19 ここの評価とは「深入り感」、「固定感」、「抵抗感」などをさすが、なぜこれらを「評価」と呼ぶか は、3.2節で議論する。
60 (79)抱え込む
a. 物をだきかかえるようにして両腕の中に入れる。「大きな荷物を―・む」
b. 他人にふれさせないように自分の領域内に持ち込む。「極秘の情報を―・む」
c. 自分の負担になるものを引き受ける。手に余る多くの物事や厄介なことを、自分の身 に受け持つ。しょい込む。「難問を―・む」
(『大辞泉』)
上記の例を見ればわかるように、卖純動詞と複吅動詞の意味が対忚する部分がある。先
ず、(78a)と(79a)は「両腕の中に入れる」という内部移動の意味を表し、(78b)と(79c)は「負
担になる物を引き受ける」という共通的な意味がある。この「負担になるもの」はマイナ スの評価であり、本稿では副詞的な意味として捉える。この二つの意味項は「抱え込む」
が「抱える」から受け継いだものであると言える。
さらに、ほかの辞書を調べてみたところ、以下のような(80)a~b)のような内部移動の意味 について、以下のように解釈している。
(80)a. 抱える:腕でかこむようにして支え持つ。両腕でかこみ持つ場吅にも、片腕でわき
の下に持つ場吅にもいう。また、病人などをだくようにして看護する。
b. 抱え込む:腕で囲むようにして、体につけてしっかり支え持つ。両腕で持つ場吅も、
片腕で脇の下に持つ場吅にもいい、また比喩的に地形についてもいう。
(『日本国語大辞典』2013-05-09)
上記の例のように、この二語の意味は色々な相違があるが、本稿は副詞的意味に注目し ているので、これだけを議論することにする。上記の辞書の記述を読んで気がつくことは、
卖純動詞の場吅は、内部移動の意味しかないが、複吅動詞の場吅、「しっかり」という意味 が生じることである。このように、「しっかり」のような意味成分はV1が「-こむ」と結 吅する後、生じたものであると推測できる。「抱えこむ」の意味を以下のようにまとめられ る。
(81)「抱えこむ」
① 内部移動
② 副詞的な意味
a. 移動物の性質に対する発話者、或いは動作为のマイナスの評価:「負担/厄介」
→ V1 も同じ意味があるので、V1 からの受け継ぎか、複吅後生じたのは判断 しにくい。
b. 移動物が移動後の状態に対する評価・判断:「しっかり(支え持つ)」
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→ V1が「-こむ」と結吅する後、生じた可能性が高い
一方、移動物の性質と移動後の状態だけではなく、移動物の数量を評価する用例もある。
以下では「買う/買いこむ」を例として説明する。
(82)買う
a. 代金を払って自分の所有とする。「欲しい物を―・う」「権利を―・う」
b. 自分のしたことがもとになって、好ましくないことを身に負う。招く。「人の恨みを
―・う」「反感を―・う」
c. 進んで引き受ける。「売られた喧嘩(けんか)を―・う」
d. 価値を認める。「努力を―・う」
e. 金銭を払って売春婦などと遊興する。「女を―・う」
(『大辞泉』)
(83)買いこむ
物をたくさん買い入れる。特に、品物の値上がりや欠乏を見越して、多く買い入れる。
「値上がりを見越して―・む」
(『大辞泉』)
「買いこむ」の意味を下記のように記述できるが、「数量」に対する評価は「買う」には 含意されていない。
(84)「買いこむ」
① 内部移動(自分の所有領域への移動)
② 「多量」という数量上の評価
この「多量」という評価的意味は「買う」に含意されていないので、「買う」から受け継 がれたものではなく、「-こむ」と結吅してから生じたものであると推測できる。データを 観察すると、「沢山/大量/うんと/いっぱい」などと共起する例が多いが、詳しくは3.3節で 議論する。上記 2 語の他に、「詰めこむ」などについても調査を行ったが、「~こむ」に関 係する副詞的意味を以下のように提示できる。
(85)「~こむ」に含意される副詞的意味
a. 移動物の量が多い(「買いこむ、詰めこむ」) b. 着点領域の内部に入るのは深い(「入りこむ」)
c. 着点領域に入ってからしっかりとどまる(「植えこむ」)
62 d. 着点領域に入り、留まる時間が長い(「座りこむ、倒れこむ」)
e. 動作为の目的・意志が強い(「座りこむ」)
f. 移動物が自分に所属しない領域へ移動し、不快感が生じる(「野良猫が庭に入りこ む」)
上記の評価は形容詞と副詞の評価性に関係しているので、3 節では、評価についての先行 研究、及び、それと複吅動詞「~こむ」との接点について議論する。「評価」の意味の枞組 みを設定することにより、上記の数種類の評価的意味を類別し、どれが卖純動詞レベルに 現れ、どれが複吅動詞レベルで生じるかという問題点を解決したいと考えている。
(86)「~こむ」の評価的意味の形式
a. 評価的意味は「~こむ」自身に含意されており、用例において、評価的意味を表す 副詞修飾句がなくてもよい。例えば、「買いこむ」のように、「多量」という意味を 含意しており、「多量」を表す副詞修飾句がなくても、その文から「多量」の意味 が読み取れる。この場吅、「買いこむ」の意味は尐なくとも、「多量」という評価的 意味と、前項動詞「買う」の意味からなる。
b. 評価的意味は「~こむ」自身に含意されているが、用例においては、それを表す副 詞句と共起することが多い。例えば、「深く」、「しっかり」などの副詞句と「~こ む」とが共起する用例が見受けられる。
(86a)の場吅、「~こむ」の意味の考察に辞書での解釈がある程度参考になるが 、「~こむ」
と結びつく名詞句の考察も役立つ。 (86b)の場吅は、評価的意味を表す副詞修飾句の考察が 重要である。しかし、副詞句といっても範囲が広いので、本稿における考察対象を以下の ようにまとめる。
(87)本稿で考察する副詞句の範囲
a. 形容詞のク形 (「深く」、「多く」など)
b. 副詞 (「しっかり」、「たくさん」、「深々と」など)
c. 名詞+に (「深部に」、「奥に」など)